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2.「職業訓練大学」は、本当に「役に立つ」のか?

 新しい日本の在り方を巡って議論が交わされている中で、教育に関して提示されたある提言が、教育界に大きな反響を呼ぶことになりました。


 その提言は、経営共創基盤でCEO(最高経営責任者)を務めている冨山和彦氏によるものでした。冨山氏は2014年秋に文部科学省で開かれた有識者懇談会において、「日本の大学をG (グローバル)型とL (ローカル)型とに分け、G型ではグローバルに競争できる学術研究を推進する一方、L型では職業訓練をもっぱらとし、地域経済に貢献できる人材を養成すべきである」と提言しました。


 冨山氏はどのような考えに基づいて、このような提言を行なったのでしょうか。『日本経済新聞』におけるコラム「辛言直言」に掲載された、冨山氏へのインタビューをいくつか引用してみましょう。


 「大学進学率は今や5割を超え、ほとんどの人は卒業後、職業人になる。学者になるのはほんの一部だ。ところが日本の大学は学術的な一般教養至上主義でやってきて、かみ合っていない。シェークスピアやサミュエルソン経済学などの学術教養は、従来の日本型正規雇用とは相性が良かった。大企業に新卒一括採用で入り、ローテーションで色々な仕事をする前提で、大学では広く浅く教養を身につけ、職場で役立つ技能教育は会社に入ってからでよかった。しかし、そうした就職は今、どんどん減っている」

 「地域経済の中心はサービス産業で、運転士、介護士、看護師、医師など『ジョブ型』の働き方が多く、この比率が高まっている。そうした産業で働き、より安定した仕事についたり、高い所得を得たりするには技能教育、実学が大事になる。その役割を大学は果たすべきでしょう」(『日本経済新聞』2015年5月27日朝刊、「大学で職業訓練せよ、普通の学生には実学重視――経営共創基盤CEO冨山和彦氏(辛言直言)」)


 記者の質問に対して、冨山氏は他にも様々なコメントをしていますが、その要旨は上記2つのコメントに集約されるものと私は考えます。要するに、今の日本の大学教育は昨今の国内・国際情勢とかみ合っておらず、社会に有用な人材を輩出できずにいる。学生が職業人として社会で活躍するようにするために、教育の在り方をこれまでの一般教養重視から、実学重視へと変更しなくてはならない、ということを冨山氏は述べているわけです。


 冨山氏の発言を考慮するまでもなく、大学教育に対する世間の風当たりが強くなってきていることは、昨今のニュースを見れば読み手の方々にもお分かりかと思います。2015年6月8日には、全国86の国立大学法人に対し、「教員養成系学部や人文社会系学部・大学院を、組織の廃止や社会的要請の高い分野に転換する」ことを求める通知が文部科学省から各国立大学法人へ通達されました(「国立大学の人文系学部・大学院、規模縮小へ転換 文科省が素案提示」(http://www.sankei.com/life/news/150528/lif1505280016-n1.html)2015年8月4日閲覧)。今の世の中を眺めてみれば、確かに文学や哲学、歴史といった学問は直接的には社会に貢献していないように思われても仕方がありません。「いや、文学や哲学、歴史といった学問は間接的に社会に役に立っている」と主張する専門家の方もいると思われますが、なかなか一般の理解を得るのは難しいように私には思います(かく言う私も人文科学系の専門に所属していた身なので、ここら辺は耳の痛い話です)。


 話が横道に逸れたので、ここら辺で元に戻します。冨山氏のコメントで検討すべきなのは「職業訓練が本当に“役に立つ”のか?」という点です。


 仮に冨山氏の提言が全面的に採用されたとして、日本の大学がG型とL型とに分かれたとしましょう。しかしそのような大学改革は、提言のようには素早くできません。計画を立ててそれを実行に移すまでで、数年のスパンを考慮しなくてはいけない大きな改革のはずです。


 ここで問題になるのは、改革にかかる時間です。たとえば計画段階で「運転士を養成する技能教育学校を作ろう」としたとします。しかしその計画の具体化に年数を費やしている最中に、自動車業界で技術革新が生じ、運転士を必要としないで運転が行なわれる全自動バス・タクシーなどが普及してしまったらどうなるのでしょうか? そうなると、全く役に立たない職業訓練校を作ってしまったことになります。


 今のは極端な例ですが、「急速な技術革新のせいで、それまで役に立っていたことがらが突然役に立たなくなる」という事態は、今後頻発するのではないかと私は考えます。


 こうした事態を暗示するものとして、米デューク大学の研究者であるキャシー・デビットソン氏が、2011年8月にニューヨーク・タイムズ紙で語ったインタビューは印象的です。彼女はそのなかで、「2011年度にアメリカの小学校に入学した子供たちの65%は、大学卒業時に今は存在していない職業に就くだろう」と述べています。また、オックスフォード大学准教授であるマイケル・A・オズボーン氏は「今後10~20年程度で、アメリカの総雇用者の約47%の仕事が自動化されるリスクが高い」と述べています(「文部科学省提出資料」(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/wg/koyou/dai4/siryou2.pdf)2015年8月4日)。


 この2つの予測を単純に踏まえてみると、どうやら現存の職業のうち半分は機械により自動化され、余剰となったその分の労働力は、現状の価値観では想像もつかない全く新しい職業に投入されることになりそうです。


 わずか十年、二十年程度でこれほどまでに大きな変化が生じるのだとするならば、果たしてL型大学を作ることに意味はあるのでしょうか? L型大学に入学したはよいものの、卒業する段階になって肝心の職業が自動化されているという事態になったならば、笑い話もいいところです。


 冗談はさておき、両者の発言の背景には、「ICT化の進展」という要素が共通して存在しています。だとするならば、具体的にどのようなICT化が、人間の社会生活を革命的に変えることになるのでしょうか?


 その答えを探るために、いま注目されている一つの分野について焦点を当ててみましょう。その分野は何か?

 それは、人工知能です。

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