政界の姫を巡る争い(13)
四十六ホテルから無事家に帰り着き、俺は、早速にある人物に面談のアポを取った。
一介の高校生である俺のアポなど取り次いでくれるはずもなかったが、そこは筑木さんに協力をお願いすると、あっという間にアポが取れたと連絡があった。筑木さんだって、表向きは薫風会事務局の平事務員のはずなのに、どういう手を使ったのかは不明だ。
俺一人では心配だと、霊奈もついてきてくれた。
海に行っていた昨日と同じ厳しい残暑の午後一時。
ちゃんとアポが取れていたようで、俺と霊奈は、お手伝いさんに広い応接間に案内されて、この屋敷の主がやって来るのを待っていた。
しばらくすると、ドアがノックされ、了斎先生が入って来た。
ノーネクタイのワイシャツ姿。
しかし、俺が知っている了齋先生とはイメージが違っていた。一番最近に会ったのは、了堅先生の告別式の時だが、身内を亡くして打ちひしがれていたあの時よりも、やつれているような気がする。
「待たせて済まないね」
了斎先生は、対面のソファに腰掛けた。
「いえ、ご無沙汰してます」
「ああ、……魅羅は元気かな?」
俺と霊奈は思わず顔を見合わせた。
「了斎先生、魅羅は闇の騎士に襲われましたよ」
「知っている」
「えっ?」
霊奈が了斎先生の意外な答えに驚いていた。
俺は冷静だった。筑木さんの読みどおりだったからだ。
「君と霊奈さんが守ってくれたんだろう?」
「そ、そうですけど、了斎先生はその話をどこから?」
「豊成先生から聞いた」
霊奈の問いに了斎先生が答えた。しかし、まだ、獄界の国会議員のことに詳しくない俺は、豊成先生という人を知らなかった。
「豊成先生って?」
俺が霊奈に訊くと、霊奈は「そんなことも知らないのか」という呆れた顔を見せた。
「輝星会の若手議員の中でもやり手と噂の先生よ。確か、了斎先生のグループに所属されてますよね?」
「そうだ。今、私がもっとも頼りにしている先生だ」
「そういうことですか。そんな先生の言うことなら信じちゃいますよね」
俺が残念そうな顔をして了斎先生に言った。
「どういうことかね?」
「了斎先生、魅羅が襲われたと了斎先生が豊成先生から聞いたのは、いつですか?」
「昨日の昼間だが」
「確かに、その時間帯にも魅羅は襲われました。でも、その日の夜にも襲われたんです」
「何だと! それは本当か?」
その話は知らなかったようで、了斎先生は身を乗り出すようにして、俺に尋ねた。
「ええ、ホテルに泊まっている俺達を襲って来たんですよ」
「ホテル? 魅羅もホテルに泊まっていたのか?」
「ええ、霊奈の姉妹と俺と同じホテルに泊まってました。」
「……」
了斎先生の顔が青ざめているのが分かった。
「……君達が宿泊していたホテルとは?」
「四十六区にある四十六ホテル。そこの五階にある部屋番号五〇一号室ですよ」
「……!」
「了斎先生、ご記憶にあるのでは?」
「馬鹿な! その部屋には南部先生が泊まっていたはずだ!」
了斎先生は焦点が定まらない目を俺と霊奈に向けながら、体を震わせた。
「やっぱり、四十六ホテルに闇の騎士を遣わしたのは、了斎先生で間違いないんですね?」
「そうだ。しかし、私は南部先生を自殺に見せかけて殺せと命じただけだ」
通常、闇の騎士は、目標を結界の中に閉じ込めて殺す。だから、その死体は結界とともに消滅してしまって、表見上、目標は行方不明ということになる。
しかし、現役の国会議員が行方不明となると、後がいろいろと面倒だ。それであれば、自殺に見せかけて殺す方が良いのだろう。
「では、昨日、四十六ホテルの五〇一号室に南部先生が泊まっているという情報はどこから?」
「……豊成先生だ」
「どういうことなの、真生?」
さすがの霊奈も混乱しているようだ。
「昨日、俺達は、昼間と夜の二回、襲われただろ?」
「ええ」
「一回目に襲われたところを、豊成先生の手の者が豊成先生に伝えた。豊成先生はその報告を受けて、了斎先生に復讐をすべきだと主張した。違いますか?」
