第三話 魔法が使えないけど魔法学
説明回
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三歳。
ボクの前世の世界では、【三つ子の魂百まで】。
とても素晴らしい”ことわざ”が存在するでっす!
この言葉は、三歳までに形成された性格は、百歳になっても変わらない。
そして、ボクは三歳にして気付いたのです。
両親と同じく、本を読み耽る事に喜びを覚える性格が形作られていると言う事に。
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王立図書館の別館。
お父様が司書として務め、お母様が古代ジェダス語の翻訳業務を行う仕事場。
翻訳をする仕事場は、足下にふわふわ絨毯が敷き詰められた六角形の個室で。
仕事場の絨毯に座って、
「ふんふんふ~ん」
鼻歌交じりに読むのは、丁寧な装丁がされた【難解っ!古代語魔法】と言う書物。
横に積んでいる書物も、【中央大陸食べ歩き紀行】に、【上手な局所の穿ち方:中央大陸魔物編】や【初級冒険者の手引き】。
そして、ボクと同じ先天性魔力不全を患っていたご先祖様が書いた【始まりの冒険者達】。
ボクに取って幸運だったのは、この世界で非常に高価な羊皮紙の写本が読み放題と言う事。
最初は、お父様。お母様に読み方を教えて貰い苦労したけれど。
中央大陸で主に使用されてる、【共通語】を理解すれば。
この図書館にある書籍ほとんどの書物が読めるようになるでっす!
今、正に読み進めてる【難解っ!古代語魔法】。
魔法が使えない体質なのに、魔法を使う為の本を読むには理由があるでっす。
【彼を知り己を知れば百戦危うからず】。
この”ことわざ”の通り、
「使えないからと言って、知らないと言うのは危険すぎるのでっす!!」
まず、前述には古代語魔法の起こりが書かれ。
五百五十年前に滅亡した魔法至上主義国家の先駆け。
【ジェダス王国】後に、【魔導帝国ジェダス・ジェダイ】で研究されていた魔法大系とあり。
「(この国、全盛期には空に島を浮かべてたのでっすね。喧嘩を売ってはいけない相手に、盛大に喧嘩を売って滅んだでっすか……)」
行使するには、前提として。
【根源】と呼ばれる、目には見えないけれど存在する物質。
世界の根幹を司る精霊神が生み出す、純粋無垢な魔力の最小単位結晶とされる物質を【根源】と呼ぶ。
吸引して体内に蓄積出来る人のみが、魔法を行使出来る条件を満たす。
「(つまり、これが”入り口”でっすね。次に、えっと、かつては……)」
魔力適格保有者を【天啓の民】。
魔力に欠落及び不備のある者、持たざる者は【地這の民】として呼んでいた歴史がある。
更に【天啓の民】の中でも【階梯】と呼ばれる、絶対的な階級制度が存在。
行使出来る魔法の種類や、強さ等で。
1から13までの階梯で選別され、管理されていたとあり……。
「(うっはぁ、ガッチガチの選民思想ここに極まれりでっす!)」
気を取り直し次頁、何か人体を矢印付きで巡る赤い線が描かれた挿絵と共に。
魔法を行使するにあたって。
体内に取り込まれた根源を、体内を循環回帰する生命の流れの中で圧縮増幅させる事が必要。
「(生命の流れって、血液。循環回帰って、心臓から動脈と静脈を通って循環する血管の事でっすかね?)」
この時、体内で圧縮増幅された根源は、初めて魔法を行使出来る濃度に達するものの。
圧縮増幅時、各階梯魔法に行使必要な魔力濃度に達しない場合は、不発または発動しない。
特記事項として。
この圧縮増幅による魔力濃度は、特定の修練を繰り返す事により一定の上昇が見込まれる。
「(この段階で、使える魔法の強さが決定。でもでも、修練で底上げが可能みたいでっす)」
そして、明確な個人差が色濃く現れ、行使出来る属性がほぼ決定する。
【四元】を司る火、風、水、土。
【二極】を司る光、闇。
全てを纏めて【六大】と呼称する。
【六大】全て行使可能な者も存在すれば、一種のみ行使可能な者も存在し。
なぜこの様な差が生まれるのかは、生命の流れの微細な違いによるものでは無いかと推測されている。
「(これは明らかに個人差、才能でっすねぇ。同じ方向性の努力だけでは決して覆せない方のと、付くですが……)」
最後に、詠唱と発動に関する頁に到達。
古代語魔法を発動する方法が、細かく記されているでっすけど。
発動する為には、三段階の順序を踏む必要がある。
一つ目は、行使者本人による魔力放出先の選定。
これは、自分の身体の何処から魔法を発生させるかを決めると言う事でっすね?
