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プロローグ 波渡・統士の最後の記憶とオーサの最初の記憶

 ●


「さて、これから……どうしよっか」

 

 寒風吹きすさぶ、二月末日。今年は閏年なので二九日って事はどうでも良いか。

 突如、債権者と名乗る人物から荒げた声で自宅に電話が掛かって来た為、掻い摘まんで事情を聞き。

 その内容に慌て、寝間着代りのジャージのまま徒歩15分の会社まで運動不足のヲタクにも関わらず、生まれてから初めて全力疾走を行い新記録を達成。

 債権者や、取引先、そして同じく誰かから連絡を貰ったのだろう同僚達が集まる中。

 風が当たり小さく波打ち、ガシャガシャと耳障りな音を立てるシャッターに張られた一枚の紙切れ。


【諸処の事情があり我が社は、近日中に破産手続きの開始を申し立て~】

 

 俺、波渡・統士はわたり・とおしは昨日まで務めていた会社が、夜逃げ同然の計画的倒産で現時点を持って無職になった。

 自失茫然となり、家のローンが、子供の学費がと呟く同僚に声を掛けることも出来ず。

 債権者や、取引先に何か言われる前に退散するのが吉。


 平社員の営業職で、財務管理なんて判るはずも無いしな。


 さて、無職。オンラインゲームの重課金の為だけに働いて来た見たいなものだから、暫くは自堕落にのんびり暮らすのも良いかと自宅に帰るため踵を返す。

 積みゲーも消化するのも良いけれど、明日から春のイベントが始まるし。ゆっくり腰を据えて高難易度ダンジョンをソロでクリアして報償アイテム独り占めってのも有りだよな。

 

「ふっふっふ、狙ってた伝説級レジェンド素材を取得する機会が巡ってきたでっす!」


 思わず、オンラインゲーム中の口癖と言うか、キャラ付けと言うか、語尾が声が出てしまったが。早朝誰も聞いているはずも無く。

 ふぅ、現実では真面目な好青年を演じてはいるけれど、ヲタクだが。オンラインゲームでは所謂、ネカマを演じている。

 つまりは、女性を演じてゲームをプレイするのが趣味。

 気持ち悪い一面も確かに有る。

 しかし、如何に自分を偽れるかと言う自分との駆け引きがこれがまた楽しいのだ。


「バレたらそれで、反応が面白いのでっす!」


 しかし、姫プレイだけは頂けない。

 他人から貰ったアイテムでは、自身を着飾るなど言語道断。欲しいアイテムは購入するなり、素材を集めるなりして、自力で手に入れるのが正義ジャスティスなのである。

 そうだ、俺のゲームでの主要職。不遇、不遇と言われ続ける暗殺者技能に対応した武器や道具も出回り始めたし。

 現実の将来設計はあやふやだけど、仮想の将来設計には光明が差した。


 その将来設計に沿い、無職記念に一日中ゲームをする事に決めたので。自宅近くの24時間マーケットに食糧。

 主に、炭酸水とカップ麺を買い込みに向かう事に決め。

 

 しばらく歩くと、数多くの車が行き交う片道三車線の基幹道路に出る。

 ここは、無茶な横断が多くて人身事故も多く。

 一部には、人食い道路としてオカルトサイトにも乗る有名所だけど。

 自ら死地に赴く様な、無茶な横断の結果である赤い染みにも、幽霊の一人になる気も無く。

 視界に、白と黒の横縞模様。そして、歩行者用信号機には赤のLEDが灯っている場所まで交通規則を守って渡るのが一番だ。

 信号が歩行者側渡れを示す青に変わり。横断歩道を中程まで進んだ所、様々な方向からクラクションが鳴らされ、


「ん?」

 

 特に大きく響く方向を見渡せば。テンプレの如く、高速で俺に向かってくる大型の濃い緑色のダンプカー。

 運転席の人物は、ハンドルに伏しているのが見え。

 

