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第四話 オーサのゆうゆう散歩

 ●


 四歳の夏のある日。

 前世の日本という遠い国よりも、涼しく過ごしやすくて。

 あのうだる様な暑さが。

 その暑さの中食べる、かき氷のキーンッとした冷たさも。

 寂しく思う昨今ですよ。


 さてさてお父様もお母様も、本日はお仕事がお休み。

 僕の漆喰塗りの真白の壁が美しい、木造平屋造りのお家では。

 両親が縁台で隣同士に座り、お互いの間にある手指は重なり合っていて。


「活版印刷の品質も段々向上してきたから、紙本の蒐集が捗るねリコリス」


「そうよねぇ、西方では羊皮紙本がまだまだ主流だけどぉ……ちょっと増やし過ぎちゃったかなぁ?」


 お母様が、お父様に身体預ける様に寄り添い。

 お父様は、お母様の肩を抱く。


「僕の書斎も趣味と実益を兼ねた研究資料で埋まり始めた事だし、オーサも大きくなってきたからね」

「あらあらっ!だったらもう少し大きな借家探しましょう、貴方?」


 身を擦りつけて大型の猫の様に、甘える始めるお母様。

 そして、その大型の猫を上手にじゃらし。

 その内に再捕食されそうな、見目麗しいお父様でっすねぇ。


 そんな両親の足下に広がる物。

 小さいけれど、程よく纏ったお庭に広がるのは。

 厚手の布地の上に敷き詰められ、虫干し中の書物達。

 室内には、まだまだ沢山の御本があるでっすよ!

 ボクはしゃがみ込み。

 一冊の本の内容を、目で数行読んでみれば。


「(耳キノコ(コルヴァシニエ)の安全な調理法】)」


 挿絵には襞が折り重なった、不格好な脳状の外観を持つ茸が描かれている。

 前世のボクの知識によれば。

 赭熊網笠茸シャグマアミガサタケに似ていて、手順に添って処理すれば美味しいキノコ。

 毒素は加水分解で変化して、揮発性の高い猛毒に変化する為に換気せず行うと中毒を起こすです。

 ……これは、確実にお母様の御本ですよねぇ。

 

 隣の御本は【神遺物レリクス:焼き尽くす灼火の調査報告書】。

 お父様の研究分野である、神遺物に関する資料を紐で纏めた物ですよ。

 内容は。

 一頁目からなんです、この蚯蚓が胃痙攣起こしてのたうった様な文字は、読めないですよ。

 羊皮紙の端には指紋が付き、インクを漬けすぎて少し潰れた文字もある。

 手書き?

 共通語や図書館にある辞典には記載されていない文字っ!

 し、知らない文字ですよっ!

 むくりと起き上がる、ボクの原動力である好奇心っ!


「お父様っ!この文字は、どんな言われのある文字でっすか!!」


 手に取ると、大型の獣なお母様に膝枕しているお父様の元へ。

 ボクから、羊皮紙の束を受け取ると納得いった様子で、


「オーサ。これはね、【前シバ語】と言って」


 この文字は【シバ】と呼ばれる遙か遠く、南から流れて来た独特の文化を持つ民族。

 彼らがこちら側に渡る前に使っていたのが、この【前シバ語】。

 あれ、報告書ですよね、皆読む資料ですよね?


「でもでも、お父様。報告書なら……」

 表題は、共通語だったですよ?

