政界の姫を巡る争い(3)
魅羅を含めた四人でリビングでおしゃべりをしているとテレビの画面がニュースに変わって、午後九時になってことに気づいた。
「そろそろ解散しましょうか?」
幽奈さんの意見にみんなが同意してソファから立ち上がった時、ニュースで聞き覚えのある名前がアナウンサーによって読まれた。
「神聖自由党で第三の規模を誇る派閥輝星会会長の南部法見議員が、前会長の息子である東堂了斎議員を支持するグループに派閥からの離脱勧告を行いました。先の総選挙で鮮明化になった、地獄を巡る政策の違いから対立は避けられないと見られていましたが、南部議員を支持するグループから相容れられない主張を繰り返す東堂議員のグループに決別状を突きつけた形です。二つのグループは歩み寄る動きを見せておらず、派閥解体は時間の問題ではないかと言われています」
俺は、魅羅の顔を見た。
南部先生と魅羅が会談したのではないかとの噂もあり、魅羅も望むと望まないとにかかわらず、派閥の政争に巻き込まれてしまったのだ。
しかし、魅羅は「私には、もう関係ないよ」と呟いただけだった。
「幽奈さん、それでは、おやすみなさい」
魅羅は行儀良く、幽奈さんにお辞儀をした。
「はい、おやすみなさい。今日はゆっくり休んでね」
俺と霊奈も、幽奈さんに「おやすみ」の挨拶をしてから、妖奈ちゃんの部屋に泊まることになった魅羅と一緒に二階に上がった。
そして、部屋のドアの前で立ち止まった霊奈が、俺と魅羅を見ながら言った。
「じゃあ、お風呂の順番をどうしようか? いつもは、最初に真生が入ってから、妖奈、次に私、最後に幽奈という順番だけど、魅羅ちゃんも妖奈と同じ順番で良い?」
「分かりました。真生様と一緒に入れば良いんですね」
「ちょっと! ちゃんと聞いてた? 真生が出てから!」
「でも、真生様がお風呂から出たかどうかって、お風呂をじっと見張ってないと分からないですよね」
「いや、風呂から上がったら、次の人に伝えれば良いだけだから」
「分かりました。もう、霊奈ちゃんったら、真生様のことだとすぐに熱くなっちゃって」
「うるさいわね! 変なことをしたら叩き出すからね!」
「分かりました。じゃあ、お部屋で待っていると、真生様が伝えに来てくれるのですね?」
「ああ、俺、けっこう早風呂だから、十五分くらいで出ると思っていてくれ」
いつもどおり、烏の行水よりも早く風呂を出ると、パジャマに着替えた俺は二階に上がり、俺の部屋のはす向かいにある妖奈ちゃんの部屋のドアをノックした。
しかし、返事はなかった。寝てしまったのだろうか?
「魅羅、開けるぞ」
そう言って、俺は、ゆっくりとドアを開けた。
ピンクで統一した妖奈ちゃんの部屋に、一瞬、目が眩んだが、すぐに慣れて部屋を見渡したが、誰もいなかった。
トイレにでも行っているのだろうかと、廊下の方に顔だけを向けた時、突然、ドアノブを握っていた右手を掴まれ、部屋の中に引き入れられた。
そのまま、勢い余って床に倒れて、四つん這いになると、俺の下には下着姿の魅羅がびっくりした顔で横たわっていた。
これじゃ、下着姿の魅羅を襲っている図じぇねえか!
ドアは開きっぱなしなので、こんなところを霊奈に見られたら確実に殺される。
驚いて起き上がり腰をずらして魅羅と距離を取った。
「な、何をしてるんだ、魅羅?」
ゆっくりと上半身を起こした魅羅のたわわな胸の膨らみが目に飛び込んできて、思わず顔をそむけた。
「ごめんなさい。真生様を部屋に入れようとしたのですが、力が強すぎました」
「い、いや、そうじゃなくて、その格好だよ」
「ああ、部屋着に着替えようとしたら、ちょうど真生様がやって来たので慌ててしまって」
「と、とにかく、お風呂、空いたから! お、俺はこれで」
俺は立ち上がって部屋から出ようとしたが、俺よりも素早く立ち上がった魅羅が先回りをしてドアを閉め、ドアを背にして俺に相対した。
「真生様。お話があります」
「な、何だ?」
「魅羅は真生様が大好きです」
「わ、分かってる。でも、その話は」
「ええ、真生様が私を好きになってくれるのを待つということですよね。分かってます」
「な、なら」
「いえ、違うんです!」
「えっ?」
「真生様、私、真生様にだけは嘘を吐きたくありません」
「な、何のことだ?」
「だから、そのことをこれからお話します」
魅羅は、とても重要で危険なことを俺に話してくれた。
その話を聞いて、俺は愕然となった。誰もそんなことを思ってもいなかったからだ。
これから、闇の騎士同士による壮絶なる水面下の殺し合いが始まるかもしれない。俺は本来、蚊帳の外の人間で、対岸の火事として傍観していることもできる。
しかし、魅羅は違う。まるで王位継承を狙う王子達から一斉に求婚されるかぐや姫のような立場になる可能性がある。魅羅は、輝星会の主導権を争う連中にとって、喉から手が出るほどに欲しい「姫様」になってしまったんだ。
魅羅が思い悩むのも無理はない。
