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Powergame in The Hell Ⅱ  作者: 粟吹一夢
第五章
35/45

政界の姫を巡る争い(5)

 魅羅みらを自宅に送り届けると、俺は、帰り道の道すがら、これからどうしようかと考えた。頭の中にいろんな考えが浮かんで、自然と足が遅くなった。

 しかし、まったく考えがまとまらなかった。

 右腕にチリチリとした痛みを感じた俺は、太陽の厳しい日射しで、選挙運動中に日焼けした腕が真っ赤になっているのに気づいた。自分の体がこんなに痛みを発していたのに、それを感じないなんて、どこまで考え込んでいたんだ、俺。

 ふと、こんもりとした茂みが目に入った。御上みかみ家と魅羅の家の間には大きな公園があったことを思い出した。魅羅の家に行く時には毎回見えていたけど、昆虫採集の趣味もないし、いつもは冷房が効いた家に早く帰りたいとの考えしか頭になかったからか、この公園のことはすっかりと忘れていた。

 とりあえず、木陰はいっぱいありそうだ。ちょっと、休憩していこう。

 中に入ると、周囲は雑木林に覆われ、中心部には芝生に覆われた広場があり、子供達が広場でサッカーボールやバドミントンで遊んでいた。

 地界の俺の家の近くには、こんな広い公園もなかったということもあるが、基本的に引き籠もりだった俺には眩しい光景だ。

 家族連れがあちこちにレジャーシートを敷いてお弁当を食べているのを見て、少し空腹感を覚えた俺は、公園内の売店で買ったパンとジュースを持って、木陰のベンチに座った。

 パンを食べながら、昨日の夜、魅羅が言ったことを思い出していると、次第に腹が立ってきた。

 政党がプライベートアーミーという組織を有しているこの獄界で政治家をするということは、命の危険も省みずに行動しなければならないということで、家族がその危険に巻き込まれることもある。実際に、以前、龍真りゅうしんさんの死を巡る陰謀の際には、幽奈ゆうなさんや妖奈あやなちゃんも戦闘に巻き込まれた。闇の騎士上がりで政界の裏の裏まで知り尽くした龍岳りゅうがくさんには敵が多い。だから、霊奈れいなは「獄門の番人」の準メンバーみたいなもんだし、幽奈さんや妖奈ちゃんも、もしもの場合に備えて、闇の騎士の技である「携帯武器」が使えるように訓練されている。

 そして、魅羅も政治家の家に生まれている。それも派閥の長の孫娘だ。危険な目に遭うことは織り込み済みのはずだが、魅羅は闇の騎士の訓練を積んでいないようだ。魅羅が政治家の娘であるにもかかわらず、その訓練を積んでいないことを責める奴がいるかもしれないが、そんなことは魅羅の勝手だ。

 それもそうだが、俺が腹を立てているのは、大人達のつまらない権力争いの巻き添えで、魅羅の人生がめちゃくちゃにされるおそれがあることだ。封建時代じゃないんだから、魅羅を姫様みたいに取り合うことなんて馬鹿げてる。

 俺は早くこの状態を打ち破りたいと考えた。魅羅を助けたいんだ。

 でも、どうすれば、魅羅を助けることができるんだ?



 さんざん考えてみたが、俺の貧相な頭脳では何も思いつかなかった。アイデアが出て来ない代わりに、ため息がいくらでも出る。

 俺にも「獄門の番人」の筑木つづきさんみたいな頭脳があればなあ。

真生まおさん、このクソ暑い日に一人で何をしているんですか?」

 振り向けば、その筑木さんがいた。

「えっ? えーっ!」

「私がここにいることが、そんなに驚愕することですか?」

「驚愕しますよ! 何でここにいるんですか?」

「八月は夏休みの季節ですよ。家族サービス以外にこのクソ暑い日に外出する理由はないでしょう?」

「家族サービス?」

 普段着姿の筑木さんの後には、奥さんらしき女性と小学生三、四年くらいの男の子がいて、ボール遊びに興じていた。

 その雰囲気から、てっきり独身だと思い込んでいた。

「筑木さんって、家族にはどこに務めてるって言ってるんですか?」

「薫風会の事務局ですよ。どこからどう見ても、真面目な事務員って感じでしょう?」

 いや、見えない。どちらかといえば、少し偏屈な科学者とか大学教授にしか見えない。

「ところで、真生さんはこんなところで一人で寂しく食事ですか? 寂しさの余り自殺をしないかと心配になって、思わず声を掛けてしまいました」

「余計なお世話ですよ! でも、ちょうど良かったかも」

「はい?」

 いや、確かに筑木さんは有能だが、「獄門の番人」の職員で、龍岳さんの部下だ。筑木さんに相談をするということは、龍岳さんにもばれるということだ。今の段階で龍岳さんに知れると大事になる可能性がある。まだ証拠もなく、魅羅の話の真偽も確認できていないのにだ。

「どうしたんですか? よほど思い詰めているようですね。まあ、私なら一人飯など恥ずかしくて、今すぐ、あの池に飛び込みますね」

「勝手に殺さないでください! って、あの池は膝くらいまでしか深さがないじゃないですか!」

「おや、それでは死にたくても死ねませんね。失言でした」

「いや、失言は失言ですけど、そういうことじゃなくて」

「失礼しました。そろそろ家族の元に戻らないと罵声を浴びせ掛けられる危険がありますので、これにて」

「あの、筑木さん!」

 去って行こうとした筑木さんを俺は引き留めた。

「何ですか?」

「あ、あの、筑木さんのアドバイスが欲しいのですけど?」

「どんなことでしょう?」

「相談をさせてほしいのですが、俺から聞いた話は龍岳さんに言わないでほしいんです。って、言っても相談に乗っていただけますか?」

「むしろ、そっちの方が面白そうですね。聞きましょう。それに、ここで後継者候補の真生さんに恩を売っておけば、私の将来も約束されるようなものですからな」

 組織の人間として、それはどうかとも思ったが、それが筑木さんのキャラだったことを思い出した俺は、そのことは気にしないことにして、魅羅から聞いた話を筑木さんに話した。



