アイ、はじめての魔術
「――さてさて、それでカナタさん。わたしに何か訊きたいことがあったのでは?」
「へ? ……あ、ああそうだったっ! 自分から話しかけておいてすっかり忘れてた!」
そういやアイのことを訊こうとしてたんだ!
おちょくられされたり衝撃的な話を聞かされて忘れてた!
だけど、こうやってみんなが集まってくれたのでちょうどよかったかもしれない。
「えっとさ、ほら、アイのことなんだけど。って恋愛の方の愛じゃなくてね! アイに時の魔術の適正があるってやつ!」
俺がそう切り出すと、ユイたちも先ほど話から意識を切り替えたようだった。当のアイだけは少しキョトンとしているが。
「あっ、あの! 私も、もう少しそのお話がしたかったんです!」
「あたしもあたしもっ! ユイやあたしには使えないのに、どーしてアイには使えるのか訊きたかったのよ! それこそおんなじアルトメリアなのにさ!」
ユイとミリーの言葉に、シャルたちもうなずきあう。どうやら思いは同じようだ。
するとチュチュはゆっくり一度うなずく。
「そうですね……ではそちらのことも少しお話しましょう。とは言っても、なぜアイリベーラさんに時の魔術の適正があるのかは、わたしにもわかりません。ひょっとしたら、ラビ族の血をお持ちなのかもしれませんね。それが時の狭間の秘湯によって目覚めた可能性もあります」
「秘湯の影響……。ユイは、アイのご両親のことって知ってるのか?」
「い、いえ。私は何も。アイも、とても小さな頃に私の家に来たので……何も覚えてはいないようで……」
「そっか……」
いつの間にか俺の腕に抱きついていたアイを見る。
アイは話をよくわかっていないようだったが、それでも俺たちを見て笑った。
「アイにはやっぱりよくわからないですけど、でも、アイが魔術でみんなの役にたてるならうれしいです! それに、アイにはユイねーさまやカナタさまがホントの家族です!」
そう言ったアイを、ユイがそっと抱きしめた。
「うん、そうだねアイ。これからも、私たちは一緒だよ」
「はい! ですよねカナタさま!」
「ん、そうだなアイ」
俺もアイの頭を撫でる。アイは少しくすぐったそうに笑った。
決して俺たちに気を遣ってとか、そんなことで言ったわけではないだろう。アイが本心からそう言ってくれたことは、きっとこの場の全員に伝わっている。
そこでチュチュが笑顔のまま言った。
「はい、はい。素晴らしい愛ですね。これだけの絆があれば、アイリベーラさんに魔術を【転写】しても問題はないでしょう。カナタさん、いかがですか?」
「え? アイに時の魔術を?」
「ええ。アイさんが愛を識るまでにはまだ長い時間が必要となるでしょうが、時の魔術はみなさんの旅にとって必要なものになるはずです。そして、その力を行使出来るのはアイさんのみですから。可能な限り早く力に慣れておくほうが後々よろしいでしょう。何より今はわたしがいますから、アイさんの力をある程度サポートすることも出来ます」
「そっか……なるほど! うん、確かにそうかもしれない。ユイ、いいかな?」
「もちろんです。カナタと……そしてアイが思うとおりにしてください」
ユイは俺を、そしてアイを信頼してそう言ってくれた。
俺はまたアイの目を見る。
「アイ。今まで待たせちゃってごめんな。これから。アイにしか使えない魔術を渡そうと思う。でもその前に、ちゃんと大切に使えるって約束出来るか?」
「はい! カナタさまとの約束、かならずまもります! です!」
アイの瞳はいつも綺麗だ。
純粋で、真っ直ぐに俺たちを見つめてくる。
ユイに、アルトメリアのみんなに大切に育てられてきた子なのだ。間違った道には進まないだろう。
それに、俺たちがそうはさせない。
「チュチュ。時の魔術にもいろいろあるけど、まずどの魔術から渡せばいいかな?」
「そうですね、やはり最も初歩的なものにしたほうが良いでしょう。危険性も少なく、汎用性の高いものは、時空を越えて空間移動する【レスト】でしょう。わたしが二度ほど皆さんを空間移動させたのもこの魔術です。時の魔術は負荷が大きいものが多いのですが、これなら肉体への影響もほとんどありません」
「おっけ、わかった。じゃあアイ、俺の手を握って」
「はい!」
アイが小さな手で俺の手を取る。
俺は頭の中の写本にアクセスし、時の魔術【レスト】をアイの中へと【転写】する。
すると、アイの身体がわずかにだけ光り、やがてその光もすぐに収まった。
「ふぁぁ~……カナタさまカナタさま! これでアイも魔術がつかえるようになったんですかっ?」
「そのはずだよ。一度試してみようか? あー、でもどこに」
俺が移動場所を考えていると、チュチュがまた助言をくれる。
「【レスト】は一度認識した場所――つまり一度行ったことのある場所にならどこにでも移動出来ますので、皆さんの家はどうでしょう。わたしの場合、基本的に【レスト】はこのログハウスと各所を繋ぐワープ魔術として使っています」
「なるほど、家かぁ。となるとアルトメリアの里に……いやでもあそこには結界があるし、いきなりみんなを連れていくと…………あ!」
そこで思いつく俺。
そうだ。俺たちには全員が暮らしていたあの家があった!
「アイ! ヴァリアーゼでみんな一緒に過ごしたあの屋敷に行こう! あそこならみんな一緒に休めるし、物資の補給も出来る! 何より王子がいつでも戻ってきていいって言ってくれたしさ!」
その提案に、みんなも次々に声を上げていった。
「それはいいですね、カナタ!」
「あたしも文句なし! てゆーかあたしが言おうとしてたし!」
「私も異論はない。あそこならばゆっくり休めそうだしな」
「私どもメイドは喜んでお共致します」
「リリーナさんのいうとーり!」「ですです!」
みんなの了解も得たところで、俺はアイにお願いする。
「アイ、出来るか?」
「はい! おまかせてくださいです! いっきまぁーす!」
俺たちが何かを説明する必要もなく、アイは自分の両手を軽く伸ばして頭頂部に付けると、それをまるでチュチュのウサ耳のようにぴょこぴょこさせる。何この子かわいい。
すると、以前チュチュがしたときと同じように巨大な魔方陣が俺たちを包みこみ、俺たちの身体はふわりと浮かび上がる。この空間が、アイの魔術によって支配された証拠だ。
「れっつごーでーすっ!」
アイが右手を大きく挙げる。
途端に、俺たちは眩しい発光の中に吞まれていった――。




