贈り物
若干北風と太陽という童話の設定を借りています。
一応引用ということになるのでしょうか?
「この広い世界にはここ以外にもたくさんの海や山があるんだ。君がいるところと同じようにね。もちろん他の生き物のいっぱいいるよ」
「へ~そうなんですか。友達になれますかね?」
「ちょっと難しいだろうね。君はここから動けないし、彼らも同じように動けないから」
「そっか。ちょっと残念だな」
「おっとそろそろお別れだな。じゃあ次の夜明けまで」
「うん、また明日!」
はるか昔、まだ生物の数も少ない頃、とある二つの存在が会話をしていました。その二つの存在は考えられないくらい遠い距離で話をしています
空よりもさらに高い所にいる太陽。そして、まだ青く美しい海の近くにいる砂浜。
これら二つの存在が会話をしているなど、今の人間にはとうてい想像できないでしょう。砂浜は海平線に沈んでいく太陽を見ながらあの日の事を思い出していました。
それは少し前……といっても生物にとっては途方もなく長い時間ですが……砂浜はたくさんのものを持っていました。綺麗な貝殻。さまざまな生き物の巣。それに友達の水鳥もときどき遊びに来てくれました。
しかし、自分の持っているものよりも何よりも近づきたくてたまらない存在がいました。どんな真珠よりも宝石よりも光輝いていて、自分たちに光や温かさをくれる存在。少しでも近付きたい。できたら話がしたい。彼のその憧れは強い望みに変わり何年も彼は祈り続けました。何年も何十年も。
すると、ある時、いつものように祈っていると声が聞こえてきました。
「今日も、この辺りは何にも変化はないかな?」
「え?」
砂浜は辺りを見ました。だけど、貝も蟹も近くにはいないし、水鳥が来る時間でもありません。周りに話せるような生物はいませんでした。
「まさか、太陽さん?」
そんなわけないと思いつつ上を向いて声を出してみました。するとその声に返事が返ってきたのです
「おや?君は私の声が聞こえるのかい?それとも、突然私の声の意味がわかるようになったのかな?」
どっちでも砂浜にとってはどうでもいいことでした。太陽と話せること、それだけが彼にとっては重要だったのですから。
「あ、あの!せっかく話せるようになったのですからいろいろとお話聞かせてくれませんか?」
断られたらどうしよう……砂浜がその時思っていたのはそんなことでしたがそれは杞憂に終わりました。
「いいとも。私は全ての存在の声を聞くことができたが、会話をできたのは、生意気な風ぐらいしかいないからね」
砂浜はうれしくて夢のようでした。
それからいろんな話をしました。海には近付かない鳥や生き物の話。さらに自分の場所から遠い海や砂浜の話。砂漠や雪山の事も話しました。太陽が出てきてくれている間はいつも話をして、いつも海平線に沈む太陽を見送るのが楽しみであり、少し寂しくもありました。ちなみに、この後、動いているのは太陽じゃなくて自分たちだって教えてもらった時は、砂浜は本当に驚きました。
いろいろな話をしてもらい、いろいろな知識を教わりました。本当に奇跡のような日々でした……。
そしてそんな年月が過ぎたある日の事。
「今度は私から質問していいかな?」
砂漠に住むサソリやクモについて説明してもらった後太陽が突然言い出しました。
「なんですか?」
「君たちには、昨日というものや明日というものがあるのだろう?」
「はい……?そうですが?」
突然、何を言い出すのだろうと砂浜は思いました。彼らにとっては特に当たり前の事です。
「それはどのようなものだ?」
「どのようなって……あ!」
その時、砂浜は気付きました。自分たちは太陽が昇る時今日が訪れ、沈む時今日が終わると認識しています。その前が昨日で、その後が明日とも。しかし、太陽自身にはそれがわからないのでした。
「私にはそれがどういうものかよく理解できないのだ。常に回り続けている君たちを見ている。ただそれだけだ。いつが昨日かいつが今日なのかもわからない」
「でも、僕とは毎日話してくれるじゃないですか!昨日だって雪山に住む熊とかペンギンとか話してくれましたし!」
「ああ。それは覚えている。しかし、もし君がいなかったら……いや、こんなことは話したくないが……世界は常に変わっていくものだ。その時、私は何を持って昨日や明日を認識したらよいのだろうか?また君たちが一周したら日はたつのか?それならどこから一周を数えればいいのだ?どうやって昨日や明日を認識したらよいのだ?私はそれがわからないことがときどき悲しくなる……」
砂浜にはそれがどうして悲しいのかわかりませんでしたが、この時思ったことは二つ。
太陽が悲しんでいるのを見るのが嫌だったこと。
それに今までの恩返しをしたいとも思っていたので何か太陽に贈り物をしたいとでした。
