表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

第六話 はじめてのおつかい

 ●


 オーレリアちゃんとお友達になって、一ヶ月と少し。

 爽やかな夏は過ぎて、秋も終盤に差し掛かった、ある日の図書館で。


「(寒っ!前世では寒暖激しくなってくる頃合いでっすけど、マクデルは既に冬でっす!)」


 フード付きの厚手の上着の裏地には羊毛が使われ、ズボンも綿入りで暖かいけれど。


「御本を読んでると、手が冷えるでっすねぇ」


 吹き抜けに面した木製のベンチに座りながら、悴む手を擦り再び書物を拡げ目を落とす。

 今読んでいる書籍は【初級錬金術教範】。

 冒険者の必需品である【水薬ポーション】や、触媒となる各種【混合液】と【混合粉】の製法。

 その手順と、使用する器具が図解入りで判りやすく記載されている。


「……虫茸の煮汁に吸血樹の根、水霊草を加えひと煮立ち。この時に灰汁を取り切らなければ【体力回復促進の水薬ヒーリング・ポーション】としての効力は変わらないが、飲み口に苦みが残るでっすか」


 材料を見ていると、凄く美味しく無さそうです。

 それに効能は、傷を即座に治すものは無く。

 自然治癒力を高める物中心で、即効性を求めるなら回復の術式の頼る事になる。


「(【水薬】を飲んでも傷がすぐ治るのはゲームだけっすねぇ……)」


 しみじみと目を閉じて瞼の裏に浮かぶのは。

 敵に囲まれて絶体絶命かつ、経験値減少の危機を回避するべく、回復アイテムを登録したキーを高速で連打する前世のボクの指。

 最後には、切り札の課金アイテムを消費して切り抜けたでっす。

 ……あの課金アイテム確か名前が【炸裂する短筒エクスプロード・トーチ】、つまりは爆弾ダイナマイト


「(数十を超える敵が、どっかーんと吹っ飛ぶのは爽快だったでっす……あれ?)」


 そこで、不意に気が付く。


「あれ、あれれ?」


 ボク、この世界で火薬の記述を見た事が無いでっす。


「確か材料は……」


 材料は木炭に、硫黄に……えと、喉元まで出掛かってるのに出てこないでっすよっ! 

