第二話 2歳児が学ぶ地域の事情
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年月は流れ、早くも2歳児になり。
移動も匍匐前進から四足歩行、そして人類へ。
壁に手を付かずに、歩ける様になりました。
そして、一番重要な事は、
「飛躍的に、行動範囲が増えたでっす!」
今日は、ちょっとおめかしをして。
お母様に連れられて初めて行く商店街。
目的地は、【ブルックリン】通りの路地裏に店を構える、薬師さんのお店でっす。
自宅をから、広葉樹の並木道が作り出す木漏れ日の中。
「ふんふんふ~ん」
絶好のお散歩日和で、思わず鼻歌が飛び出せば、足早に数歩。
くすっと、笑う声が背後から聞こえて振り向けば。
「はい、行きましょうね?」
笑顔のお母様と手を繋ぎながら、ゆっくりと歩き始める。
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サンザクセン王国の歴史は新しく。
六十年ほど前に三つの都市国家が併合して誕生した比較的新しい王国。
そしてボクの住むこの街は、【マクデル】と言うらしいのです。
マクデルの主要産業は、市内を分断するようにして流れる、ラヘル河を利用した運送業。
そして、運ぶのはお母様の出身地の【精霊の大森林】の住人達、エルフ達の商品。
彼らエルフが、森の成長を助ける為に間伐した木材が主なのだそう。
住宅街の路地を抜け、ラヘル河の本流沿いの少し大きな道に出る。
見えるのは河を行く舟に引かれて、河の中を進む巨大な丸太。
エルフが木を伐る姿がどうも想像付かない。なので、
「お母様、ねぇお母様。ボク思うんだけど、エルフって森の民なのに伐採して良いのでっす?」
「オーサちゃんも、難しい事を考える様になったわねぇ、興味ある?」
「はいでっす!」
大きく返事をすると教えてれたのでっす。
このマクデルの街の西。
鬱蒼と覆い茂る【精霊の大森林】の中では、精霊様達の力が強くて樹木の成長が早く。
通常なら数百年程度掛かる大木が、数十年程度でどんどん成長していくそう
適時間伐を行わないと、地面に太陽の光が当らず森が弱ってしまうので。
樹人の宿らない大木を、森で伐採許可を得た木こりさん。エルフの力自慢の皆様で、間伐するのだそう。
「精霊様達の許可は得ているし、エルフも森の奥に引き籠もった者以外は、他種族との交流が増えて喜んでるのよ?」
お母様は長い紫黒の髪を、空いている手で掻き上げ。
河面を渡る風に、棚引かせながら。
「それがないと、ハルベイルにも会えなかったし、ねぇ?」
お母様は、小さく何かを思い出して含み笑い。
「ほんと、こればかりは【青の始祖筋】の彼には感謝よねぇ」
お母様は、始祖筋と言う初めて聞く言葉を口にする。
「しそすじ?」
「そうよ~、始祖筋。でも、オーサちゃんには少し早いかなぁ」
笑顔のまま、抱き抱えられると。
キスを頬にされて、はぐらかされた。
~~
お母様に抱かれて川沿いを進んでいくと。マクデルの街の中心部。
木材の流通が盛んな街柄として、中心部でも木造建築を数多く取り入れている。
……主要な王国関連の建物は、図書館の様に石造りの建築物で、ん?
見えたのは、白い壁の中から覗く煉瓦の色。
(火災対策でもしてるでっす?)
