政界の姫を巡る争い(10)
しかし、壁一つ隔てた向こう側に裸の霊奈がいると思うと興奮する。
あっ、やべえ! 誰も入って来ませんように!
「ねえ、真生」
「うん?」
「そっちにも誰もいないんだよね?」
「ああ、俺一人だ。そっちもそうだんだな」
「当たり前じゃない! そうじゃなきゃ、こんなことできないわよ!」
「それもそうだな」
「……ねえ、真生」
「うん?」
「真生は、やっぱり男の子だから、女性の裸とかに興味はあるの?」
「えっ、そ、そりゃあ、人並みには」
「そうなんだ。エッチな本とか持ってるの?」
ドキッ! ばれているのか? い、いや、ここはシラを突き通すしかない!
「持ってる訳ないだろ!」
「そうなんだ。同級生の女の子の話を聞くと、兄弟は、みんな、そんな本を持ってるらしいんだ」
恐るべき! 学校の女子ネットワーク!
「お、俺は、裸なら誰のでも良いっていうんじゃなくて、好きな女の子の裸しか興味はないから!」
「じゃ、じゃあ、私の裸は?」
「えっ?」
「私の裸には興味はあるの?」
「当然じゃないか! 霊奈のこと好きなんだから!」
「えっ?」
女の裸なら誰のでも良い、只のスケベじゃないと宣言したつもりだったが、よく考えると、欲望丸出しの只のスケベだと自白したようなもんだった。
しかし、その後、霊奈の言葉が途絶えた。
「お、おい! 霊奈?」
返事がない。
「おい! どうしたんだよ? 返事をしろよ! いるんだろ?」
やはり返事がない。
そして、唐突に聞こえた「きゃー!」という霊奈の悲鳴。
「霊奈! どうした? 何があった?」
「いや~、来ないで~」
ジャブジャブとお湯を撒き散らしながら霊奈が湯船の中で暴れているような音がしていた。
――まさか、女湯に変態出現? 霊奈が変態に襲われている?
それとも闇の騎士が?
俺は、いても立ってもいられずに湯船から出ると、高く跳躍して壁を越えると、女湯の温泉の中に降り立った。
「霊奈! どうした?」
「真生!」
裸の霊奈が俺に抱きついてきた。
「ど、どうしたんだよ?」
「虫が! 虫が頭に!」
「へっ?」
よく見ると、湯船に毛虫が二匹プカプカと浮かんで昇天していた。
「何だよ。びっくりさせるなよ」
「だって、いきなり、頭と背中に落ちて来たんだよ! もう、びっくりした!」
よく見れば、温泉の上に木が覆い被さるように茂っていて、その枝から落ちたのだろう。
「闇の騎士に襲われているのかと思って、焦ったぜ」
「た、助けに来てくれたんだ」
「当たり前だろ! 霊奈は俺が守るって約束しただろ?」
「う、うん」
そういえば、さっきから俺の胸に弾力があるゴムボールのようなものが当たっている。これは……。
俺と霊奈はゆっくりと下を見て、自分達がどんな格好なのかを思い出した。
「きゃああ!」
「うわああ!」
二人して叫びながら、湯船にしゃがんだ。
「……ま、真生! 何で女湯に来てるのよ! 変態! 痴漢!」
「い、いや、だから、霊奈が叫んだから」
その時、露天風呂の入口から数人のおばさん連中が入って来ているのが見えた。
「や、やばい! 俺、向こうに戻るから!」
「待って! 今、ジャンプしたら完璧に見つかるよ!」
「しかし!」
「私の後に隠れて!」
霊奈がおばさん達に向かい合うようにしながら、露天風呂の端まで寄ると、俺はお湯に潜りながら、霊奈の背後に行った。
「あの人達が出て行くまで、そうやって隠れてて」
おばさん達が霊奈に「こんにちは」と挨拶をしながら、湯船に入ってきた。
霊奈も「こんにちは」と返しながら、ゆっくりと腰を後にずらした。お陰で、俺は岩肌ゴツゴツの湯船と霊奈の背中との間に挟まれるようになった。
すべすべしている霊奈の背中の感触を楽しむ余裕もなく、俺は次第にゆだっていることを感じながら、おばさん達が早く出て行ってくれるように祈った。
「大丈夫? 真生?」
「ああ、霊奈は平気なのか?」
「うん、私、いつも長風呂だから」
