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第七話 小さな二人の契約

 

 魔女様が、ボク達が冒険者協会に行くと聞いて。


「オーサに、オーレリア。冒険者協会に行くなら、お使いを頼まれてくれないかい?」

「いいでっすよ、魔女様」


 お母様の悪癖と、無茶振り。

 西方大陸で出版された稀少本を、様々な経路を駆使して入手してくれるでっすし。


「(ボクも、お母様の御本読んでるでっすしねぇ……)」


 それに。

「はい、魔女様」


 オーレリアちゃんも、アルラウネの植木鉢の前でしゃがみ込んでいて。


「ふふっ、もう少しお話出来ますわね?」


 頷くのは。

 土の中から抜け出し、その植木鉢の縁の腰掛けているお人形サイズのアルラウネ。

 緑色の頭髪に似た葉を長く伸ばし。

 頭部に大きな黄色い大輪の花を咲かせている少女と、オーレリアちゃんは話ている。


「(九十九年物のマンドレイクに、精霊が宿った存在をアルラウネと言ったですねぇ)」


 オーレリアちゃんの声に、身振り手振り。

 そして、小さな声で応えるアルラウネ。

 ……休日辺りに意外と珍しい物好きの、ジェラール小父様を連れて来そうでっす。

 魔女様は、冒険者協会への手紙を書いている間、暇だろうと言う事で。

 ボク達は、店の隅に設けられた、普段は商談用に使っていると言うテーブルの席に着き。


「手紙が書き終わるまで、お茶でも飲んで待ってておくれよ」


 魔女様が淹れてくれたお茶は。

 この晩秋の時期、身体の温まる蜂蜜たっぷりの生姜茶。


「私は、どうも砂糖の甘さは苦手でねぇ」


 そう言ってお茶と一緒に、白い陶器の皿に乗せられて出てきたのは。

 一口サイズの、砂糖が薄く浮いた焼き菓子クッキー

 懇意にしている取引先が、気を利かせて持ってくるらしいのだけど。


「リコリスが、最近来ないからねぇ」


 時折お母様が来て、食べない焼き菓子を回収していたそうで。

 ……おやつに出てきた焼き菓子の出所は、魔女様が食べない取引先からの頂き物でした。

 魔女様は、番台に座ると。


「ティルと、リコリスの分は。帝国工房に発注するとして……」


 取り出した箱の中から、【採取依頼票】と書かれた紙を取り出し。

 台帳の各種在庫を確認し、


「【水霊草】を二十束に、【痺れ大蜥蜴パラライズ・リザード】の毒腺に、【燃える黄透石】も在庫切れか……」


 用紙に書き込む魔女様の横顔を見ながら。


「いただきますでっす、魔女様」


 お茶を一口啜り。

 生姜と蜂蜜の風味が混じり、生姜の辛みを蜂蜜の甘さが解きほぐしてくれる。


「……ほっとする、おいしさでっす」


 前世では、清涼飲料水や炭酸水ばかり飲んでいて。


「(生姜味の飲み物だと、ジンジャエールと。地元だと。ひやしあめも飲んだでっすか)」


 まぁ、そんなものばかり飲んでいるから。

 20代前半から下腹が出るような、そんな食生活を送って来たと。


 ……今更ながら思う訳で。

「(前世のボクに比べると、今のボクは実に健康的でっすねぇ)」


 焼き菓子を指で一つ摘まむと、口の中へ放り込み。


「ん、とっても甘いくて美味しいでっす」


 食べた分は、きっちり修練で消費する。

 それが今世で、美味しくご飯を食べる秘訣なのだと思うのですよ。

 

 ~~

 

