生まれ変わりの許嫁(1)
しかし、――予想どおり暑いぜ!
俺は、いつもと同じように霊奈と一緒に登校をしていた。
ニコニコ笑いながら手をつないで……な~んて恋人同士のような雰囲気は微塵もなく、ただ一緒に歩いているだけという、いつもどおりの風景だ。
ただ、今日の霊奈は借りてきた猫よろしく、口数少なく、うつむき加減で歩いていた。
「なあ、霊奈。どっか具合が悪いのか?」
「えっ、ど、どうして?」
焦って、顔を上げた霊奈が俺を見た。
「いや、何となく元気が無いような気がするからさ」
「べ、別になんともないわよ。…………心配してくれているの?」
「何かさあ、霊奈の暴言と鉄拳が飛んで来ないと不気味でさ」
「何よ、それっ!」
霊奈の拳骨が握られるのを見た俺は条件反射的に防御姿勢を取った。
無防備に霊奈の鉄拳を喰らうと致命傷になりかねない。
しかし、いつもは情け容赦なく飛んで来る鉄拳は、今日はなりを潜めたままだった。
「わ、私だって、一応、女の子なんだからね!」
誰も男だなんて言ってないだろ!
今日の霊奈はかなり変だ。地球最後の日が近いのかもしれない。
「そう言えば、霊奈」
「な、何?」
どぎまぎした様子で霊奈が俺を見た。
「もう少しで夏休みだよな。夏休みはどうするんだ?」
「どうするって?」
「家族でどこかに行く予定はないのかってことだよ」
「な~んだ」
「へっ?」
「な、何でもない! ……ちょうど、お盆の頃に田舎に帰るかもね」
獄界でもお盆に帰省する習慣があるらしい。
「田舎? 龍岳さんの田舎ってことか?」
「いいえ。お母様の実家よ。お婆様も私たちが来るのを楽しみにされているから」
「そうか」
「真生も一緒に行く?」
「俺も? 良いのか?」
「真生も、……私達の家族だから」
俺は、まだ、永久真生のままだ。龍岳さんから養子にならないかと言われているが、もっと、じっくりと考えてからにしたかった。俺が龍岳さんの息子、つまり龍真さんの代わりが務まる自信が俺にはまだ無かった。
「そんなに言ってくれると、ちょっと嬉しいかな」
「う、うん」
やっぱり、変だ。しおらしすぎる。でも、そんな霊奈が少し可愛く思えてきた。
「ダ~リン!」
突然、後ろから俺に抱きついてきた奴がいた。
俺の首に両手を回して、俺におんぶしているみたいになっている、その体は……俺よりも小さくて柔らかかった。背中に柔らかい二つの塊が当たってる。と言うことは……。
腕を振り切って、振り返った俺の前にいたのは、霊奈と同じ制服を着た女の子だった。
青みがかった髪はショートヘアで、青色の大きな瞳がきらきらと輝いていて、けっこう可愛かった。
霊奈より少し小柄だが、胸の大きさは負けず劣らないその女の子は、俺が腕を振り切ったことを怒っているみたいで、その頬をちょっと膨らませていた。
「う~ん、ダ~リン! 冷たくしないでくださいぃ~!」
――何、このラノベ的展開?
「真生! 誰なの、こいつは?」
霊奈が俺の隣で目をぱちくりしながら訊いてきた。俺の方が訊きたい。
「知らねえよ! おい、君は誰だ?」
「もう~、ダ~リンったら照れちゃって」
「だから、俺は君を知らないんだよ! 君は誰なんだ?」
「私はダ~リンを知っていますよ」
「あのね~」
そんなやりとりの間も、その女の子が俺の腕に半袖の腕を絡めて、体を密着させてきた。
――何か柔らかいものが腕に当たってて、朝から刺激がたまらないんですけど!
「真生! あんた、いったい、いつの間にこんな女を?」
霊奈、怖いんですけど……。何で、そんなに怒ってるの?
