第八話 い・ざ・こ・ざっ!
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魔女様が定位置である番台から、片肘をついて。
「【轟斧】と”テオ坊”からの問題は、オーレリアが契約して万事解決。次は、あの子が持ち込んだ件だけど手に余るんだよねぇ……ったく」
一つ問題が片づいても、まだ残っているらしく。
羽根ペンと指で摘まんで回しながら、何かを考えている。
……魔女様って、本当に何者なのでっすかねぇ?
それこそ珍しい錬金素材や、世界各地の稀覯本にを入手出来る伝手を持ち。
様々な分野に広い知識を持ち、様々な人達から頼られる年齢不詳の妖艶な魔女。
お母様に連れられて、魔女様のお店に何度も来たけれど、
「(身分の高そうな貴族がお供を連れずに、お忍びで絵画に使う顔料を買いにきていたり)」
エルフでは、比較的若いのよぉ。
と、熱弁を振るっていた。
今年、四百二十歳を迎えたお母様よりも。
……年上って話ですので、ご先祖様達の事を知っているかもでっすし。
「(もし、知っているなら【始まりの冒険者達】の中で、ぼかされた部分についても聞いてみたいのでっすけど)」
何か、はぐらかされそうな気がするので。
「(大人に。冒険者になったら、それとなく聞いてみるですよっ!)」
~
ボク達が、そろそろ冒険者協会に向かうと告げると。
「三人とも、外は寒いから。気を付けて行くんだよ」
しっかりと、厚手の上着のボタンを留めたのを確認して。
「魔女様、お茶と焼き菓子ごちそうさまですよっ!」
「明日必ず父様を連れて参りますわね、魔女様。それでは、お暇させて頂きますわ」
魔女様にボク達三人は見送られて、店を後にする。
次の目的地は、冒険者協会。
お父様と魔女様から預かった、御本に封筒。
その二つを冒険者協会の受付さんに届ける為に、路地裏から表通りへ。
一路、冒険者協会の建物を目指して。
ブルックリン通りに出ると、北風が少し強く吹き。
「アルルさんは、寒くないでっすかね?」
オーレリアちゃんのケープの中、腕に抱かれている【根茎に憑く精霊】のアルルさん。
先程まで頭部の黄色い大輪の花が開いていたのに、今は蕾みとなり。
「………」
オーレリアちゃんは、うんうんと頷くと。
「寒くは無いみたいです、けれども。魔女様から頂いた服が、少し合わないそうですわね」
アルルさんが着ている服は、妖精用の大きいサイズの寝間着。
少しばかり大きい為に、襟口などが弛んで見えていた。
「ふふっ、オーサちゃん。私、公園に行く前に、一度家に戻りますわね」
ジェラール小父様や家族に、アルルさんと契約した事の報告と。
……御洋服の採寸を行うそうで。
「(オーレリアちゃんの趣味に合わせると、本当にお人形さんみたいになりそうでっすねぇ)」
白い漆喰壁の町並みを、冷たく吹き抜ける風の中。
冒険者と思わしき姿の人達が、【精霊の大森林】に赴く為の準備を行う姿。
武具の修繕や、道具類の値段交渉が賑やかに、したたかに行われている商店が軒を連ね。
視線を、進行方向に遠くを向ければ、アルテ橋側から見て西の端。
都市国家の時代より修復を重ね、マクデルの街を守り続ける石造りの防壁と、開け放たれた門が見えてくる。
その防壁と門に寄り添う様に、他の建物より一つ背の高く、赤い陶器瓦が葺かれた建物があり。
「オーサちゃんは、冒険者協会に行くのは初めて、ですわよね?」
「はいでっす。一人で行くのは、魔女様のお店のある路地裏から手前でっすので」