俺の問い掛けに、了斎先生は「そうだ」と答えた。
いくら疎遠になっているとはいえ、自分の娘が襲われて、平然としていられる訳がないだろう。
「紅雲の雷も今は分裂していて、了堅先生派と了斎先生派の二つの指揮系統のグループがあって、了斎先生の指揮系統のグループは、了斎先生の命令がないと動かないはずですよね?」
「そのはずだ」
「だから、豊成先生は考えたんですよ。昨日の昼間、魅羅が襲われたのは事実だ。その事実を了斎先生に告げて、激怒するであろう了斎先生の口から南部先生を殺せとの命令を引き出そうとした。そして、それは成功した。でも、豊成先生が了斎先生に南部先生が泊まっていると言ったホテルには、魅羅が泊まっていた」
「そ、それは」
「ええ、豊成先生は、南部先生じゃなくて、魅羅を殺そうとしたんですよ。しかし、自分には闇の騎士の指揮権はない。そこで、指揮権を持つ了斎先生の口からその命令を引き出したんです」
「そ、そんな……」
信頼していた仲間の議員に裏切られたことで、了斎先生はかなりのショックを受けているようだった。いや、ショックの原因は、そっちじゃなくて、むしろ、自らの命令で娘を殺すように闇の騎士達を仕向けたことだろう。
「昨日の昼間、魅羅がどこで襲われたのかは、豊成先生は何も言わなかったのですか?」
「豊成先生は、襲われた場所については何も言わなかった。だから、てっきり、家の周辺だとばかりと思っていたのだが……」
魅羅が襲われただなんて報告を受けて、さすがの了斎先生も冷静でいられる訳がない。そう踏んで、あえて、魅羅が襲われた場所を言わなかったのだろう。
「待って、真生! 昨日の夜の襲撃は、了斎先生の命令を受けた闇の騎士達が、南部先生があの部屋にいると思って襲わせたってことでしょ?」
「ああ」
「でも、いくら何でも、部屋に押し入って来れば、そこにいるのは南部先生じゃないって分かるよね?」
「生け捕りにした闇の騎士に訊いたんだが、受けた命令は、ホテルの部屋に忍び込んで火事を起こすことだったらしい。そうですよね、了斎先生?」
「……そうだ。南部先生は、曲がりなりにも、今は輝星会の会長だ。父の指揮系統を受け継いだ闇の騎士に護衛をされているはずだ。部屋に忍び込んで暗殺し、首つりやリストカットのように見せかける時間はないだろうと踏んだのだ」
「覚悟の焼身自殺に見せかけるように、ベランダから催涙ガスとともに発火装置を部屋に放り込むという段取りだったそうですね。あるいは、南部先生はヘビースモーカーだそうですから、煙草の火の不始末による事故と判断されたかもしれませんね」
あの日、ホテルの屋根からベランダにロープを伝って侵入しようとした連中の目的はそういうことで、下の砂浜に展開していた連中は、予想される了堅先生の指揮系統に服している闇の騎士からの妨害を排除するための戦力だったのだ。何と言っても、現役の国会議員を消すのだ。失敗すると、こっちが一気に不利になる。それだけ慎重に対処したのだろう。
「豊成先生はどうしてそんなことを……」
呆然としながら、了斎先生が呟いた。
「豊成先生は、了斎先生にどうしても輝星会の代表になってもらいたかったんでしょうね」
「そのことと魅羅がどう関係するのだ?」
「了斎先生、あなたは了堅先生の遺書があったことをご存じではないですか?」
「何!」
「何ですって!」
そうだ。了堅先生の遺書の話は、俺が魅羅から直接聞いた話で、霊奈にも話してなかったことだ。
「真生! そんな大事な話をどうして今まで黙っていたのよ!」
「れ、霊奈、とりあえず、今は了斎先生と話をしたいんだ。霊奈には後でゆっくりと説明するから」
ぷう~と頬を膨らませた霊奈に手を合わせて謝ってから、俺は了斎先生の方に向き直った。
「さっきの了斎先生の驚きようからすると、先生もご存じなかったようですね?」
「君はその話をどこから?」
