手合わせ
リリーナさんの膝枕で思う存分癒やしていただいた俺は、才能のおかげもあってすぐに回復。
俺を心配してくれていたみんなの元へ無事を知らせて、それから全員一緒に最後の夕食をとった。ユイたちが大量に作った料理を前に俺もリリーナさんも驚き、リリーナさんはその味にとても満足してくれて、褒められたユイたちはすごく喜んでいた。
そのままみんなで最後の混浴タイムも済ませたのだが、最後ということもあり、テトラやアイリーンが今まで以上に積極的にスキンシップしてきて、それにユイやミリーも対抗するものだから、俺はひたすら自分の下半身をコントロールすることに集中するしかなかった。その上、リリーナさんが珍しくどうしてもと俺の身体を洗いたがったので、それもめちゃくちゃドキドキしてしまった――。
そうして最後の夜は更けていき、俺は一人、自分の部屋で旅支度の確認をしながら、ヴァリアーゼでの思い出を心に留めていた。
明日にはもう、シャルたちとは別れることになる。
さすがに情が湧いていたので別れるのは辛いが、かといって行かないわけにもいかない。
俺は勇者だし、役目がある。
それに、ユイたちも笑顔で別れるつもりだろうからな。男の俺が情けないことは出来ないだろ。
そう思っていたとき、俺の部屋を誰かがノックした。
「ん? どうぞー?」
声を掛ける。
開いた扉の向こうに見えたのは、なんとシャルの姿だった。それも寝間着ではなく、なぜか騎士の鎧を身に纏っている。
「シャル? どうしたんだよ? 入って入って」
「あ、ああ。こんな時間にすまない、カナタ。実は、その……」
扉が閉じたところでシャルはもじもじし始めて、俺はちょっとドキッとする。以前のユイの一件が頭によぎったからだ。
するとシャルは、俺の目を見てこう切り出した。
「旅立つ前に、私と手合わせしてもらえないだろうか?」
「……へ?」
♨♨♨♨♨♨
そうして俺とシャルは真夜中の庭にやってきて、対峙する。
彼女が鎧を着てきたのはこのためだったらしい。まったく色っぽい話じゃなくてドキドキしたのが恥ずかしいわ!
「本当にすまない。旅立つ前だというのに……それも病み上がりで……」
「いやいいって。体調はバッチリ良くなったし、俺もなかなか眠れなかったしな」
「ありがとう。本当は夕方、リリーナの後に私もと思ったのだが」
「ああ、そ、そういうことか。ならむしろ俺の方が謝らないとな。ごめんシャル。それに、前に里で約束してたもんな。いずれ手合わせしようって」
「カナタ……覚えていてくれたのか?」
「もちろん。めっちゃ怖かったからな」
「ふふ、そうか」
少し緊張していたらしいシャルの表情がほぐれる。おかげで俺もリラックス出来た。
軽く準備体操を済ませたところで、呼吸を整える。身体に酸素を取り込み、写本からの回路を意識する。
よし、才能はいつでも発動出来る。
「じゃあシャル、やるか?」
「ああ。武器はこの木刀でよいだろうか? さすがに私闘に聖剣は使えないからな」
「おっけー」
シャルから一本、意外にもずっしりとする木刀を受け取り、軽く振ってみる。
その間に才能――【武なる支配者】を発動し、武器を身体に馴染ませた。この才能はあらゆる武具の“正しい使い方”を習得出来るものであり、この木刀は俺にとって最適な武器となった。今はもう、自分の腕のように完璧に使いこなせる確信がある。
そして、シャルはどうやら俺の軽い動きだけでそれを悟ったらしい。
「さすがだな、カナタ。良い動きだ」
「おう。準備はいいぜ」
「ああ。では正々堂々、闘おう」
まるで剣道の試合をするかのように向かい合う俺たち。
シン、と世界が静まり返る。
俺たち以外、誰もいないのではないかと思える夜の空間。月明かりだけが俺たちを照らす。
お互いの剣の切っ先が触れ合った瞬間――闘いは始まった!
「はあああああっ!」
踏み込んできたのはシャル。
凄まじい速度に俺は一瞬出遅れるが、すぐに身体能力を向上させ、思考を加速させてシャルの世界のスピードに追いつく。
それでもシャルの一撃は重く、木刀で防いだと思った腕はびりびりとしびれた。
すぐにまた身体能力を上げて今度はこちらから一刀を入れる。シャルは身軽にそれをかわし、一進一退の攻防を続けた。
「やるな、カナタ!」
「シャルこそ! ったく! やっぱこええよ!」
笑っている彼女の瞳は闘志に燃え、リリーナさんよりもさらに凄まじい闘気と気迫、速度、膂力はとても同年代の女の子とは思えない。何より鎧を身に着けているのにこの動きだ。やっぱりシャルはとてつもなく強い!
俺たちはしばらく笑いながら闘っていたが、しかしまったく決着がつかない。楽しくて、決着をつけたくなかったのだ。
だからだろう。シャルはついにその力を解放させた。
「やはりカナタ相手に出し惜しみなどできん。全力でいかせてもらう」
その静かな呼吸が深く、大きくなり、瞬時にシャルの身体を覆うオーラがメラメラと燃えさかるように大きくなっていく。
――【心の深化】だ。
特殊な呼吸法によって精神をコントロールし、意識を自らの内に沈めて力を解放する才能。
おそらく、シャルは最下層まで一気に潜っている。
それがわかった俺もまた、同じように最下層まで潜った。
何度使っても、この才能は心が穏やかになる。深い海の中で一人漂っているような、とても静かで、しかし感覚がどこまでも鋭くなるこの高揚感。
シャルが言った。
「手加減はやめてくれ。私も全力でいく。どうか応えてほしい」
「……わかった。ここからはそうする」
「感謝する」
シャルはふっと目を閉じ――そして次に目を開いたとき、先ほどとは比べものにならない速度で俺に迫っていた。
だが、俺には見えている。
彼女が動きがすべて。
次にどこへ来るのか。剣をどう振るうのか。そこにどれほどの力が込められていて、どれほどの力で返せば勝てるのか。そこに足を踏み込んでどこを振り抜けばいいのか。その通りにすれば俺は勝てる。勝ててしまう。
だから、少しだけ躊躇してしまった。
勝てるという油断が隙を生み、シャルはその油断を見逃さない。
彼女は下から木刀を振り上げ、俺の木刀を上空に弾き飛ばした。
武器がない。
そこにシャルは上段から剣鬼のごとき一撃を震う。
「もらったッ!」
だが――その刹那の刻に俺は自らの右手をシャルよりも素早く払い、その木刀をへし折る。シャルは大きく目を見開いていた。
「甘いぜシャル!」
今度はシャルの隙を見つけ、ここで反撃を入れようとしたのだが――
「……カナタこそッ!」
そこでなんとシャルの木刀が白い光に包まれていき、折れた木刀が光の剣に変貌した!
よく見れば、シャルの肉体を覆う眩しいほどのオーラが木刀にまで伝わっており、それが剣の形を作っている。
即座に俺の目がそれを理解していた。
シャルが使っている力は――【闘気の剣】という才能だ。
鍛え上げた剣の達人のみが使える類い稀な力であり、あらゆるものを両断する凄まじい力だ!
その闘気の剣が、頭上から俺に振り下ろされる――!