しかし、その場所だけは。
「(知ってるですよっ!)」
この通りを歩く時に、いつも目にする建物。
今見えているブルックリン通りで一番背の高い建物を、ボクは指さして。
「あそこでっすよね、オーレリアちゃん」
「そうですわ、オーサちゃん。親しみを込めて、【赤毛のクリス】と呼ばれる建物ですわね」
そこが、サンザクセン王国【冒険者協会】マクデル支部。
ご先祖様である、グラン・O・カティスと。
【始まりの冒険者】と呼ばれる、その仲間達。
彼らが様々な軋轢や紆余曲折を乗り越えて設立した、冒険者協会の最先端を歩む人達が集う場所。
「初めてなので、どんな人達が居るのか楽しみでっすよっ!」
~~
冒険者協会の歴史と、事の始まり。
オーレリアちゃんは、ご先祖様のグランが書いた小説【始まりの冒険者】の後日談とも言える、その後の話。
冒険者協会が設立されるまでの話は、知らなかった様子で。
ブルックリン通りを歩きながら、掻い摘まんで教える事になったですよ。
「とっても歴史は古くて、魔導帝国ジェダス・ジェダイの崩壊直後。丁度五百年くらい前に遡るです」
西方大陸の大部分を圧倒的な武力と、【魔法絶対主義】により支配していた魔導帝国崩壊の余波は、徐々に全土に波及し。
その混乱の中で、【天啓の民】崩れと揶揄される魔道士達による、悪行が横行し。
山野に隠れ潜んでいた【地這いの民】の一部が武装し、山賊と化して村や町を襲う事件が多発。
時を同じくして。
悪神の中位眷属【死肉喰い破る蛆の王】の手引きによる、魔物の【大暴走】が各地で発生。
「更に……」
ふと、うら若き乙女であるオーレリアちゃんには。
かなり早い話を口にしそうになり、口を噤む。
周辺各国から、早々に契約を解除された傭兵崩れが【小銭稼ぎ】と称して、旧魔導帝国内の村や小さな街に襲い掛かり。
【天啓の民】だろうと、【地這いの民】だろうと略奪と虐殺の対象となり。
女子供は慰み物にされたあげく、傭兵崩れ共の余興と戯れの為に殺されていく。
【ジェダスの鏖殺】と呼ばれる、西方大陸史の汚点であり。
「(こんな話は、五歳の女の子には話せる内容じゃないですね)」
自分自身の年齢である、四歳と言うのは棚に上げて置くですが。
この時、この虐殺を止められる力を持ったご先祖様達は。
「魔導帝国の支配が無くなった直後から、戦後処理の領土確定。その、国家間の水面下での暗闘に明け暮れ始めた周辺各国にとって、この混乱は好都合で……」
【始まりの冒険者】達に対して、もう用済みだと言わんばかりに手の平を還す国が続出。
「逆に、魔法至上主義に対する反逆者として、追っ手を差し向けた国もあったらしいですよ」
このお陰で、旧魔導帝国の領土から完全に締出されていたと言う。
考える為に、少し歩く速度を遅めたオーレリアちゃんは。
「えっと、大半と言う事は。逆もまた然り、協力する国家もありましたのね?」
「その通りですよ」
捨てる神あれば拾う神あり。
西方大陸でご先祖様達を匿い、味方側に付いてくれた国は二つ。
【始まりの冒険者】の一人。
【鉄拳】グラーフ・ブリガンディアが、かつて従騎士として仕えていた【ユーダリル】。
「ユーダリルと言えば、今でも廃都遺跡や頌都地下遺跡など。数多くの未踏迷宮が残る冒険者と、【戦女神】を信仰する聖騎士達の国ですわね?」
「それと魔導帝国でさえ手を出せずにいた、天凜龍【星明かり(ルークス・ステッラエ)】の棲み処のあった場所。山間の自然豊かな小国【ルツェル】ですよ」
