リリーナの過去
リリーナさんの真剣な瞳に、俺は少し戸惑う。
「話、ですか? それはもちろんいいですけど……なんですか?」
「はい。私のことについて、です」
「リリーナさんの?」
「はい。まだお伝えしておりませんでしたが、私は……代々王家に仕えるメイドの家系に生まれました」
「え? そ、そうだったんですか?」
突如として語られる事実。
そういえば俺、リリーナさんのことはほとんど何も知らなかったな。
だから、その話にはすごく興味があった。
そんな俺の様子を察してくれたリリーナさんは、膝枕をしたままその続きを話してくれた。
「我がランドール家は、王家の専属メイドとして常に国と密接な関わりをしてまいりました。部隊長はすべてのヴァリアーゼメイド隊員の目標であり、憧れです」
「へぇ~……すごい! じゃあリリーナさんの家族もすごい人たちなんだろうなぁ。リリーナさんみたいな人を育てたくらいだし、立派なメイドさんたちなんでしょうね! 一度会ってみたいな」
「……申し訳ありません。私には、もう家族と呼べる者はおりません」
「――え?」
予想しない返答に呆然とする俺。
リリーナさんは落ち着いたまま、ゆっくりと続けて語りだす。
「十年前のことです。私がまだメイドの真似事をして遊んでいた幼い頃。突然、メイドの祖母と母、そして料理長をしていた父が国からの契約を一方的に切られました。新たな仕事を探そうにも、国が手を回してどんな仕事に就くことも出来ませんでした。ゆえにランドール家は滅び、仕事はおろか家さえ失い、路頭に迷ったのです。国を出ていくことも考えましたが、祖母たちはランドールの歴史を捨てることは出来ませんでした」
「え、ええ……? でも、どうして? だって、昔からの付き合いだったんですよね? 密接な繋がりがあったって」
「だからです。私の家族は、その繋がりゆえに国の“内情”を知ってしまったのでしょう」
「内情…………って、えっ? ま、まさかそれって…………今回の……!?」
驚きの展開にそう尋ねる俺だが、リリーナさんは小さく首を横に振った。
「詳しいことは私にはわかりません。ですが、おそらくランドールに手を回したのは前王と宰相でしょう。その頃から国は急速に変わりはじめ、より戦争が激しさを増していきましたので、家族は何か重大な秘密を知っていたはずです。そして国は綿で首を絞めるようにランドールを追い詰めました。それから祖母がすぐに身体を壊して亡くなり、必死に仕事を探し続けた父と母もその無理が祟って、私を残し、旅立ちました。結局、最後まで私には何も教えてもらえませんでしたが……それは、幼い私を気遣ってのことでしょう」
「そんな……!」
壮絶な事実に驚く俺に、リリーナさんは冷静にこう言った。
「私はそのとき誓いました。必ず復讐をすると。私がメイドになったのは――そのためなのです」
――復讐。
リリーナさんの口から出たその異質な言葉が彼女には似つかわしくなくて、また、その表情が暗く重たいものだったために、俺は言葉を失っていた。
「あまりにも無力な八歳の頃でした。独りになった私は、国へと復讐するために生きようと願ったのです。そのとき、幸運にもシャルロット様のお屋敷に拾っていただきました」
「シャルの?」
「はい。エイビス家は代々騎士の家系であり、プライベートでもメイドを雇うことが多かったのです。古くはランドールとも繋がりがあったと後に知りました。そして私がランドールの娘だと知ると、すぐに介抱していただけました。エイビスでの教育も、メイド学校での教育も、決して楽なものではなかった。それでも私は復讐という目的のために誰よりも努力しつづけてまいりました。私は、そんな不純な願いの上に生まれたメイドです」
「……リリーナさん」
「それからは、エイビスの皆さまに御恩をお返しするため……そしてランドールを崩壊させた国へ復讐を果たすため、正式にヴァリアーゼメイド部隊に所属しました。以降はそこで腕を磨き、正式なメイドとなったところで、シャルロット様から直々に正式な契約をしていただいたのです」
「……そんないきさつが……あったんですね」
俺は呆然としていた。
何か言葉を返すことも出来ない。とても重く、軽々と何かを答えるのも難しいほどの話だったから。
「……ですが、国は当然ながら私の出自を知っております。ゆえに警戒され、王たちに近づくことさえ不可能でした。メイド隊を去るように遠回しな警告を受けたこともあります。それでもずっと復讐の機会を待ち続けていましたが……次第に、その気持ちが薄れていったのです」
「薄れて……?」
リリーナさんは、小さくうなずく。
「シャルロット様にお仕えしたことが一番の理由です。あの方の真っ直ぐな言動と輝きに、私は自分を卑下しました。シャルロット様、それに王子殿下にも良くしていただき……気付けば、メイド長として多くの後輩を育成する立場になっておりました。その忙しい日々の中で、私は次第に満たされていき……かつてあれほど憎んだ国に対する思いが…………なくなって、いったのです……」
「リリーナさん……」
「私には、それがとても恐ろしかった。復讐だけが、私の生きる理由だと思っていたからです。……けれど、そんな日々に安堵する自分もおりました。もう、復讐のために生きるのは…………疲れていたのかも、しれません……」
淡々と話すリリーナさんは、どこか悲しい目をしているようにも見える。
「でも…………そんな私を、家族は、許してくれないのでは、ないかと…………」
絞り出すような、弱々しい声。
彼女からこんな声を聞いたことは今までに一度もなかった。
身体は小さく震えていて、だからこそ、俺にはリリーナさんのその本心が痛いほど伝わってきた。
彼女がそんな気持ちでいたことを、俺は、まったく知らなかった。いや、きっと誰も気付いていなかったのではないだろうか。
「皆は、私を立派だと言います。メイドの模範だと言ってくれる者もいます。しかし、それは違います。私は……どうしようもなく惨めな、弱い人間です」
「え……」
リリーナさんは、自分の両手を見下ろしながらつぶやく。
「ようやく王と宰相が罰せられ……安心しているのです。自らの手で復讐をしなくて済んだと。そんな勇気もなかったくせに、殿下やシャルロット様……そしてカナタ様に、自分の復讐を押しつけていたのです」
「……リリーナさん」
「……話は以上になります。突然、このような話をしてしまって大変申し訳ありません。ですが……短い間とはいえ、カナタ様は、私が初めて自ら仕えた方でした。国を去られる前に、本当の私のことを……知っていただきたいと……思いました。このようなことは……シャルロット様にも、話したことはないのですが…………」
言葉尻が濁っていくリリーナさん。
きっと彼女は――シャルにさえ言えなかったことをすべて俺に打ち明けてくれたのだろう。
だから、何か応えたいと思った。