 しばらく唸りながら。

 脳内で連想を続けること、数分。


「(そもさんっ!!戦国大名達がこぞって欲しがった、日本では天然物がほぼ産出されない鉱物とは)」

「(せっぱっ!硝石でっす!)」


 脳内問答で、目的の鉱石の名称を思い出し。

 本を閉じ、立ち上がると【初級錬金術教範】を元の書棚に戻す。

 鉱物関連の書籍や資料が収められている場所は、図書館の二階。

 この図書館には、六カ所も階段があり。


「確か、鉱物関連の書棚は、入り口横の階段を上った方が早いでっすねぇ」


 硝石が存在しなくて、黒色火薬を作れないなら、それで何も問題は無いんでっすが。

 もし作れるなら、冒険者として活動する時に色々と便利でっす。


「(あ、花火作りたいでっすね四尺玉とか……、いやいや【取らぬ狸の皮算用】は駄目でっす)」 


 見通しも立たぬまま計画を立て様とした事を、自分の中で戒めつつ。

 静かな図書館に、小さな足音を響かせながら目的地への階段を目指していると。

 小さいながらも、館内では響く声で。


「オーサちゃん」


 お母様の声がして。

 振り向けば、そこにはお父様とお母様が、二人して手招きして呼んでいるでっす。


「お父様、お母様。どうしたでっすか?」


 ボクも来館者の邪魔にならないよう小さな声で返事をして、足音をあまり立てずに駆け寄ると。


「丁度良い所に来てくれたわねぇ、オーサちゃん」

「本当だね、オーサ。お使いを……頼めないかな?」

「お使いでっすか?」


 手渡される物は、お母様からは白いメモ用紙が一枚。


「ごめんねぇ、魔女様のお店で取り寄せたい品物が出来ちゃって、ね?」


 九分九厘、魔女様のお店で取り寄せるのは毒物系書籍かと思ったですが。

 メモの内容は。


時鉄鉱アダマス粉末の小袋、封印加工済み羊皮紙百五十枚でっす、一厘引いたですよ」

「もう、オーサちゃん。私だって毎回趣味の本ばかりじゃ……、ないわよぉ」


 ボクの頭を、優しく撫でながら一瞬だけ、言葉に詰まるお母様。


「はは、リコリスも最近は料理の本を増やしてるよね」


 内心。


「(毒性生物の安全な食べ方の御本でっす)」


 と、思わずツッコミを入れそうになったですよ、お父様。

 そんなお母様に、甘々なお父様が手にしたのは。

 一冊の書籍と、使い古されて濃い飴色になった革の背嚢ランドセル


「オーサに頼みたいのは、この書籍を冒険者協会の受付のルイさんに渡して欲しいんだ」


 その書籍を収める背嚢は。

 お父様がボクが生まれる前から使っていた、愛用の品。


「お手伝いのお駄賃として、オーサに。どうかな?」

「やったでっすよ!」


 嬉しくて館内で大きな声を上げそうになり、手で口を塞ぎ。

 早速背負うと、厚手の服を着ているお陰で背中に隙間も無く、後ろに引っ張られる感じも無い。


「ぴったりでっすよ。ありがとです、お父様」


 両親に見せるように、身体を軽く一回転。


「ブルックリン通りの魔女様と、冒険者協会でっすね。行ってくるですよ」


 図書館の玄関に向かって一歩を踏み出し。

 そうだ。と、思い振り向くと。


「お使いが終わったら、いつも通り公園で遊んでも良いです?」


 両親は、ボクの言葉に笑って頷きながら。


「あらあら、オーサちゃんは寒くなってきたのに元気ねぇ」

「大聖堂の鐘が鳴る頃には、僕達も仕事が終わるから。それまでに、家に帰ってきなさい」


 門限を守る事を条件に許可を得て。


「はいでっす!それでは改めて行ってくるでっすっ!」


 再び図書館の玄関を目指して、静かな館内に小さな足音が響いていた。


 ~

 

