隠されたページ
ヴァリアーゼを出発して早三日。
俺たちは次なる目的として、ヴァリアーゼと接する隣国――アレスに向かっていた。
商業都市として大陸中から多くの人々が集まり、様々な面で発展しているアレスでまずは情報を集めることで、今後どうやって秘湯巡りを続けていくか作戦を立てようと思ったのだ。
そして今日も、馬車に揺られながら広大な平原を進んでいく。
この辺りから徐々に緑が少なくなっていってるんだが、シャルが言うには、この辺りは以前の戦争で荒れ地に変わってしまったらしい。
そんな土地柄のせいか昼はだいぶ暑かったが、夕方近くになって徐々に気温も低くなる。そろそろ今日の行程も終了する頃だな。基本的にヴァリアーゼの領地は起伏の少ない土地柄なので、旅を進めるのは楽ではある。
まぁ、それでもずっと馬車に乗っていると疲れるし、ラークとルークも休ませないといけないから、思ったより時間はかかる感じだ。ホント、我が愛車ブルブルちゃんが懐かしいよ。車文化は大発明だったんだよなぁ。
なんて思いながら御者台の方を見ると、そちらではテトラとアイリーンが運転を担当してくれており、二人の間でアイが馬の扱い方を教わっていた。
一方、そこでリリーナさんが眺めていた地図を折りたたんで口を開く。
「皆さま。今の調子で進みますと、二日後の日中にはアレスに到着する予定です。食糧に水もひとまず問題はありませんが、アレスにつきましたら十分な休息と補給を済ませ、今後の情報を集めましょう」
「ん、了解っす。シャルもそれでいいよな?」
「もちろん異論はない。今日もそろそろ休んだ方がいいだろう。――ところで、ユイ殿は先ほどから何を見ているのだ?」
シャルに言われてユイが顔を上げる。
「あ、えっと、これは……」
そこで俺も気付いたんだが、どうやらユイはアルトメリアの里で見せてもらったあの『予言書』を読み返していたらしい。隣からミリーもひょっこりと覗き込んでいる。
俺も本に目を落としながら尋ねた。
「ユイ。その予言書、持ってきてたんだ?」
「……はい。里長の家に代々受け継がれてきた貴重なものなので、手元に置いておきたくて……」
「ふむ、アルトメリアの予言書か。里に伝わる大切なものなのだな」
シャルの言葉にうなずくユイは、予言書を開いたまま、大事そうにページを撫でた。
それだけで、彼女がその本を大切にしていることがわかるし、シャルやミリーもなんだか安堵したような優しい表情をしていた。
まぁ、予言書とは言っても中身はただの日記なわけだが。大抵がただの日常的な雑記だし、時折レシピが混じってたりするくらいだしな。
なんて思っていたとき、ユイがページをめくった予言書が突然光り始めた。
『え?』と俺たちはみんな同時に声を上げる。
すると、予言書の白紙だったページに新しい光る文字が浮かび始める。
誰が記入しているわけでもないのに、まるで消えていた文字が現れたかのように、じわじわと文字が滲んでいるのだ。
「わ、わ、わっ。カ、カナタ! これはっ」
「お、落ち着いてユイ! と、とにかく読んでみようっ?」
「は、はい」
おろおろするユイのことをなだめ、それからみんなと一緒に予言書に目を向ける。
新たなページには、こんなことが書かれていた。
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『●の月 新月の一
新しい友達も出来て、新しい旅が始まっています。
次の国では、一体どんなことが待っているんだろう。
いろいろあったから、少し怖い気持ちもあるけれど、みんなと一緒ならきっと大丈夫。
それに、たくさんの秘湯を巡れるのはやっぱり楽しい。いろんな発見があるし、見たこともない世界はとても新鮮だから。
そして今日は、中でもとびきり驚いたことがありました。
まさか、行き倒れの女の子を見つけるなんて思わなかったから。
でも、彼女と出会えたことで、この旅の行く末が見えてきたかもしれません。』
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その文面を読み終えた俺たちは、それぞれに顔を合わせて、言葉を失っていた。
するとそのとき、馬車が突然大きな音を立ててストップ。
「うわっ!?」「きゃあ!」
慣性によって俺たちは馬車の中で倒れかけたが、そんなときでも一切体勢を崩していなかったシャルとリリーナさんが俺たちの身を支えてくれた。
シャルが腰の剣に手を掛けながら叫ぶ。
「テトラ! アイリーン! 何があった!」
「す、すみませーん! 大丈夫っす!」
「ご、ごごごめんなさい皆さま!」
二人は御者台の方からこちらに顔を出し、何やら困ったような顔をしている。
二人は続けて言った。
「えっとですね、それがその、なんか道ばたにウサ耳の人が倒れてたんで!」
「ですですっ! ど、どうも魔族の女の子みたいなのですけれど! ど、どうしましょう……!」
『……え?』
俺たちはまた顔を合わせ、それから揃って馬車を飛び出る。
テトラとアイリーンの言うとおり、目の前の道ばたに一人の女の子がうつぶせで倒れていた。
頭には白くて長いふわふわとしたウサギのような耳が生えており、こちらの方に手を伸ばすような体勢で地べたに寝っ転がっている。俺の目で視る限り、確かに魔族のようだった。
俺たちは一斉にユイの方を見た。
ユイは軽く目を泳がせ、それからもう一度予言書に目を向け、それを俺たちの方に示して口を開く。
「……ほ、本当に予言書……なんでしょうか?」
審議はさておき、俺たちは慌てて行き倒れの女の子を救出に向かった!