主に手や、指先から放出する場合が多いとされる。
「(ボクやご先祖様達は、この放出する以前の問題なんでっすよねぇ)」
魔法と言えば法則や理論よりも、真っ先に、
「(詠唱ってどんなのでっすかね?)」
まず思い切って、最上級の第十三階梯魔法【隕石落とし(メテオ)】の項目を開いてみる。
米粒大の共通語がびっしりと羊皮紙に記載されており、読み進めるにつれて、
「(は、8頁っ!この米粒大の文字全てが詠唱文でっす!)」
……こんなの悠長に唱えられる環境って、限られてるでっすよ。
無言で頁を戻し。
二つ目は、詠唱。
詠唱とは、体内で圧縮増幅された魔力。
これに正しく呼び掛ける事で、自己から特定属性の魔力を取り出し。
詠唱と同義の術式を発動待機状態するまでが詠唱である。
またこの発動待機状態を維持した場合、時間経過と共に取り出された魔力は消失霧散する。
三つ目は、発動。
発動待機状態になった魔力は、力ある言葉によって発動する。
この時に発する言葉は、術式と同じ事が必須である。
「(力ある言葉が、発動待機状態を解除の為の鍵みたいでっす)」
とりあえず全て読み終えてみて、
「(……つ、使うまでの前提条件が多すぎて、頭が痛いでっすねぇ。使えないでっすが…)」
優しく本を閉じ。
「(ボクの身体には【根源】を取り入れる力はあるですよ……)」
一つ目の【根源】を取り入れる所は、他の魔法を使える人達と変わらない。
二つ目の過程が異なるとボクは推測している。
ボクの魔力検査を行ってくれた小父様は、魔力はあると言っていた。
検査用の魔法陣は起動せず、無反応。
あの魔法陣は、循環回帰して【四元】と【二極】を発動する為の魔力に反応するもので……。
「(【根源】そのものには、反応しないんじゃ無いでっすかねぇ……)」
そこで一つの仮定をしてみるです。
実は、循環回帰が体内で行われていて。
圧縮増幅され、濃縮まで完遂しているけど【四元】と【二極】を発動する魔力に変化せず。
なぜか、純粋無垢な魔力結晶体である【根源】のまま。
原因は生命の流れの中に、根源の変化を防ぐ”何か”が存在すると考えると納得がいくでっす。
「(……何となく見えてきたですね……)」
世界の根幹を司る精霊神が生み出す、【根源】。
カティス家の中に脈々と受け継がれる、生命を司る流れにある”何か”。
この二つは余りに相性が良くて、結合すると即座に完全に同化する。
完全に同化してしまう為に、放出させる事が出来ないし、必要も無い。
つまりはボク達は【魔力放出不全】でなく【根源血液同化症】と言う事になる。
……そもそもボクの身体には。
魔法を使える人達と同じで、取り入れ口がある。
魔法の使えない人達と同じで、出口が存在しない。
つまり。
根源を貯め込む体質であるけれど。
結果として、魔法は絶対に使えない体質だって事でっす!
「(検証終わりでっす!)」
使えないからで、知る事を放置するのでは無く。
なぜ使えないのか考察し、答えを知る事が。
自分をまず知る一歩なのですっ!
「(根源を効率良く取り込む方法は判ったから、良しとするですよっ!)」
目を瞑り大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。
これを繰り返すと、仄かにじんわりとした感覚が体中に広がり。
「(よし、ですね)」
次の目標に向かって予定を立てた後。
ふわっふわの絨毯の上で、ゴロンと仰向けになると一冊の本が手に触れる。
題名は【始まりの冒険者達】。
子供向けの冒険小説に見えて、当時のジェダス王国を取り巻く環境が詳しく描かれている。
「先に、ご先祖様の御本を読んで正解だったですよ」
なぜならご先祖様は、ボクの目指す冒険者の先駆けなのですから!
