エピローグ
とりあえず、今回の騒動はひとまず幕が下りた。
豊成先生は、了斎先生のグループから追放され、神聖自由党も除籍処分とされた。そのうち、闇の騎士による粛正がされるのだろう。
了斎先生は、最強硬派の豊成先生がいなくなったこともあり、南部先生と派閥の今後のあり方について話し合いを重ねているようだ。歩み寄りが見られるとは言われているが、お互いの主義主張は、なお隔たりがある。今後、どうなるかは、まだ分からない。
俺はというと、二学期が平穏無事に始まり、今日は、放課後、狐林と一緒にアキバに寄り、地下鉄で自宅の最寄り駅まで帰ってきたところだ。
「真生の旦那! 今日は大収穫でございやしたね」
狐林が両手に提げた手提げ紙袋の中には、ぎっしりと同人誌が入ってきて、けっこう重いんじゃないかと思ったが、エロ絵が満載だと思うと、そこだけ重力が消失しているかのように思える。
俺も前からプレイしてみたかったエロゲが手に入り、それが通学鞄の奥底にあると思うと自然と笑みが零れた。もっとも、それとは別のゲームがもう一つ入ってるが。
「本当だな。これも狐林の情報収集能力のお陰だよ。ありがとうな」
「もったいないお言葉でございやすよ。あっしは真生の旦那の跡をずっとついて行きやすからね!」
「いや、ついて来なくて良いから」
「そ、そんな、冷たいでがすよ、真生の旦那ぁ~」
「お前がそんな猫なで声を出す時は、何か下心がある時なんだよな」
そんなに露骨に驚くなよ。
「い、いや~、下心なんて、これっぽちもないんですが、以前にお頼みした、妖奈ちゃんの生写真はまだかなあって思って」
「そんな約束した憶えはないぞ! それに妖奈ちゃんの写真なら芸能雑誌に嫌というほど載ってるだろ?」
「いやいや、普段は見せない顔を見られるのが良いんでがすよ」
確かに、赤の他人なのに妖奈ちゃんと一緒に暮らしている俺は、妖奈ちゃんのいろんな顔を見ている。妖奈ちゃんのファンのみんなには少し申し訳ない気がする。それに妖奈ちゃんの裸も……。
――いかんいかん! そんなことを考えているだけで、狐林に怪しまれる!
「と、とにかく、妖奈ちゃんの生写真は断る! でも、少しくらいなら、妖奈ちゃんに直に会えるようにしてやるよ」
「本当でがすか、真生の旦那?」
「ああ、狐林にもいろいろと世話になってるしな」
「ありがとうごぜえやす! あっしは真生の旦那と一生離れやせんぜ!」
「いや、一生、くっついているつもりかよ?」
「旦那が御上家にいらっしゃる限りは!」
それが目的かよ!
でも、なんだかんだ言って、狐林は、この獄界で同じ趣味を持った仲間のようなものだ。大事にしていかないとな。
「じゃあ、俺、ちょっと寄り道したい所があるから、ここでな」
「へい! 旦那、明日、そのゲームの感想も聞かせてくだせえ」
「ああ、そこそこプレイできたらな」
俺と狐林は、駅の出口で左右に別れた。狐林もあの本を持って、寄り道なんてできないはずだ。
俺はというと、魅羅の家まで届け物があり、歩いて向かっていた。
了堅先生は、あのまま死んでいることになっているが、時折、俺の携帯に電話を掛けてくる。昨日も電話があり、アキバでゲームを買って来てくれるようにお願いされた。
そうなのだ。あの爺さん、以前に俺に会いに闇の騎士と一緒に現れた時、アキバに来たのは初めてだったようで、その時のついでに買ったエロゲに夢中になってしまったようだ。
本当はエロゲをやり込むために死んだことにしてるんじゃないかと疑われるのだが、そこは訊かないことにしている。というのも、俺もエロゲ愛好者であることを、あの後、ずっと俺を尾行していた闇の騎士の報告で知られていしまい、こうやって、新作エロゲの購入使いっ走りをさせられているからだ。
了堅先生の家、もとい、魅羅の家に着いた。
執事の布施さんの案内で、了堅先生の部屋に通される。
「遅いぞ、エロゲマスター」
「先生、頼みますから、その呼び名だけは勘弁してください」
「何でじゃ? 儂の師匠ではないか」
「絶対、魅羅にぽろっと言ってしまいそうで心配ですよ」
「心配するな。儂じゃって、魅羅に知られると立場がないわい」
そうなのだ。これは俺と了堅先生との二人だけの秘密になっているのだ。
「真生君、それより新作は?」
「買って来ましたよ」
俺は、鞄の底から、先生用に買ってきたゲームパッケージを取り出した。
「おお、これじゃこれじゃ! やっぱり、ルナたんは可愛いのう」
ゲームパッケージに頬ずりする、この只のエロ爺が政界の重鎮だと、誰が信じられるだろうか。
しかし、第三派閥「輝星会」に未だに大きな影響力を持つ了堅先生と個人的なつながりができたということで、もし、俺が政界デビューするとしたら、後ろ盾にはなってくれるだろう。
「じゃあ、俺、帰りますね」
「すまなかったの。これは駄賃じゃ」
まあ、良いアルバイトにはなる。
「ありがとうございます。では」
「うむ。プレイに詰まったら、また電話するでの」
了堅先生の部屋を出て、玄関に戻ると、また、執事の布施さんが見送りをしてくれた。
「お気を付けてお帰りくださいませ」
「ありがとうございます、布施さん。それはそうと、魅羅はいないんですか?」
いれば、すぐに飛びついてくるはずだが?
