生まれ変わりの許嫁(5)
次の日の朝。
「真生! 朝だよ!」
いつもと変わらない調子で、霊奈が俺の部屋に入って来た。
もっとも熟睡していた俺は、その声で目が覚めた訳で、布団にくるまったままの俺には霊奈の姿は見えてなかった。
「いつまで寝てるのよ!」
俺がくるまっていた布団を霊奈がひっぺがした。
「うう~ん、もうちょっと~」
俺が横向きに膝を抱えるようにして体を丸めると、霊奈が俺の肩に手をやり、体を揺さぶりだした。
「早く起きなさいよ!」
次第に意識を取り戻してきた俺の頭脳は、過去の経験から、これから霊奈が繰り出してくるであろう攻撃を予想した。
まずは、敷き布団強制はぎ取り攻撃!
これが発動されると、宙に浮いた俺は全身を床に叩き付けられる。打ち所が悪ければ、再び夢の中に引き戻されることもあり得る。
次に頭に浮かんだのは、エルボードロップ攻撃!
今、布団を剥がれ、むき出しになっている俺のボディに、霊奈の曲げた肘が無慈悲に落とされると、しばらく呼吸困難になるはずだ。
三つ目は逆エビ固め攻撃!
霊奈のお尻の感触を背中で味わえるというメリットもあるが、マジで背骨が折れかねない。
早く眠気を吹き飛ばさないと、俺の命が危ない!
しかし、眠い!
……駄目だ。今まで致命傷には至っていないという経験が、俺の眠気を吹き飛ばそうとしなかった。
「起きないのなら……」
霊奈の最後通告がされた。
俺の体を揺さぶっていたのが止まると不気味な静寂が訪れた。
来る!
俺は全身に防御警報を発令して来るべき攻撃に備えた。
――チュッ!
…………一瞬、良い香りがして、ほっぺたに柔らかい感触。
驚いて目を開けると、霊奈が耳の横の髪を押さえながら、俺に近づけていた顔を、背筋を伸ばすようにして遠ざけた。
「えっ?」
「ほらっ、起きた」
俺は、横になったまま、ほっぺたを押さえて、呆然と霊奈を見つめた。
「早く御飯食べよ!」
少し顔を赤らめていた霊奈がにっこりと笑うと部屋から出て行った。
今までにない強烈な威力だ。ばっちり目が覚めてしまった。
その日も朝からかんかん照り。
俺と霊奈も歩道のできるだけ影になっている所を縫うように歩いていた。
「霊奈」
「何?」
今日は、いつもよりは若干機嫌が良さげだ。だから、ほっぺにキスしてくれたのかな?
「今日、どうして、そ、その、ほっぺにキスしてくれたんだ?」
「それは、ほらっ、これなら絶対起きるだろうなって思ったからよ」
「じゃあ、明日からもお願いします!」
「やだよ」
「絶対、目が覚める! 間違いないから!」
「い~や!」
とか言いながら、霊奈も嬉しそうなんだが?
しかし、ふと前を見た霊奈の顔付きが厳しくなった。
霊奈の視線の先を追うと、魅羅が建物の影に立って待っていた。
魅羅は、俺に気づくと満面の笑みで俺に向かってダッシュして来た。
しかし、俺は両手を挙げて魅羅を止めた。
「ちょっと待て! 話がある」
「何ですか、ダ~リン?」
魅羅が首を傾げて俺を見た。ぶりっ子の仕草だと分かっていても、可愛くて破壊力が半端ない。
「魅羅が許嫁になっていたのは龍真さんだろ? 昨日も言ったけど、俺は龍真さんじゃない。だから、俺と魅羅は同級生としての間柄でしかない」
途端に魅羅の目に涙がいっぱい溜まった。
これが演技だとすればすごいが、演技じゃないと分かった俺は、魅羅が少し可哀想になった。
「あ、あのさ。同級生だということは、これからもっと仲良くなるかもしれないぜ。要は、みんなと同じスタートラインに立っているってことだよ。そこからつき合いを始めようぜ」
「おつき合いはしていただけるんですか?」
「い、いや、だから、まずは友達としてつき合うってことだよ。俺は、まだ、魅羅のことを全然知らない。魅羅のことを知ってから、そのまま友達としてつき合うか、それとも、それ以上の仲になりたいと思うのかを判断させてもらう。霊奈もこれで良いよな?」
「う、うん」
不服そうながらも、霊奈がうなづいた。
「魅羅もな」
「分かりました。また、霊奈ちゃんと同じスタートラインに立ったってことですね。絶対、負けません!」
魅羅は霊奈に近づいて、霊奈を睨んだ。
霊奈も負けじと魅羅を睨んだが、通りの真ん中で睨み合いをされると公衆の迷惑だ。
「とりあえず、学校に行こうぜ。魅羅も一緒にな」
「い、良いのですか?」
「友達だろ?」
「さすがダ~リンですぅ~」
魅羅が俺に抱きつこうとしたが、霊奈が魅羅の腕をつかんで、それを阻止した。
「まだ、友達なんだから抱きつき禁止!」
「ええ~? じゃあ、霊奈ちゃんはダ~リンに抱きついたことないの?」
「な、ないわよ! それとダ~リンも禁止!」
「ええー! 卑怯ですよ!」
「どこが卑怯よ! 真生は真生なの! 呼ぶんなら名前で呼びなさい!」
「分かりました。じゃあ、私は真生様とお呼びします」
「いや、何か、ガラじゃねえんだが」
「私にとっては王子様なんですの。良いでしょ、真生様?」
「ちょっと! こいつのどこか王子様なのよ!」
いや、霊奈、突っ込みの方向がちょっと違うと思うんだけどな。
「ああ~、もう好きに呼んでくれ! とにかく学校に行くぞ!」
遅刻寸前だっての!
