メイド長の目にも
何を言っていいのか考える俺に、リリーナさんは弱々しく微笑んだ。
「……幻滅されましたか?」
「――えっ?」
「それも当然のことです。普段はあれだけテトラやアイリーンに厳しく当たっておきながら、復讐などと、そのような愚かな動機でメイドになった私に。結局は自分で行動する勇気さえなく、すべてをカナタ様やシャルロット様に頼りきってしまっていた、この私に……」
そう話すリリーナさんは、少しだけ寂しそうな目をしていたように思う。
――復讐を果たしたい。
けれど、それは正しいことではない。
リリーナさんはそんなこととっくにわかっていて、幼い頃からたくさん悩んできたはずだ。シャルにさえ相談出来ず、ずっと独りで抱えてきたのだろう。それはきっと、シャルに真実を話すことで迷惑をかけてしまうことを恐れたから。だから何のしがらみもなく、国を離れる俺にだけはこうやって真実を明かせたんだ。
それでも彼女が道を踏み外さずにやってこられたのは、きっとシャルたちのおかげでもあるだろうし、彼女自身が持つ本当の強さだと俺は思う。
だから俺は、俺の気持ちを正直に伝えればそれでいいはずだ。
それが、彼女の前から去る俺が出来るせめてものことだと思う。
「――や、幻滅はしてないかな。むしろすげー嬉しいです!」
「……え?」
リリーナさんが困惑したような顔で俺を見下ろした。
「話してくれてありがとう、リリーナさん。リリーナさんのことが知れて嬉しかったよ。ミステリアスな寡黙メイドさんっていうのもらしくていいけどさ、やっぱ、仲良くなったら知りたくもなるし。それがどんな過去でもさ」
「カナタ様……」
「むしろ、本当に復讐をしちゃってたときは幻滅してたかもしれないっす。だけどリリーナさんはそうはしなかった。どれだけ苦しい思いをしてきたのか、俺には想像も出来ないけど……でもさ、リリーナさんはしなかった。しなかったんだよ。俺は、そんな今のリリーナさんの方が好きですよ」
「す、すき……!?」
「それに、初めて自ら仕えた……って言いましたよね? そんじゃあリリーナさん、自分から進言して俺に仕えてくれたんですね? そういや王子も、リリーナさんが自分から里に行くことを望んだって言ってたしな。へへ、なんか嬉しいな」
「あっ……そ、それは……っ」
「もしかして、俺のことちょっとは気に入ってくれました? はは、だったら嬉しいんだけどな」
「ご、ご冗談は、よしてください……」
途端に赤面していき、さらに目をそらして動揺していくリリーナさん。耳まで赤くなっていて、その狼狽えぶりと普段とのギャップが可愛い。
ああ、リリーナさんってこういう表情も出来るんだなぁ。
最初はトゲトゲして見えたし、とっつきにくくて怖い人かもなんて思ったけど、今はもうまったく違う印象だ。
二人きりで、こうして膝枕なんてしてもらって。そんな状態が居心地良くて、身を任せられる安心感がある。
だから俺は目を閉じて、またのんびりしてしまった。
もうしばらくだけ、この時間を味わっていたい。
「……カナタ様。今まで、ありがとうございました」
「え?」と目を開ける。
リリーナさんが俺を覗き込むように見つめていて、その長い黒髪をそっと耳にかけた。
「少し、今までのことを思い返しておりました。カナタ様には、どれだけ感謝をしても足りません。この国のことも、シャルロット様のことも。それに、あの場で、私やテトラ、アイリーンを見捨てずに助けてくださったことも」
「あー……」
脳裏の蘇るのは、あの遺跡での戦い。
「いや、それは当然なんでお礼を言うことじゃないですよ」
「と、当然……ですか?」
「あのときも言いましたけど、一緒にお風呂入った人たちをないがしろには出来ないっすから。リリーナさんも、テトラも、アイリーンも、俺にはとっくに大切な仲間だし。見捨てるなんて選択肢は最初からないです」
「カナタ様……」
「いやぁ、それにしても最初はメイドさんが付いてくれるなんて照れたもんだけど、ヴァリアーゼに来てからのなんちゃってご主人様生活も楽しかったな。リリーナさんみたいな完璧メイドさんに尽くしてもらえる機会なんて生涯ないだろうし、男冥利に尽きるっていうか。テトラもアイリーンも最近ちょっと過激だけど良い子だしさ。うん、ほんと、楽しい毎日でした!」
目を閉じて、俺も思い出す。
短い間にも、本当にいろんなことがあった。
そういや里でシャルと混浴したときにリリーナさんがめちゃくちゃ俺を警戒してたけど、リリーナさんにとってシャルは命の恩人だろうし、そりゃあ警戒もするよな。いまさら納得だ。
それに、ユイたちと一緒に里を出るときは不安だったけど、リリーナさんが俺たちを引っ張ってくれたからなんとかやってこられたんだよな。感謝するのはこっちも同じだ。リリーナさんは特に俺と同い年だから、彼女に負けないように頑張ろうと俺も思えたんだ。
俺は目を閉じたまま話した。
「ああそれと。俺、リリーナさんの家族は怒ってないと思いますよ」
「……え?」
「考えてみたんです。もし俺がリリーナさんの家族だったら、一人残されたリリーナさんのことをずっと心配していたはずです。とにかく幸せになってほしいって願うに決まってる。それが家族じゃないかな」
「…………しあわせ、に……」
「それにさ、俺にはシャルやテトラ、アイリーンがリリーナさんの家族に見えますよ。別に血が繋がってなくたって、そういう家族があってもいいんじゃないかな。俺たちも、その一員になれてたら嬉しいっすけどね!」
「…………はい」
「短い間だったけど、リリーナさんと――テトラやアイリーンと一緒にいられて楽しかった。ホント、大家族になったみたいで嬉しかったよ」
そうだ。
俺は嬉しかったんだ。
シャルに、リリーナさんに、テトラとアイリーンに出会えたこと。
この国でいろんなことを知れた。たくさんのことを学べた。
だから、お礼は言うのはこっちだ。
「リリーナさん、今までありがとうございました。これからも、みんなと元気にやってくださいね」
心から気持ちを込めていった。
すると――俺の頬にぽた、と何かが落ちてきた。
目を開ける。
「……勿体ないお言葉です」
俺は、あまり彼女の顔を見ないようにまた目を閉じた。
この顔をシャッターチャンスしてしまうのは、さすがに野暮だ。
けど、きっと忘れないだろう。
「リリーナさん、そんな顔も綺麗だなぁ」
あえて軽口を叩いた。
「……お恥ずかしいです」
そんな彼女の一言が、とても可愛らしかった。