 魔女様が、封筒に赤い蝋を垂らし。

 ガンッ!と、番台にまるで叩き付ける勢いで印璽を振り降ろし封をする音が聞こえ。


「【水薬】関係の素材の出が多くて、思いの外手間取ったよ。二人とも待たせてすまないね」


 魔女様は立ち上がると、書き上がったばかりの手紙を指先で挟み。

 番台からは、少し死角になるボク達の居る場所。

 商談用のテーブルの見える位置まで歩を進めると。

 ボクとオーレリアちゃん以外の、三人目の姿がある事に気が付く。

 その三人目は。

 オーレリアちゃんと、楽しく植木鉢の縁に座りお喋りをしていた少女。

 いや、少女の姿をした【根茎に憑く精霊アルラウネ】なのでっすが。

 オーレリアちゃんが、名残惜しげに手を振り植木鉢から離れると。

 とてとてと歩き、オーレリアちゃんの後ろを着いて行く。


「懐かれて、しまいましたわね」


 少し嬉しそうな、けれど少し寂しそうな表情で、テーブルに着くと。

 スカートをよじ登ろうとするので、オーレリアちゃんが抱き上げて膝の上に座らせれば。

 オーレリアちゃんが着ている、ふわふわぬくぬくの銀狐竜のケーブにしがみつき。

 そのまま寝息を立てて、すやすやと眠ってしまった。


「そして今に至ると。言う訳なのでっすよ魔女様」

「【根茎に憑く精霊】が。人にこんなに懐くなんて、珍しいねぇ……」


 大地の精霊様の眷属である、【草木の精霊ドリアード】の亜種。

 九十九年もの長い年月をかけて、十二分に成長した【徘徊する根茎マンドレイク】を依り代として。

 【草木の精霊】が取り憑いて、醜い姿を脱ぎ去り現れる精霊。

 それが、美しい少女の姿をした【根茎に憑く精霊アルラウネ】。

 図書館に収められている、数少ない精霊魔法に関しての書物でも。

 ”出会う事は希有で、契約を結ぼうと考えているならば。幾つもの幸運が積み重なる事が必要”と記述されているでっす。

 まぁ、九十九年物の完全成熟した【徘徊する根茎】自体が珍しいでっすからねぇ。

 ちなみに、魔女様のお店で販売している”マンドラゴラ”は、徘徊する前の若い根茎の事でっす。


「……魔女様の店だからスルーしかけたですよ。なんで居るんでっすか、稀少精霊でっすよね?」


 各大陸の希覯本が書棚に並ぶ店だから、無意識の内に納得しかかってたですよ。


「そりゃどうも。まぁ、冒険者が【精霊の大森林】の奥地探索中。魔獣に襲われている所を救助したは良いけれど、怪我をしていた上に、扱いに困ったらしくてね」


 森の恩恵を受けるサンザクセン王国では、精霊の取引及び販売を盟約により固く禁じており。

 もし取引しようものならば、


「(精霊の違法取引の罰則は、絞首刑。つまり死罪ですね……それに)」


 冒険者としても、違法な取引に手を出したと言う烙印を押されて。

 冒険者協会に所属する全ての冒険者から、【賞金首】として延々と追われることになるです。


「さて、どうしようか……」


 何か悪い事でも思い付いたのか、魔女様が手紙の隅に唇を当て、薄く笑う。


「実はね……」


 保護の延長を申し出た時、どこかの貴族から横槍が入ったそうで。

 魔女様は、オーレリアちゃんの膝の上で眠る、あどけない精霊の顔を見ながら。


「【轟斧】からの直々の頼みだし、”テオ坊”に直接許可を取った上で、保護を引き延ばしている訳なんだけどねぇ」


 その引き延ばしは、せいぜいあと1週間。


「それを過ぎると、どうなるんですの?」


 オーレリアちゃんは、微かに震える声で眠る少女の肩を抱き。


「魔法学院を経由して、【精霊の大森林】に返還されるって話になってるらしいんだけど」


 魔女様が信用することが出来ないと、きっぱり断言し。

 そしてボクも、”魔法学院を経由する”という言葉に違和感を覚え。


「王国側に異議ありでっすっ!」


 ギザギザ頭の弁護士が、一瞬乗り移ったかの様に声が出て。


「マクデルは、精霊の大森林に最も近い街ッ!。

 ただ返還するだけならば、魔法学院を経由しなくても問題は無いはずでっす!」


 即ち。


「魔法学院に移送中。もしくは、魔法学院の中で事態が起こるでっすよっ!」


 もし実行に移され、そして事が露見すれば精霊の誘拐であり。


「森に住まう人達と結んだ盟約を。培ってきた信用と信頼を、破る事になるでっす!」


 魔女様は、テーブルに両手を突き。

 肩を震わせながら、


「オーサみたいな子供にまで、見破られる悪事ってのも何だねぇ」


 魔女様が信頼を置く”テオ坊”と言われる人も、ボクの言う事態が起きる事を危惧していて。


「あと、一週間以内に解決策を見つけてよ。なんて手紙に書いてくるものだからね、どうしたものかと思ったけれど……」