「なるほど。それは私もまったく考えもしなかったですなあ」

 筑木さんが感心するくらいだから、この事実は誰も想像だにしていなかったことなのは間違いないだろう。

「やっぱり、龍岳さんに知らせた方が良いでしょうか?」

「このことは輝星会の内紛というべきことで、薫風会の御上先生が関与すると話がややこしくなる可能性がありますね」

「そうですよね。やっぱり、知らせない方が良いですよね」

「今は、まだ、他の人には知らせない方が良いでしょう。この計画の本当の目的は、まだ、果たされてないのでしょうからね」

「そ、それもそうですね」

「しかし、この計画は、魅羅さんをすごく危険な立場にさせることは、真生さんでも分かるほどなのですから、何かしらの対策は立てているのでしょうかねえ?」

 確かに俺の貧相な頭でも分かるけど、それを口にしなくても良いでしょうに!

「俺もそう信じたいですけど、やっぱり不安です。だから、俺が魅羅を守りたいんです!」

「魅羅さんを助けて、そのまま強引に恋人にさせてしまおうという魂胆ですか?」

「そんな邪な考えなんかじゃありませんよ! 俺は同級生として魅羅を守りたいんです!」

「真生さんがそういう非合理的な考えをする人だとは思いませんでしたね」

「どうして非合理なんですか?」

「他の派閥の姫様である魅羅さんを守って、真生さんにどんな利益があるんです?」

「だから、利益とかじゃなくて!」

「分かってますよ。真生さんの本気度を確認しただけです」

 筑木さんこそ、本気なのか冗談なのかが全然分からないんだけど。

「真生さんが本気なのは分かりました。さきほど、同級生として魅羅さんを守りたいとおっしゃってましたが、動機として弱い、というより政治家には理解してもらえないと思いますよ」

「そ、そうなんですか?」

「ええ、政治家というのは、現世利益を訴えて選挙を戦い抜いてなってる訳ですから、利益を見いだせない行動を理解できないのですよ。同級生として守ると言えば、それによって何が得られるのかと訊かれますよ。まあ、魅羅さんからお礼として何か良いことをしてもらえるのかもしれませんが」

「そ、そんな下心持ってませんから!」

 い、いや、ちょっとはあるかも……。

「しかし、そんな派閥の思惑を超えて行動する理由として、政治家をも納得させる理由はあります。それは愛です」

「あ、愛?」

 筑木さんの口から聞くと、なぜだか違和感が半端ない。

「そうです。つまり、真生さんが魅羅さんを助けることは、派閥の思惑などに関係ない、二人の間にある個人的に強固な繋がりによってなされるものだと思わせれば良いのです」

 なぜ、そこで、シェークスピア劇の主人公のようなアクションをする必要がある?

「そ、それって?」

「一人飯を食うしか甲斐性がない真生さんに、リア充の気持ちを味わっていただこうという、私のボランティア精神溢れる作戦です」

「……俺、筑木さんの中で、どんだけ負け犬キャラなんですか?」

「負け犬などとは思っていませんよ。真生さんには霊奈さんがいるでしょうしね」

「えっ! ……どういうことですか?」

「おやおや、真生さんの肉体を探している時の霊奈さんがあれだけ必死だったのに、知らぬは本人のみですか」

 それは、あのままだと俺が本当に死んでしまうから、霊奈も必死だったんだろうと思っているんだが。

「まあ、それはともかく、真生さんが魅羅さんの恋人になって、四六時中一緒にいれば、護衛も簡単でしょう」

「い、いや、それは、さすがにまずいっすよ。一応、龍岳さんの家に居候させてもらっていて、龍岳さんとしては、俺を後継者にと考えているはずです。俺が魅羅と恋人になるということは、そんな想いを裏切ることになるんですからね」

「いやいや、魅羅さんと恋人になる必要はありませんよ。なりたくてもなれないでしょうしね」

「一応、反論をさせてもらうと、俺、魅羅からいつも言い寄られているんですけど」

「ほ~う、願望が強すぎると、ありもしない現実を自分で作り出すようになるのですなあ」

「違います! 本当なんです!」

「魅羅さんが真生さんに近くに寄られて虫酸が走ることがないのであれば、ますますもって話は簡単ではないですか。魅羅さんに事情を話して、カップルのふりをすれば良いだけですよ。魅羅さんの方から言い寄られているということも、カップルであることの信憑性を高めてくれるはずですな」

 この話は魅羅から打ち明けられたものだ。だから、その対策を取るためと言えば、魅羅は喜んで協力してくれるはずだ。

 しかし、大きな問題がある。

「でも、魅羅といちゃついていたら、霊奈が怒るんですよ。いくらフリでも魅羅と恋人になると言えば、俺、霊奈から殺されると思うんです」

「半殺しじゃなくて?」

「いやいやいや、突っ込みどころはそこじゃなくてですね」

「しかし、本当にモテモテですね。通信販売で買った秘薬でも使ってるんじゃないんですか?」

「何ですか、秘薬って? 何もしてませんって!」

「そうですか? まあ、今は真生さんのネットショッピング歴を暴くことよりも、真生さんが霊奈さんから殺されないようにしなくてはいけませんね」

「そうですよ!」

「簡単ですよ」

「はい?」

「霊奈さんも巻き込めば良いんですよ」

 

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