ヴァリアーゼ最後の秘湯
俺は光の剣を両手で――白羽取りの要領で受け止める。
それは本来受けきれるはずのない刃。俺はとっさにシャルと同じ才能を使って自らの手をオーラで包んでいた。
まさかそうされるとは思っていなかったのか、シャルはわずかに動揺を見せた。
今度は俺が隙を突き、シャルの木刀をひねって弾き飛ばすと、そのまま上空から落ちてきた俺の木刀をキャッチ。シャルの額寸前で剣を止めた。
シャルはその場に尻もちをつき、小さく笑った。
「……私の負けだな」
「いや、とっさに止められなかったら俺の負けだったよ」
シャルに手を差し出すと、彼女はそっと俺の手を掴んだ。
「まさかあそこで奥の手を止められるとは思わなかった。慢心か」
「俺も同じ。勝ちが見えると人間どうしても隙が出るよな」
「まったくだ。精進せねばならない」
それからシャルを立ち上がらせて、そのままお互いに握手をした。
そのときにはもう、シャルは気持ちの晴れたようなスッキリとした顔をしている。その額から流れる汗が、彼女がいかに真剣だったかを物語っていた。
「さーて、そんじゃどうしようか。ちょっと興奮して寝付けなさそうだけど」
「カナタ。なら、よければ温泉に入らないか?」
「え? ど、どうしたんだよいきなり」
「今ので汗を掻いてしまったからな。それに……少し、二人で話したいこともある」
「……そっか。オッケーわかったよ」
そうして俺たちは、そのまま深夜の露天風呂へ。
二人だけで入浴する屋敷自慢の温泉はいつもより広く感じられ、同時に少し物悲しい。
この一ヶ月、いつもみんなと一緒に入ってたからなぁ。おかげで俺も自らの欲望を抑えるのに必死だったけど、以外と二人きりなら大丈夫になってきてしまった。なんだろうこれ。ハーレム効果とでも言うべきなんだろうか。
シャルも俺のことはあまり意識せず、のんびりと汗を流している。
「――ふぅ。深夜の風呂というのも良いものだな。星空がよく見えて風情がある」
「だな。シャルと二人きりっていうのはなかったから、ちょっと新鮮だよ」
「そ、そうだな。うん、確かに二人きりというのは……。む……す、少し緊張してしまう……」
「え? そ、そう? ……ヤバイ。そう言われたらなんか俺も緊張してきた……!」
シャルが妙に女の子っぽい顔になったのを見たら、なんだか俺までそわそわしてきた。
そんなこそばゆい空気が続き、やがてどちらからともなく笑い出す。
「すまない。私の方から誘っておいて何を言っているのか」
「いやいや、そりゃ俺たち同年代だしなぁ。普通、なかなか混浴なんてしないぜ? ここでの生活に慣れちゃってたのが変だったんだよ。ほら、シャルだって里に来た時、最初は混浴なんてーって言ってたじゃん」
「はっ! そ、そういえばそうだ……! 私もいつの間にかこの文化に慣れ親しんでいる……!?」
生真面目にそんなことを言い出したシャルに吹き出して笑う俺。
すると、しばらく呆然としていたシャルも口元に手を当てて笑った。その表情からは、すっかり緊張が抜けている。
静かな夜の世界。
シャルは瞬く星空を眺めて言った。
「なぁ、カナタ。この世界は、一体どれほど大きいのだろうか」
「え?」
「知らないものを知るたび、私は自分の小ささに気付く。世界の広さを実感するたび、私は自分の弱さに気付く。そしてきっと、この世界には私が想像も出来ないものが多く広がっているのだろうな。カナタたちに出逢ってから、そんなことを考えるようになった」
「シャル……」
「私はもっと強くなりたい。この手で国を――いや、もっと多くの人々を守れるように。そして、望む未来を掴めるようになるために。アンジェリカ殿にも約束したからな」
星空に手を伸ばすシャル。
理想に向かって進もうとするその姿はとても綺麗で、そして、どこか儚いものに見えた。
だからなのだろうか。
とっさに、俺の口が動いていた。
「なぁシャル。よかったら俺と――」
そこまで言いかけて、ようやく言葉が止まってくれた。
「ん? なんだカナタ」
今、俺が言おうとしていた言葉は、きっと言ってはいけないものだ。
彼女はヴァリアーゼの騎士であり、国を守るための騎士だ。
今まで俺を守り、一緒に秘湯巡りをしてくれたのは、王子の命令であり、仕事だったからだ。
何より騎士である彼女にとって、国とは絶対的なものであるはずだ。
だから、俺が彼女の気持ちを惑わしてはいけない。
「……や、なんでもない。それよりシャル、やっぱり綺麗だよな! 今、ちょっとドキッとしちゃったよ」
「んなっ! い、いきなりなんだカナタ! か、からかうな!」
「からかってないって。シャルはやっぱりカッコイイ騎士でもあるけどさ、カワイイお姫様も十分似合うよな。ほら、宰相も言ってたじゃん? ドレスとかめちゃくちゃ似合いそうだしなぁ。せっかくだし、ユイたちと服とか買いに行けばよかったのにさ」
「なっ!? や、やややややめてくれ! そ、そんな世辞なんてっ!」
「だからお世辞じゃないって。本気本気」
「うう……な、なおさら恥ずかしいじゃないかぁ!」
真っ赤になって俺のことをポカポカと叩いてくるシャル。
戦うときの凜々しさとは違う、本来のシャルが垣間見えてる感じ。ああ、やっぱりこの子可愛いな。あ、それにおっぱいが微妙に押しつけられて気持ちい……い、痛い! いやいや痛いヤバイって!
