一瞬の楽しい時間
その後、アイの件には驚きつつも、今は温泉をのんびり楽しみたいというチュチュの意見に従い、全員でまったりと秘湯を楽しんだ俺たち。
お風呂を上がって脱衣所の小屋から外に出ると、そこはやはり宇宙空間である。何度見ても慣れない光景だ。
「って、あれ? この露天風呂、さっきのログハウスの裏にあったのか」
よく見ると、脱衣所の小屋は先ほどのログハウスに隣接しており、近くには馬車も置いてあった。
どうやら俺たちはすぐそばの露天風呂に瞬間移動していたらしい。ユイたちもその事実を知って驚いていた。
チュチュがしっとり濡れた髪をタオルで抑えながら話す。
「ええ、ええ。わたしが使える時の魔術は簡単なもののみですが、自己領域に――わたしの近くにいる方にも同じ効果を及ぼすことが可能です。その力で、皆さんをこちらの露天風呂に招待させていただきました。楽しんでいただけましたか?」
「あ、う、うん。楽しめました」
ちなみに彼女はバスローブ姿になっており、その色っぽさにちょっと目が泳ぐ俺。
なんつーか、チュチュはいろいろと“余裕”のある女の子な感じがするよなぁ。
「チュチュさん、すごかったです! 私、こんな露天風呂は初めてでした!」
「アイも! アイもです!」
「なんか、すっごい身体が軽くなった気がするわ。それに魔力も前より増えてる。『効能』のおかげなのかしら? だとしたらなかなかのお湯ね!」
興奮するユイに続いて、アイも満足そうにぴょんぴょん跳ね、ミリーはなぜか偉そうにふんぞりかえっている。
うむ、さすが温泉好きなエルフ族だ。シャルたちも楽しめたみたいだし、これにはチュチュも嬉しそうにニコニコ顔だ。
「それはよかったです。さぁ皆さん、先ほどのスイーツだけでは物足りないでしょう。改めまして、わたし自慢の手料理でおもてなし致します。ログハウスまで戻りましょう」
そうしてログハウスに戻った俺たちは、チュチュの言葉通り、素晴らしい料理の数々に迎えられて腹を満たした。
というか満たしすぎて動けなくなるほどであり、料理の美味しさに驚いたユイとリリーナさんが二人揃ってチュチュから秘訣を聞きだそうしたくらいである。
いやぁ、一時はどうなることかと思ったが、これチュチュに食糧を全部食べられて逆によかったパターンだな!
やがて食事も終わったところで、ユイたちがせめて後片付けくらいはしたいと申し出て働き始めている。
ちなみにキッチンやトイレからはちゃんと綺麗な水が流れるのだが、一体どこから引いているのかと思うと、魔術で地上と時空を繋げ、清流から引いてきているらしい。時の魔術ってそんなことに使っていいのか!