「あ、まずい」


 声に出した時には、眼前に迫っていて。

 最初に感じるのは、冷たさと衝撃。次に、不意に空を舞う感覚があり、世界がゆっくりと、赤く見える。

 本能的に、死んだなと考える時間が何故か有り、これが所謂。


 走馬燈と言う物かと、貴重な経験だな、体験すると死ぬが。


 そんなゆっくりと時間と思考が流れる中で。

 そういや、HDDの中身消さないと不味いな。妹なら、確実に物理破損でもしない限り内容を読み出して、俺のDLエロゲ。

 オンラインゲームの仲間に勧められた、男の娘モノとか。男装女子モノとか発見して、


”兄貴って、濃いわぁ。濃すぎるわぁ、人間の繁殖本能に一部逆らってるわぁ”

 

 なんて、葬式会場で泣きながら悪態を吐く姿が容易に想像出来る。

 いやいや、妹よ。腐女子から、ついに同人誌即売会で貴腐人の称号を高らかに宣言したとの情報が入ってるんだよ。

 まぁ、なんにせよ。ゆっくりとした時間ももう終わり。

 まだ、考えたい事も多くあるが。時間は有限で、視覚は真っ直ぐに中央分岐帯に申し訳程度に植えられた枯れた芝生を捉えていて。


 最後に。

 異世界転生とか、違う世界で生まれ変われたらなぁ。

 

 次の瞬間。首元で、硬い物が折れる音が聞こえた気がして、意識が閉じた。


 ●

 

 昏い昏い水底を彷徨っている感覚から、不意に身体全体に温もりが伝わり。

 ふっと気持ちの良いよく眠った日の朝を、心地の良い微睡みを得て。


(あー、良く寝た。そうだ会社、行かないと)


 そう考えて、目を覚ます。

 すると、目の前には、大きく見開かれた碧眼に透き通る様な白い肌。

 そして、闇夜を連想させる紫黒の髪を束ねた耳の長い女性が笑いながら覗き込んでいて。


「オーサちゃん、目が覚めちゃった?」

 

 女性は、俺の事を”オーサ”と呼んで、ゆっくりと身を揺らし。それに合わせて俺の身体も、ゆっくりと揺れる。

 あの俺の名前は、波渡・統士で。

 オーサって名前じゃ無いですよ。綺麗なエルフ……さ、ん?

 ちょ、まっ!え、エルフ。生エルフですよ皆さんっ!あ、ドッキリ。ちょ、えええええっ!

 俺の思考が、あまりの展開に限界に達し。

 

「うーあっ?」

 

 俺は驚いて呻き声とも、唸り声とも違う声を上げ身を捩り。

 その行動を笑いながら女性は、


「怖い夢でも見てたのかなぁ?ふふっ、良い子良い子」


 顔を近づけて女性は俺に頬ずりをし。

 柔らかな瑞々しい肌の質感と、共にふわっと香るのは金木犀。そして、微かに古びた本の匂い。

 

「(どうなってんだ、これは…)」


 周りをゆっくりと見渡せる範囲を観察すれば、此処は。

 明り取りの大きな窓から、優しい木漏れ日の様な陽の光が入り。

 欧州の大学図書館を思わせる書籍のぎっちり詰まった本棚がある場所に、俺とエルフさんは居るみたいで。

 

「(ちょっと、どんな本があるんだろうか読んでみたいな)」

 

 一番手近な本に向かって、一生懸命大きく手を伸ばすように。


「(近いはずなのに、届かない)」

 

 そして気が付くのは、手の平が紅葉のような赤子のものになっていると言う事で。

 幼い妹をあやしていた時に見た、可愛らしい手に見紛うはずも無く。


「(冷静に推測すると、俺は赤子になっている?)」

 

 あり得ない状況が次々に起こっていて、これは死ぬ間際の夢。

 走馬燈の続きかと思うけれど、この女性に抱かれた温もりが夢現の幻だとは思え無く。

 すると、エルフさんは、


「あら、まぁ。オーサちゃんも御本に興味があるのかなぁ?流石貴方と私の娘ねぇ」


 その言葉を聞いて、伸ばした手が止まり。

 ちょっとまて、今なんて言いましたかエルフさん。

 ワンモア、ワンモアプリーズっ!聞き違えで無ければ、貴方は俺の事を、


「ふわぁ!」(娘っ!)

