生まれ変わりの許嫁(6)
その日の放課後。
「真生! 一緒に帰ろう!」
「真生様! 一緒に帰りましょう!」
霊奈の声が右耳に、魅羅の声が左耳にステレオで聞こえてきた。
しかし、こんなことになると予想した俺に抜かりはない!
「悪いな。今日は狐林と一緒にアキバに行く約束をしているんだ」
「え~、狐林と一緒に?」と、あからさまに嫌な顔をした霊奈。
「狐林って、あの、どこからどう見ても変態の人ですかぁ?」と俺の方に来ている狐林を指差す魅羅。
「旦那~、お待たせしやした~」
狐林、お前は怒って良い! ただし自己責任でな!
「じゃあ、行くか?」
「へ、へい」
狐林は、霊奈と魅羅から殺気を感じてたようだ。俺も感じる。
「だ、旦那! 本当によろしいんでがすか?」
「だって、狐林との約束の方が先だし」
「真生様! 帰りも一緒に帰りましょうねって約束しましたよね?」
いや、してないと思う。
「魅羅ちゃんが真生と一緒に帰るのなら、私も一緒に帰るからね!」
「どうしてですか?」
「魅羅ちゃんが真生を襲うかもしれないからよ!」
「私は霊奈ちゃんと違いますから!」
「どういう意味よ?」
「あーっ! ちょっと待った!」
俺が一触即発の二人の間に割り込んで、二人に距離を取らせた。しかし、それは俺を「飛んで火に入る夏の虫」にしただけだった。
「真生! 真生はどっちと一緒に帰るのよ?」
「真生様は私と一緒に帰るのですよねえ?」
いや、だから俺は狐林と一緒にアキバに……。
「私は真生と同じ家に住んでいるの! だから帰る方向が同じだから一緒に帰るしかないでしょ!」
「真生様、霊奈ちゃんと一緒に住んでいたら、命がいくらあっても足りないでしょ? 私の家もいっぱいお部屋が余っていますから、私の家に来ませんか?」
「どうして私と一緒にいたら命がいくつあっても足りないのよ?」
いや、正解だとは思うが……。
「ちょっと待って! 俺の話を聞いてくれ!」
俺は、霊奈と魅羅を交互に見渡しながら言った。
「俺は、霊奈か魅羅かどちらか一人を選べって言われて選べるほど偉くない。それに霊奈はまだしも魅羅のことは、まだ、ほとんど知らない。だから、とりあえず、今の状態を変えるつもりはない」
「と言うことは?」
魅羅が心配そうに訊いた。
「俺は御上家から追い出されるまでは居させてもらうつもりだし、霊奈と同じ家に住んでいるんだから、普段は霊奈と一緒に帰る」
また、魅羅の目に涙が溜まった。
――演技じゃないとしても、女って、本当、卑怯だよな。
「でも、それは魅羅が俺の側に来ちゃいけないって訳じゃない。魅羅も同級生なんだから、節度ある付き合いをしてくれるのなら、俺の側にいて良いから」
魅羅の顔があっという間に明るくなった。
「節度あるおつき合いですね?」
魅羅が考えている「節度」と、俺が考えている「節度」のレベルが違う気がした。
「とにかく! 俺達は同級生なんだから、みんな、仲良くしようぜ!」
うんうんと霊奈と魅羅がうなづくのを見た俺は勝利を確信した。
「だろ? それで!」
俺は、ぼ~とした顔で立ち尽くしていた狐林と肩を組んだ。
「狐林も大切な同級生だ! そして今日は、その狐林との先約を、俺は守る!」
これで、今日は狐林とゆっくりとエロゲ探索ができるはずだ!
「分かったよ。真生」
「私も分かりました、真生様」
「分かってくれたか? じゃあ、今日は」
「真生と一緒にアキバに行くから!」
「私だって一緒に行きますから!」
――へっ?
「い、いや、俺は狐林とだな」
「山里君も私達と同級生なんだから、同級生同士、一緒に行っても良いでしょ?」
「そうね。四人で行きましょう」
待て待て待て! どうしてそうなる?
霊奈と魅羅がいる前でエロゲ探索などできる訳がないだろ!
「山里く~ん、良いですよね?」
魅羅の甘ったるい声で免疫のない狐林が瞬殺された。
「も、もちろんでがすよ! 四人で行きやしょう!」
普段は相手もしてくれない霊奈と美少女転校生の魅羅と一緒にアキバに行けることになって、狐林は飛び跳ねながら喜んでいた。
でも、それで、俺の計画は台無しだよ!
俺と霊奈、魅羅、そして狐林の四人は電車を乗り継いで、アキバにやって来た。
秋葉原ではない! アキバだ!
