最後の一日
俺たちは、今まで通りあのでかすぎる屋敷を生活の拠点にしつつ、ヴァリアーゼ各地に残った秘湯を次々に巡っていった。
と言っても両手で数える程度の数で、ヴァリアーゼは広い国土を持ってはいるが竜脈にそった秘湯の数はだいぶ少なかった。
中には魔物が出るような危険な地域もあったが、シャルとリリーナさんたちにかかればそれも敵ではなく、俺たちはほとんど何もすることなく秘湯旅を安全に楽しむことが出来た。おかげでアイも連れていけたし、俺、ユイ、アイ、ミリー、シャル、リリーナさん、テトラ、アイリーンと、合計八人の旅はまるでちょっとした団体旅行みたいな感じだったな。その中で次に向かうべき国の秘湯なんかも考えたのだが、いまだにちょっと悩んでいる。
で、その秘湯巡りの最中もみんな普通に混浴を受け入れてくれたので、すべてを巡り終えるときにはみんなのレベルもかなりのものになっていた。
【竜脈活性】の才能によるその力の副作用を俺はみんなにもキチンと説明し、ユイたちはそれに多少驚いたものの、納得してもいたようだ。というのも、特にユイとミリーなんかは今まで以上に魔力が身体に溜まっていく感覚があったらしいし、リリーナさんたちも以前より身体能力が上がったという実感があったようなのだ。それもたぶん、レベルアップの効果なんだろう。
ま、それを“成長”って言うんだけどな。
あとはまぁ、もちろん秘湯巡りだけじゃなくて、日常生活もかなり愉快なものになってたなぁ。
何せ常時八人暮らしなわけだし。
しかも俺以外はみんな女の子なわけだし!
もう朝から晩まで実に華やかで、俺はまったく飽きることなく楽しい日々を過ごせた。
ただ、ちょっと困ったのはテトラとアイリーンがかなり積極的になったことだ。
混浴はもちろん、トイレまで一緒に来ようとするし、毎晩二人でベッドに奉仕しに来てはそれをユイとミリーが止めにきて騒がしいことになったり、なんかもう楽しいけど疲れるところもあったな。いや、今となっては楽しい思い出だけどさ。
けど……そんな楽しい時間も本当にあっという間で。
ヴァリアーゼすべての秘湯を巡り終えた俺たちは、また次の目的地へ向かわなくてはならない。
既に出発の準備は済ませており、王子を始めお世話になった街の人たちにも挨拶をして、荷造りも終了した。王子はいつでもヴァリアーゼに戻ってきてほしいと、そのためにこの屋敷を空けておくと言ってくれた。
そして、いよいよ最後の夜。
俺は、今日もみんなと最後の訓練を行っていた。
「うわあぶなっ! ――けど、まだ甘いな!」
「「わぁーっ!?」」
見事なコンビネーションで突っ込んできたテトラとアイリーン。
すんでのところでその打撃をかわした俺は二人の腕を掴み、後方にぶん投げた。二人はべしゃっと潰れるように倒れ、その際にスカートが翻って二人の下着が見えてしまったのだが、こういうところまでコンビネーションいいなとちょっと美味しい思いをした俺である。
「うぁ~~~~~! 最後の最後まで勝てなかったぁ~!」
「カナタ様……やっぱりすごいです……」
テトラとアイリーンが肩を落として息を吐く。
さて、次はリリーナさんだ。
「カナタ様。お胸をお借り致します」
「遠慮なくどうぞ!」
身構える俺。
髪をポニーテールに結った彼女は、凄まじい踏み込みで俺の中へ入り込んでくる。そこから繰り出される高速の連撃はほとんど隙がなく、たった一人でテトラとアイリーンのコンビネーションよりも密度の濃い打撃が続く。
前回の一件以降、レベルが上がったせいもあるのか、リリーナさんの技のキレはその鋭さを増しており、まばたきする余裕さえない。気を抜くと一瞬でやられるだろう恐怖があった。
それに……なんていうか、今日のリリーナさんはいつもとは違う気がする。
普段から真剣なんだけど、今日はいつにも増して気合いが入っているというか、心構えが違うというか。力を抑えることなく、全力で俺に向かってきてくれているのがよくわかる。
だから俺はすぐに才能を使って身体能力を向上させ、彼女と対等にやりあえるだけの身体を作っている。彼女たちとの訓練のおかげで頭の中にある写本へのアクセススピードが上がり、才能をよりスムーズに扱えるようになって、今では一瞬で求める力を解放出来るまでになっていた。イメージ的にはこう、ネットのADSL回線が一気に光になったような、そんな感じ。
その最中、俺はリリーナさんの隙を探してなんとか一撃入れようとするが、今日はその隙がまったく訪れない。今までならそろそろどこかで見えていた隙が、今の彼女にはないんだ。
それだけ練度が上がっているという証ではあったが――
「――あ」
俺は見てしまった。
長い脚を上げて蹴りを放つリリーナさん。
メイドスカートがぶわっと広がり、一瞬だけ俺の視界を遮る。
その一瞬の間に――リ、リリーナさんのスカートの中が!
ガ、ガーターベルトがッ! 黒い大人向けの下着がああああああッ!!
と俺の意識が散漫になった瞬間、リリーナさんの脚が俺の側頭部に直撃していて、気付けば俺は勢いよく庭を吹っ飛ばされていた。
「えっ――」
と、蹴りを放った後で驚いた顔をしていたのはリリーナさん。彼女はすぐに俺の元へ駆けつけてきてくれて、テトラやアイリーン、見学していたユイたちも慌てて駆け寄ってくる。
俺はリリーナさんに膝枕されながら朦朧としており……
「カナタ様! ご無事ですか!? な、なぜ今の蹴りをお避けに……ど、どうか気をお確かに! カナタ様!」
「…………リリーナさん、良い、蹴り……でした…………がふ」
「カ、カナタ様っ!」
脳が揺れてぐるんぐるんする景色の中、俺はそれだけを告げて意識を失ったのだった――。
♨♨♨♨♨♨
目覚めると、俺は自分の部屋のベッドで眠っていた。
「――あ」
意識を取り戻して周囲を確認。近くの椅子にリリーナさんが腰掛けていたのが見えた。
俺の声に気付いたらしく、リリーナさんはすぐに立ち上がって俺のそばにくる。
「カナタ様。お目覚めになりましたか。ご気分はいかがでしょうか?」
「あ……は、はい、なんとか。えっと、俺、どれくらい寝てました……?」
「私とのお手合わせから二十分ほどです。おそらくは脳しんとうを起こしておりましたので、まだ安静になさっていてください。医者にお診せしようかと思ったのですが、ユインシェーラ様とミリー様が回復魔術をお使いくださり、これで大丈夫だろうと……」
「あ、そ、そうっすか。いや、なんか迷惑かけてすんません。まさか最後の訓練でこんなヘマしちゃうなんてなぁ。かっこわるい」
「とんでもございません。謝罪しなくてはならないのはこちらです。カナタ様ならば、あの蹴りも防がれるものと思っておりましたので……。なぜ当たったのか、今でもよくわからず……」
頭を下げるリリーナさん。
うーん、ど、どうしよう。正直に答えた方がいいのだろうか?




