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Powergame in The Hell Ⅱ  作者: 粟吹一夢
第五章
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政界の姫を巡る争い(14)

「すまない。ついて来てくれたまえ」

 了斎りょうさい先生は、応接間を出て、広い屋敷の廊下を早足で歩き出した。

 俺と霊奈れいなも黙って、その跡について行った。

 先ほど、俺達を応接間まで案内してくれたお手伝いさんもいるはずなのに、家の中は、誰もいないように静かだった。

「女房は実家に帰したんだ。自分があんな命令を下したんだ。これから、どんどんと危険なことになるかもしれないからね」

 実際に南部なんぶ先生が殺されていれば、南部先生のグループは、復讐に燃えて、今度は了斎先生の命を狙ってくるだろう。派閥内グループの全面戦争になるところだった。

 豊成とよなり先生の計画が成功して、魅羅みらがいなくなれば、確かに了堅りょうけん先生の遺書は効力を失い、了斎先生が後継者に浮上することもあっただろう。しかし、魅羅の犠牲によって、自分が派閥の長になったとしても、了斎先生は喜ばないだろうし、今の取り乱しようからいえば、議員すら辞めるかもしれない。そんな了斎先生の性格を豊成先生は知らなかったのだろうか?

 もっとも俺だって、了斎先生に対して、最初はクールで少し冷徹なイメージを持った。同じグループの先生方も了斎先生に対して、そんなイメージを持っていたのかもしれない。

 了斎先生が、あるドアの前で立ち止まった。そして、ドアノブを回して、扉を開けた。

 俺と霊奈は、部屋の中に入り、部屋を見渡した。

 レースのカーテンが掛けられている窓から明るい外の光が差し込んでいて部屋の中は明るかった。

 可愛いイチゴ柄の壁紙が貼られた、その部屋には、大小のぬいぐるみが所狭しと置かれて、幼い子がクレヨンで描いたと思われる絵や作文を書いていると思われる原稿用紙が額に入れられて壁のあちこちに掛かっていた。

「ここは?」

 俺が了斎先生に訊くと、了斎先生は、少し眩しそうに部屋を見渡してから、俺の顔を見た。

「ここは魅羅が五歳の頃までいた部屋だよ」

「……ずっと、そのままに?」

「ああ」

 毎日、窓も開けて、ちゃんと風も通しているのだろう。絵も原稿用紙も少し日に焼けている程度で保存状態も良かった。

 魅羅に対して、あれだけ他人のような態度を取っていた了齋先生だが、娘の魅羅のことが可愛くないはずがない。

「了斎先生、どうしてこの部屋を俺達に見せたんですか?」

「私がいなくなったら、君から魅羅に伝えてほしいんだ。馬鹿な父親だったが、娘のことは一時だって忘れたことはないってね」

「もう、いなくなってしまうかもしれない言い方ですね」

「私は、南部先生のグループに喧嘩を売ってしまったのだ。これから闇の騎士同士の全面戦争になるおそれがある。いや、きっと、なるだろう。私も、いつ、この世から消えることになってもおかしくない」

「絶対、そんなことにさせませんよ!」

 俺は、了斎先生を睨みつけながら言った。

「今、先生は俺から魅羅に伝えてほしいって言いましたけど、先生が直に伝えたら良いじゃないですか! これから一緒に魅羅の所に行きましょうよ!」

「魅羅は会ってくれないだろう」

「俺が会わせます。それに、今回の騒動のもう一人の犯人にも」

「何? 誰だ、それは?」

「その人にも直に会って話をしてください」



 俺と霊奈は、了斎先生を伴って、魅羅の家、すなわち、かつての了堅先生の家までやって来た。

 あらかじめ、了斎先生も行くと伝えると、魅羅は門を開けないと思い、俺と霊奈が昨日の海水浴の写真ができたから届けに行くとだけ言っていた。

 門の前で布施さんが待っていた。残暑厳しき晴天の日に燕尾服という執事ファッションなのに汗一つかいていないのは、さすがだ。

「いらっしゃいませ。そちらは?」

 布施さん流の嫌味なのだろうか?