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冒険小説【始まりの冒険者達】の著者で、ボクの遠いご先祖様。
グラン・オーウェル・カティス。
この小説の冒頭には、
「冒険者。この言葉を、我が生涯の友に捧げ、共に歩まん」
この”友”が誰なのかは、今だ語られていないのです。
研究家は、本当は六人の冒険者で無く。
旅の途中で、亡くなった人物が居るのかも知れないと推測してるですね。
「何度読み返しても、面白いでっすねぇ」
【マクデル】から遙か西の大陸を舞台に、グランの語りを中心に物語が進んでいく。
ボクの将来を見据える為、ご先祖様の行動を抜き出してみるです。
卑小なるゴブリン討伐の時、出入り口を封鎖した後。
現地調達の毒草を燻し流し込んで、痺れさせ討伐。
西方の不死王の居城に捕らわれた姫君を助ける際。
グラン単独で不死王の寝所に侵入し霊銀の杭で貼り付けにした後、放置。
復讐に来た不死王を捕らえた後、手持ちの毒薬を一つ一つ投与。
結果、不死王は一部毒耐性が甘い事が判明する。
悪い帝国の将軍に、啖呵を切ってる隙に忍び寄り首筋と一突き。
評価は、六種の短剣を自由自在。短弓を巧みに操る、稀代の曲芸師。
「前半は潜入か、暗殺か毒殺が主でっすねぇ……明るく楽しい冒険譚でっす」
後半になると、ご先祖様の雰囲気ががらりと変わる。
魔導帝国ジェダス・ジェダイの新皇帝ベオウルフが即位する直前。
実兄である【融和帝】を謀殺し、帝国の実権を握り帝国崩壊の序章が始まったと言われる時期。
【融和帝】暗殺の疑いを掛けられた、【始まりの冒険者達】。
五人の冒険者仲間を逃がすために、数千の魔導帝国兵と大立ち回り。
仲間が止めるのも聞かず、単身帝都に単独潜入し地這う民達の抵抗組織に接触。
【薄暗がりの悪神】の中位眷属。
融和帝暗殺の実行犯で、【弾け飛ぶ汚泥】の撃破。
迫害されていた、良き隣人達の守護者達。
大龍【月光】の試練を乗り越え、天凜龍【星明り(ルークス・ステッラエ)】との謁見と協力を取り付ける。
山場は、廃都遺跡に眠る神遺物の一つ。
数々の魔物や罠を潜り抜けた先での【気高く吹き荒ぶ風】と言う魔剣の入手。
物語の最後は。
「ご先祖様達が、魔導帝国崩壊させた張本人とは驚きでっすねぇ」
天凜龍の背に乗り、天空に浮かぶ新帝都に突入して激戦の末、【暴帝】ベオウルフを討つのですが。
でもでも、ですね、
「誰が【暴帝】を討ち果たしたか、書いてないですよね?」
不思議に思いながら、本を閉じる。
外を見れば、夕暮れ時。
「はふぅ……ご先祖様みたいに、やっぱり冒険者を目指すのも良いかもでっす」
想像するのは。
ご先祖様のように7本の短剣を自由自在に操り、闇夜を疾駆するボクの姿。
…あれ、前世のボクが使っていたゲームの暗殺者そのものでっすよっ!
ゴーンと、遠くから。
対岸にある【戦女神】様を信仰するマクデル大聖堂から夕刻を知らせる。
公共施設の業務終了を知らせる鐘が鳴り響く。
「あらあら、もうこんな時間なのねぇ……」
お母様が、翻訳作業を行う机の明りを消し、翻訳中の書物に栞を挟み閉じる。
ボクの頭を一撫でしてから、
「はぁい、オーサちゃん。御本のお片付けをしましょ?」
「はい、お母様っ!」
ボクは立ち上がると、【始まりの冒険者達】を両手で抱えて持ち。
お母様は残りの4冊を拾い上げて片手で抱える。
「ハルベイルを迎えに行くついでに、返しちゃいましょうかね?」
ボクはお母様に、背が届かない為ドアを開けて貰い。
「お母様、先にお父様の所にいってるでっす!」
少し小走りになりながら。
六角形のお母様に仕事場から退出した。
メモ見る、即興で書く、辻褄が合わなくなる凹む。