 図書館から出て少し歩くと、ラヘル河本流沿いの街道に出る。

 街道に植えられた街路樹は、銀杏に似た枝葉を黄色く染めて陽射しの中で、風に吹かれてざわめいていて。


「風が冷たいでっすねぇ」


 北からラヘル河の川面を抜けて、街全体を吹き抜ける風が身に染みる。


「では、いつも通りに行くでっすかね」


 普段通りに街道を駆け抜けながら、今日は少し様子が違う事に気が付く。


「(北風に背を押されて、身体が軽いです)」


 まるで北風が背中を押して上げるから、私と同じ速度で、街を駆け抜けろと。


「そんな事を言われてる気分でっすねぇ」


 ボクは北風に応える様に、地面を蹴り抜ける毎に、加速を重ね。

 まるで北風と踊るように、街行く歩行者の隙間を縫うように身を回し躱し進む。

 その速度の中で、ボクと進行方向を同じくする顔見知りが気付き、


「今日は何時もより早い、【西風ゼピュロス】が【北風ボアレス】を引き連れての登場だなっ!」


 笑いながら、不意に手を出しても。


「はい、タッチでっすよっ!」


 確りと手の動きを目で捕らえ、その手に速度を弛めぬ様に触れて抜けながら。

 目の端を流れ行く風景を楽しみながら走れば、もうアルテ橋に到達したでっす。


 ~~


「ふぅ、すっごく気持ち良い疾走でっしたねぇ」


 来た道を望めば、真正面から北風が吹き抜け、火照った頬に触れる。

 そして、ボクの少し尖った耳にも触れて、先へ先へと急ぐ様に、吹き抜ける。

 橋のたもとの欄干に両手をついて一呼吸。


「あら、オーサちゃん。少し早めの走り込みですの?」


 中州の方向から、見知った少女の声と足音がして。


「ボクは、お父様とお母様から頼まれたお使いの途中でっすよ?」

「あら、私も。父様から頼まれて、ブルクッリン通りの冒険者協会へ」


 ボクも一軒は同じでっすねと。言いながらオーレリアの方を振り向けば。

 ふわふわな物には拘りのあるボクが、思わず見とれ言葉が出ず。


「ふっふわぁですぅ……。はっ、全身ふわっふわで可愛いでっすね。オーレリアちゃん」


 どういたしまして。と、身を回し。

 ドレスの裾を軽くつまみ持ち上げてお辞儀をするオーレリアちゃんは、実に自然体。

 ……ボクには逆立ちしても無理でっすよ。

 彼女の出で立ちは、シンプルな色合いながらも豪奢。

 頭には、白藍色のベレー帽。

 帽子に合わせ同じ色を基調とした、アンティーク調のドレスの上に羽織るのは。

 銀狐の毛皮の色合いに良く似た、オーレリアの股下まで覆い隠す一枚皮を加工した袖無しの外套ケープ


「(でも、銀狐ってこんなに大きい……)」


 不意に陽の光が、オーレリアの羽織る外套に差し。

 虹色に変化する毛皮を見て、ソレが何かを理解して。


「ま、まさか。銀狐竜の毛皮でっすかっ!!」


 この銀狐竜は、中央大陸東部ラムダラ山脈でも未踏地域と呼ばれる、北部に生息する亜竜の一種で。

 数多くの危険が潜む未踏地域では、冒険者が狙って狩る事は稀。

 そのため、流通量も極々僅かでっす。

 その柔らかな手触りと、冬の陽射しを浴びれば、細雪の如く金や虹色に煌めく、正に最高級素材ッ!!