ご先祖様達は、この二国の協力と後ろ盾を得て、各勢力の説得に赴いたのですよ。
「……物理的に」
話を黙って聞いていたアルルさんも、首を捻る言葉に。
オーレリアちゃんも、
「物理的って、一体何をしましたの?」
「詳しい事は判りませんが、一つだけ。ご先祖様がやらかした事を、断片的に記述した手記の写しが図書館にあったですよ……」
その手記には。
”あの曲芸師が、姫を拐かした不死王を伴って、ふらりと王城前に現れた”
”次々と斬り掛かる騎士達を殺さずに、気絶させ。不死王が影で複雑に縛り上げ、路上に転がしていた”
”王城内から、次々と貴族達の絹を裂く様な悲鳴が上がり、しばらくすると聞こえなくなった”
”蒼褪めた貴族達が、這々の体で城門から姿を現すと。
口々に、醜い笑顔をした傭兵達に何度も剣で斬られ、槍で何度も串刺しにされる悪夢を見たと”
”曲芸師と不死王が、王や諸侯を始めとした貴族に何か囁くと、追っ手をかけるのを止め。
姫に王位を継承するまでの間、常に怯えた様子で背後と、首筋を気にしていたと言う”
「断片を時系列に並べかえて纏めると、こんな感じになるですが……」
オーレリアちゃんは、意外そうに。
「……人が死んでないのが、不思議ですわよね?」
その通り。
毒薬の知識に長け、暗殺の技術。
特に、相手の背後に忍び寄り気取られる事無く、首を掻き斬る事を得意とした先祖様。
それが、魔導帝国の差し向けた数千の精鋭兵相手に、大立ち回りをした【曲芸師】が死人を一切出してないのですよ。
「……何か思う所が、あったんでっすかね?」
そして、中央大陸に所用で戻った【放蕩術師】アーサー・A・アンデルセン以外の四人も、大陸各地を飛び回り。
根気良く。
時には、拳を交えた物理的な説得を行いながら
魔法の優劣や、魔力の有無で長らく別たれて来た【天啓の民】と【地這いの民】。
この元は一つであった民の間に蔓延る怨恨や、燻る遺恨を解きほぐし。
偉大なる天凜龍との約束事を守り、迫害されていたその他の種族への偏見を捨て。
”冒険者として、数多の人種や種族が分け隔て無く協力しあえる集まりを作ろう”
「【蒼穹の弓士】ルクレツィア・バルモアの言葉ですわね」
「この言葉に共感した人達が、大陸各地から。主義主張、宗教や思想に、種族や民族の垣根を越えて少しずつ集まって」
集まる場所が必要だと【ルツェル】出身の【字捨て】ヴィルヘイムが生家だった場所を開放。
「この場所が、現在も冒険者協会の本部になってるですよ!」
……いつの日か、行ってみたい場所がどんどん増えていくです。
その後、西方大陸の混乱の収拾に目処が立った、記念すべき日。
「この辺りは、【冒険者協会の歴史】で読みましたわね。確か……」
五百二十九年前。
共通歴四百三十五年七月十六日。
……丁度、魔導帝国の【融和帝】が、志半ばで謀殺され倒れた日。
【始まりの冒険者】達と、大陸各地から集まった六百名余りの新たな冒険者達が集まり。
”冒険者として、数多の人種や種族が分け隔て無く協力しあえる会”
「つまり、冒険者協会を発足させた訳ですよ」
途中で歩みをゆっくりとしたお陰で、心ゆくまでオーレリアちゃんに語る事が出来たですが。
「オーサちゃん、何か騒がしいですわね?」
何か目的地が。
冒険者協会マクデル支部【赤毛のクリス】周辺が騒がしく。
その入り口の内側を覗き込む数人の冒険者の心配そうな顔が、目に入ったですよ。
……何かあったですかね?
