政界の姫を巡る争い(2)
幽奈さんが倒れたということで、俺と霊奈の二人で家事をすることになった。
とりあえずは、今日の夕食作りだ。
龍岳さんは今日も帰って来ないと連絡があり、妖奈ちゃんも今日がコンサートツアー最終日なので、俺と霊奈、幽奈さんの三人前の食事を作ればオッケイだ。
「でも、霊奈、料理できるのか?」
この家には、幽奈さんという凄腕の料理人がいるから、霊奈や妖奈ちゃんが料理をしているところは見たことがない。霊奈は、最近、幽奈さんに料理を教わっているみたいだから、はっきり言って、得意ではないんだろう。
「そりゃあ、幽奈みたいにはできないけど、一応、学校でも家庭科の授業があるんだからね!」
「それで、何を作るんだ?」
「何の食材があるかよね」
そう言いながら、霊奈は冷蔵庫を開けた。
「……それで何にするんだ?」
「……ま、真生は何が食べたい?」
冷蔵庫の中には、あらゆる食材がコンパクトに収納されていて、作ろうと思えば何でもできそうな感じだ。まあ、俺も料理はしたことがないから、よく分からないけど。
「何でも良いぜ」
「何でも良いというのが一番困るのよ」
「じゃあ、ハンバーグとかは?」
「ハ、ハンバーグね。えっと……」
霊奈は冷凍室を探し出した。
「おい。幽奈さんは冷凍食品の買い置きしてないと思うぞ」
「そ、そうだよね」
幽奈さんは、どんなおかずも材料から手作りしている。レンジでチンしただけのおかずなんて見たことがない。
「じゃあ、挽き肉から、……えっと」
「霊奈、無理すんなよ。食材を無駄にしてももったいないし」
「で、できるわよ!」
「本当か?」
「……たぶん」
「フライパンとか調味料の在処も分からないんじゃね? それに俺達が勝手分からず使うと、後から幽奈さんの迷惑になるかもしれないし」
「そ、それもそうだね」
霊奈がほっとした顔をした。自信がないのなら最初から言えよ。
「俺もつき合うから、スーパーで総菜でも買ってこようぜ」
ということで、幽奈さんのお許しも得て、俺と霊奈は近くにあるスーパーマーケットにやって来た。
こうやって霊奈と一緒にスーパーの食品売り場に来たのは初めてだ。
「ねえ、真生」
「どうした?」
「私達、どういう関係に見られていると思う?」
霊奈がなぜだか嬉しそうな顔をしていた。
「居候とその家の娘じゃない?」
「あんた、馬鹿なの? 見ず知らずの人がどうしてそんなことが分かるのよ!」
「それもそうか」
「それじゃあ、真生は、一緒にスーパーで買い物をしている若い男性と女性を見れば、二人はどういう関係なんだろうって思う?」
「そうだな。普通は、新婚夫婦かなって思うんじゃないかな」
「だ、だよね」
霊奈が考えていることが、やっと分かった。
「い、いやいやいや、俺と霊奈に限って言えば、それはないだろ?」
「どうしてよ?」
「な、何となく」
「な、何よ、それ?」
何かお互いに意識しちまって、総菜売り場の前で、二人してさりげなく他人のふりをしてしまったが、そんなことをしている暇はなかった。
「は、早く、買って帰ろうぜ」
「そ、そうね」
陳列棚を見てみれば、けっこう、美味しそうな総菜がいっぱい陳列されている。
「真生、何を食べる?」
気を取り直した霊奈が訊いた。
「そうだなあ。これ、美味しそうだな」
「オムライス&ハンバーグか。けっこう量があるよ」
「全然、平気さ。物足りないくらいだぜ」
「三杯もご飯をおかわりするくらいだもんね」
「居候なのにすまないな」
「そういう意味で言ったんじゃないよ。食欲があるってことは元気だということでしょ?」
「おう! 無駄に健康だからな」
「うふふ、じゃあ、真生はそれで良い?」
「ああ、霊奈は?」
「私はこれにしようかな」と言って、霊奈が買い物籠に入れたのは、「彩り御膳」なんでお洒落な名前が付けられている、いろんなおかずが少しずつ入った小ぶりなお弁当だった。
「幽奈さんはどうする?」
「幽奈も食欲はあるって言っていたから、私と同じのにしておく」
霊奈は「彩り御膳」をもう一つ、買い物籠に入れた。
俺がレジ袋を持って、霊奈と並んでスーパーを出た。
「あれえ、真生様!」
久しぶりに聴いたが、思ったより明るい声だ。
振り向くと、制服姿の魅羅がいた。
ちょっと前に思わずアキバで会ったように、最近、外出先でよく魅羅に会う。本当は俺をつけてきているんじゃねえだろうな?