 でも内容は、あ。


「もしかして、簡単に読めちゃダメな資料でっすか!」

「うふふっ。オーサはちゃんは本当に頭の回転が良いわね、でも大丈夫よ?」


 お父様の変わりに答えたのは、笑顔のお母様。 

 この資料は、お隣のラーダ帝国で魔法の道具を製造販売する【帝国工房】の長。

 【鉄槌の申し子】プタハ・ウェルケレが作成した、神遺物報告書のほぼ完成品の下書き。

 お父様が報告書を何頁かを捲り、おいで、と。縁台を軽く叩いてボクを呼ぶ。

 ボクはお父様の隣に座って、報告書を覗き込んだです。

 その頁は赤インクで斜線を引き、文字を訂正していたり。

 矢印と共に文言が追加されていたりと、何度も修正を繰り返していた様子が窺えるです。


「そんな貴重な資料が、どうしてお家にあるのでしょう?」

「リコリスと出会う切っ掛けをくれた、プタハ様からの結婚祝い……かな?」


 お父様は、少しは気恥ずかしそうな表情を見せ。


「ふふふっ!プタハ様の”餞別だ~、持ってけ~”って凄かったわねぇ、嬉しかったわぁ」


 神遺物研究者として大成する気なら、一つぐらい”生の資料”を持って置いて損は無い。

 結婚を報告した時に言われ、渡されたそうです。


「オーサの顔をプタハ様に見せに行くのも良いね、リコリス」

「そうねぇ、今の仕事が一段落したら考えましょ?」


 そんな幸せそうな両親を見て興味を持ち、


「その【前シバ語】を巧みに操るプタハ様ってどんな人でっすか?」


 ボクの言葉に両親は顔を見合わせ、二人して吹き出し。


「そうねぇ、プタハ様は人じゃないわねぇ。オーサちゃん【亜神】って知ってるかしら?」

 図書館の一角に、神様達のの棚があったですよ。

 そしてその棚は、既に読破済み。


「はいでっす!この世界の物事を司る神様達から、直接力を授けられた人を【亜神】と言うです!」


 はいよく出来ましたぁと、お母様に褒められて。


「そう、プタハ様は。【工芸の神】から力を授けられた、純白の牛頭人身ミノタウロスなんだよ?」


 お父様が尊敬の念を込めて言葉にすると。

 ふとボクは何時か見た冒険者の、もふもふ牛さんを思い出したです。


 ~


 お昼は、ハムと野菜たっぷりのサンドイッチ。

 手軽に食べられる軽食は、お父様の得意料理です!

 しっかり食べて、お腹も一杯になったので。


「お父様、お母様っ!ラヘル河までお散歩してくるのでっす!」

「はーい、大聖堂の鐘が鳴る頃には帰ってくるのよぉ?」


 見上げれば、雲一つ無く。

 清々しい快晴。

 今のボクの身長も伸び盛りで、食べ盛りに。

 そして、遊び盛りっ!


 本日のお出かけ衣装は。

 綿の丸襟のブラウス、襟に細やかな刺繍入り。

 裾が膝下まである濃い黄緑色の半ズボンを、サスペンダーで吊り下げて。

 子供サイズの革の運動靴は、底側も爪先鋲打ちで革張りなのですよっ!

 そしておかっぱ頭には、夏のマストアイテム首紐付きの麦藁帽子を被り。


「それでは、行ってくるでっすっ!」


 庭で虫干しする本の入れ替えを行う、両親に見送られながら。


 庭先から歩道へは、普通に何時も通りに歩き。

 家の前の広葉樹が青々と茂る木漏れ日の中。

 石畳の歩道に出ると人影が無いのを確認して、爪先で地を叩き。

 大きく息を吸い肺に大気を溜めて、口笛を吹く様に口を窄めて吐き出す。

 この少し不格好な呼吸を繰り返し、準備を整えると。


「せーのでっす!」


 軽く一歩を踏み出せば、四歳児ではあり得ない初速で疾走を開始。

 四歳になる直前から、午前中は図書館で読書。


「午後は冒険者になる為の基礎体力作りなのですよっ!」


 ボクの年齢では、刃物当たり前、木剣も危なくて使わせて貰えない。

 冒険者協会員になるには十五歳以上、この世界での成人が条件。

 それまで残り十年と少し、目標の為なら手段を選ばないのですよっ!