「魅羅の話は分かった。このことを魅羅と俺以外に知っているのは?」
「南部先生とその側近議員の何人かだけだと思います。少なくとも他の派閥の人は誰も知らないはずです」
「どうして、俺に話したんだ?」
「さっきも言いました。魅羅は真生様に嘘を吐いているのが辛いんです」
「でも、俺が龍岳さんとかに話をするかもしれないぞ。そうすれば、少なくとも薫風会の知るところになって、大騒ぎになるぞ」
「他の人には話さないでほしいです。真生様の心の中にだけ留めて置いてください。真生様だけは分かってくれていると思うと、私は頑張れると思うのです」
いつもの軽い感じは微塵も見せない魅羅の真剣な顔に、魅羅の決意のほどが見て取れた。魅羅は苦しいはずだ。その思いの少しでも俺に分かってほしかったんだろう。
「分かった。誰にも内緒にしておく。でも」
「でも?」
「事態が深刻な方向に向かっていると思ったら、龍岳さんに相談するかもしれない」
「分かりました。そうですね、そうなった時は仕方がないですよね」
「ああ」
魅羅は、少し安心したように、目線を伏せた。魅羅の長い睫毛が一旦閉じたが、すぐに顔を上げて、大きな瞳で俺を見た。
「真生様、申し訳ありません。真生様を引き込んでしまって」
「気にするなよ。魅羅に危険が迫るようなら、俺は魅羅を守るから」
「真生様、それはプロポーズでしょうか?」
「違う! 同級生として、友達として守るってことだ!」
「そうなんですか。……でも、基本、真生様には関係のない話です。真生様は危険なことには近づかないでください」
「いや、実はな」
俺は自分の胸を拳で軽く叩いた。
「俺が龍真さんの生まれ変わりっていう噂は本当なんだ。俺の中には龍真さんの魂が生きている。龍真さんは正義の味方だっただろう?」
「はい。私も何度も助けられました」
「俺が魅羅の話を聞いて憤慨しているのは、俺の中の龍真さんが怒ってるからだよ。だから龍真さんも力を貸してくれる。魅羅が心配することはないよ」
「龍真さんは確かに私の王子様でした。物心ついた時から憧れの人で初恋の人でもありました。でも、その王子様は、もういません。真生様の胸の中に生きているとしても、私を守ってくれることはできません。でも、真生様は私を守るって言ってくれました。今の私の王子様は真生様です!」
下着姿の魅羅が俺にぎゅっと抱きついた。
俺もパジャマ姿なので、魅羅の体の柔らかい感触が半端なく伝わってくるんですけど!
「もう魅羅の周りから、誰にもいなくなってほしくないです!」
俺の胸に顔を埋めながら叫ぶように言った魅羅の言葉は、その想いがそのまま言葉として飛び出した、まさしく魂の叫びだった。
俺は、魅羅の肩を優しく抱いた。
「誰もいなくならないよ」
「本当ですか?」
「本当だ。約束する」
「真生様もですか?」
「当然だ」
「嬉しいです、真生様」
魅羅がもっと強く俺を抱きしめた。
――いかん! これ以上はいろいろとやばい。
俺は、魅羅の両肩を押すようにして、魅羅の体を離した。
「と、とにかく、今日のところは、ぐっすり休め。そして、早く風呂に入ってこいよ。いくら夏でもそんな格好してると風邪引くぞ」
魅羅は、不服そうな顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「分かりました。真生様」
「うん?」
――チュッ!
左頬に甘く柔らかい感触。
目の前に、顔を赤らめた魅羅。
「唇は真生様に奪ってほしいです。だから、今日はほっぺだけです」
「み、魅羅」
霊奈、妖奈ちゃんに続いて、魅羅からもほっぺにキスをされてしまった。
今、俺、モテ期なの? それとも世界の終わりが近いのか?
「私は絶対、真生様が唇を奪いたいって思う女の子になりますから!」
「分かった。分かったから、とりあえず何か着ろ」
「ええ~、着なきゃ駄目ですか?」
「一階の風呂まで下着姿で行くつもりか? はしたないって幽奈さんに叱られるぞ」
「あっ、それは嫌です。仕方ないですね。パジャマでも着て行きます」
魅羅がしぶしぶパジャマを着たのを確認した俺は、ゆっくりとドアを開けて、廊下を見渡した。
霊奈の気配はない。自分の部屋に戻るのは今をおいてない。
俺は素早く廊下を横切って自分の部屋の前に戻り、ドアを開けた。振り向くと、パジャマを着た魅羅が手を振りながら一階に降りて行った。
それを見届けてからドアを閉める。
俺は魅羅から聞いた話を頭の中で整理した。そして、何をすべきかと考えた。
龍岳さんに相談をすべきことかもしれない。しかし、魅羅が勇気を振り絞って話してくれたことを、魅羅自身が望んでいないのに、俺がべらべらとしゃべることなんてできない。
とりあえず、俺一人でできることをやってみよう。行き詰まってから相談しても遅くはないだろう。
しかし、夏休みは、あと六日で終わる。学校が始まると自由に動ける時間が少なくなる。できれば、それまでにカタを付けたいところだ。




