生まれ変わりの許嫁(2)
俺の肉体は、元々は龍真さんの肉体だ。
霊奈に連れられて獄界にやって来た俺の霊魂が、冷凍保存されていた龍真さんの肉体に宿って、今の俺の容姿に変わっているだけなのだ。
だから、体の匂いがあるとすれば、龍真さんのままなのかもしれない。
「龍真さんの生まれ変わりのダ~リンは私の許嫁なのです」
「何でそうなるのよ?」
「だって、龍真さんがいなくなってしまった今となっては、その生まれ変わりのダ~リンが私の許嫁の地位も受け継いでいるってことじゃないですか?」
「でも全然、顔も違うでしょう。お兄様みたいに格好良くないわよ」
おい、霊奈! 俺を助けているのか、けなしているのか、どっちなんだ?
「ううん。ダ~リンも素敵です」
また、魅羅は俺の腕に絡みついてきた。
そして、挑発するような微笑みを浮かべて霊奈を見た。
「それとも、霊奈ちゃんもダ~リンのことが好きなんですか? だとしたら、また恋敵ですね」
「な、何を言っているのよ。真生は、た、ただの同居人よ」
「それじゃあ、ダ~リンは私がもらっちゃって良いのですね?」
「そ、それは……」
言い淀んでいる霊奈を見ていると、何だか助けたくなってきた。
「ちょっと待て!」
俺は魅羅の腕を振りほどいた。
「今日、いきなり会った女の子に許嫁だと言われて、『はい、そうですか』なんて言えねえだろ?」
「あ~ん、ダ~リン冷たいですぅ~」
魅羅は頬を膨らませて上目遣いで俺を睨んだ。
――けっこう破壊力があるぞ!
「つ、冷たいんじゃなくて、真面目って言ってくれるかな。女の子から言い寄られて、ほいほいとなびく男じゃないんだよ、俺は」
「いや~ん、格好良いですぅ~」
今度は、胸の前で手を組んで、体をクネクネさせた。
可愛いけど、ちょっと、ついていけないかも……。
「とりあえず、同じクラスに転入してくるんだよな?」
「ええ! お爺様が学校にお願いしたら、即、許可してくれたみたいですの」
霊奈も恐れるほどの実力者である人なら、孫をどこのクラスに入れるかなど自由自在だろう。
「とにかく、俺はあんたとは初対面なんだ。まずはクラスメイトとして仲良くしていこうぜ」
魅羅は、俺が差し出した右手を握った。そして、すぐに体を近づけてきた。
「仕方がないですね! では、私のことも魅羅って呼んでください」
「ああ、分かった」
「嬉しいです!」
魅羅が今度は正面から抱きついてきた。
――だから、いろいろと当たっているわけで! 霊奈からは殺気が感じられるわけで!
職員室に向かった魅羅と別れて、俺と霊奈は教室に向かった。
朝はしおらしい感じだった霊奈は、魅羅と会ってからは、全身から不機嫌オーラを出しまくっていて、話し掛けることすら躊躇われた。
教室に入り自分の席に着くと、待ち構えていたように狐林が駈け寄って来た。
狐林は、俺と同じように、いや、俺よりもオタクな奴で、俺が獄界に来てから初めてできた友人だ。
「真生の旦那! おはようごぜえやす!」
「おはよう! 何か朝から元気だな」
「当たり前でがすよ! 今日、うちのクラスに美少女が転校してくるんでがすよ!」
「ああ、もう知れているのか?」
「へっ、旦那もご存じなんでがすか?」
「い、いや、さっき会ったよ」
「本当でがすか? ど、どんな子でした? あっしの好みは妖奈ちゃんみたいに小柄で可愛い子が好きなんでがすが?」
お前の好みなんて興味ねえから!
「身長は、霊奈よりは少し低かったかな。それにけっこう可愛かったぜ」
「あ、あっし、頑張りやす!」
何を頑張るんだ?
いつもどおり、何の前触れもなく、担任が教室に入って来ると、狐林は慌てて一番前にある自分の席に戻って行った。
日直の号令による朝の挨拶が終わると、担任は教室を見渡しながら、嬉しそうに言った。
「今日、このクラスに転校生が来ました。東堂君、入って来てください」
「は~い」
スキップを踏むように軽やかに教室に入って来た魅羅は、教壇の横で華麗に回転を決めて、指で作ったVマークをウィンクした目に合わせた。
「東堂魅羅でーす! 皆さん、よろしくお願いしますぅ!」
どよめきが起きた。主に男子生徒からのものだ。
「それじゃあ、永久の後ろに空いた席があるから、そこに座ってくれるかな」
「わあ! ダ~リンの後ろですぅ~!」
俺は思わず後ろを振り返った。
いつの間に、ここに空席が?