「お嬢様は、一旦、学校から帰られて、すぐに出掛けられました。最近、この時間はいつもお出掛けされております」
「そうなんですか」
毎日の用事って何だろう?
ひょっとして、俺以外の男とデートとか?
えっ、何で?
俺以外の男と会っているかもしれないって思うと、すごく気になるんだけど。俺の中で、魅羅がそんな存在になっているのかなあ?
魅羅の家から御上家まで歩いて三十分くらいだ。
しかし、九月になって、若干は涼しくなったとはいえ、やはり歩いているだけで汗がちょちょぎれる。
ちょうど、大きな公園が見えてきた。
以前、ここで筑木さんに今回の対応について相談をさせてもらった場所だ。確か、売店があって、ソフトクリームも売っていたはずだ。ちょっと休憩していこう。
公園に入った俺は、ソフトクリームを買うと、ベンチに座って、冷たくて甘いソフトクリームを頬張った。
はあ~、生き返るぜ。
ぼちぼち夕暮れという時間帯で、ジョギングやウォーキングをしている人や、サッカーをしている小さな子供達のグループなどがいた。
そんな風景をぼ~と眺めていると、見覚えがある姿が公園の中にあるジョギングコースを走っているのが見えた。
Tシャツにハーフパンツというそのランナーは、魅羅だった。
魅羅は、俺が遠くから眺めているとは気づかずに、真っ直ぐ前を向いて走っていた。
昔、魅羅は太っていたらしい。今もそうだが、昔から漫画好きで、運動もせずにお菓子を食べながら漫画を読んでいたら、そりゃあ、太るわな。
しかし、魅羅は龍真さんのことが好きになってから、一生懸命努力をして痩せたらしい。今の体型を維持するためにジョギングをしているのだろうか?
もし、そうだとしたら、俺のために?
いろいろと暴走するところもある魅羅だが、いつも一生懸命だということは確かだ。
俺も何となく努力をしなきゃいけないという思いになって、残りのソフトクリームを口にねじ込むと、立ち上がり、家へと向かった。
俺が今、一番、頑張らなければいけないのは勉強だ。テスト前にはいつも霊奈の世話になっている。そろそろ独り立ちできるようにならなくちゃな!
もっとも、今、燃え盛っている「努力をすべきだ」という炎が明日以降も燃え続けていることができるかは保証の限りではない。
御上家が見えてきた。
古ぼけた和風の家。政権与党の実力者の家とは思えないほど質素な家だ。
でも、その中にいる御上家の家族はみんな、働き者だ。地界でのんべんだらりと過ごしてきた俺も何となくやる気が引っ張り出されて、地界にいた時とは比べものにならないほどに積極的に生きているように思う。
門をくぐって、玄関ドアの横にある人体認証キーに手のひらをかざすと、鍵が開いた。
ドアを開く。
「おかえりなさい、真生さん」
「おかえり、真生!」
「おかえりなさーい、真生兄ちゃん!」
なぜか玄関先に三姉妹が揃っていた。
「た、ただいま、です。どうしたんですか?」
「真生兄ちゃんが帰って来るのが遅いって、みんな、心配してたんだよ!」
「あっ、ごめん! 狐林とアキバに行ってたんだ」
「まったく! 携帯に掛けても全然出てくれないし! ちゃんと連絡をよこしなさいよね!」
そうだった。エロゲを鞄の奥底に仕舞うときに携帯も一緒に鞄に入れてしまっていた。バイブにしていたから、全然気づかなかった。
「でも、何事もなくて良かったです。それじゃあ、晩ご飯にしましょうか?」
「わーい、お腹ぺこぺこだよ。真生兄ちゃんも早く上がって!」
「うん」
俺の返事を聞いた幽奈さんと妖奈ちゃんが先にリビングに向かった。
俺が靴を脱いで、玄関に上がると、一人残っていた霊奈が睨んだ。
「もう! 心配掛けないでよね!」
霊奈の目が少し潤んでいるような気がする。
「ごめん、霊奈」
「……さあ、ご飯食べよ」
「ああ」
帰りの時間が少し遅くなっただけで、こんなに心配してくれる。この三姉妹は、俺をもう家族だと扱ってくれる。
そうだ! この家は、もう、俺の家なんだ!
(完)