「ボクの現在の目標はっと、でっす!」


 目前にラヘル河本流に沿う、少し大きめの道が見えてくる。

 この道は馬車が通るので、速度を緩め。

 前方の進行方向に人は居るけれど、馬車は走って居ないのを確認すると。


 再び疾走を開始。

 道行く人達の間を、足先と重心移動で身を回し躱して進む。

 ボクの走り込みを見慣れている近所の人は、


「オーサっ!今日も元気だねぇ、はいタッチ!」


 不規則に繰り出される手に触れて、身を回し躱しながら、


「はいタッチでっす!」


 抜き去り、また不意に手を出されるの繰り返し。


 いつの間にか、ラヘル河西岸に噂話が一つ。

 午後の本流沿いの街道を疾走する【西風ゼピュロス】の手に触れると、一日健やかに過ごせるらしいでっす。


 程なくして、アルテ橋が見えてきて再加速。

 ボクの目標は。


「(世界中の遺跡に人目に触れず眠る書籍の蒐集とっ!)」


 河川公園に降りる階段前で、急制動を掛けて止まる。

 大きく息を吸い込み、ゆっくり時間を掛けて吐きながら。


「(ご先祖様が発見し、今は歴史の中に埋没した、【気高く吹き荒ぶ風】の再発見でっす!!)」

 

 ~~

 

 ラヘル河川公園。

 古来より河川貿易の中継地と栄えたマクデルが誇る、アルテ橋。

 毎日この時間は、水道内に溜まった泥や砂を吐き出す一斉放水が始まる為、観光客も多い。 


 だからボクの修練は、この公園から少し離れた木陰で行われるでっす。


「(まずは呼吸を整えて……)」


 大きく息を吸い、口笛を吹くかの様に吐き出す。

 この呼吸方法は、【難解っ!古代語魔法】から発想を得た物です。

 根源とは、大気中を漂う純魔力結晶体。

 ボクの循環回帰は、血液中にこの純魔力結晶体を取り込み同化、蓄積し続ける事。


「(二つの事から、大気中からより根源を刮ぎ取る呼吸を意識する)」

 前世知識にある東洋の気功や、丹田呼吸。

 印度のチャクラに、近代西洋魔術の四拍呼吸にも似ているです。

 この呼吸をたっぷり三十分間。

 ゆっくりと身体を動かしながら、根源を血流に乗せるイメージで全身に行き渡らせる。

 終わる頃には、涼しく乾燥した気候のマクデルでも、汗が噴き出るほど。


「春頃はまだ涼しくて修練も楽だったですねぇ」


 身体も、きっちり温まり。

 今日はご先祖様の体術の再現に取りかかろうと、思うでっす!

 まずは。


「あの申し訳ございません」

「ふぇ?」


 木の上から声がして見上げれば、いつの間にか女の子が太い木の枝に。


 蜂蜜色の長い髪の毛先が内側に軽く巻き、前髪は綺麗に切り揃えられ。

 ややツリ目気味だけど、不安なのか目尻が下がり。

 ボクを見ている瞳は、緑がかった青に涙が浮かんでいる。

 衣服は首元から胸元にフリルの付いた、薄手のアンティークドレス。

 足下は素足にサンダルと、軽装の可愛らしい同年くらいの女の子。


「どうしたです?」

「【飛行ブエロ】の術式を使って飛んでいましたら。その、魔力切れを……」


 緊急措置として、この樹に降りたら偶然ボクが居て。


「樹から降りられなくなりまして、その何方かお呼び頂ければと……」


 彼女の居る場所は、ボクの身長のおおよそ五倍。

 四歳女児の平均身長は、一メートル前後。

 五倍なら、余裕を持って五メートル五十センチの高さ。

 この高さなら、再現の前段階で”登れる”ですよー。


「待ってて、登るです」

「えっ!?」


 樹の太い幹に右の爪先を引っ掛け。

 そのまま身体を蹴り上げるのでは無く、上方に身体を引っ掛ける事を意識。


「(もう少し修練すれば無意識に登れるでっすね)」


 軽い歩調で、一踏み。

 そこで生まれた加速力を弛めず、そして決して蹴り込まず。

 短いサイクルで、交互に加速を重ねていく。

 稀代の曲芸師グラン・O・カティスが、なぜ曲芸師と呼ばれるのか。

 卓越した身体能力だけでは無く、それを生かす体術を会得していたからです!