 

 赤子の言葉で言っても、俺の疑問は伝わるはずも無く。

 俺は手を伸ばしたまま、娘と呼ばれた事の衝撃が抜けきらず思考がぐるぐると回る。

 

 娘と言う事は、女の子。一人称が俺だと端から見て品格が無い。つまり、俺禁止。ならどうする、わたくしか?それとも、あざといボクかっ!それともっ!!


「ははっ!僕も、リコリスも本の虫だからね。でも此処の本は少し早いかな、なんて思うんだけど」


 少年のような声と、床板が軋む音が近づいてくる。

 そうして、覗き込むのは。


「(うわぁ、美少年。)」


 色素の薄い赤い目。金髪の眼鏡を掛けた少年と見紛う男性が笑顔で居て。俺の伸ばした手を優しく慈しむかのように触れる。


「(よし、一人称ボクに決定。しっかし、この人が父親みたいだけど)」

 

 思わず大丈夫?ご飯食べてる?倒れそうじゃ無い?と、言葉を掛けたくなる白い肌。

 あまり良い言葉では無いけれど、佳人薄命と言う四文字熟語が似合い過ぎる程のお、お父様が、


「まずは、絵本の読み聞かせからだと思うよリコリス?」

「そうねぇ、此処に有るのは難しい御本ばかりですもの。この【出来る!不死王も悶える猛毒の作り方】は図解一杯で絵本なのよねぇ」

「(それ、絵本違うっ!違うよ、えーとお母様っ!)」

 

 しかし、この蔵書量半端じゃない。

 首が据わってないから、余り動かせないけれど。

 時折身体を回して景色を見せてくれるお母様のお陰で、この場所が複数階建ての建築物の吹き抜けの一階部分に居る事が窺われる。

 それが全部本で埋め尽くされていると言う事は、一種の本好きの為の本好きによる楽園に来てしまったのではなかろうかっ!


「オーサちゃん。やぁ~ぱり本に興味があるみたいねぇ」

「あと一冊見つけたら今日の仕事は終わりだから、絵本でも借りて帰ろうか」

 

 なるほどハルベイル。つまりお父様は、司書の様な仕事をしていて。この場所が勤め先。

 リコリス。つまり、お母様は、ボクを少し早い職場見学に連れて来てくれたみたい。

 本棚をお母様に抱かれながら見ていると。


「(装丁が凝った本が一冊あるけど、艶やかな革に表題は金文字)」


 お母様が、その本棚に丁度近づいたので手を伸ばしてみると。

 小さな声で、お母様がその表題、


「ジェダス王国興亡に関する記録。あらあら、ハルベイル。オーサちゃんが件の御本を見つけてくれたわよぉ」

「うわぁ、そんな所に。誰か読んだ後に元の位置に戻さなかったんだね」

 

 お父様が、ボクの頭に優しく触れて。


「ありがとう、オーサ」

 

 頭に触れた暖かな手に、答える様にボクの小さな手を添えると。

 お父様も、お母様も驚いた表情で、

 

「褒められた事、分ってるのかな?」

「ふふっ、かもねぇ?」

 

 これが俺、波渡・統士の最後の記憶。

 そして、これがボク。オーサの最初の記億。

 

 


 

もう一本書いているのですが。

オーサがガンガン動くので(脳内で)ちょっと同じ世界観を利用して書いていきます。



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