政界の姫を巡る争い(1)
長かった選挙戦も終わり、残り一週間の夏休みをいかに有意義に過ごそうかと考えた俺は、とりあえず、アキバに行くことにした。
何? そのどこが有意義な夏休みの過ごし方なんだって?
そりゃあ、基本的にパソコンの前が好きな俺も、たまには太陽の光を浴びたくなるんだ。ひょっとすると、人間も光合成をしてるんじゃないかって思うことがある。エロゲのしすぎで頭がぼんやりとしている時でも、外に出て厳しい夏の日射しを浴びるだけで、頭がすっきりすることもあるだろ?
本当は、三姉妹を誘って海に行ってみたかった。うちの学校の水泳は男女別に行われるから、霊奈の水着姿は見たことがない。いつもは制服に隠されている、あのはち切れそうな胸をじっくりと拝んでみたいものだ。
しかし、一緒に海に行こうなんて霊奈に言うのも恥ずかしいし、何か下心があることを絶対に見透かされるだろう。
ということで、海に遊びに行くことは俺の脳内に留めて、一人でアキバに向かった。
ちなみに今日、霊奈は、希望して学校の補習に出ている。もともと頭が良いんだから、これ以上、勉強する必要もないと思うんだけど、霊奈も今回、初めて選挙を戦ってみて、龍岳さんの後継者には自分がなるとの決意を新たにしたのかもしれない。それからいうと、俺の覚悟のほどはまだまだ甘いということだ。でも、それは仕方ない。俺が、この獄界の住民となって、まだ半年も経ってないんだし。
やっぱり、龍岳さんの後継者には霊奈が相応しい。俺は、その霊奈の手伝いをしてあげられたら良いかなと、俺を後継者にと考えている龍岳さんには申し訳ないが、そんなことを考えてしまった。
まあ、龍岳さんだって、まだ五十歳代後半。これから十年以上はバリバリ現役の政治家ができるだろうから、俺が自分の将来を考える時間はまだまだあるはずだ。
ということで、アニメショップ、ゲームショップを回り、お昼にはメイドカフェとアキバを満喫した俺は、午後四時過ぎに家路に着いた。
電車を乗り継いで家に帰り着く。
玄関ドアの横にある画面に手のひらを当てると、生体認証ロックが解除された。
ドアを引っ張って開けると、玄関に体を滑り込ませた。
玄関には靴が一足も置かれていなかった。つまり、いつも家にいるはずの幽奈さんしかいないということだ。
「ただいま帰りました!」
俺は、家の中に向けて声を掛けた。
「おかえりなさい」
と、幽奈さんの優しい声が聞こえてくる……はずなのに返事がなかった。
近所のスーパーに買い物にでも行っているのかと思い、靴を脱いで、真っ直ぐ廊下を進み、突き当たりにあるリビングのドアを開けた。
「幽奈さん! ゆうなさ……」
俺は思わず言葉を飲み込んだ。
幽奈さんが二人掛けのソファにうつ伏せに体を横たえていたのだ。いつも着物を着こなして、シャキッとしている幽奈さんにしては珍しく行儀が悪いなと思ったけど、幽奈さんの肩から背中が息をするたびに大きく上下しているのを見て、これは尋常ではないと分かった。
「幽奈さん!」
急いで駆け寄ると、幽奈さんは、うつぶせの顔に玉の汗をかいて、苦しそうに顔を歪めていた。
「幽奈さん! どうしたんですか? 苦しいんですか?」
「胸が……」
幽奈さんがか細い声で答えた
「きゅ、救急車を呼びます!」
「ま、真生さん」
リビングの電話に駆け寄ろうとした俺を、幽奈さんがか細い声で呼び止めた。
振り返ると、ソファの上で仰向けになったまま、幽奈さんが俺を見ていた。
幽奈さんは、もともと青白く見えるほど白い肌をしているが、今日の顔色は本当に血の気が全くなかった。
「すみません、真生さん。いつもの発作だと思います。横になっていると、すぐに治ると思います」
「本当に大丈夫なんですか?」
「ええ、この病気との付き合いも長いですから」
幽奈さんは、高校生の時に心臓の大病をして、手術をして一命を取り留めたようで、それ以降は激しい運動はできなくなっている。
大学にもしばらくは通っていたみたいだが、毎日の通学にも耐えられなくなり、結局、大学を中退して、今は家事に専念しているのだ。
「じゃ、じゃあ、どうすれば?」
「しばらく横になっていれば大丈夫です。このまま少し休ませてください」
「でも、横になるにしても、ちゃんと布団で横になった方が良いんじゃないですか? 良かったら、幽奈さんの部屋まで運びますけど?」
「そんなこと、真生さんにしていただいたら申し訳ないです」
「何、言ってるんですか! 幽奈さんは俺にとっても大事な家族、お姉さんなんですよ! いざと言う時くらい、弟を頼ってください!」
「真生さん」
幽奈さんの目が潤むのが分かった。
「ありがとうございます。それではお願いします」
「はい! それじゃあ、あの、失礼します」
俺は、幽奈さんの膝を少し曲げて、その下に腕を入れると、幽奈さんをお姫様抱っこして立ち上がった。
――軽い。可憐な花のような軽さだ。
俺の腕の中に抱かれている幽奈さんは、まるで女子中学生のように顔を赤らめていた。
年上なのに可愛い。何なの、この可愛い生き物は?