「どうしたんだ、こんなところで? 夏休みなのに制服を着てるってことは、魅羅も補習を受けていたのか?」
「いいえ。御上家にこれをお届けしようかと思って」
魅羅が手提げ紙袋を掲げた。そのデザインから香典返しだと分かった。礼服代わりの制服ということのようだ。
「遅くなって申し訳なかったですけど」
「ああ、魅羅ちゃん、そんな気を使わなくても宅配便でも良いのに。魅羅ちゃんだって辛かったでしょう?」
いつもは喧嘩ばかりしているのに、こういう時には、お互いを慰めあえるんだから、女の子はすごいよな。
「もう大丈夫です。ありがとうございます。それに御上家の皆さんにはすごくお世話になってんですから、直に会ってお礼を言いたかったんです」
魅羅の穏やかな顔を見れば、了堅先生をなくした悲しみはかなり薄らいできているようだった。
しかし、すぐに魅羅の顔が勝ち気な顔に変わった。
「それはそうとして」
魅羅は、ずいずいと俺の前に迫って来た。
「霊奈ちゃんと仲良くお買い物ですか? 私というものがありながら」
「いやいや、魅羅というものって何だよ? それに今日は幽奈さんが倒れたから、急遽、夕飯を仕入れに来ただけで、いつも霊奈と買い物に来ているわけじゃないぞ」
「そうなのですか、霊奈ちゃん?」
「そ、そうよ」
「そうですか。……あっ、でも幽奈さんが倒れたって大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃなきゃ、こんなところでのんびりと買い物なんてしてないって」
「それもそうですね。幽奈さんがそんなところにお邪魔してよろしいでしょうか?」
「せっかく、ここまで来てるんだから、ここでそれを受け取って、はい、さよならって訳にはいかないだろ! なっ、霊奈?」
「そうだね」
魅羅を連れて家に帰ると、既に幽奈さんは起きていて、台所に立っていた。
「幽奈さん、大丈夫なんですか?」
「はい、もう平気です」
「でも、お弁当を買ってきましたよ?」
「お味噌汁だけでも作ろうと思って」
幽奈さんの顔色も元どおりだし、大丈夫そうだ。
そして、幽奈さんに魅羅が来た用件も話した。
「魅羅ちゃん、いらっしゃい。わざわざ、すみません」
「いえ、とんでもないです。幽奈さんには、あの時、すごく慰めていただいて、本当に嬉しかったです」
あの時とは、了堅先生が爆弾テロに巻き込まれて死亡したらしいという報道がされた日、ここに魅羅を泊めた際に、幽奈さんが朝までずっと一緒にいて慰めてくれたことを言っているのだろう。本当に、幽奈さんの優しさに癒やされない奴なんていないよな。
「幽奈さん、私も何かお手伝いしましょうか?」
「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。それより、魅羅ちゃんもご飯を食べていきますか?」
「えっ、幽奈さん、三人分しかお弁当を買ってないですけど」
「一人前なら、すぐに作れますよ」
その言葉どおり、ものの十分で味噌汁と同時に豆腐ハンバーグ定食一つが作られた。
「お総菜よりヘルシーでしょ?」
「美味しそうです!」
前回と同じく、魅羅が妖奈ちゃんの席に着き、一緒に夕食をとった。
しかし、このスーパーの弁当もそこそこ美味いけど、やっぱり幽奈さん手作りの食事が良いと、魅羅が美味しそうに食べている豆腐ハンバーグ定食を恨めしい顔をしながら見つめたが、魅羅は、そんな俺の気持ちに気づくはずもなく、豆腐ハンバーグをぺろりと平らげていた。
「魅羅ちゃんは、まだ、あの家にいるの?」
食事を食べ終えて、夏なのに暖かいお茶で満たされている湯飲みを持ちながら、幽奈さんが魅羅に訊いた。
「はい」
「寂しくない?」
「……少し寂しいです」
今までだって、お爺さんの了堅先生と二人きりだったんだ。その了堅先生もいなくなって、あの広い家に一人なんて、寂しくないはずがない。
「気が向いたら、いつでも、うちに泊まりにいらっしゃい」
「えっ、良いんですか?」
「ええ、明日には妖奈も帰ってきて、ますます賑やかになるから気も紛れるでしょう」
幽奈さんの細やかな心配りに、魅羅の目が潤んでいた。
「今夜は、妖奈の部屋が空いてるから、今日もこのまま泊まっていったら?」
強引とも言える幽奈さんの誘いだったが、変な遠慮をさせないための幽奈さんなりの優しさなのだ。
「で、でも」
「お父様も帰って来ないし大丈夫ですよ。真生さんも霊奈も良いでしょ?」
「う、うん」
霊奈が歯切れ悪く答えた。
「俺も良いですよ。魅羅には元気になってもらわないとな」
「真生様! だから真生様、大好きです!」
「魅羅ちゃん! 泊まっても良いけど、真生にベタベタするのは禁止だからね!」
椅子に座っている俺を後から椅子ごと抱きしめた魅羅が、霊奈に引っぺがされた。
ということで、今晩、魅羅はここに泊まることになった。
前に泊まった時は、了堅先生の安否が不明だったので、魅羅も落ち込んで大人しかったが、了堅先生が亡くなってから三週間は過ぎて、今の魅羅を見る限り、かなり元気になっているようだ。
その証拠に、食事が終わると、リビングのソファで俺の隣をしっかりとキープをしていた。
「私、真生様の部屋で寝ようかな」
「魅羅ちゃん、お年頃の女の子が、そんなことを言っちゃ駄目ですよ」
幽奈さんも母親代わりという立場で言ったと思うんだけど、普段は感じられない殺気めいた圧迫感を感じる。
顔も言葉も優しいのになぜだろう?
「あ、あはは、じょ、冗談ですよ~」
さすがの魅羅も汗を掻きながら言い訳をした。




