政界の姫を巡る争い(8)
「な、何よ? そんな嫌らしい目でジロジロ見ないでよ」
霊奈が両手で胸を抱えながら、俺を睨んだ。
いやいやいや、そんな扇情的な水着を着ておきながら、それはないでしょ?
「見てねえよ! それより、幽奈さんは水着にならないんですか?」
「私は、泳げないので水着を持ってないんです。それに、肌を焼くとすぐに赤くなってしまうので」
確かに、浴衣から微かに見える腕や足は真っ白で、つきたてのお餅のような幽奈さんの柔肌は日焼けに弱そうだ。
残念だが、明るい陽の下で幽奈さんと一緒にいられるだけでよしとしよう。
「妖奈! 日焼け止めは塗ったの?」
幽奈さんが海に走って行こうとした妖奈ちゃんを呼び止めた。
「塗ってない」
「駄目ですよ。後で痛い思いをするのは自分なんですから! それにお仕事にも差し支えるでしょ?」
「は~い」
幽奈さんの注意に、しぶしぶと従った妖奈ちゃんがレジャーシートに横になった。
「幽奈ぁ~、塗って~」
「はいはい」
幽奈さんも妖奈ちゃんが可愛くてたまらないように、妖奈ちゃんのお願いをきいてやろうとした。
「幽奈さん! 私が塗ってあげます!」
魅羅がシュタッと手を挙げてから、幽奈さんに言った。
「じゃあ、お願いしようかしら」
「任せてください!」
魅羅、鼻息が荒いぞ。
妹萌えの下心丸出しだ。その証拠に、くすぐったいのか、妖奈ちゃんが「きゃははは」と体をよじりながら悶えていた。
笑いすぎて脱力したように妖奈ちゃんがグデ~とレジャーシートに横になったままなのを良いことに、魅羅が日焼け止めを持って、俺の近くにやって来た。
「じゃあ、魅羅には真生様が塗っていただけますか?」
い、いや、嬉しいけど、みんなの目もあるし。
「ねえ、真生」
俺を呼んだ霊奈を見ると、隣のレジャーシートで日焼け止めを塗っていた。
「私の背中にも塗ってくれない? 魅羅ちゃんは幽奈に塗ってもらえば良いから」
「魅羅が先に真生様に頼んだんです! 霊奈ちゃんこそ、幽奈さんに塗ってもらえば良いじゃないですか!」
「まあまあ、じゃあ、ジャンケンで決めたらどう?」
幽奈さんの裁定で、霊奈と魅羅がジャンケンをすると、霊奈が勝った。
「じゃあ、魅羅ちゃんには私が塗ってあげます」
「は~い」
しぶしぶと魅羅が横になると、幽奈さんから日焼け止めを奪い取った妖奈ちゃんが仕返しとばかりに魅羅の体を揉みしごくように日焼け止めを塗り始めた。
「く、くすぐったいー! 妖奈ちゃん、や、止めてー!」
と言いつつ、魅羅も幸せそうだ。
「真生、早く!」
俺は隣のレジャーシートに移動すると、座った霊奈の後に座った。
「じゃ、じゃあ、塗るぞ」
「う、うん」
霊奈の奴、あれだけ強行に言っておきながら、いざ、俺が日焼け止めを塗ろうとすると、恥ずかしくなったようだ。
日焼け止めを手に取ってから、ビキニのブラの紐しかない霊奈の背中にすりつけた。
よく考えてみれば、霊奈の手以外の肌に触れるのって初めてだ。幽奈さんには敵わないが、霊奈も色白で肌のキメも細かそうだとの印象だったけど、背中はすべすべしてて、こっちも何だが気持ちが良かった。
「ま、真生、まだ?」
「も、もうちょっと」
「は、早くしてよね」
「分かってるよ」
「もう! いつまで塗ってるんですか!」
いつの間にか、妖奈ちゃんのくすぐり攻撃を回避した魅羅が隣にいた。
「もう十分ですよ! 早く海に入りましょう! 真生様!」
魅羅はそう言うと、俺の手を強引に引っ張って、海に駆けて行った。
「待って! 妖奈も行く!」
「ちょっと、あんた達!」
俺の跡を霊奈と妖奈ちゃんも追い掛けてきて、結局、四人で同時に海に飛び込んだ。
八月の終わりということで、少し寒いかなと思っていたけど、日射しが強い分、そんなことはなかった。
海ではしゃいでいると、当然、不可抗力として、肌と肌の接触がある訳で、俺は幸福な時間を過ごしていた。
ふと、浜辺を見ると、幽奈さんがビーチパラソルの陰に敷いたレジャーシートに姿勢良く正座をしているのが見えた。ずっと、俺達が遊んでいるのを、微動だにせず、見守っていてくれているのだ。
俺は、海から上がると、幽奈さんの前まで歩いて行った。
「幽奈さん! 海に入ってみませんか?」
「だから、水着を持ってませんから」
「足だけでもつけてみませんか? せっかく海に来てるのに、もったいないですよ」
「でも」
俺は幽奈さんに手を差し出した。
「少しでも体調が悪くなれば、俺がすぐにホテルまで連れて行くようにしますから」
「……ありがとうございます。真生さん」
幽奈さんは嬉しそうに俺の手を握った。
霊奈や魅羅の手よりも小さくて柔らかい。絶対に守ってあげたいと思ってしまう手だ。
幽奈さんは、日傘を差し、ホテルの下駄を履いて砂浜に出た。俺は、歩きづらそうな幽奈さんの手を引いて、ゆっくりと波打ち際まで歩いて来た。
霊奈と魅羅と妖奈ちゃんは、沖に浮かんでいるゴムボートで遊んでいた。
「真生さん、申し訳ないですが、日傘を持っていていただいてよろしいですか?」
「はい」
俺が日傘を受け取ると、霊奈さんは浴衣の裾をたくし上げて、片手で持った。
いつも、きっちりと着物を着て、夏でも足袋を履いている幽奈さんの貴重な生足だ! 膝から下だけだが、白い素足が眩しすぎる!
