政界の姫を巡る争い(11)
海の幸満載の夕食も美味しくいただいて、しばらく、ジュースとお菓子でおしゃべりをしていたけど、昼間、海で暴れただけに、みんな、いつもよりも早く、眠くなったようだ。
当初の約束どおり、窓際の板の間に俺一人分の布団を敷いて、女性陣は和室の畳の上に、頭を向かい合わせにするようにして布団を並べて敷いた。
「じゃあ、真生! そのガラス戸を開かないでね」
早速に霊奈の厳しい指示が飛ぶ。
「い、いや、考えてみたら、トイレはどうしたら良いんだ?」
トイレは部屋の入り口付近にある。窓側の板の間からトイレに行くには、どうしても畳の間を通らなければならない。
「窓からすれば?」
「お前は俺を犯罪者にするつもりか?」
「冗談だよ。仕方ないから、その時だけ通って良いわよ」
「ありがたや、ありがたや。朝までぐっすり眠れると思うけど、いざという時には素早く通るから」
「分かった。それで、魅羅ちゃん」
「何、霊奈ちゃん?」
「何、さりげなく真生に近い布団をキープしてるのよ?」
「早いもの勝ちでしょ?」
「魅羅ちゃんは真生から遠い方よ」
「どうしてですかぁ~?」
「どうしても!」
「じゃあ、みんなでじゃんけんしましょ!」
幽奈さんも含む女子四人がじゃんけんをして、俺に近い方の左側に幽奈さん、右側に霊奈、遠い方の左側に妖奈ちゃん、遠い方の右側に魅羅が寝ることになった。
みんなと「おやすみ」の挨拶をすると、霊奈が部屋の電気を消して、曇りガラスがはめられた引き戸を閉めた。ガラス戸が閉まる時、霊奈は俺にだけに聞こえる声で「おやすみなさい」と呟いた。
俺は、何かの気配を感じて目が覚めた。
明かりも付けずに枕元に置いている腕時計を見ると、午前二時。布団から出ないで、まずは耳を澄ませてみた。かすかに聞こえてくるのは、さざ波の音しかない。
しかし、感じる。
このホテルの周りに、俺達を殺しに来ている連中がいる。それも相当の数だ。それも海で会ったような連中とは違い、格段に強い連中だ。それだけ殺気が隠れることなく発せられているんだ。
俺は、ゆっくりと和室との間のガラス戸を開けた。
部屋は真っ暗でよく見えなかったが、みんな、よく眠っているようだ。
霊奈は確か、右側の手前の布団に寝てたはずだ。
俺は、和室に入ると、四つん這いでその布団に近づいた。近づくと霊奈が行儀良く上を向いて眠っているのが微かに見えた。
「霊奈! 霊奈!」
ひそひそ声で霊奈の肩を揺さぶると、霊奈はすぐに目を覚ました。
「ま!」
大きな声を出しそうになった霊奈の口を思わず手で塞いだ。
「しー!」
もごもごとしていた霊奈は、俺の真剣な表情で、俺が夜這いに来たのではないことを悟ったようで、大人しくなった。
俺は霊奈の口を塞いでいた手をはずして「敵だ」とだけ告げると、また、四つん這いになって、板の間に戻った。霊奈も俺の跡を追いかけるように四つん這いでやって来た。
俺がゆっくりとガラス戸を閉めると、霊奈に「感じるか?」と訊いた。
「うん、向こうの部屋じゃ分からなかったけど、さすがにここは外が近いからかな、ビシバシ感じるね」
「ああ、それもかなり危険な感じだ」
「そうね。どうする、真生?」
「ホテルに迷惑掛ける訳にいかないし、こっちから打って出よう」
「分かった。すぐに着替えるよ」
霊奈はそう言うと、一旦、和室に戻った。俺もその隙に着替えようと、浴衣を脱いでパンツ一丁になった。
「あれっ着替えはどこだ?」
ちゃんと枕元に置いたはずなのに、暗くてよく見えない。
その時、スッとガラス戸が開いて、着替えらしき服を持った霊奈と目が合った。
「真生! 何で」
「しー!」
大きな声を出しかけた霊奈は肩をすくめて自分の口を自分の手で塞いだ。
「何で、って言われても、霊奈が着替えてる間に、俺も着替えようと思っただけだよ。霊奈こそ、何でこっちに来てるんだよ?」
「向こうで着替えると、みんなを起こしちゃうと思って、こっちに来たのよ」
「えっ、ここで着替えるの?」
「仕方ないでしょ! それより、何で、あんた、またパンツ姿なのよ?」
「仕方ないだろ! 着替えが行方不明なんだよ」
「本当に? また、私にパンツ姿を見せびらかそうだなんて考えたんじゃないでしょうね?」
「お前の中で、俺はどんだけ変態なんだよ? そんな場合じゃねえだろ!」
「それもそうね。えっと、これ、真生の靴」