「はい、到着でっすよ!怪我は無いでっすか?」


 女の子のいる太い枝に、軽い足取りで移る。

 女の子は、大きく目を見開き驚きの表情を見せながら。


「え、あの大丈夫。その、今のは魔法……ですの?」

「違うですよ、体術です……です?」


 まだ体術と呼べるまでには至っていないので、体術っぽい何かです。


「オーサぁ。今日こそは背後を取って腹を揉みかえ……その子だれ?」


 下から声が。

 ボクの垂直木登りを見ていた様子を、近所の鬼ごっこ仲間の男の子が見上げていて。


「木に登って降りられなくなった、女の子の救出中でっす」

「誰か呼ぶかぁ?」

「おぶって飛ぶから大丈夫ですよー」


 手を振ると男の子は、他の子供達の遊びの輪に加わる。


「あの、おぶって……飛ぶ、ですの?」


 ですよ。と相槌を打つ。


「そうだ、ボクはオーサ。オーサ・O・カティスでっす」

「わ、わたくしは。オーレリア・クロッセルと申しますわ」


 喋る言葉一つとっても、お上品なお嬢様でっすけど。

 魔法至上主義の貴族に騎士や、ありえないけれど王族が。

 どんなに幼くとも、お供も連れずに一般階層の多い西岸地区に来る事はありえないので除外。

 そうすると、飛んできた方向から。

 多分、中州に数多く住居を構える商家の子女でっすかね?


「取り敢えず降りるです」


 オーレリアと名乗る幼女に、ボクも幼女でっすが背中を向け。

 背におぶさるように言うと。

 不安そうに頷き、ボクの背中側から前に手を回し。

 彼女がおぶさったのを確認する為、少し揺さぶる。


「きゃ、あの、そのここから”飛ぶ”ですの……、魔法無しで?」

「飛ばないと、降りられないですよ?」


 少し腰を落として、


「行くですよっとっ!」

「あの、そのっ!心の準備がまだですわっ!」


 ボクは彼女を背負ったまま宙に身を踊らせ、飛ぶ。

 背中で息を殺し落下の恐怖を堪えている、オーレリアにこれ以上負担は掛けられないです。

 直下の着地点は、青々とし柔らかな芝生の上。

 背負ってるから一人なら安全に落下出来る、五接地回転法は使えない。

 足先が地に着くと、柔らかく膝を使い着地の衝撃を逃す。


「(もう少し着地に工夫が必要…)」


 僅かに衝撃が残り、背の彼女に、それが伝わったことを反省しながら。


「はい、もう大丈夫でっすよー」


 腰を落とした状態で、ボクはオーレリアに背中から降りても大丈夫と伝えても。

 しかし、しがみついて離れようとせず。

 背中で小刻みに震えながら、ボクの肩を強く握り。


「こ、怖かったですわぁあああああ」


 顔をボク背に埋めて、大声で泣き始める。

 その声に気が付いた、公園で遊んでいる子供達が振り向き。


「オーサが背中で、女の子泣かせてるぞ。つまり、オーサは女泣かせっ!」

「あー、後ろの子。木の上に登って降りれなくなった女の子だな」

「そうそう木に登ってた。鬼ごっこで木に駆け上がるので」

「鬼ごっこと言えばさ、捕まえようとすると背後に回り込むんだ、そして腹を……」

「たまーに、三歩くらいの距離を一歩で移動するよね、オーサちゃん」

「この辺りで見かけない子ですね、自分やはり大人と呼んでくるであります」


 皆の反応は様々でっすが。

 最初のは酒屋のトムですね、今度しこたま腹を揉んでやるですよ。

 駆け出して行くのは、本好き仲間のジェリーですね、良い仕事しますよ。

 しかし、泣き止まないオーレリアが背中にしがみつき離れず。


「ど、どうしたら良いですか、これっ!!」


 ●



小春日和には少し早いけど常々眠いです。

書いてるときに、キーボードの上で寝落ちしてました。

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