中央通りの近くの建物全てが、前面は確かに木造建築二階建て。
その中の、河沿いに面した一棟。
側部壁面が崩れ、中から見えるのは赤い煉瓦の壁。
それを、漆喰の様な物で固めているのが見える。
これならば、もし火事が起きとしても、両隣に燃え移るまでの時間は稼げる。
(この世界の建築技術を舐めてたでっすねえ……)
「オーサちゃん、アルテ橋が見えてきましたよぉ~」
さてこの街、最大の建築物。
普段のお散歩コースなら、ここで折り返し。
ラヘル河の両岸を中州を挟んで唯一繋ぐ、巨大な水道橋の役割を兼ねたアルテ橋が見えてくる。
「いつ見ても、おっきいでっすねぇ」
本日は、残念ながら対岸に渡らないけれど、
「この先にも行った事が無いので楽しみでっす」
「そうねぇ、じゃあ。寄り道して河川公園に降りるわよぉ?」
お母様が、複数の人が行き交うアルテ橋の横に設置された、河川公園に降りる階段に歩を進める。
降りる際ボクは、抱かれたままお母様の背後に視線を向けていたのだけど。
道を行き交う馬車でも、一層豪華絢爛な馬車がゆっくりと側を通る。
その馬車の中から、視線を感じて顔を向けてみれば。
正に、王侯貴族と言った風情の女性が一人。
金髪碧眼、目付きの鋭い装飾華美な服装のご婦人が、色々と目立つお母様とボクに軽蔑の目を向けていて。
ボクと視線が交差すると、御者に声を荒げて早く行く様に急かしている。
だけども、お母様が階段を降りる速度の方が、高低差もあり直ぐに見えなくなる。
(はぁ、王侯貴族に蔓延する魔力至上主義。平民からぽっと、高い適正を持つ人が現れたら即囲い込むでっすが。まったく関係の無いボク達は放っておいて欲しいでっすね)
気分を切り替える為、見事なアルテ橋の石造アーチ構造を下部から眺めていれば。
(うっはぁ、隙間無く切石が嵌め込まれて凄いでっすっ!)
詰まらないことは、忘れたのでっす。
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エルベ橋の下を通り抜けて、公園で一休みしてから反対側の袂に出れば。
本日のお出かけの目的地が目前に、その喧噪が響いてくる。
「お母様、ここが【ブルックリン】通りでっすかっ!」
ボクは、初めて見る多種多様な種族に興奮しっぱなし。
だって図書館で挨拶する人間や、偶にお母様を訪ねてくるエルフだけで無く。
鍛冶職人の格好をしたドワーフに、お手伝いをする犬顔の小人。
あちらの屋根の上には有翼人と、楽しそうに会話する飛天さん。
ふおおお、動骸骨は、昼間動いて宜しいのでっすかね、首外れてるでっす!?
おお、あちらは武器を選んでる人虎のお姉さんでっすか!!
「ふおおお、凄いでっす。あ、妖精さん、こんにちわでっす!」
興奮の余り横を通り過ぎただけの、透き通った翅を持つ妖精族の挨拶をするボク。
妖精さんも、軽く手を振ってボクとお母様のくるりと周り、商店街へ入っていく。
「ふふっ!オーサちゃんも驚きですねぇ、連れて来た甲斐があったわぁ」
【精霊の大森林】に赴く冒険者達が御用達にする【ブルドワネ】通り商店街へようこそ!。
そう読める、看板が掲げられた通りに、お母様が一歩脚を踏み入れる。
「オーサちゃん、我慢してね?迷子になっちゃうと、大変だものねぇ」
混雑する通りを、ボクを抱いたまま人の合間を縫って進んでいく。
「なんで、ここまで冒険者さんが集まるでっすか?」
「ん~、そうねぇ……」
お母様は、なぜここまで冒険者が集まるのか教えてくれる。
「マクデルからは、精霊の大森林から木材を運び出す道があるのは言ったわねぇ?」
「聞いたでっすよ!」
現在は、街道をエルフの集落近くまで伸張していて。
そのエルフの集落が、冒険者達の休息などを行う根拠地になっている。
【精霊の大森林】の奥の奥。
誰もエルフでさえ到達した事の無い、根源を司る精霊神の産まれた地。
その【精霊の深淵泉】に封じられた【神の遺したる物】を、皆探し求めている。
「目指せ一攫千金っ!精霊神様が残した神遺物を求めて奥へ奥へなのよねぇ」
「その神遺物って、どんなのでっすか!?」
「誰もまだ見た事の無い物だから、どんな物かしらねぇ」
お母様が、ふと自分の長い耳に触れる。
「残念でっすねぇ……なにかボクの魂が震えたですよ」
その【精霊の深淵泉】を探索する冒険者達が仲間を求め、武器防具を求める重要な物資補給地。
だから、こんなに賑わってるでっすかぁ。
商店街の多種多様性に興味を惹かれて、辺りを見回していれば。
お母様の進行方向から、茶色の素晴らしい毛並みの、
「もっふもふの牛さんだぁ!」
思わず声を掛けてしまったのは、強靱そうな体躯を持ち革鎧を身に纏い、腰に戦斧を吊した牛頭人身。
ボクの声に気が付いたのか。
おっきな牛さんが、立ち止まり。
「がはは、お嬢ちゃん。日々手入れの賜物だ触れてみるかい?」
ふわっふわの毛に覆われた腕を差し出され、思わず、
「はいでっす!」
触れるとそれは、本当に柔らかで、心ゆくまで堪能すると、
「ふわふわっ、もっもふっ!ありがとでっした、牛さんっ!」
「いやぁ、御母堂。物怖じしないお嬢ちゃんだ、それではなっ!」
ボクの頭を人差し指と中指の腹で撫でると、行ってしまう。
「ありがとうございました」
お母様も礼を言ってくれて、
「良かったわねぇ。オーサちゃん。彼、冒険者でも凄腕よ?」
「そ、そうだったんでっすか!?」
冒険者については、図書館で本も無いでっすし。
噂話も余り聞いてないから、余り調べてなかったでっすよ!!
