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常磐加奈子の戦略

作者: 柚希 幸希

ふと、思いつきで書きました。

今度こそは、“胸キュン”要素があると信じたい。


「ねえねえ、聞いた?」


「うん、意外だよね?」


「あんなおとなしそうな顔しててさ~」


 昨日からである。

 教室内で、手紙が回っているのは知っていた。

 しかし、ここからが問題なのである。

 手紙を読んだ人たちは、必ずといっていいほどに私の方に視線を向けて、ひそひそ話を始めるのだ。

 一体何が書いてあるのか?


 元来、本を読むことが好きで噂話にはまったく興味のない私。

 なので、分かるはずもないことなのであった。


 そして今朝のできごとである。


「本当にムカつくよね!」


 親友の加奈子が乱暴に教室の戸を開けて、第一声にそう言い放った。

 そしてドスンドスンとがに股で大きな音を立てながら、私の元へとやってくる。

 かなり怒っている様子だ。

 それからわざとらしく、ガン! と大きな音を立ててイスに座るなり、


「まどかが、海原君のストーカーだなんて! 誰だよ、そんなデマ流したヤツは!」


 わざとクラス中に聞こえるでかい声で、怒鳴りつける加奈子。

 そして、一人ひとりの表情を確認するかのように、にらみつけている。


 加奈子はとても大きくてつり上がった猫目をしている。

 ただでさえ目付きがきついのに、今回はいつもの5割り増しであった。

 はっきりいって、怖い。


 すると。

 みんな加奈子と視線が合うたびに、サーッと視線を外して教室から出ていく。


 そして。

 まるで引き潮のごとく、教室には誰もいなくなった。


「私が、ストーカーってどういうこと?」


 あまりにも突然のことで、ただ驚くしかできない私。

 しばらくは、キョトン! としているだけであったのだが・・・・・・。


 まさか、そんなことだったなんて!

 みんながコソコソしている原因って、そんなデマを本気にするなんて・・・・・・。


「で、結局まどかは、海原君とはどんな関係なの?」


 パニックな私の今の気持ちを無視して、加奈子はとんでもない質問をしてきた。


「え? 海原くんは、中学から同じクラスの男の子だよ」


 私は普通に答えた。


 そう。

 接点はそこだけなのだ。

 私たちは何故か、中学の三年間同じクラスだった。

 しかし、ぐうぜん同じ高校になったのに、ここではクラスが離れてしまったのである。


「よく、教科書とか借りに来るよね?」


「仲のいい人間で、クラス違うのが私くらいしかいないんだって。そういえば、同中って少ないよね?」


 確かに、私たちと同じ中学からこの学校に来た人は、あまりいなかった。

 だからなのだろう。

 高校に入学していからこの3ヶ月、よく忘れ物をしたと訪ねてくるのだ。


 私はとてもおとなしいというかむしろ根暗な、読書大好きで言ってみれば目立たない人間。

 自分で言っていて悲しいのだが、これといった特徴のない、いわばモブキャラのようなものだ。


 対して海原君は、街に出ればよくスカウトされるくらいの爽やかなルックスに、中学時代からバスケをやっていて、しかも全国優勝までしている。

 全国にファンがいるのではないか? と噂されるくらいに、試合の日には体育館が女子でうめつくされるらしい。


 しかし彼は、朝から晩まで24時間バスケ大好きの、いわゆるバスケバカ。

 この高校を選んだのも、尊敬する先生が監督をやっているかららしく、推薦をすべて断わって一般入試を受けてまで、この学校に来るという熱の入れようだった。


 そんな彼と私に、それ以上の関係が一体どこにあるというの?

 そしてそんなデマが、どうして流れてしまったのか?

 考えれば考えるほど、不思議な出来事である。


 それから毎日、学校では仲間はずれ状態だった。


「好きな男をストーカーするネクラ女」


「人の男を横取りしようとする泥棒猫」


「分をわきまえようともしない、勘違い女」


 などと、散々な言われようだった。

 無視していればそのうち収まるかと思いきや、どんどんエスカレートするばかり。

 そしてそんな陰口がたたかれるたびに、加奈子が雷を落として暴れるという、繰り返しの毎日になりつつあった。


 そんな中。

 放課後の帰り道、下駄箱の前で1枚の紙を拾った。


「え・・・・・・」


 誰のものかを確認しようと、つい読んでしまったのがいけなかった。

 こんなこと、私は知りたくなかった! と心の中で叫んでしまうほどに。

 ショックな内容が、書き記されていた。


『“海原君と、両思いになっちゃった。でも、この事を小野寺さんに知られたら、きっとヤキモチを焼かれちゃうわ。逆恨みされたらどうしよう?怖いんだけど・・・・・・。 麻耶”