獄界の秋葉原と言って良い。
大型パソコン家電店が軒を並べる一角には、アニメショップやそれ系の書店、メイド喫茶が数多くあり、別の一角には昔ながらの電器部品屋が細々と商売をしている。そんな地界の秋葉原とうり二つの街だ。
「へえ~、私も久しぶりに来たけど、噂どおりの賑わいなのね」
霊奈が辺りを見渡している横で、魅羅が目を輝かせて、ビルの壁面にあるアニメの巨大イラストを指差していた。
「すごい! すごい! あれって『キラキラ魔女ッ娘きらりん!』ですよね?」
「そうでがすよ。よくご存じでがすね」
狐林の言うとおりだ。「キラキラ魔女ッ娘きらりん!」は、秋アニメとして、九月以降に放映される予定で、まだテレビではやっていない、エロゲから派生したアニメだ。
「あ、あそこに書いてますし」
魅羅が少し焦った感じで言った。
確かに巨大イラストには、ちゃんと番組タイトルも書かれているけど、今、すんごく目を輝かせていたよな?
「魅羅はアニメが好きなのか?」
「えっとぉ~、真生様は?」
おっと、ブーメラン!
アニメ好きだとは、もう霊奈にもばれているけど、エロゲのことは話していない。家でもベッドの下に隠している段ボール箱に押し込んでいる。幽奈さんが俺の部屋の掃除をしたとしても、厳重に密封している箱までは開けないだろうし、そもそも幽奈さんは、人も持ち物をチェックするような、はしたない趣味は持っていないはずだ。
「アニメは好きだよ。で、でも、あのアニメは知らないなあ」
ちょっと汗が出て来た。
「わ、私も初めて見ました~、あははは」
魅羅の顔にも汗が噴き出ていた。
「ねえ。それで、今日は、どこに行くつもりなの?」
そんな俺と魅羅の様子に気づくことなく霊奈が俺に訊いた。
エロゲを探索に! なんて言える訳ねえだろ!
「今日はですね、エロ、ぐはあっ!」
俺の手刀が狐林の脇腹に突き刺さった。
「まあ、狐林につき合って、アニメグッズショップかな? なあ、狐林?」
「へ、へい」
――すまん、狐林。
俺は白目を剥きながらも返事をしてくれた狐林に「よく耐えたで賞」を心の中で授与した。
と言うことで、俺達はアニメグッズショップにやって来た。
「こ、これは、『地獄の王子様!』初回限定DVDじゃないですか!」
そのDVDを手に取った魅羅の鼻息が荒くなっていた。
地獄の王子様は、美少年キャラが数多く登場する、いわゆる腐女子向けのアニメだ。
「魅羅! お前、やっぱりアニメが好きなんじゃね? それもかなり?」
「えっ! えっと……、ほらっ、私達、政治家の娘にとって、今、『地獄』と言う言葉はトレンドじゃないですか? だから思わず反応しちゃって」
とってつけたかのような理屈に、俺も霊奈もジト目で魅羅を見つめた。
「そう言えば、今、思い出したけど、魅羅ちゃん、小さい頃は、漫画を読みながら、おやつをパクついているってイメージだったよね?」
「な、何を言ってるのですか!」
明らかに魅羅が焦っていた。
触れられたくない黒歴史なのか? 確かにそんなことを続けていたら太るわな。
「た、確かに、あの頃は漫画が好きでしたけど、今は、それほどではないんですからね!」
「まあ、漫画やアニメが好きって言うのなら、それで良いじゃん」
俺は、オタクっぽい趣味を必死で隠そうとしている魅羅が可哀想になった。
「オタク趣味って気持ち悪いって言う人もいるけど、誰に迷惑を掛けるもんでもないんなら、人の趣味を馬鹿にすることなんてすべきじゃないよな」
俺は、半分は自分に向けて言い含めるように言った。
「魅羅が漫画とかアニメが好きだとしても、俺は馬鹿にしたりしないぜ。俺も漫画とかアニメは好きだからさ」
「真生様、本当に?」
「ああ! せっかくアキバに来たんだから、いろいろと見てみようぜ」
「うん! もう、真生様、大好きです!」
魅羅の抱きつき攻撃を回避した俺は、少し落ち込んでいた霊奈に近づいた。
「霊奈」
「……何?」
「さっき、魅羅の子供の頃の話をしたのを、魅羅を馬鹿にしたんじゃないかって思って、自己嫌悪してるんだろ?」
霊奈は照れくさそうに、ぷいっと俺から目をそらした。霊奈の言動パターンも次第に予想ができるようになってきた。
「霊奈が人のことを馬鹿にするような奴じゃないってことは、俺が一番、知ってるからさ」
「……真生」
「せっかくアキバまで来たんだから、霊奈も落ち込まずに、いろいろと見てみようぜ」
「……うん、ありがとう。真生」
途端に機嫌が直った霊奈も一緒に、俺達はアニメグッズショップの中をいろいろと見て回った。
結局、狐林と魅羅がそれぞれ好きだという漫画本を買って、俺達はアニメグッズショップを跡にした。
外に出ると、午後五時だと言うのに、まだ日差しが厳しかった。
「狐林! この辺りにコーヒーショップはなかったっけ?」
「あっちの通りにあるでがすよ」
「日差しが落ちるまで、少し休憩しようぜ」
霊奈と魅羅も賛成したことから、俺達は狐林の案内で、一つ裏の通りに入った。
――人がいない。
俺の頭の中で警報が鳴った。
突然、周りの空気が陽炎のように揺らぎだした。
結界だ!