「真生さん、ありがとうございました」
幽奈さんが日傘を受け取ろうとしたが、俺は「俺が持ってますよ」と言った。
もう、俺は幽奈さんのしもべで良い! 日傘くらい俺が差します!
「海に入りましょう」
俺は、幽奈さんを誘導するように波打ち際に誘った。
「はい」
幽奈さんは、歩を進めて、ゆっくりと足を海水につけた。
「気持ち良いです。海の中に入るのなんて、本当に久しぶりです」
幽奈さんは高校生の頃に心臓の大病を患って、それ以来、激しい運動はできないそうで、海水浴なんて意外と運動量が大きいから、しばらく海に来てなかったのだろう。
「幽奈さんに喜んでもらえると、俺も嬉しいです」
「真生さん、……ありがとうございます」
幽奈さんが俺に少しだけ頭を下げたタイミングで、それまでのさざ波よりは少し大きな波が押し寄せてきた。バランスを崩した幽奈さんが倒れそうになったのを、俺は日傘を持っていない方の手で幽奈さんを受け止めるようにして止めた。上半身裸の俺が幽奈さんを抱きしめるようになって、幽奈さんの顔がすぐ近くにあった。
「も、申し訳ありません!」
幽奈さんが顔を赤くして、俺の側から離れた。
「い、いえ、大丈夫ですか?」
「はい。真生さん、ありがとうございました。そろそろ向こうに戻ります」
幽奈さんがレジャーシートを敷いている方を指差した。
「わ、分かりました。また、海に入りたくなったら、いつでも呼んでください」
「はい」
俺は自然と幽奈さんに手を差し出した。幽奈さんも自然に握りかえしてくれた。
俺達は、ゆっくりと砂浜を歩いて、レジャーシートまで戻った。
ちょうど、霊奈達が海から上がって、こっちに駆けて来ていた。
霊奈と魅羅の胸の揺れ具合に注目しようとする自分の目を叱りながら、クーラーボックスの蓋を開けた。
「喉が渇いただろ? ジュースをいっぱい仕入れてきているぜ」
「さすが、真生様! 以心伝心ですね!」
「真生兄ちゃん、妖奈はスポーツドリンクね!」
「ほいよ! 霊奈は?」
「私も」
「はい! 魅羅は?」
「真生様をください」
魅羅が霊奈のみならず、妖奈ちゃんからも撃退されていたが、魅羅は嬉しそうだった。
「魅羅ちゃんが楽しそうで良かった」
幽奈さんが笑顔の魅羅に言った。
「はい! やっぱり、姉妹って良いですね。私も妖奈ちゃんのような妹が欲しかったです」
欲望がダダ漏れしてるぞ。
「妖奈みたいな生意気な妹だと疲れるよ」
「何よ! 霊奈みたいなお姉さんだと妖奈も苦労するし!」
「何ですって!」
これが、霊奈と妖奈ちゃんのいつもの会話なのだ。幽奈さんもニコニコと見ているだけだったし、今まで二人と遊んでいた魅羅ももう理解しているようだった。
平和だ。
しかし、海に出た時から、ずっと、得体の知れない視線を感じていた。それが、どういう意思で見ているのかは分かっている。
極楽すぎて、魅羅を連れて、ここに来ている目的を忘れていた。俺と魅羅のラブラブなシーンを見せつけなければならないんだった。
俺がキョロキョロと辺りを見渡すと、プライベートビーチの端に、小さな岩場があった。
「魅羅! 向こうの岩場に行ってみないか?」
俺が唐突に二人きりになるように誘ったことで、魅羅も少し驚いていたが、すぐに満面の笑みになった。
「はい! 行きます!」
俺は不満そうな顔をしている霊奈にウィンクをしてから、魅羅と連れだって浜辺を歩き出した。




