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Powergame in The Hell Ⅱ  作者: 粟吹一夢
第四章
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初めての選挙戦(11)

 長かった選挙戦が終わり、投票日となった。

 獄界の成人年齢十八歳を超えている龍岳りゅうがくさんと幽奈ゆうなさんはもちろんだが、十七歳だけどソウルハンターで成年にみなされている俺と霊奈れいなも一緒に投票に行くことにした。

 今日も昼間は暑くなりそうな晴れの日の午前九時。

 玄関を出ると、既に新聞やテレビの記者が家の前で待ち構えていた。もちろん、神聖自由党副幹事長である龍岳さんのコメントを取るためだ。

 家族がテレビカメラに映らないように龍岳さんが一人前に出ると、多くのマイクが突き出された。

「多くの選挙区にお邪魔させていただいて、しっかりとした手応えを感じています。厳しい戦いでしたが、国民の皆様は、我が神聖自由党に引き続き政権を委ねる判断をしていただいたものと考えています」

 当たり障りのないコメントだったが、記者達はそれで満足したようで、さっさと引き上げていった。

「さあ、行こうか」

 龍岳さんに促されて、俺達はこの地区の投票所になっている小学校まで歩いて行った。

「幽奈さん、大丈夫ですか?」

 朝の日射しもそれなりに厳しくて、一人だけ日傘を差している幽奈さんに訊いた。

「ありがとうございます。選挙戦も私一人だけ楽をさせていただきましたから大丈夫ですよ」

 幽奈さんは、心臓が弱く、激しい運動や長時間、体の負担になるようなことはできない。今回の選挙戦でも外周りは俺と霊奈が引き受けて、幽奈さん自身が担当できなかったことが悔しそうだった。

「そんなことありませんよ。幽奈さんの特製栄養ジュースは本当に効きましたから! あれって何が入っているのですか?」

「林檎とバナナ、セロリとオクラ、蜂蜜とヨーグルト、後は秘密です」

 首を傾げて、少し照れたように笑う幽奈さんが超可愛い! 俺よりも四歳も上なのにだ。

 幽奈さんを守ってあげたいと思わない男はこの世にはいないはずだ。

「そうなんですか。後は、きっと、幽奈さんの愛情がたっぷりと入っているんだと勝手に思ってます!」

「うふふ、愛情はたっぷり入れてますよ。特に、真生まおさんの分には五割増しで入れてます」

「ほ、本当ですか?」

「うふふ」

 着物の袖で口を押さえながら微笑む幽奈さんに萌えた!

「真生!」

 今まで俺の前を歩きながら龍岳さんと話していた霊奈が振り返りながら俺を呼んだ。

「何だよ?」

 幽奈さんとの心安らぐ会話の邪魔をすんじゃねえよ!

 という俺の気持ちそのままに邪険な言い方になっていた。

「何よ! デレデレしちゃって! ふんっ!」

 霊奈はそれだけ言うと、また前を向き、ずいずいと歩き出した。

 何、一人で怒ってるんだよ?



 地界では、成年は二十歳からだし、当然、ソウルハンターみたいに成年とみなされる資格もないから、俺は初めての投票だった。霊奈もそうだ。

 投票用紙には、当然「御上龍岳」としっかりと書いてから投票箱に入れた。

 初めての投票は意外と呆気なく終わった。

 開票は午後八時からだが、龍岳さんはマスコミの事前調査で当選確実と報道されていたし、龍岳さんへの期待が大きいことは選挙戦で俺もヒシヒシと感じていた。

 また、選挙戦に入る前は、神聖自由党が絶対的に不利だと報道されていたが、了堅りょうけん先生が亡くなられたことで流れが変わり、神聖自由党が引き続き第一党を維持しそうだと報道されていた。しかし、それを信用していたら痛い目を見ると言って、龍岳さんは、まったく笑顔を見せなかった。所属議員の士気を高く維持するために、執行部メンバーである龍岳さんが自ら気を抜いた姿を見せるわけにいかないのだろう。



 午後六時に早めの夕食を食べると、龍岳さんは党本部に出掛けて行った。候補者の氏名が書かれたボードにバラの花を貼り付けていく、あの行事をするためだ。

 午後八時少し前になると、俺と霊奈も一階のリビングに降りて行って、幽奈さんと一緒にテレビの前に陣取った。

 午後八時になった。

 選挙特番が開始してすぐに、龍岳さんの「当選確実」というテロップが出た。

 幽奈さんと霊奈がほっとしたのが手に取るように分かった。

「やったぜ! 幽奈さん、おめでとうございます!」

「ありがとうございます、真生さん」

「霊奈、よかったな!」

「う、うん」

 霊奈の奴、泣いてやがる。鬼の目にも涙か?