俺は幽奈さんを抱っこしたまま、リビングのドアを開いた。
玄関とリビングの間には、ドアが五つあって、玄関から見ると、左手にある階段の横にあるのがトイレで、その奥にあるのが洗面台のある脱衣場と風呂だ。
廊下の反対側は、玄関に近い方から応接室、龍岳さんの部屋、そして幽奈さんの部屋と続いている。
俺は、リビングを出てすぐの幽奈さんの部屋の前まで来ると、幽奈さんの足を支えている方の手でドアノブを回して、ドアを開けた。
この家に来て五か月ほどになるが、一階にある龍岳さんの部屋と幽奈さんの部屋には入ったことがなかった。
初めて入る幽奈さんの部屋は畳が敷かれた和室で、古民具のような味わいのある箪笥と和風の鏡台があるくらいのシンプルな部屋だった。
「幽奈さん、布団は?」
「あとは私がやりますから」
「駄目ですよ。そんなことをしていると、もっと気分が悪くなるかもしれないじゃないですか」
「すみません」
幽奈さんは腕を伸ばして押し入れを指した。
「その中に」
「分かりました。俺が敷きますから」
そう言って、俺はゆっくりと幽奈さんを畳の上に座るようにして降ろした。
「ここですね?」
「はい」
幽奈さんが示した押入の襖を開くと、布団がきちんとたたんで仕舞われていて、お香のような良い匂いがした。
その布団を押入から出して、部屋に敷いた。掛け布団は可愛い金魚柄だった。
「何から何まですみません、真生さん。ありがとうございます」
幽奈さんが布団に向かおうと立ち上がったが、すぐに胸に手をやってしゃがみこんでしまった。
「幽奈さん!」
俺はもう一度、幽奈さんを抱っこして持ち上げると、そのまま敷き布団の上に横にさせた。
和服を着ていても、ちゃんと盛り上がりが分かる幽奈さんの胸が上下していた。まだ息が苦しそうだ。
「本当に大丈夫ですか? 苦しそうですけど?」
「いえ、これは……」
「はい?」
「いえ、何でもありません」
顔もかなり赤くなっているような気がするけど?
「水でも持って来ましょうか?」
「真生さん、すみません」
立ち上がろうとした俺を幽奈さんが呼び止めた。
「はい?」
「帯をはずしていただけませんか?」
「えっ?」
一瞬、大胆な発言に焦ってしまったが、確かに息苦しいのに帯で締め付けていたんじゃ苦しいよな。
「わ、分かりました」
まずは、幽奈さんの割烹着を脱がせないと帯がはずせない。
幽奈さんがちょっとだけ体を捻って背中を見せてくれると、割烹着の結び目をほどいた。
そして、袖を片方ずつ引っ張って、割烹着を脱がせた。
なぜか、いけないことをしているみたいな罪悪感があるな。
萌葱色の着物は夏用の薄い生地でできていたが、それでもキチッと着こなしているのはさすがだ。
弱々しい声で幽奈さんが指示をしてくれる順に従って、帯を解いていった。
当然、帯は幽奈さんのお腹にきっちりと巻かれている訳で、俺が帯に触るたびに幽奈さんの柔らかいお腹の感触が手に残ってしまうのだ。
そんな煩悩と戦いながら、帯を取ると、幽奈さんが自分で着物のあわせ部分を少しだけ左右に開いた。
その隙間から見える白い襦袢が目に眩しい。俺は、乱れた襦袢の隙間から見えた、幽奈さんの真っ白なおみ足をしっかりと網膜に焼き付けた。
「真生さん、ありがとうございます。これで横になっているとすぐに治ると思います」
「そ、そうですか?」
本当はずっと側についていたかったけど、それでは親切の押し売り、または只のエロ目的になってしまう。
「じゃあ、俺、幽奈さんの具合が治るまでリビングにいますから、何かあったら、すぐに呼んでください」
「はい、ありがとうございます」
長い黒髪を枕に広げて微笑んだ幽奈さんの美しさに目が眩むほどだった。
俺は、後ろ髪を引かれながらも、幽奈さんの部屋から出た。
幽奈さんを部屋に寝かせてからすぐに、霊奈も学校から帰ってきた。
俺から幽奈さんの容態を聞いた霊奈も驚いて、幽奈さんの部屋に飛び込んで行った。
「霊奈、心配掛けてごめんね」
「何を言ってるのよ! 最近、ずっと調子が良かったのに……。やっぱり、選挙で無理してたんじゃないの?」
「私は真生さんや霊奈ほど働いてないですよ」
「でも、家でもすることがいっぱいあったでしょ?」
俺も霊奈も知っている。有力な支持者に対して、幽奈さんが、ずっと電話で挨拶をしていたことを。
「とにかく、今日はゆっくり休んで! 家のことは私と真生がするから」
「そうですよ。俺達、土日はぐで~としてるけど、幽奈さんは休み無しなんですから、今日くらいは体を休めていてください」