「真生の旦那~」
やっぱり来た。
朝、霊奈と魅羅に囲まれて登校して来た俺に、クラス中の男子からの敵意ある視線が突き刺さったことは言うまでもないが、約一名、羨ましいオーラ全開の視線を感じたのだ。
俺の勘違いではなかった。朝のホームルールが終わると早速、狐林が揉み手をしながら俺の席までやって来た。
「羨ましすぎますぜ、旦那! あっしも仲間に入れてほしいでがすよ!」
「俺はどうでも良いんだが、霊奈と魅羅が許してくれたならな」
「そんな無茶なこと言わないでくださいよ~」
――俺も無茶だと思う。
霊奈は、龍真さんのように男らしい上に爽やかという、いまや絶滅危惧種のような男が好きなはずで、オタクは嫌いなはずだ。
俺が狐林とつき合っているから、俺もオタク的趣味を持っていることは、既に感づかれているが、ソウルハンターになったりして、いろいろと忙しかったせいもあって、オタク趣味に没頭することができていない。だから、霊奈も俺を毛嫌いしないでいてくれている訳だが、オタクオーラ全開の狐林のことは好きではないだろう。て言うか、狐林は、その存在を霊奈からほとんど無視されている。
一方の魅羅も龍真さんが好きなのは共通していて、霊奈と好きな男性の趣味がかぶっていることは容易に想像できる。
狐林が霊奈か魅羅に相手にしてもらえることすら難しいだろう。
ふと二人を見てみると、霊奈は女子に囲まれていて、魅羅は男子に囲まれていた。
文武両道の霊奈は、男子からすると「できすぎる女」として、狐林のような一部の男子からは敬遠され気味であったが、逆に女子達からは憧れの対象で、そのさっぱりとした性格と相まって、女子達の人気が高かった。
少なくとも、俺にだけ見せる凶暴性は、学校ではその片鱗も見せなかった。
一方、魅羅は、転校して来たばかりであるが、いつもニコニコと明るくて、ちょっと甘えているかのような話し方は男を誤解させるだろう。少し女王様キャラが入っているが、それに嬉々として従っているのがモテない男子達と言うのも悲しすぎるところだ。狐林もそんな召使いの一人でしかない。
「旦那~」
泣きそうな顔で狐林が俺を見ていた。
「何だよ?」
「一週間後に夏休みが始まると言うのに、あっしは、どうすりゃ良いんでがすか?」
――知らねえよ!
「予定はまったくないのか?」
「へい~。夏休みにすることと言えば、妖奈ちゃんのコンサートに行って、夏コミックマーケットに三日間とも行って、買いだめしたエロゲのコンプリートを目指して、それと撮りだめしているアニメビデオをすべて鑑賞するくらいでがんす」
――めっちゃ忙しくね?
しかし、思い切りエロゲができるなんて、ある意味、狐林が羨ましいぜ。
かと言って、今の家で、幽奈さんや霊奈、妖奈ちゃんと他愛のない話をすることも好きで、そう言う意味では、二次元至高主義だった俺も、三次元世界への脱皮が少しずつではあるができているということかもしれない。
「しかし、そんなにゲームも買いだめしてるのか?」
「実は、今日もアキバに行って物色する予定にしてやす」
そう言えば、俺、アキバに久しく行ってないな。
って、待てよ!
放課後も霊奈と魅羅のさや当てにつき合わされることが予想される。
ここは狐林との先約を入れておくか。