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【赤毛のクリス】の前には数人の冒険者と、近所の商店主達が、眉と声を潜め。
「何時まで騒ぐんだよ、邪魔だよなぁ」
手には簡素な弓を持ち、矢筒を背負った冒険者が愚痴るのが聞こえ。
「聞かれちゃ不味いって、あんなのでも子爵なんだからさ」
手に持った昼食代りの小振りな林檎に齧り付き、悪態を吐くのは腰に剣を吊した女性冒険者。
建物の中からは、高圧的に傲慢な物言いの男性が、誰に罵声を浴びせかけているのが聞こえてくるけれど。
「興奮しすぎて、何を言ってるのか判んないでっすよ」
オーレリアちゃんは、声の主に心当たりがあるのか。
「はぁ。あの声は……嫌になりますわね」
嫌悪感が見て取れる表情で、溜息を一つ。
「アルルちゃん。少しの間、ケープの中から顔を出してはいけませんわよ?」
「………」
一度頷いて、暖かなケープの中に引っ込むアルルさん。
ボクは、手近にいた林檎を囓る女性冒険者に声を掛け。
「何かあったですか?」
すると林檎を咀嚼しながら、目を見開いて。
「ありゃ、可愛らしい娘さん達だね。何があったって中で、まぁ馬鹿貴族が騒いでるのさ」
頷きながら、商店主らしき老婆が。
「あれはゴンゾ男爵だよ、お嬢ちゃん達。良い噂を聞かない男だからねぇ」
そう言うと、老婆は少しだけ身体をずらし。
「あそこの趣味の悪い、可愛げも無く醜く太った男が、そうだよ」
入り口の開け放たれた、両開きの扉の向こう。
左右に腰に帯剣した、騎士と思わしき護衛を配置した男性の姿が見える。
感情が抑えられないのか、手に持った装飾華美な杖を、何の罪も無い床に何度も叩き付けている。
「だから、さっさとあの稀少な精霊をワシに。いや、魔法学院に引き渡せと言っているのが、何故判らんっ!」
その言葉から察するに。
「(アルルちゃんの保護に横槍を入れたのは、コイツでしたか)」
唾を飛ばし、叫ぶその姿は、【貪欲なる豚人】を縦に潰して、より醜くでっぷりと太らせた様。
……馬子にも衣装とは良く言った物ですが。
趣味の悪い紫色の防寒着には各所に金糸の刺繍が施され。
その防寒着も、腹が出すぎて前が綴じられ無いほどに、大きく膨らんでいる。
そして罵声を浴びせかけられているのは、大きな蛾のような触覚を持つ。
「(な、え。わ、和服でっすかっ!)」
前世のボクの記憶の中にある、日本と言う国の伝統衣装を着た、頭の先から爪先まで白一色の女性。
違うです。
……白一色じゃ無いのです。
時折、ゴンゾ男爵を見下すように、蔑む様に見る目。
その結膜の色は黒く、その中に浮かぶ宝石のような赤い瞳。
「(特徴的な外見なのに聞いた事も、見た事も無い種族の人ですね……)」
言うなれば、カイゴガを擬人化した様な……。
「相手をされているのは、冒険者協会の受付をされているルイ様ですわね」
ボクの隣で様子を伺う、オーレリアちゃんは彼女の肩書きを教えてくれる。
「なぜワシの命令が聞けんのだっ!」
ゴンゾ男爵が更に声を荒げた様子から、要求を何度も手厳しく断わっている様子が覗える。
「所詮貴様等は、出来損ないの【地這いの民】と【亜人】ッ!ワシの様に偉大で優秀な【天啓の民】の、高潔な血を受け継ぐ貴族に傅くのが、下等な民である貴様等の礼儀だろうがっ!」
思い切り振り上げた杖が、ルイさんの和服の袖をかすり、床にまた強く打ち付けられるも。
当人は涼しい顔で。
「何度言われましても、取り下げる事は致しません。お引き取り下さいまし」
なんなら。と、言葉を溜めて。
「そちらに居られます【轟斧】様や、現在の保護者である魔女様に直接交渉されては如何です?」
奥を指さすと。
誰かが、豪快な声で。
「がはは、ルイ。俺はそんな心根の卑しい、腐った男と交渉する気は一片も無い、帰れと言おうか」
完全に交渉拒否の言葉を放つ。
その言葉に、顔を真っ赤に染め上げたゴンゾ男爵は、怒りに肩を震わせながら。
「覚悟しとれよ、この化け物共がっ!」
踵を返し、お供を連れて冒険者協会の玄関口まで歩いてくると。
不意に、ボクの背後。
オーレリアちゃんを、血走った目を向けると。
「ばっ、何を見ていたクロッセルの青二才の小娘がっ!出来損ないの、恥さらしがっ!」
ゴンゾ男爵は突如として怒りだし、杖を振り上げ。
「あの青二才がっ!権利を寄越さんと娘がどうなるか、思い知らせてやるわっ!」
オーレリアちゃんの顔を目掛けて。
勢いよく空を切りながら、振り降ろされるけれど。
……その目前に、ボクが居る事を忘れちゃ行けませんよね?