「だから知らないって!」
「知らない女がこんなにイチャイチャするわけないでしょ!」
「いや、だから!」
「霊奈ちゃん。私のこと、お忘れになりましたの?」
俺と霊奈との話に割り込んできたその女の子は、俺に腕を絡めたまま、霊奈に悪戯っ子ぽい目を向けた。
「えっ?」
霊奈は、その女の子をしばらくの間、見つめていたが、自分の記憶の中に一致する人物は見当たらなかったようだ。
「魅羅ですよ。幼馴染みの」
「えっ……。えーっ! 魅羅ちゃん?」
「ふふふ。言いたいことは分かります。昔の面影がないって言いたいのでしょう?」
「えっ、いえ、……あの」
なぜだか、霊奈がばつの悪い顔をした。
「霊奈! この子を知っているのか?」
俺は体をひねって、まだ俺の腕に絡みついている「魅羅」と名乗った女の子を霊奈に示した。
「えっと、……う、うん」
幼馴染みを思い出せなかったからか、霊奈は一気に意気消沈していた。
俺は、絡まれていた自分の腕を引っこ抜いて、魅羅の両肩を押して、少し間を取った。
「なあ、霊奈と知り合いかもしれないが、俺は君を知らないんだ。ちゃんと自己紹介してくれよ」
「も~う、仕方ないですねえ」
そう言うと、女の子は短いスカートを広げながら華麗に一回転してから、首を傾げてウィンクをした。
「今度、柳が下学園二年二組に転校してきた東堂魅羅で~す!」
そう言うと、すぐにまた俺の腕をつかんで、体を密着させてきた。
「ダ~リンは、魅羅のこと、『おまえ』とか『マイハニー』とか呼んでくださって良いんですよ」
魅羅の柔らかい体の感触が俺をそんな気にさせやがる。
――うっ! は、鼻血が出そう!
「ちょっと、魅羅ちゃん! 何やってんのよ!」
俺にイチャつく魅羅の態度に我を取り戻したかのように、霊奈が俺と魅羅との間に割り込んで、魅羅の腕を無理矢理はがしてから、魅羅を睨んだ。
「自分の許嫁とイチャイチャして何が悪いんですの?」
魅羅は、まったく悪びれることなく、挑戦的な目で霊奈を睨み返した。
「いつ、真生と許嫁になったのよ?」
「本当は龍真さんと許嫁だったのですが、龍真さんがいなくなられてしまったものですから」
「あっ……」
霊奈が悲しげな顔を見せたが、すぐに厳しい顔をして魅羅に迫った。
「そもそも、龍真お兄様とあなたが許嫁だったって、私は初耳なんだけど?」
「嘘じゃありませんよ。龍真さんがちゃんと私に言ってくれたのですから」
「いつ? どこで? 何て言ったの?」
「あれは、私が小学校一年の頃でした。龍真さんに『私をお嫁さんにしてください!』って言ったら、龍真さんは『良いよ』って言ってくれたのです」
「……」
魅羅は、夢見る乙女オーラを全身から放ちながら、遠い空を見ていた。
「えっと、そ、それだけ?」
「それだけって?」
現実に戻ってきた魅羅がぽかんとした顔で霊奈を見た。
「い、いえ、家同士で話し合いをしたとかはないの?」
「私は、龍真さんのお嫁さんになるって、いつもお爺様にお話をしていました。お爺様もニコニコと微笑みながら、魅羅の話を聞いてくれていたのです」
「了堅のおじさまが?」
霊奈の顔色が変わった。少し青ざめている気がする。
話の流れからすると「了堅」という人物が魅羅の祖父ということのようだが、この傍若無人な霊奈でさえも恐れる人物がいたのか?
「そ、そんな話が本当に成立していたのなら、私のお父様が何も言わないはずがないわ! あなたが一人で勝手に思い込んでいるだけよ!」
「霊奈ちゃん、全然、変わってないのですね」
「えっ?」
「龍真さんの話になると必死になるところ! あの頃から霊奈ちゃん、龍真さんのこと大好きだったですもんね」
「そ、それは……」
図星を突かれて焦った霊奈だったが、俺の顔を見て、少し落ち着きを取り戻した。
「そ、そうだ! 仮に、あなたがお兄様の許嫁だったとして、どうして真生がダーリンなの? 真生はお兄様じゃないわよ」
「ダ~リンが龍真さんの生まれ変わりだって噂、私にも聞こえてきたのです」
俺が龍真さんの生まれ変わりだという噂は、龍岳さんの後援会の人も言っているし、神聖自由党の議員達の中では知らない者はいないことだ。
龍岳さんが俺を後継者にするつもりだということも、その噂に信憑性を与えていた。
て言うか、本当に生まれ変わりみたいなものだから否定のしようもない。
「私、その話を聞いて、居ても立ってもいられずに戻って来たのです」
魅羅は俺の顔を微笑みながら見つめていた。
「間違いない! ダ~リンは龍真さんの生まれ変わりですわ!」
「ど、どうしてそんなことが言えるの?」
俺の肉体が龍真さんの肉体だったと知っている霊奈も動揺していた。
「匂いです。ダ~リンは龍真さんと同じ匂いがします」