俺は、脱衣場の外にある湯上がり休憩所の畳の上で伸びていた。すぐ、側に霊奈が正座をして座り、俺に団扇を扇いでくれていた。
あの後、おばさん連中が露天風呂を出て行った隙に、また壁をジャンプして越えて、男湯に戻り、事なきを得た訳だが、のぼせてしまっていて、浴衣に着替えて大浴場を出たところで頭がクラクラして倒れてしまった。そこを同じように風呂から出て来た霊奈に助けられて今に至るということだ。
少し楽になってきたから、上半身を起こしてみた。霊奈が扇いでくれる風が心地良い。
「真生、これを飲んで」
俺は霊奈から手渡されたミネラルウォーターをボトル半分ほど一気に飲んだ。
「はあ~、生き返った! ありがとうな、霊奈」
「歩けそう?」
「ああ、もう大丈夫だ」
「でも、……もうちょっと休んでいこうか?」
「えっ? あ、ああ、俺は良いけど」
霊奈が少しだけ膝を俺に寄せてきた。
「ま、真生。さっきのことなんだけど」
「さっきのこと?」
「お風呂でのことよ!」
霊奈は自分の声の大きさに首をすくめてから周りを見渡した。俺達の近くには誰もおらず、霊奈の声に反応した人はいなかったようで、安心したような顔をして、再び、霊奈が俺に言った。
「あ、あんなこと、恥ずかしいから誰にも言わないでよ」
「俺だってそうだよ」
「それで、真生」
「うん?」
「そ、その、あの……」
「何だよ?」
霊奈が珍しく真っ赤な顔をして言い淀んでいた。
「見たよね?」
「何を?」
「裸よ!」
「……見た」
今さら嘘を吐いたって仕方がない。ばっちりと見た。
「そういう霊奈だって見ただろ?」
「そ、そんなにはっきりとは見てないから!」
いや、見てるな、この焦りようは。
「真生、責任取ってよね」
「せ、責任? 責任って、どうやって取れば良いんだ? 切腹か? 磔か?」
「馬鹿! そんなんじゃない! そ、その、私だって男の人に裸を見られたの初めてなんだからね。私の初めてを奪ったんだから、その責任よ」
「……」
どう返事をすれば良いのか考えあぐねていると、霊奈がニコッと笑顔を見せた。
「嘘だよ。真生は私を助けようと来てくれたんだから、真生に責任なんてないよ。だから、さっき言った、誰にも言わないって約束だけ守ってくれたら良いから」
霊奈は言いたいことを言っていないような気がした。そんなことが分かるようになるなんて不思議だ。
「霊奈」
「何?」
「これが霊奈が言う責任を果たすことになるのか分からないけど、俺は御上家にずっといる! いや、そんな立場じゃなかったな。いさせてほしい。霊奈は、俺が魅羅と恋人のふりをすることも許してくれたし、何だかんだ言って、やっぱり、霊奈が一番話しやすい。霊奈から逃げないから、いつでも責任を追及してくれ」
「真生」
うん? 霊奈の目に涙? これが鬼の霍乱という奴か?
でも、こんなしおらしい霊奈も新鮮で良いかも。
「今、真生が言ったこと、本当に守ってね! 約束だよ!」
「ああ、もちろんだよ」
俺と霊奈は、何となく、じっと見つめ合った。
「何をしてるんですか、真生様?」
魅羅の声で我に返った。休憩処の入口で魅羅が腕組みをして睨んでいた。
「い、いや、ちょっとお風呂でのぼせてしまって、休憩したてんだ」
「そうじゃなくて、どうして霊奈ちゃんが一緒なんですか?」
「私がお風呂を出たら、真生が廊下で倒れていたから、ここまで連れてきたの! 別に一緒にお風呂に入っていた訳じゃないからね!」
そう言い切った後、霊奈はさっきのことを思い出したのか、赤い顔をしてうつむいてしまった。
「当たり前です! ここは残念ながら貸し切り露天風呂がないみたいですけど、あれば、魅羅が真生様と一緒に入っていたところです!」
「い、いや、貸し切り露天風呂があっても入らないから」
「それより、そろそろ晩ご飯の時間ですよ。真生様、早く行きましょう!」
俺は、魅羅の手を引っ張られながら、自分達の部屋に戻った。