杖の先端から、中程の所が通る場所に右手を置き。
「ボクはね」
振り降ろされる杖を右手で掴み、ゆっくりと力を込める。
「友達を」
年端の行かぬ子供に、杖を掴まれ。
ゴンゾ男爵が力を、どんなに力を籠めても動かぬ杖先に動転し。
「放せッ!放せと行っておるのだっ!!」
杖を振り回そうとしても、微動だにして動かず。
「傷付けられるのが」
杖から、ピシリとひび割れる音が響き。
「嫌いなんですよねぇ……」
中程の太い部分が完全に握り砕かれ、木片が辺りに散らばる。
ゴンゾ男爵は、杖の持ち手を見て。
「【物質強化】の術式を複数回掛けた、【魔法具】を握り、潰した……」
次に、ボクを化け物でも見るかのような面持ちで、一歩後退りし。
ボクを、悪趣味な指輪が幾つも嵌まる。
怒りか、それとも恐怖か両方か、小刻みに震える太い指で差しながら。
「貴族に逆らうと、どういう目に遭うか思い知らせてやれッ!」
ゴンゾ男爵が連れていた護衛は、腰の物を抜く前に。
「遅いよ」
林檎を囓っていた女性冒険者が、素早く双剣を抜き放つと首に突きつけ。
もう一人は、魔女様の店で擦れ違った、緋色の戦装束のエルフに肩をやんわりと掴まれており。
「子供相手に、騎士階級が抜き身はねぇよな?」
肩に担いだ両手剣の剣先を地面に振り降ろせば、重量物が落下した衝撃と共に、土煙が舞う。
「なんなら、俺が相手になるが、……やるかい?」
言葉に冷たい物を感じ取った護衛の二人は頷き、大人しく両手を上げ。
その光景を見ていた二人の雇い主は、邪魔をしたボクの顔を睨み。
「き、貴様の様な化け物を生んだ親の顔が見て……」
はぁ、ボクは有言実行する質なんですが、ここまで早く実行するとは思っても居ませんでした。
「……お父様、お母様の事を悪く言う輩は……」
ゴンゾ男爵の臑を、思い切り爪先で蹴り上げ。
「~~~~~~っ!!!」
足下に転がっていた、食べかけの林檎を拾い上げると。
臑を蹴り上げられ、痛みで大げさに転げ回るゴンゾ男爵に向かい。
血走しり敵意を抱いた目で、ボクを見上げながら。
「次に、ボクの両親を貶し、友達の家族を傷付け様と画策した段階で……」
実が詰まり堅い小玉林檎を、右手でいとも容易く握りつぶすのを男爵に見せ。
「男爵の、その汚らわしい下半身にぶら下がったモノが、同じ運命を辿ると思って下さいです」
この場に居る男性諸氏が、股を足で防御する仕草を見せ。
「(前世だったら、ボクも防御してるんですよねぇ)」
ボクは満面の笑みを持って。
それとも今潰されたいです?と、聞くと怯えた表情で首を振り。
「き、貴様は……」
「名乗ると家名が穢れますです、それと」
ボクの後ろで、確実に風の術式を発動待機状態で維持している、オーレリアちゃんを安心させる為。
この男爵が腐っても【天啓の民】であるならば、この言葉を聞いた瞬間に【根茎に憑く精霊】に。
オーレリアちゃんと、アルルさんに”この件に関しては”手が出せなくなる言葉。
「男爵が探している【根茎に憑く精霊】は、魔女様の手引きで。どなたか知りませんが【契約】を結んだようでっすよ?」