次の日は雨でした。砂浜は太陽に会えず、ボーっと空を眺めています。しかし、落ちてくる水の粒を見て気付いたことがありました。時を理解する方法は太陽だけではないと。そして作業を始めました。何年もかけて。太陽を驚かせるため、彼にはわからないよう、作業は全て夜か、雨の日にやりました。貝を拾ってきたり、海鳥のくちばしを借りたり、細かい作業を蟹にやらせたり……そして、それを完成させました。
ところが、いざ渡そうとしようとしてもやり方がわからないし、どこか恥ずかしくて渡すことができませんでした。どうやって太陽さんに渡そうか。そればっかり考えていました。
幸せな時間も終わりが近づいていることに気づきながら……
「太陽さん……僕、どんどん海に沈んでいくね……」
「ちょっと水かさが増しているだけさ。気にすることはない」
「ううん。知っているんだ。ここのところ雨も降らないのに、水かさが増すわけないし、ときどき、遠くで大きな音が聞こえるから。僕……消えるんだよね。海の底に」
もちろん、このことは太陽は知っていました。そして最も恐れていたことでした。だから砂浜には言いませんでした。いや、言えませんでした。彼の唯一の友達だったから。近くの火山活動の影響のせいで島がどんどん沈んでいることを。
そして、とうとうもうほとんど砂浜は海にのみこまれていました。
「太陽さん。今までありがとう。色々話してくれて。色々教えてくれて。暗い海の底に行ってもう光が届かなくなっても太陽さんの事忘れないから。さよなら……太陽さん」
「私も……決して君の事は忘れない。どれほど時が流れようとも。さよなら……」
その日が砂浜と太陽の最期の会話でした。
太陽はとても悲しみました。その影響は地球上にも表れて、元気のなくなった太陽の光は以前よりもとても弱く、生物は寒さに震え、地球の終わりを覚悟していました。
そんな時、彼を訪ねて行った存在がいました。
「まだ落ち込んでいるのか?太陽?」
「風か……。何か用か?」
太陽の返事もどこかそっけないです。風は構わず言葉をつづけました。
「いやな、ライバルがへこんでいるんじゃこっちも調子でねえからちょっと様子見にな」
「何がライバルだ。一度の勝負にも私に買ったことないくせに」
「ほっとけ」
以前はこうしたやり取りも十年に一度はしていたが、太陽が落ち込んでからはかなり久々です。毎日砂浜と過ごした時間は太陽にとってとても貴重なものでした。
「ほら、これ見ろ」
突然風が何かを太陽のそばに近づけました。
「これは?」
「あの砂浜の坊ちゃんが俺に頼み込んだ。最初はもちろん断ったよ。だが、あいつはしつこくてな。ついつい受けちまった。これをお前に届けてくれとな」
それはとてもきれいなものでした。上下対称に貝や真珠で作られた同じ容器が向かい合っていて、中には様々な色に光る砂粒が入っていました。同じ色などほとんどなく。
「もし、自分が消えた後はこれを太陽さんに届けてくれ……だとさ」
「これは……なんだろう?」
風は黙ってそれをひっくり返しました。砂が片方に流れ始めます。ゆっくりと落ちていく光の粒は、まるでこの世の美しさを凝縮したかのように綺麗でした。
「これを二十四回ひっくり返したら、またお前に会える時だってよ。あいつ何度もお前が来るたびにひっくり返して回数を確かめていたらしいぜ。全てはお前にも昨日や明日……そして今日ってものがわかるようにな」
太陽はじっとその贈物を眺めながらつぶやきました。自分には目も口もないはずなのに。何かが自分からこぼれているのを感じました。
「皮肉なものだな……お前にだけは見られたくない。私の泣き顔がお前にだけしかわからないとは……」
「今日だけはからかわないで置いてやるよ。坊ちゃんのためにな」
しばらくこの世で最も偉大な存在の泣き声だけがその場に響きました。
それからまた数百年の時が流れました。
「おい……本当にいいのか」
風は太陽に繰り返し聞きました。もうすっかり太陽は調子を取り戻し、地上の気温も元に戻っています。
「ああ。生き物たちには迷惑をかけたから、せめてそのお詫びだ」
「けどなあ……」
「それにこれは私のためでもある。私はいつまでも彼を覚えておきたいし、彼の存在をいつも確認しておきたい。だからそのためにお前にお願いするんだ」
「っち!後悔しても知らねえぞ!」
風はその場を立ち去りました。太陽が風にお願いした事。それは、最近、この世界に生み出された新生物、人間。彼らならこの砂浜の贈り物を正しく使ってくれるだろう。だからそれを自然に彼らに渡してほしいということでした。もちろん彼の贈り物を手放したくはなかったのですが、それでもそれより彼らに渡したいという気持ちが強かったのです。
生物が私なしでいられるようになることはないだろうし、私の声を聞くことができるような生物ですらもう現れないかもしれない。それでも、私の力を極力借りられずに生きているようになってほしい。なんとなくそんなことを太陽は思っていました。
そして砂浜から太陽、そして人間にわたったその贈物はだんだんと姿を変えていき、時を刻む機械となりました。そのおかげで私たちはたとえ太陽が見えなくともわかるのです。
昨日と今日と。そして明日が。