「魅羅にどうしても了斎先生と会ってほしいと思って、一緒に来たんです。とりあえず、魅羅には、俺と霊奈が来たと伝えていただけませんか?」

「……分かりました。会う会わないはお嬢様が決めることです」

 布施さんは、そう言うと、堅く閉まっている門を開けた。

「どうぞ。応接間でお待ちください」



「この家も久しぶりだ」

 和室の大きな座卓の下座に自ら座った了斎先生がぽつりと呟いた。俺と霊奈はその了斎先生を挟むようにして座った。

「いつ以来なんですか?」

「私が親父の言いつけに背いて、立候補をして当選をした時以来だよ。そのことが親父の逆鱗に触れて、勘当されてしまったからね」

「真生様! お待たせし……」

 元気な声がして、魅羅が入って来たが、了斎先生の姿を見て、フリーズしたかのように固まってしまった。

「ど、どうして?」

 魅羅が後ずさりしながら呟いた。

 俺はすぐに立ち上がり、逃げようとした魅羅の腕を掴んだ。

 霊奈と了斎先生も立ち上がり、魅羅の側にやって来た。

「魅羅! 俺が了斎先生を連れて来たんだ」

「真生様……。どうしてですか?」

「魅羅と了斎先生は、もっと話し合うべきだと思ったんだ。それと」

 俺は、キョロキョロと辺りを見渡した。

 きっと、いるはずだ。

「そろそろ出て来てくださいよ! いるんでしょ?」

「真生、誰に言ってるの?」

 俺の気が触れたと思ったのか、霊奈が心配そうな顔をした。

「了堅先生だよ」

「はあ? 何を言ってるの、真生? 了堅先生の霊魂がいるの? 私には見えないけど」

 同じソウルハンターの霊奈も霊魂がいれば見えるはずだ。でも、いるのは霊魂ではない。

「いるのは、生きている生身の了堅先生だよ」

 霊奈と了斎先生が呆然と立ち尽くしている部屋に、久しぶりに聞く笑い声が響いてきた。

「ははははは、さすが、魅羅の未来の旦那じゃな」

 襖が開くと、そこには和服姿の了堅先生が立っていた。

「出てきて早々で悪いですけど、魅羅の未来の旦那に決まってる訳じゃないですから!」

「しかし、魅羅に聞いたのじゃろ? 口止めをしておいたのに漏らしてしまうとは、魅羅は、相当、真生まお君を信頼しておるのじゃなあ」

「はい、お爺様」

 魅羅が恥ずかしげに答えた。いやいやいや、今、話すべきことじゃないでしょ!

「了堅先生、霊奈と了斎先生は何が何やら分からないと思いますから、ちゃんと説明してもらえませんか?」

「そうじゃったの」

 そう言うと、了堅先生は霊奈と了斎先生に向かって、頭を下げた。

「お騒がせして申し訳ない。このとおりじゃ。今から説明するから、まあ、座ってくれ」

 了堅先生が座卓の上座に座ると、俺達もみんな、座った。

「今回、このような手段を執った目的は一つだけ。了斎! そなたの周りにいる腐った連中を炙り出すためじゃ」

「私の周りにいる腐った連中?」

「豊成とか言う奴を筆頭に、お前をないがしろにして、好き勝手に行動して、あわよくば輝星会を乗っ取ろうと企てていた連中じゃ」

「今回、豊成先生が、私に嘘の情報を教えて、魅羅を消そうとしたことは初めて聞きました。しかし、派閥の乗っ取りなどというのは初耳です」

「お主は相変わらず抜けておるのう。だから、わしの後継者には向いておらぬのだ!」

 了斎先生は、了堅先生に反論できずに悔しそうに歯を噛みしめていた。

「儂が今回の茶番を思いついたのは、豊成先生とその一派が、了斎を祭り上げて新しいグループを作っているが、実際は、了斎を操り人形にして、輝星会の実権を握ろうと企てているという情報を、南部先生から聞いた時じゃ」

「南部先生はその情報を誰から?」

「本人の名誉のため、名前は伏せるが、どっちにも良い顔をして、口が軽い奴がいるものでな。そんな奴を上手く使えば簡単じゃ」

 了堅先生は、そんな蝙蝠みたいな奴を上手く使って、両方のグループの極秘情報も手に入れていたんだろう。

「豊成先生が不穏な動きをしていることは、真央君の肉体が盗まれた件から分かったことじゃ。あれも豊成先生の計略じゃよ」

「何のために?」

「政権を揺さぶるためじゃよ。実際に大きな騒ぎになり、地獄民営論者は勢いづいたじゃろ? それで解散総選挙に持っていこうとしたのじゃ」

「俺にしたら、えらいとばっちりなんですけど」

「どうも、御上みかみ先生に個人的な恨みもあったようで、その私怨もついでに晴らそうと思っていたようじゃがな」

 ――ますます酷いとばっちりだ!