 そんな霊奈を隣に座っていた幽奈さんがやさしく抱きしめていた。

 そんなシーンを見せつけられると、俺も少しジーンとしてしまった。

 霊奈もあれだけ頑張っていたんだから、こみ上げてくるものがあったんだろう。

 リビングの電話が鳴った。

 急いで幽奈さんが出ると「お世話になっております、比婆ひばさん」と相手が誰かということが俺と霊奈にも分かるように口に出して言った。

 幽奈さんが固定電話で話している時、俺の携帯が鳴った。発信元を見ると沙奇さきさんだった。

「もしもし! 沙奇さん、お疲れ様です」

『お疲れ様です。お陰様で早速に当選確実が出ました。ありがとうございました』

「俺だけの力じゃないですよ。一番はやっぱり龍岳さんの力だと思いますよ」

『それは私もそう思います。それで先生は午後十一時過ぎに事務所に向かわれる予定になっています。皆さんもいらっしゃいませんか?』

「ああ、ぜひ! 幽奈さんと霊奈にも話してみます」

『幽奈は行くとは言わないと思いますから無理に誘わないでください』

「えっ、どうしてですか?」

『本人から聞いてください』

 沙奇さんには珍しく嬉しそうに笑うと電話は切れた。その時には幽奈さんの電話も終わっていた。

「真生さん、比婆さんから霊奈と一緒に事務所に来ないかとお誘いがありましたよ」

「俺にも沙奇さんから電話があって、十一時頃に龍岳さんが事務所に来るので、その頃に来ないかという電話でした」

「真生、行こう! 私も事務所の人達と一緒に喜びたい!」

 霊奈が早速、反応した。

「そうだな。幽奈さんも行きましょうよ」

「いえ、私は留守番をしています。これからもお祝いの電話が掛かってくると思いますし、誰も出ないのは失礼に当たりますから」

「そ、そうですか」

 沙奇さんは、幽奈さんがこういう返事をすることが分かっていたんだ。

 しかし、それにしても、あっけない。

 その後も次々に「当選確実」の報道がされた。神聖自由党の候補者の名前が五人上がるごとに野党の候補者の名前が一人という比率だ。このままの比率が最後まで続くと、神聖自由党大勝利ということになるが、今、当選確実と報道されているのは、いわゆる固定支持者の票数から割り出した予測であって、激戦区の候補者や固定票を多く持たない候補者が生き残るには、浮動層と呼ばれる人達の票を呼び込む必要がある。そして、そんな浮動票が誰にどれだけ投票されたのかを予測することは選挙のプロでも難しいらしい。だから、今、固定票を持っている神聖自由党の候補者が次々と当選確実と報道されているからといって、その勢いのまま最後まで突っ走れるとは限らないということらしい。

 神聖自由党本部の中継になると、選挙の責任者である幹事長がアップで映っていたが、その背後に座っている龍岳さんも見えていた。大勢の党重鎮と並んで座っていても存在感が半端ない。重鎮達の表情は明るい。どうやら勝利を確信しているようだ。

 俺と霊奈は午後十時を過ぎた頃、幽奈さんが呼んでくれたタクシーに乗って、選挙事務所に向かった。



 選挙事務所に着くと、中に入りきれない人が前の道路に溢れるほど大勢いて、テレビ局や新聞社の記者やカメラマンも大勢スタンバイしていた。

「真生さん! 霊奈さん!」

 事務所の前に立っていた沙奇さんが手を上げて、俺達を呼んでくれた。

「沙奇さん! やりましたね!」

「はい! 真生さんも霊奈さんもご協力ありがとうございました」

「とんでもないです! 沙奇さんも本当にお疲れ様でした」

 沙奇さんの的確な指示で効率的かつ効果的に選挙戦を戦うことができたと俺も霊奈も理解している。

「おお! 真生君! 霊奈ちゃん!」

 人垣をかき分けながら、比婆さんが事務所の中から出て来て、俺とがっちりと握手をした。

「いや~、今回は、真生君と霊奈ちゃんのフレッシュさが、我々に力を与えてくれたみたいで、いつにも増して楽勝だったよ」

「そろそろ、先生もいらっしゃいます!」

 携帯を耳に当てていた沙奇さんが大きな声で俺達に告げた。

「じゃあ、事務所の中でお迎えしようじゃないか」

 比婆さんがまた人垣をかき分けてくれて作られた通路を通って、俺達は事務所の奥に入って行った。

 ダルマと鏡樽が準備されていて、奥の方には花束を持った女性が立っていた。

「霊奈さん、先生と一緒に花束を受け取っていただけますか?」

 沙奇さんが霊奈に言った。というより指示したと言った方が正確か?

「前回は幽奈に一緒に受け取ってもらったんですけど、その後、幽奈、気分が悪くなってしまったみたいで」

 沙奇さんは、だから幽奈さんをここに呼びたくなかったのだろう。長女の幽奈さんがいれば、奥さん代わりをさせられるのは目に見えている。この熱気の中でカメラのフラッシュを焚かれると、俺だって目眩がしそうだ。

「私なんかで良いんですか?」

 珍しく霊奈が遠慮をした。

「何だよ、霊奈らしくないな。じゃあ、俺が代わりに受け取ってやろうか?」

「それだけは駄目! 絵図えずら的に放送事故レベルだから!」

 それだけ毒舌が吐けるんなら大丈夫だろ!

「だろ? だから霊奈じゃなきゃ駄目なんだよ」

「う、うん」

 沙奇さんの携帯が鳴った。その携帯で話をしながら、沙奇さんは入口付近を埋め尽くしている支持者の人達に腕を振りながら「先生が到着されますので、入口を開けてください!」と大きな声で指示をした。事務所のスタッフ達も協力して入口からの通路を開けると、すぐに龍岳さんが事務所に入ってきた。

 大きな拍手に迎えられて、龍岳さんが事務所の奥に立つと、深くお辞儀をした。それに併せて、俺や霊奈、沙奇さんもお辞儀をした。いっそう大きな拍手が起きて、何だか芸能人になった気分で、妖奈ちゃんの気持ちが少し分かった気がした。

 みんなが頭を上げると、誰かが音頭を取ったわけでもないが、万歳三唱が起きた。

 長く厳しい選挙戦を一緒に戦った事務所のスタッフの熱い気持ちが伝わってきて、俺の目頭からも熱い汁が流れてしまった。

 

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