「ふふっ、あの人はねぇ。アステリオス・ミノス」
お母様は、商店街の狭い路地に入りながら。
「【轟斧】の二つ名を持つ【鋼玉】級冒険者よ?」
その【二つ名】と、【階級】にボクの十四歳くらいの魂が打ち抜かれた気がした。
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ブルックリン通りの路地裏は、表通りより喧噪が少なくて。
変わりに奇怪な鳴き声が響き、怪しげな商品の数々が販売する商店が軒を連ねている。
その中の一軒に、お母様は足を踏み入れて。
薄暗い店の中。
気怠そうに店番をしている、妖艶という言葉がそのまま姿を持ったかの様な女性が一人。
切れ長の目に、青い瞳。飴色の艶やかな髪が、蛇のように番台の上を這っている。
服は大きく胸元が開かれ、男性なら容易に引き込まれるはず。
その女性に、お母様は躊躇せず。
「こんにちは、お暇ですか魔女様?」
「ああ、リコリスかい……、こんな所に子供連れてきちゃぁダメでしょ?」
魔女と呼ばれた彼女が、自分の店を見渡し。
それに釣られる様に、店内を見渡せば。
人のものと思われる干首に、瓶の中で蠢く目玉達や、用途不明の薬草束に、人の形をした根茎。
冷静に考えると、魔女様の言うとおり。
子供連れで入る様な場所じゃ無いと思うんだ、ボク。
「あらぁ、今日は精霊の大森林から直送のマンドラゴラが入荷してるのねぇ」
そんな事は気にせず、人の形をした根茎と手に取り嬉しそうに、手に取るお母様。
魔女様は、番台の下から何やらゴソゴソと取り出すと、
「はぁ、まぁ良いさ。リコリスの欲しいって言ってた書物、なんとか手に入れたよ」
一冊の革で装丁された書籍を取り出す。
「まぁっ!」
嬉しそうに、番台に置かれた本を捲ると変わった表題が見え。
ボクは、何の躊躇も無く、
「【不死王も大絶賛する猛毒百選】」
思わず音読して、購入者の方を見る。
「ふふっ!オーサちゃん凄いのよ、吸血鬼の真祖が一つずつ身を持って体験してね……」
お母様は、書物でも。
特に、毒物関連の書籍を収集する悪癖持ちだと気が付いたのは最近。
「お母様?」
呼ぶと、はっとした表情で。
「ご、ごめんねぇ。お母さんちょっと興奮しちゃったわぁ、えへ」
可愛らしく、抱きしめて誤魔化すけれど。
「へぇ。子供さん、この難読表題をいともすらすらと……何歳だい?」
「はい、二歳でっす!」
問うた魔女様が、肘を付いていた番台に顔をぶつけそうになり、
「いくらハルベイルと、リコリスの子だからって、英才教育しすぎだろぉ?」
呆れ果てた声が店の中に響いた。
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エピソードプロットが次から次へ浮いてくるので纏めます。