 オーレリアちゃんと、その膝に抱かれる少女に視線を向けて。


「警戒心の強い【根茎に憑く精霊】が、私が近づいても。起きる素振りも見せずに、安心して眠っているなら大丈夫」


 魔女様は、テーブルの縁に腰掛けて。

 ボクは、なんとなく察しがついていて黙っている。


「オーレリア。その【根茎に憑く精霊アルラウネ】と契約を結んでみる気はないかい?」


 オーレリアちゃんがすやすやと眠る、警戒心皆無の少女の頭を撫でる手を止め。

 魔女様の突然の言葉に、しばらく口をパクパクと動かし。


「け、契約ですのっ!あの、精霊との契約となると心を通わせる必要が……」


 大きな声に、精霊さんは起きたのか。

 薄く目を開けて、きょとんとした表情で辺りを見回し。

 最後に、オーレリアちゃんの顔を見て安心したのか、また銀狐竜のケープに顔を埋め。


「………」


 ボクや、魔女様に聞こえ無い小さな声で、何かを伝え。

 オーレリアちゃんは、緊張した面持ちで。


「私が、契約して……本当に、宜しいんですのね?」


 ボクは頷いて。


「ボクは契約もできない体質でっすしねぇ」


 【契約】も魔法の一種。

 【根源血液同化症】の影響で、契約を締結する為の魔力交換が出来ないです。

 でも、代わりに四歳にして腹筋が割れて……なんか嬉しくないですよ……。


 魔女様は。

「【魔女】として言わせて貰えば、オーレリアと、その子が少し羨ましく思うね」


 年若くして契約出来る精霊を見つける事が出来るのは、とても幸運な事だと言い。

 胸の下で腕を組み、揺れる。


「二人が、今日。この場所で出会えたのは奇跡……ったく、柄にも無い事を言わせるんじゃないよ……」


 そこ声は、どこか。

 魔女様が遠い所にいる、懐かしい誰かに伝えるような声。


 オーレリアちゃんは、顔を上げた黄色い大輪の花を咲かせた少女に向かって。


「では、謹んで」


 精霊さんを、テーブルの上に座らせて。

 契約の儀式とは、魔力の交換であり。

 互いに肌を触れ合わせ、契約の言葉を互いに紡ぐ事。


 二人は、共に額を合わせ。


「我が名は、オーレリア・クロッセル」

「我が名は、【根茎に憑く精霊アルラウネ】のアルル」

「「世界の根幹を司る精霊の王よ、我と共に歩む者に祝福を授け。今、互いに契約をなせ」」


 契約の言葉を紡ぎ終えると、優しい風が二人と包む。


「これからよろしくですわね、アルルちゃん」

「………」


 契約の言葉を紡いでいる時には、はっきりと聞こえた精霊さん。

 アルルの声は、また小さくか細いものとなっていて。

 オーレリアちゃんのケープの中に入ると、襟元から顔を出す。

 魔女様はテーブルから立ち上がると、手を二度ほど叩き。


「さて、これで契約は終了。”テオ坊”に借りが出来る前に解決出来て本当によかったよ」


 そして、悩みが一つ解消し。

 少し眉間の皺が取れた魔女様が、ボクに手に持った封筒を渡すと。


「オーサ。それを私からと言って冒険者協会の受付に渡しとくれ」


 裏の封蝋に押された印璽は、流れるような火の紋章。

「了解でっす、魔女様。冒険者協会の受付の人でっすね?」


 魔女様は頷き。

 オーレリアちゃんと、契約したばかりのアルルちゃんに向かって。


「オーレリア、明日にでも父親か、母親でも良いから連れといで。アルルだっけね、その子に必要な物と説明をするからね」


 ボクの頭の上で、アルルちゃんのこれからの事を話し合う二人。

 手紙を、背嚢の中に収め。

 ……食べるですかね?

 目の前の皿にのった焼き菓子を、一つ摘まんでアルルちゃんに差し出してみると。


「………っ!」


 ケープの中から上半身を出して、腕を伸ばし受けとると、焼き菓子に齧り付くアルルちゃんを見ながら。


「ボクのこの体質の、残念な所が浮き彫りになったですよ」


 そう、もしふわふわもっふもふな精霊や、使い魔になってくれそうな魔獣を見つけても。


「……契約出来ないんでっすよねぇ」


 ボクは、お皿の中に数枚残った焼き菓子の一つを摘まみ、口の中に放り込んだ。


 ●


2015.10/23

金曜日に飲み会がありましてね。

生牡蠣のお寿司と、かに味噌の軍艦巻き食べたら、ははっ!。

ええ、ノロじゃ無いけれど。

アタリ引きまして、本調子で無いです、はい。

ここを読んだ皆様。

本気で辛いので、ちゃんとうがいと手。

そして加熱調理した物を食べましょうっ!

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