「ばかばかばか! カナタのばか!」
「痛い痛い痛い! ごめんまじごめん! シャルさんやめてぇ!」
なんてじゃれていたとき、いきなり脱衣場の扉が音を立てて開いた。
「「え?」」
俺とシャルの声が揃う。
そこに、ユイ、アイ、ミリー、リリーナさん、テトラ、アイリーンの六人がいた。
全員、素っ裸である。
「あ、あれ? どうしたのみんな? ね、眠れなかった……とか?」
おそるおそる尋ねる俺。
ユイはぷるぷる震えながらこちらに歩み寄ってくる。
「カナタ……どうしてこんな時間にシャルさんと二人きりなんですか? どうして二人一緒にお風呂に入ってるんですか? そ、そんなに仲良しさんになって……!」
「え? あ、えーとこれはですね、その、ユイさん。事情があってね?」
「事情なんてどうでもいいです! カナタがお風呂に入るときは私も一緒にです! 抜け駆けはダメなんですー!」
「え? う、うわああああ!」
そのまま浴槽に飛び込んでくるユイ。俺もシャルもその湯飛沫で頭からびっしょりだ。
さらにみんなもそれに続いて、次々とお風呂の中へ飛び込んできた。そして、気付けば俺はみんなに囲まれてしまっていた。
「カナタ、シャルさんと何を話してたんですか? 二人で何をしてたんですか!」
「え? いやだから普通の話だよ? ちょ、ちょっと手合わせしただけで……」
「ちょっとカナタ、手合わせって何の隠語よ! ど、どんなエロいことしたのよっ! 出発前だってのにこのケダモノー! エロ勇者! 何人現地妻作ってくつもりなのよ!」
「いやそういう意味じゃねーよ何言ってんの!? ミリー勘違いすんなって!」
「カナタさま! アイもアイも! アイも手合わせします~!」
「あーうんありがとうアイ? えっと、でもそれはまた今度ね?」
「カナタ様、シャルロット様ともイイカンジじゃないですかぁ! う~、ますますあたしの入れる隙間が……結局ご奉仕も出来てないのに~! もう今やるしかぁっ!」
「テトラも落ち着いて!? だーだからそういうのダメだってー!」
「カナタ様は、もう、明日には…………うう、わ、私も準備出来てます! だ、だからその、いつでも、お、おっけーなので……!」
「何がおっけーなのか訊かないけどアイリーンも落ち着きなさい! わぁ! つーかみんなくっつきすぎ! ギャー! シャル! リリーナさん助けてー!」
ユイのおっぱいが押しつけられ、ミリーには甘噛みされ、アイの小さな手がさわさわと俺の胸に触れ、テトラの太股が俺の下半身にこすりつけられ、アイリーンが俺の腕を胸の間に挟む。全身天国でもあり、同時に欲望の魔物が俺の理性を奪おうとしてくる。
「――ふふ、ははははっ! すまないカナタ。私は何も出来ないな。勇者たるもの、そばに置くべき者は自ら選ぶべきだ。そうだろうリリーナ?」
「はい。カナタ様がお選びになることでしたら、私もそれに従うまでです」
「おや? ……そうか、リリーナもずいぶん美しい顔をするようになったな」
「し、知りません」
シャルの言葉にリリーナさんがわずかに頬を赤らめる。
けど俺はそれを見てる余裕もなく、ユイたちにもみくちゃにされて必死に魔物の暴走を堪えるしかなく、そんな風にヴァリアーゼでの最後の秘湯は終わっていった――。