昨日まで座っていた同級生が一つ後に追いやられているじゃねえか!
何があった?
じっくりとそんなことを考える隙も与えず、魅羅が迫って来ている気配がして正面に向き直ると、椅子に座ったままの俺に魅羅が抱きついた。
「ダ~リン! 分からないことがあったら教えてくださいね!」
教室の空気が重くなった。
男子からは嫉妬、いや殺意すら感じる。
女子からの冷めた目線が痛い。
――い、いや、女子でも、ある一角からは殺意を感じる。
「わ、分かったから、ちゃんと座れ!」
「は~い」
俺が魅羅を押し退けると、不満げな顔を見せながらも、魅羅は素直に俺の後ろの席に座った。
朝のホームルームが終わり、何気なく視線を感じて、霊奈を見ると、俺を睨んでいた霊奈と目が合った。しかし、霊奈は、ぷいっと目をそらすと、席を立って教室から出て行った。
正面に目をやると、狐林が手を揉みながら、俺に近づいて来ていた。
「真生の旦那! あっしも魅羅さんに紹介してほしいでがす」
お前、魅羅と妖奈ちゃんは全然タイプが違うだろうが! 見境が無さすぎだ!
しかし、転校生の魅羅も早くこのクラスに溶け込まなきゃいけないわけで、狐林が率先して仲良くしてくれたら良いよな。
「魅羅」
俺が振り向くと、魅羅はスマホを見つめていた顔を慌てて上げた。
「はい! ご、ごめんなさい」
はちゃめちゃな性格かと思ったが、少し返事が遅れただけで、すぐに謝るなんて、意外と性格も可愛いのかも。
「こいつは、俺の親友の山里狐林って言うんだ。仲良くしてやってくれよな」
「お初にお目に掛かりやす! 山里狐林と申しやす! 以後お見知り置きを!」
「は~い! よろしくお願いしますぅ~」
首を傾げてウィンクをした魅羅は、朝に会った時と同じ、ぶりっ子キャラに戻っていた。
「へい! この山里狐林! 魅羅さんのためなら何でもいたしますぜ! 何なりとお申し出くだせえ!」
「本当ですか? 魅羅、嬉しいです!」
狐林の目にハートマークが浮かぶのが見えた。ちょろすぎる……。
「魅羅、お喉が渇いちゃったですぅ。何か飲みたいです」
必殺の上目遣いで見られた狐林が、魅羅の支配下に入ったことは言うまでもない。
「ジュースにしやすか? それともコーラ? お茶?」
「ミネラルウォーターが良いですぅ~」
「少しお待ちを!」
狐林は、あっという間に教室から出て行った。
「おい、魅羅!」
「何ですか、ダ~リン?」
「狐林を良いように使うなよ」
「良いように使ってませんよ。だって、あの人が自分で行くって言ったのですよ」
「それはそうだが、飲み物くらいは自分で買いに行け!」
「じゃあ~、飲み物を売っている場所を、魅羅、まだ知りませんから、ダ~リンが案内していただけますか?」
「……分かったよ」
けっこう、したたかだ。
やはり、霊奈も恐れる人物の孫だけのことはある。
一日中、魅羅とイチャイチャさせられて、さすがの俺も辟易してきた。
もう何度も力説しているが、エロゲでも現実でも、すぐにベッドインするようなビッチは嫌いだ!
童貞臭いと笑うなら笑え! 愛のないエッチなんてしたくないんだよ!
などと声に出して言えない青年の主張を心の中で叫んでいると、放課後になった。
俺は、すぐに席を立って、霊奈に近づいた。
「霊奈、帰ろうぜ」
霊奈は一瞬嬉しそうな顔をした気がしたが、すぐに、ムスッとした不機嫌そうな顔に変わった。
「魅羅ちゃんと一緒に帰れば良いじゃない」
「そうです! 魅羅と一緒に帰りましょう!」
後ろから魅羅が飛びついて来た。
それを見た霊奈は、ぷいっとそっぽを向いて一人歩き出した。
「待てよ! 霊奈!」
「何よ?」
振り向いた霊奈は、まさに般若の形相だった。
でも、俺は自分の気持ちに正直になりたいんだ。
「俺は霊奈と一緒に帰りたいんだ!」