「魅羅が教えてくれました。了堅先生の遺書の話は、南部先生とその側近の先生方しか知らないそうです。でも、豊成先生は、その遺書の内容をどこからか聞いたのかもしれませんね」
「親父の遺書には何と書かれていたんだ?」
「了堅先生の財産の一切を魅羅に譲る。そして、魅羅が将来、向かい入れるであろう夫を後継者に指名するとあったそうです」
「真生! それって、魅羅ちゃんと結婚した人が将来輝星会の代表に座るべきだと、了堅先生が決められたってことだよね?」
「そういうことだ。了堅先生は、輝星会中興の祖と言われて、輝星会の人間にとっては絶対君主のような存在だったらしいから、その遺書の重みはかなりのものだろうな」
俺は霊奈から了斎先生に視線を戻した。
先生は、本当に今初めて了堅先生の遺書のことを知ったようで、呆然としていた顔を上げると自嘲気味に微笑んだ。
「ふふっ、親父は、本気で私を後継者にしたくなかったのだな」
「ええ、そうなりますね」
「じゃあ、豊成先生が魅羅ちゃんを亡き者にしようとしたことも何となく分かるわね?」
「さすが霊奈だ。了斎先生も分かっていらっしゃるでしょうけど、霊奈の推理を教えてくれ」
「えっと、……先の総選挙での与党勝利の結果から、了斎先生のグループは、神聖自由党を離党して野党連合に加わる旨味もなくなってしまった。そうすると、今までどおり、輝星会に所属したまま、その主導権を握るという方針を取らざるを得なかった。そうですよね、了斎先生?」
「そうだ。我々のグループは躍進を遂げたが、南部先生率いるグループは、派閥の要職から我々を締め出したままだった。それは、親父から指名を受けて派閥の長になったことを奇貨として、派閥の私物化を図ろうとしているのだと、我々のグループでも南部先生に対する反発が強まっていたところだ。そんなところに、南部先生が魅羅を襲ったと言われたものだから、私も我慢の限界を超えてしまったのだ」
「しかし、豊成先生は、どういう方法でかは分かりませんが、その遺書の内容を知ってしまった。そして考えた。南部先生を亡き者にしたところで、了斎先生に派閥の長が回ってくるものではないと。だって、娘の魅羅ちゃんと了斎先生が結婚できる訳がないのだし、実際にも魅羅ちゃんと了斎先生は相容れない状態になっている。つまり、了堅先生の遺書がある限り、了斎先生は派閥の長にはなれないということが分かったんです」
「そうだな。そこで豊成先生は考えた」
俺の合いの手を受けて、霊奈が続けた。
「一番、手っ取り早いのは、その遺書を無きものにするということだけど、既に輝星会でどれだけの範囲の人に広がっているのか分からない。だとすると、もっとも少ない犠牲で遺書の内容を実現不能にさせるために、キーパーソンである魅羅ちゃんを狙った」
「そういうこと! 魅羅が死ねば、了堅先生の指名は無効になる。豊成先生はそれを狙ったんだろう。しかし、自分には紅雲の雷の指揮権はない。だから、南部先生を殺すためと了斎先生を騙したんでしょう」
「何ということだ。私は誰を信じれば良いんだ?」
了斎先生は、ソファに座ったまま、頭を抱えてしまったが、しばらくして顔を上げると、俺と霊奈を見た。
「しかし、君達にはお礼を述べるしかない。魅羅を助けてくれてありがとう。魅羅がいなくなれば、私は……」
「了斎先生……、先生は、やっぱり魅羅ちゃんのことが」
「当たり前だ! 魅羅は私の娘だ!」
霊奈の言葉に了斎先生は感情を抑えられないように、霊奈を睨んで叫んだ。
が、すぐに情けない顔をして、霊奈に頭を下げた。
「す、すまない。霊奈さんに怒るようなことではなかったね。私がふがいないだけなのに」
告別式やその前に病院で会った時の魅羅に対する態度からは、了斎先生は魅羅に対してクールな感情しか持っていないと思っていたのに、普通の父親だった。
「君達に見せたいものがある」
了斎先生がそう言ってソファから立ち上がった。