和室の入り口に脱いでいた俺の靴を霊奈が持って来てくれた。俺がこの部屋からどうやって出るつもりなのか、霊奈は分かってくれているようだ。
それから、霊奈も俺が寝ていた布団を周りを探してくれると、すぐに俺の着替えが見つかった。
「じゃあ、私も着替えるから、私が良いって言うまで、向こうを向いてて!」
「分かったよ」
俺と霊奈は背中合わせになると、急いで着替えた。
「なあ、霊奈」
「何? 見ないでよ!」
「見てねえよ! それより、あいつらのことだけど」
「外の連中?」
「ああ、俺が外に飛び出るから、霊奈はこの部屋に残っていてくれ」
「えっ、どうして?」
「連中の目標は魅羅だ。俺も奴らをこのホテルに一匹たりとも入れさせはしないつもりだけど、ひょっと討ち漏らした奴がこの部屋まで来て、魅羅を殺そうとするかもしれない。その時に、魅羅を守ってやってくれ」
「……分かった。真生」
「うん?」
「着替え、もう終わったから、こっちを向いて」
俺が振り向くと、霊奈が泣きそうな顔をして、俺を見つめていた。
「な、何だよ?」
「死なないでよ」
「一回死んでるんだ。二度も死んでたまるかってんだよ!」
「約束だよ」
「ああ、約束する。今日、霊奈といっぱい約束をしちまったけど、約束は全部果たすからな」
突然、霊奈が俺に飛びついて来た。
俺が体を動かす暇もなく、霊奈は俺に抱きついた。
「何で、自分から危険な目に遭いに行くかなあ」
俺に抱きつきながら、少し涙声になって、霊奈が呟いた。
「仕方ないだろ。俺の体の中には、正義の味方だった龍真さんがいるんだからさ」
「……そうだったね。お兄様も一緒なんだから、きっと大丈夫だよ」
「ああ」
俺は霊奈を優しく少しだけ引き離して、その顔を見つめた。
「じゃあ、行ってくる」
「うん」
俺は、外はベランダになっている板の間のサッシをゆっくりと開けた。昼間はあれだけ残暑が厳しかったのに、深夜の今、やはり秋の到来を感じさせてくれる程度には、ひんやりとした空気が板の間に入って来た。
「俺が出たら、すぐにここの鍵を閉めろ」
「分かった」
俺は、霊奈がうなずくのを確認すると、靴を履いて、ベランダに出た。
俺の後でサッシが閉まった。
ここはホテルの五階。真下にはホテルのプライベートビーチ。月もなく真っ暗で、波の音だけが聞こえてくる。しかし、次第に目が慣れてくると、星や遠くの街灯の明かりで、微かに周りの景色が見えるようになった。
俺の体は、もともと、闇の騎士としても第一級だった龍真さんのものだ。普段の生活をしている時には、地界にいた時の俺の能力値しか出せないが、いざ、戦いという際には、龍真さんが有していた超人的な力が出せる。今、こんな状態で夜目がきくのも、その能力の一つなのだろう。
プライベートビーチで隠れることができる箇所に潜んでいる何人かの刺客を見つけた。目標とする部屋のベランダに現れた俺は、当然、奴らも見つけているだろうが、たった、一人で何をするつもりなのかと訝しんでいるはずだ。
連中が、まだ、俺達の部屋に攻め入って来ないのは、向こうの陣容がまだ整っていないからだろう。その証拠に、何人かの闇の騎士と思われる連中が新たに増えている。ここは、連中が揃ってから一網打尽にする方が良いだろう。それだけ厳しい戦いになるが、魅羅の安全を確保するためには、そっちが良いに決まってる。
連中に動きがあった。何人かの闇の騎士が部屋の真下まで移動してきていた。
ということは、向こうのメンツが揃ったということだろう。
なら、こっちから出迎えてやるぜ!
俺は、右手を大きく振り下ろして、大鎌を右手に握った。「青龍青玉大鎌」などという、厨二的ネーミングがされた、これももともとは龍真さんの携帯武器だったが、今は俺が使わせてもらっている。
この大鎌を構えるだけで、力がみなぎってくる。俺の体の中で眠っている龍真さんが目覚めるような気がする。意識は俺のままなのだが、戦いに関する体力面や技術面は龍真さんが担当してくれているようなのだ。
俺は、その大鎌を握ったまま、五階のベランダから飛び降りた。
真下の砂浜に砂埃を巻き上げながら着地した俺の周りに、剣を持った連中が取り囲んだ。その数二十一人。昼間に相手をした連中とは比較にならないほどの実力を持っているようで、その体から発せられる殺気は半端ない。
しかし、俺も負ける気はしていない。
俺の体の中に宿る龍真さんの霊魂が、そう約束してくれていた。
結界が張られた。
さあ、戦いの始まりだ!