「しかし、そんなことは私は命じていないぞ」

 豊成先生がいくら計画をしても、闇の騎士の指揮権は了斎先生にあって、豊成先生にはない。

「ばかもん! お前が命じなくて、どうして闇の騎士が動く?」

「いや、しかし」

「どうせ、霊魂管理庁の失態となるような事件事故はないかを調査しろとか命じているのじゃろう?」

「あっ……」

 了堅先生の言ったとおりだったようで、了斎先生は、またうつむいてしまった。

「それも豊成先生の入れ知恵じゃろうが、闇の騎士に対して、『良きに計らえ』的な曖昧な命令を下すから、そんなことになるんじゃ。闇の騎士達は具体的な内容について、豊成先生に相談をしたんじゃろう」

 了斎先生には、耳が痛いことだろう。

「いっぱい訊きたいことがあるんですけど?」

 霊奈が、うずうずしているように、了堅先生を見た。

「何なりと訊くが良いぞ」

「まず、爆弾テロで死んだ人は誰なんですか?」

「紅雲の雷が確保していた行き倒れの身元不明者の死体じゃよ。儂に似せるために死体に整形手術を施したものじゃ。そして、その儂の偽物が使っていたと思われる万年筆を、儂が愛用していた物だと、南部先生の関係者が警察に提出したのじゃ」

 それでDNA鑑定だって一致するはずだ。

「それに、儂が非業の最期を遂げたことにすると、同情票というものが神聖自由党に入ると踏んでの。一石二鳥という訳じゃよ」

 その効果が十二分にあったことは確かだ。

「そして、偽の遺言状を作り、豊成先生にその内容をわざと漏らした。その遺言がある限り、自分達が祭り上げている了斎は派閥のトップになれない。焦った豊成先生の一派は必ず魅羅を殺そうとするだろう。その尻尾を掴んで弾劾をすることにより、了斎の周りにいる不穏分子を一掃するというシナリオじゃよ」

「でも、了斎先生。魅羅をそんな危険な目に遭わせて平気だったんですか?」

「平気な訳がなかろう。ちゃんと儂直属の優秀な闇の騎士を待機させておったわ。しかし、素敵なナイトが魅羅を助けてくれたがの」

「はい! お爺様! 真生様は魅羅の素敵なナイトで王子様です!」

「ねえ、真生」

 霊奈が、体の周りに花束を浮かべているように妄想に取り憑かれている魅羅を無視して、俺を呼んだ。

「海で二回襲われたでしょ? 二回目の襲撃が、その豊成先生に騙されていた闇の騎士達だよね?」

「ああ、そうだよ」

「じゃあ、一回目のゆるゆるの連中はいったい?」

「あれは、了堅先生が集めた連中でしょ?」

 俺は了堅先生を見た。

「ばれておったか。紅雲の雷の落ちこぼれを集めるのに苦労したんだがな」

「どういうことなの、真生?」

「絶対に俺達に敵わないような弱い連中に俺達を襲わせて、魅羅を見張っていた豊成先生の手の者に見せるためだよ。実際に魅羅が襲われたという話を了斎先生にさせるためにね。何と言っても、現役の国会議員を殺そうと持ち掛けるんだ。了斎先生も慎重になって、普段は疎遠な魅羅と連絡を取って、襲撃の事実があったのかどうかを確認するかもしれない。そんな時に口から出任せを言ってたら、すぐにばれちゃうだろ?」

 俺は魅羅に目をやった。

「でも、魅羅。了斎先生は、魅羅が襲われたという話を聞いて、いつもの冷静さをなくして、魅羅自身に確認することもなく、すぐに南部先生を殺せと命じたんだ。命じた内容は褒められたものじゃないけど、了斎先生にとって、魅羅はやっぱり、かけがいのない一人娘だったんだよ」

 魅羅が了斎先生を見ると、了斎先生も魅羅を見ており、一瞬、二人は見つめ合う形になったが、魅羅はすぐに視線を外した。

「そ、そうですか」

 魅羅は短く、そう答えただけだった。今までの確執があるんだ。今すぐにそれが溶けることはないだろうが、いつかは分かり合えるのではないだろうかと、俺は楽観的に思えた。

「それで、了堅先生、これからどうするんですか? 死んでないと言われると、みんな、びっくりしますよ」

「儂もいろいろと担ぎ出されるのも疲れたわい。このまま死んだことにしておいてもらおうかの」

「エンマが困りますよ」

「そこは、霊魂管理庁の長官を丸め込んでおる。どうせ、老い先は短い。本当の霊魂にもすぐになるわ」

「かははは」と笑う、この爺さん! やっぱり、ただ者じゃねえ!

 

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