“大丈夫だよ、だってマーヤはバスケ部のマネージャーで、彼と仲良しじゃん! おめでとう! 応援するよ    沙織”』


 という内容だったのである。


「え? バスケ部のマネージャーで麻耶さん、って・・・・・・」


 最初の文章の彼女・・・・・・確か、同じクラスである。

 いつも私のクラスに海原君がやってくると、仲良さそうに声をかけてくる女の子だ。

 今時のメイクばっちりで可愛い顔をしていて、髪もキラキラと光る金色のウェーブのかかったおしゃれな少女。

 私とは違って、はっきりモノを言う明るい女の子だ。

 加奈子が、


「何あれ、ケバ!」

 

 と、すごく嫌そうな顔をして見ていたから、覚えていたんだけど。


「そっか、海原くん彼女と・・・・・・」


 そう思ったとき、不思議な感情がわきあがってきた。

 普通なら、友達が好きな人と結ばれたのなら、喜ぶべきことなのに。


 私は、まるで心臓に杭を打たれたかのような、激しい痛みを覚えたのだ。

 そして無力感と同時に、目頭が熱くなっていくのが分かった。


「え? これはどういう事?」


 突然のことに、戸惑いを隠せない私。

 そんな時、


「どうしたんだ、小野寺?」


 後ろから、声をかけられた。

 それは、今、一番会いたくない人の声だった。


「な、何でもないよ? 海原くんこそどうしたの?」


 私は無理に笑顔を作り、後ろ手にその紙を隠した。

 見られてしまったら、私はきっと立ち直れない・・・・・・そう思ったから。


「なんでもないって? お前なんか変だぞ? 見せてみろよ?」

 

 彼は私の言うことを無視して、後ろに隠した紙を取ろうと近づいてくる。


「だから、なんでもないって!」


「じゃあ、見せろよ!」


 しばらくは2人で、紙をめぐっての攻防戦をおこなっていた。

 しかも下駄箱の前で・・・・・・。


 しかし、結果は私の惨敗。

 背の高い彼に、あっさりと奪われてしまう。

 そして彼は、書かれてある内容を見るなり、


「え?・・・・・・これって本当?」


 と、とても嬉しそうなキラキラした顔で、私の顔を見たのだ。


 ズキン・・・・・・。


 そして私の心はさらに、壊れていきそうな感じである。


「やばい! 俺、すっごく嬉しいんだけど!」


 続けて、喜びの言葉を口にする彼。

 そんな彼の顔を見ていると、私はとてもいたたまれない気持ちになった。


 今の私に、そんな顔を向けないで・・・・・・。


「あ、オイ! 待てよ!」


 海原くんが止めるのも聞かず、私は無意識のうちに走り出していた。

 ただ彼に今の私の顔を見られたくなくて、私の心の中を見て欲しくなくて。

 気が付いたら、裏庭まで来ていた。


 息が切れる。

 苦しくて、走るのをやめた。

 どうやら、体育館へとつながっている渡り廊下に、来てしまったらしい。

 息を整えようと、渡り廊下の柱に身をあずけていた。

 そんな時、


「あ~ら、泥棒猫さん」


 という、女の子の声がした。

 ドクン! と落ち着かせた心臓が再度、はねあがる。

 だって・・・・・・。

 振り向けばそこには、


「何で、こんなところにいるの? もしかして、私の海原君に会いに来たとか? しつこいわね、さすがはストーカー!」


 と、私を思いっきり見下した態度をとり、さらに下げずんだ目で見ている、少女がいたからだ。


「ストーカーって、そんな・・・・・・」


 そして、私が彼女に反論しようとしたその時である。


「おい、まてって小野寺!」


 なんと。

 海原君が私の後を追っていた・・・・・・の?

 え? この状況は一体何? 

 混乱する私。


 そして、そんな海原君の姿を見るなり、


「え? 海原君!」


 思いっきり可愛い声で彼の名を呼ぶ、麻耶さん。


「なあ、この手紙に書いてある内容って、本当?」


 しかもこのタイミング、このメンバーで、来るなりすぐに手紙の内容を確認しようとする、海原君。


「え? あ、その紙は私の・・・・・・」


 とてもわざとらしく、オーバーアクションをする麻耶さん。

 え? その態度ってもしかして・・・・・・。

 わざと、私の進路方向にこの紙を置いた・・・・・・とか?


 そんな・・・・・・。

 それってひどすぎる! だって私、私は・・・・・・。


 え?