唖然とした表情で、ボクを見上げ。
契約。
と、呟いた男爵は事の次第を飲み込み始め。
「聡い男爵なら契約の【強制破棄の代償】は、知っているですよね?」
完全に状況を理解させる為に、【根茎に憑く精霊】は契約したともう一度念を押し。
魔導帝国以前より、精霊様達との約束事として。
契約者と、契約精霊を意に沿わぬ形、即ち強制的に引き離した上で。
無理矢理、その精霊と契約しようとすると。
【天啓の民】崩れの烙印と、精霊達からの罰。
つまりは、貴族としての地位や権利を全て剥奪された上、【制約】の術式により魔法を行使する動作すべてに置いて激痛を強いると言う。
「理解出来た様子でっすね、男爵」
「き、貴様。ワシの事を……何処まで知って……まさか、テオドールの、こんな小娘がっ!」
色々勘違いしてくれている様子でっすが、ここは乗って上げるのが宜しいですよねぇ。
「ふふっ、どうでしょうね?」
お母様の声色を、真似て大人びた声を出せば、男爵の顔がより一層青くなり。
「ひっ、あ……うわあああああああああっ!」
臑を蹴られた痛みで、転げ回っていた人間とは思えない速度で、立ち上がると。
ボクの脇を抜けて。
何故か叫びながら、ブルックリン通りを全速力で、東へ駆け抜けて行く。
護衛の騎士達も拘束を解かれ、慌ててゴンゾ男爵を追いかけ。
その情け無い貴族や、騎士の後ろ姿を見ながら。
「ふぅ。いい歳をした大人が、四歳の子供に怖じ気づいちゃ駄目でっすよねぇ」
手に付いた林檎の破片や汁を振り払うと、同時に。
オーレリアちゃんが、両手に発動待機していた術式を解き。
「お、オーサちゃんっ!手に怪我はありませんのっ!?」
「大丈夫でっすよ、ほら」
少し赤くなっているけれど、傷一つ無い、右手の平を見せる。
ボク達を、周りで見ていた冒険者達や、目の肥えた商店主達は。
「いまさ、四歳って聞こえたんだけど、自信無くしそうだよ」
「すげぇな、あの年齢であの胆力かよ、あははは……はぁ」
「後ろに居た娘も、ずっと発動待機状態で推移を見守ってたからね、将来が楽しみだよ」
それぞれに会話をしながら、自ら商店に戻ったり、冒険者協会の建物の中へ。
「はあ、オーサちゃんは無茶するんですから……でも、ありがとうですわね」
銀狐竜のケープの胸元から、少しだけ顔を覗かせるアルルさんも、何か言いたげで。
「………っ!」
小さな声で、ありがとう。と聞こえて。
「どういたしましてですよ」
開け放たれた冒険者協会の入り口脇に立つのは。
「いらっしゃいませ、小さな冒険者様方。本日は、どのようなご用件ですか?」
白い和服を着た、冒険者協会受付のルイさん。
ボクは、大きな声で。
「はいでっす。ルイさん宛てに、王立図書館のハルベイル・O・カティスから書籍の配達と、路地裏の魔女様からお手紙を預かって参りましたでっすよ!」
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