「そうですわよ、オーサちゃん。一目で見抜くなんて凄いですわっ!」


 聞けば元々、オーレリアちゃんのお父様。

 ジェラール小父様が、冬物の上着を新調する為に買い入れたそうですが。

 少し材料が足らなかったらしいでっす、体格的に。


「使わないのは勿体ないと、母様が。それでお誕生日に合わせて、冬に着られるよう誂えて下さいましたのっ!」


 嬉しそうに胸元で両手を合わし、喜びを表現するオーレリアちゃん。

 しかしその可愛らしい仕草も、ボクは目に入らず。

 ボクの視線の先は、


「(さ、触りたい。触れて、思う存分モフりたいでっす!)」

「あの。お、オーサちゃん?」


 ボクの邪な視線に気が付いたのか、覗き込むようにボクを見て。


「少し、触ってみます?」

「あ、ありがとでっす!」


 オーレリアちゃんの善意に甘え、柔らかな毛を痛めぬ様に最新の注意を払い触れる。


「ふふふ、ふわふわもっふもっふでっすねぇ……はぁ」


 思わず溜息を吐いて。


 顔を埋めてこの柔らかさを存分に堪能したい、その衝動を抑え。

 何時まででも触れていたくなる、この感触。


「オーサちゃんも、ふわっふわの魔力には勝てませんわね、ふふっ」


 短い時間ながらも、本日最高とも言えるひとときを堪能し。


「ふわぁ。ふぅ、オーレリアちゃん。どうもありがとうでしたっ!」

「どういたしましてですわ、オーサちゃん」


 頭を下げた視線の先には、足首から覗く黒のストッキングに、飴色の革靴が見える。

 ふと。


「(全部合わせると。……ね、値段は聞いちゃ駄目っすよねぇ……)」


 なんて考えながら。


「オーレリアちゃんも、冒険者協会に行くなら一緒に行くですよ。その前に、一軒寄るけど大丈夫でっすか?」

「大丈夫ですわよ、オーサちゃん」


 北からの風が吹き抜けるラヘル河を望みながら、アルテ橋を二人で足早に横断すると。

 すぐ側に大勢の冒険者で賑わう、ブルックリン通りの喧噪が聞こえてきた。

 

 ~~~

 

 ブルックリン商店街の裏通りは、昼間でも薄暗く何度来ても不思議な場所。

 ボクには見慣れた風景だけれど。

 この場所がある事自体を知らなかったオーレリアちゃんは、


「ひっ。り、【動骸骨リビング・ボーン】ですわっ!こ、こちらには【悪戯好きの妖精グレムリン】に、【幽霊ゴースト】までっ!」


 おっかな吃驚。

 ボクの手を強く握りしめて、辺りを見回しながら歩いて行く。


「大丈夫でっす。ここの人達は悪戯はするけど危害は絶対に加えないですよ?」

「ほ、本当ですの?」


 壁から浮き出るように現れた幽霊は、大仰に頷いてみせ。

 安楽椅子に座る動骸骨が足を組み替えながら、


「お嬢さん。ここは表通りより安全な場所だよ。我々の見た目さえ気にしなければね」

 渋い声で、紫煙を燻らせながらオーレリアちゃんに語りかける。


「思ったより、怖くないんですのね」


 ボクの手を握る力と表情を弛め。

 その声に、気をよくした悪戯好きの妖精が。


「そだぜぇ、お嬢さん。路地裏商店は、親切丁寧てっ奴さぁね。おっといけね、仕事だ、仕事っ!」


 慌てて店に戻る、悪戯好きの妖精の姿を見て。

「ふふっ!」


 オーレリアちゃんは、緊張が完全に解けた様子。

 もう怖くないのか、勢いよく二人で歩き出せば魔女様のお店は、すぐ目の前に。


「ここが魔女様のお店でっすよ、オーレリアちゃん」

「魔女様は、どのような方ですの?」


 説明が難しい為、直接見て貰おうと店に足を踏み入れようとして。


「(誰か出てくるですよ?)」


 オーレリアちゃんも気が付いた様で、足を止める。

 魔女様のお店から出てきたのは、翠玉の髪色をしたお母様と同じ耳の。


「(エルフの人でっすね……)」


 緋と白を基調とした戦装束。

 更には、胸部から腹部。両腕と両足に部分的に金属鎧を着けたその姿を見て。


「(冒険者にも見えて、騎士にも見えるでっすが……)」


 それよりも目に付くのは、このエルフさんが店の中から、左手一本で引き摺る様に持ち出し。

 今は、肩に担ぐ刀身に巻き付けた布をベルトで固定した、巨大な両手剣に目を奪われる。


「おっと、すまんな。お嬢ちゃん達。立ち止まらせちまって」


 二人で見上げれば、濃緑の目を細めて不意に小さく笑い。

 店の中に向かって、


「じゃな姉御。仕入れの方は、宜しく頼む」


 言うと、右手を上げてゆっくりとブルックリン通りへ。

 巨大な鉄塊。

 そう言える重量物を肩に担ぎながらも、確りとした足取りは歩みを刻んでいく。


「オーサちゃん、今のは……」

「多分、お店に来た冒険者のエルフさんだと思うでっすが……」


 店の中を覗き、他にお客さんが居ない事を確認して、足を踏み入れると。

 何時もと変わらない番台の上で、顔を突っ伏して疲労困憊がありありと見える魔女様が。

 魔女様は、盛大に溜息を吐くと。


「……の神霊の事なんて、放っておきゃ良いのに。面倒事ばかり頼んでくる子だよ、まったく」


 まるで身体の中に貯まった何かを吐き出し、起き上がると。

 蝋燭の明りの中で、飴色の艶やかに色めく長い髪を掻き上げ、視線を僕達に向ける。

 顔色が少しばかり柔らかになり、


「オーサと、……おや知らない子だね」


 魔女様は、腕を組み番台に肘を付けると、豊かな双丘がより前面に押し出され強調される。


「こんにちはでっす、魔女様。お母様のお使いで来たですよっ!」


 ボクは預かったメモを、魔女に手渡し。

 魔女様はメモを読むと、すぐさま在庫帳を番台下から取り出す。


「時鉄鉱粉末の小袋は、在庫があるから直ぐ出せる。封印処理済みの羊皮紙か、また共通語に翻訳すると危険な書籍が出てきたんだ。在庫じゃあ、足りないね取り寄せないと」


 魔女様は、手元にあったメモ用紙と羽根ペンを引き寄せ。

 ペンにインクを着け、走り書くように言葉を認めている。

 オーレリアは、興味深そうに店内を見回し、


「錬金術の素材屋さんですのね、植木鉢で踊っているのは……」

「アルラウネだよ、お嬢さん。ったく、オーサもリコリス見たいになってきたねぇ……」


 魔女様それは、ボクにとっての褒め言葉でっすよ?


「ほら、オーサ。リコリスに渡しな、それで判るから」


 ボクはメモを手渡されると、胸のポケットに仕舞い込み。

 魔女様の視線が、蜥蜴を平たく干した物を手にするオーレリアちゃんを見る。


「そこの、銀狐竜のケープを着たお嬢さんは誰だい?」


 オーレリアちゃんは、蜥蜴の干物を棚へ戻すと。

 振り向きスカートの両裾を軽く摘まみ、一礼。


「初めまして、魔女様。わたくし、オーレリア・クロッセルと申します、よしなに」


 オーレリアちゃんの名前を聞いた瞬間、魔女様が椅子にもたれて、


「クロッセルて中州の大本締めでしょうが。リコリス見たいじゃ無くて、そっくりだよオーサは……」


 ボクを褒める言葉を呆れ声で呟いて、天を仰いだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