 私、彼の事がもしかして・・・・・・。

 自分の気持ちに初めて気がつき、前の2人そっちのけで、自分の気持ちにパニクってしまう私。

 しかし。

 この気持ちはもう遅いのだ。


 だって、彼は・・・・・・。

 あまりのショックに、また走って逃げ出そうとした。

 のだが・・・・・・。


「え?」


「だめ、逃がさない!」


 気がつけば、私は彼の腕の中にいた。

 

「ねえ、言ってよ。この手紙の内容は本当だって・・・・・・」


 そして私の耳元で、そんなことを言う海原君。

 ただでさえこの状況で、心臓が痛いくらいにドキドキしているのに。

 耳元で言われたら、私・・・・・・。


「え? なんでその女なの? 私でしょう!」


 目に前では、麻耶さんが烈火のごとく顔を真っ赤にして怒っている。

 

「あれ? マネージャー、いたの?」


 そんな麻耶さんを見て、今更ながらに存在に気づいた様子の海原君。


「だって、聞いたんだもん! “海原が好きなのは、1-Bの小野寺さんだって!” もちろん、私のことよね?」


 まるでそうであってほしいとすがるような目で、彼を見ながら訴えかける小野寺 麻耶さん。

 そんな彼女を見て。不思議そうな顔をする海原君。


「ああ、好きだよ。俺は“小野寺 まどか”が、中学の時からずっと好きだった」


 そう言って再度、私を優しく抱きしめる彼。


「え?・・・・・・」


 そんな彼の腕の中で、状況に追いついていない私。


「じゃ、じゃあ私は・・・・・・」


 顔色が真っ青になり、その場でヘナヘナと倒れこんでしまう、小野寺麻耶さん。

そんな麻耶さんの存在を全く無視し、


「“ヤキモチをやく”くらいに、俺のことが好きなんだろう? 小野寺は。俺、すっごく嬉しかったよ」


「え? ん・・・・・・」


 その場で私のファーストキスは、彼にあっさりともらわれていったのだった。


・・・・・・そして、その状況を体育館の影からこっそりと見ている影が、大小2つあった。


「やっと、自分の気持ちに気がつきおって! 鈍感なんだから、まどかは!」


 ショートカットで、とても大きくてつり上がった猫目が印象的な少女が、嬉しそうにそう言った。


「やったぜ! 彼女さえできればこっちのもんだ! これで体育館をわけわからん女どもで、埋め尽くされることもないだろう!」


 20後半くらいの長身で、一緒にいる少女に似たきつい感じの顔立ちをした男性が、ガッツポーズをしている。

 今にも飛び上がりそうなくらいの、喜びようであった。


「私に感謝してよね! お兄ちゃん! それにしても麻耶のあの顔、ウケるー!」


 と、とても愉快でたまらないといった顔をしている、常磐加奈子。


 実は、“海原が好きなのは、1-Bの小野寺さんだって!” という噂を流したのは、加奈子なのである。


 嘘は言っていない。


 小野寺麻耶が勝手に勘違いをし、自滅しただけのことである。

 男に媚びることしか能のない陰湿女で、親友をおとしめるようなデマを流す麻耶のことが、加奈子は大っ嫌いだったのだ。


 ちょうど、そんな時である。

 自分に憧れてこの高校にやってきた海原の人気に、正直うんざりしていた常磐 春海(27歳 独身)が、妹に相談をしてきたのは。


『俺が監督をやっているバスケットの試合が、いつも女どもの黄色い声で、わけのわからないことになっている。何とかしてくれ!』


 と。


 常磐加奈子の戦略は見事にはまり、あまりにも彼女を大事にする海原の周りには、いつしか女の子の群れはできなくなり、彼はいっそうバスケに打ち込むようになった。

 可愛い彼女に、カッコいいところを見せたいのであろう。

 単純な男である。

 結果、全国大会初出場を決めたので、兄は予想以上の結果に大喜びであった。

 

 もちろん加奈子へのお礼は、予想以上の金額となった。


 そして小野寺麻耶は、恥ずかしい勘違い女として、学校中の有名人となった。

 その結果不登校となり、そろそろ退学する様子である。


「私の大切な親友を、いじめるからよ!」


 常磐加奈子は、この戦略に大満足をしたのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんで他人をいじめる輩って自分がいじめられるとあっさりやられるほどメンタル弱いんでしょうね? 正直ダッサって思います。 いじめをする奴は自分に自信がないから他人を虐げて自信をつけるといいます…
[一言] とても楽しいお話であると思いました。 後半部分で真実が明らかになり、「そういうことだったんだ!」 と感じました。読んでいて楽しかったです。
[一言] 読ませていただきました(●^o^●) なんだかドキドキする展開でしたが、最後を読んで良かった、と思いました。 この後、海原君にはぜひとも、彼女さんを守って欲しいですね!(^^)!
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