旅立ちの朝
――翌朝。旅立ちの日だ。
スッキリと晴れた気持ちの良いその日、正門の前には多くの人が集まっていた。
俺とユイ、アイ、ミリーの四人は、王子が選別にと与えてくれたあの馬車と、そしてすっかり馴染みになったラークとルークと共に、今まさに国を出るところである。
そんな俺たちを見送りに来てくれたのが、現ヴァリアーゼ王――クローディア王子と、その妹であるエリアミリス王女。そしてその配下であるシャルを初めとする騎士団の騎士たち。滞在中いろいろと買い物などでお世話になった国の人たちまでいた。もちろん、リリーナさんにテトラ、アイリーンも来てくれている。
そこで俺たちは、別れの刻を迎えていた。
「カナタくん、本当にありがとう。またいつでも来てほしい。歓迎するよ」
「ありがとうございます、王子。きっとまた来ます!」
王子と固い握手をする。
傍らでは、アイと王女様がわんわん泣き出していた。今ではすっかり仲良しになっていたようで、別れるのが辛いようだ。
そして、今度はシャルと。
「カナタ。良き時間をありがとう。いつかまた手合わせしたいな。そのときまでに腕を磨いておく」
「ああ、楽しみにしてるよ」
お互いに笑顔で。シャルとはもうすっかり友達のようになれた気がする。
続けて、今度はリリーナさんと。
「リリーナさん。今までほんっとお世話になりました。料理、いつも美味しかったです」
「いえ。こちらこそありがとうございます。またのお越しを、心からお待ちしております」
最後まで淡々と礼儀正しく。実にリリーナさんらしかった。
「さーて……」
リリーナさんの隣に視線を移す俺。
最後は、テトラとアイリーンだったのだが……。
「イ、イヤです! あたし握手しませんからね! だって……握手したら、カナタ様いっちゃうじゃないですかぁ……!」
「カナタ様……わ、わたしも、いや、です……!」
二人は俺と握手をしようとはせず、ぽろぽろと泣き出してしまった。
「せっかくリリーナさんとアイリーンと一緒にカナタ様に仕えられて、ユインシェーラ様たちと毎日楽しく過ごして、ずっとこんな風にいられたらなって思ってて! もっと、一緒にいたかったのに! イヤですイヤです! あたしイヤです!」
「カナタ様……わたし……こんなに、楽しいの、初めて、で。ずっと、お仕えしたかった、です。ダメだって、わかってるのに、でも、でもぉ……」
駄々っ子のようにワガママを言って俺に抱きついてくるテトラと、嗚咽を漏らしながらそっと身を寄せてくるアイリーン。
「テトラ……アイリーン……」
そんな二人の姿を見たせいだろう。きっとずっと堪えていたユイとミリーまで涙をこぼし始めてしまい、なんとも切ない別れになってしまった。
俺もまだなんとか笑えていたが、かなりキツイ。
そこでリリーナさんが二人の首根っこを掴んで、強引に彼女たちを俺から引き剥がした。
バタバタと暴れるテトラとアイリーンに、リリーナさんは告げる。
「いい加減になさい、テトラ、アイリーン。あなたたちは、最後までカナタ様を困らせるつもりですか」
その言葉に、二人ともハッとして動きを止めた。
「このままでは、あなたたちの情けない姿がカナタ様のお記憶に残ります。それで良いのですか? カナタ様にお仕えしたヴァリアーゼの誇りあるメイドとして、次にお会い出来るときに恥ずかしくないメイドでいなさい」
凜として、深く心に入り込む言葉だった。
二人は静かにうなずいて、何度も涙を拭う。そこでリリーナさんはようやく彼女たちを解放した。
俺がリリーナさんの方を見ると、彼女は何も言わずそっと後ろに下がった。
本当に、リリーナさんには最後まで感謝しっぱなしだな。
それから俺はようやくテトラとアイリーンと握手をして、二人の頭をそれぞれに撫でた。
「テトラ、アイリーン。ありがとな。また来るよ。だから、笑ってくれ。二人が笑って見送ってくれたら、俺も頑張れる気がするんだ」
「カナタさま…………は、はい!」
「カナタ、さま…………はいっ!」
テトラもアイリーンも泣き崩れてひどい顔になってしまっていたが、それでもちゃんと笑顔を見せてくれた。うん、これで俺も旅立てる。
その頃にはアイもちゃんと王女様とお別れを済ませていて、こっちの幼女たちの方がしっかりしてるかもな、なんて思ってしまう。
「それじゃあみんな、ありがとう! また!」
俺はみんなに手を振って、ユイたちと馬車に乗り込む。
後ろからはみんながいろんな声をかけてくれて、その声援にまた胸が熱くなった。でも振り返るわけにはいかない。俺は勇者として、やらなくてはいけないことがある。
「ラーク、ルーク。お前らとはもうしばらく一緒にいられそうだな。これからも頼むぜ」
馬車の御者台で手綱を引きながらそう言うと、二頭はそれぞれぶるるっと声を上げて応える。
この二頭と馬車は王子が餞別として送ってくれたのだが、こいつらが一緒だと道中も安心出来る。二頭を可愛がっていたアイリーンも、俺たちのためならと納得してくれた。
「ユイ、アイ、ミリー。また戻ってこような」
「カナタ……はい、そうですね」
「ぜったいもどってきます! エリスちゃんとあいたいですから!」
「ま、けっこー居心地良かったしね? 美味しいスイーツもいっぱいあったしさ。戻ってきてあげてもいいけど!」
そうして俺はラークとルークを走らせ、いよいよ国を出発した。
そのときだった。
「――カナタッ!」
「うわっ!?」
いきなり聞こえてきた大声量の呼び止めに驚き、慌てて二頭を止める。
すると、馬車のすぐそばまで走ってきたシャルの姿があった。
「シャ、シャル? どうした!?」
「シャルさん?」
「なになに~?」
「ちょ、ちょっと何よ驚くじゃない!」
ユイ、アイ、ミリーまで呆然としている。
すると、シャルはもどかしそうに口をむずむずさせていて。
「あっ! い、いや、その…………えっと………………」
「? シャル?」
それ以上は何も言わないシャルは、なぜか小さく震えているようで、強く握られている拳は何かを必死に堪えているようだった。
何か、俺たちに伝えたいことがあるのだろうか――?