また、チュチュを一人にするのも申し訳ないからと、俺とアイがソファーでチュチュの話し相手になっているのだが、アイがいつの間にかだいぶチュチュに懐いていて、先ほどから彼女の膝の上であれこれと話しをしていた。
「それでですね! ユイねえさまもミリーちゃんもすごいんです! だからだからっ、アイもカナタさまのおやくにたちたいのです!」
「なるほどなるほど。アイリベーラさんは清らかで優しい心の持ち主ですね。その心持ちを忘れずにいれば、きっとその願いは叶いますよ。わたしは未来がわかりますからね」
「ほんとですか! わーい!」
チュチュの言葉に表情を煌めかせるアイ。
チュチュは不思議と相手のうちに入り込むのが上手くて、子供の相手も手慣れた様子だ。アイもそれですっかり心を許しているのだろう。
「よーし! それじゃあアイも、ユイねえさまたちのおてつだいしてきます!」
やる気がみなぎったのか、そのままキッチンのユイたちの方へ走り出すアイ。それをチュチュはニコニコ顔で見送る。
「ああ……皆さんはお客様なのに、お片付けなんてしていただいていいのでしょうか。なんだかわたしの方が恐縮してしまいます」
「ははは。ユイたちもただおもてなししてもらうだけじゃ落ち着かないんだよ」
「なるほど……そういうことなのですか。お気持ちだけでも大変嬉しいものですね」
ホッと表情を和らげるチュチュ。
それだけで彼女がいかに俺たちを気に掛けているのかわかるってもんだ。
「はは。それにしてもアイはずいぶんチュチュに懐いたよなぁ。チュチュって子供好きだったりする?」
「そうですね、子供は大好きですよ。それに、ずいぶん長い間此所にいますから。人恋しさもありますし、自分の子供を持ちたいと思ったこともあります。その願いは、未だに叶っていませんし、叶うこともないでしょう」
「……そっか」
キッチンでユイたちに手伝いを申し出るアイ。そんなアイをチュチュはなんとも優しい目で見つめ、そして「ふふ」と微笑んだ。
「ん? どうかした?」
「いえいえ。この胸に、とても幸せな気持ちを感じておりました。愉しいな。楽しいです。こんな時間は久しぶりです。この一瞬の時が、もっと、長く続いてほしいですね」
なんだか少し意味深なことをつぶやくチュチュ。
その横顔は嬉しそうで、けれどどこか寂しそうでもある。
それで思い出したけど、そういえばチュチュは同じラビ族に会ったことがないって言ってたっけ。
毎日ここで一人で暮らして……きっと話し相手だってそう簡単に訪れることはないんだろう。
それを思うと、彼女が俺たちを手厚く迎えてくれた理由もわかるような気がする。
……よし! んじゃあせめて俺たちがいる間はいっぱい話しをしておくか!
なんて思った俺は、とりあえずずっと気になっていたアイのことについてチュチュに尋ねることにした。
「なぁチュチュ、ちょっといいかな?」
「はいはい、なんでしょう? あ……そういうことですか」
「へ? そういうこと?」
俺が何か言う前に、すべてを理解したようにうんうんとうなずくチュチュ。
そして彼女は俺の手をそっと握って言う。
「言わずともわかりますよ。お腹がいっぱいになった後は、デザートにわたしをいただいちゃおうということですよね? もう、わたしはとびきり甘いですよ♥」
「なんて!? いやそんなこと求めてな――ああ服を脱ぐな服をッ!」
バニー服の上にエプロンという不思議なスタイルだったチュチュが、エプロンを脱いでその胸元を露わにしようとしたので慌てて目を逸らした俺。
チラ、とそちらを見てみれば、チュチュは愉快に笑っていた。ぷーくすくす的な笑いである。くそ! またからかいおってこやつめ!
「ふふふふっ。そんなに赤くなってしまって、本当に可愛らしい方です。お綺麗な女性がたくさん身近にいらっしゃるのに、まだそちらは未経験のようですね」
「それをわかっていてからかうのはやめてぇ!」
「しかし勇者たるもの、女性の扱いには精通しておくべきですよ。お望みでしたら、わたしが一から手取り足取り、優しく教えて差し上げましょうか」
「だー言ってるそばからまたからかう!」
「いえいえ。からかっているわけではありませんよ。本心です」
「そういう純情な男を弄ぶような真似はやめ――えっ?」
そっと俺に寄り添って微笑むチュチュ。ウサ耳が可愛らしく揺れた。
ソファーの上で身体が密着し、チュチュの目が、蕩けるように俺を見つめる。
繋がれたままの手が、とても温かい。
「ラビ族とは、時を司り、愛を導く種族です。カナタさんさえお望みなら、わたしが、この身体で、大切なことを、全部、教えて差し上げます」
「た、大切なこと……?」
「はい。この耳も、好きなだけもふもふ出来ますよ?」
「も、もふもふ……!」
チュチュの真っ白なウサ耳と、豊かな胸が俺の身体に押し当てられる。
風呂上がりのしっとり濡れた肌があまりに艶めかしく、ほんのりミルクのような甘い匂いが漂う。
耳元で囁くような彼女の吐息に、俺は思わず生唾を飲んだ――。




