プロローグ
これは拙作「Powergame in The Hell」の続編です。
獄界の暦も七月中旬。
私立柳が下学園高等部でも期末テストが終わり、夏休み突入へのカウントダウンが始まっていた。
まるで消化試合のように授業にも身が入らないのは俺だけではないはずだ。
えっ、いつもだって?
何言っているんだよ。優勝は無理でもAクラス入りは目指して勉強はしているぜ。
――などと、一人ボケ一人突っ込みを心の中でしながら、俺は自分の部屋のベッドでうつらうつらとしていた。
既にカーテンの隙間から差し込んでいる朝の日差しは、今日も猛烈な暑さをプレゼントしてくれそうな明るさだ。
ところで俺の部屋にはエアコンがない。
いや、俺の部屋だけではなく、この家――俺が居候している御上家――の全ての部屋にエアコンがない。なのに、家の中はなぜか一年中快適な温度と湿度を保っている。これも獄界の技術力のなせる技らしい。
学校もハイソな学園だけあって冷暖房完備だ。
問題は、徒歩通学の十五分間だ。最近の猛暑で、たった十五分の太陽光照射でも、ミディアムレア程度には焼けてしまうおそれがある。
通学を憂鬱に感じながら、何となく寝ぼけた頭が通常運転に切り替わってきた俺は、布団に横向きで寝ていた俺の背中に何かが張り付いているような感覚を覚えた。
――また、妖奈ちゃんだろうか?
実は、霊奈や幽奈さんには内緒にしているが、一週間に一日は、妖奈ちゃんが寝ぼけて俺の布団にもぐり込んで来ている。
信じられるか? バリバリのアイドルが俺の布団で寝ているんだぜ!
ファンの子達、特に狐林なんかが聞いたら卒倒するだろうな。
もちろん、俺も可愛い妹キャラの妖奈ちゃんに手を出したりしていないぜ。……今のところは。
前回にもぐり込んできてから、間隔的に今日あたり来そうだと思っていたが、やっぱり来たか。
俺は、妖奈ちゃんをびっくりさせて起こさないように、ゆっくりと寝返りを打って、布団をそっとはだけた。
――えっ!
確かにそこには女の子が俺に添い寝をしているように横たわっていた。でも、それは妖奈ちゃんではなくて、既に学校の制服姿の霊奈だった。
黒のカチューシャを付けた金髪のロングヘアで両耳の横だけ小さく三つ編みに編んで、その先を小さな黒いリボンで結んでいる、出掛ける時の髪型にも既にしている。
「れ、霊奈?」
俺は小さな声で呼んでみたが、反応はなかった。
顔を近づけてみると、かすかに寝息が聞こえた。本当に眠っているみたいだ。
でも、どうして、霊奈が俺の布団で寝てるんだ?
霊奈も寝ぼけるくせがあったのか? しかし、制服だし、どう寝ぼけたら、こんな状況になるんだ?
……よく分からない。
とりあえず、霊奈を起こそうと、その肩を叩こうとした。
でも、……よく考えてみたら、こんなに至近距離で霊奈の顔をまじまじと見たのは初めてかもしれない。普段、こんな至近距離に近づいたら、鉄拳か跳び蹴りを喰らっているからな。
近くで見る霊奈の寝顔って、……けっこう可愛いじゃないか。凶暴な猛獣も無防備に眠っている姿が可愛いのと同じか?
俺は更に霊奈の顔に自分の顔を近づけていった。
柔らかそうな唇に目が釘付けになった。少しアヒル口ぽくなっている霊奈の唇が俺を呼んでいるような気がした。
霊奈は熟睡しているみたいだ。ちょっとくらいキスしたってばれないよな。
――あれっ、待てよ。
二人の恋愛感情を究極にまで高めてからベッドインが俺のポリシーじゃなかったっけ? いや、だけど、既に霊奈は俺と同じベッドに寝ている訳で……。
キスしたいって思うってことは、俺、霊奈のことが好きなのかな?
あ~、もう! そんなことはもうどうでも良い!
ご馳走を前にして、生きる意味や食物連鎖を考えたりしているようなものだ!
本能が赴くまま食ってしまおう!
俺は霊奈の顔に自分の顔を近づけていった。
…………やばい! マジで可愛い。
俺は知らず知らず目を閉じていたようだ。キスをする時って目を閉じるというのがマナーだったと記憶している。だから、衝撃が顔を襲った瞬間、何が起きたか、見えてなかった。
顔面に激痛が走ったと思ったら、俺はベッドから弾き飛ばされていた。
「真生! 何、やってるのよ!」
部屋の壁に叩きつけられた背中と、ひしゃげた感覚がする顔面を手でさすりながら、ようやく目を開けると、霊奈がベッドに座って俺を睨みつけていた。
「ご、ごめん」
つい、いつもの癖で謝ってしまったが、よく考えると、俺のベッドに不法侵入していたのは霊奈の方じゃないか!
「って、そういう霊奈こそ何で俺のベッドで寝てたんだよ?」
「えっ、そ、それは……」
霊奈は、答えに詰まったようにうつむいてしまったが、すぐに、いつもの勝ち気な目を蘇らせて、俺を睨んできた。
「ま、真生を起こそうと思ってやって来たけど、気が付いたら時計を一時間早く見間違っていてことに気がついて、……ちょっと早かったから横になったら、いつの間にか寝てたみたい」
「何だ、そりゃ? 何で自分の部屋に戻らずに俺の布団にもぐり込むわけ?」
「良いでしょ、別に! す、睡魔が突然襲ってきて、自分の部屋に戻る隙も無く寝てしまったのよ!」
訳分からねえ~。
俺はベッドに這い戻り、霊奈の正面に胡座をかいて座った。
「あのなあ、朝、起きて、同級生の女の子が同じ布団に寝ていたら、へ、変な気分になっちゃうだろ! 一応、俺も健全なる男子なんだからさ」
「な、何が健全なる男子よ! ただのスケベじゃないの!」
「あのなあ~」
――コンコン!
俺が霊奈に反論をしようとした時、ドアがノックされた。
「真生さん。朝ご飯ができていますよ。起きていますか?」
ドアの向こうから幽奈さんの涼やかな声が聞こえてきた。
ドアノブが回され、ドアが開かれようとしているのを見て、俺は慌てて、霊奈と一緒に布団の中にもぐり込んだ。
「真生さん?」
ドア越しではない幽奈さんの声を聞いて、俺は、いかにも今、起きたかのように、しかめっ面の顔だけを布団から出した。
「あっ、幽奈さん。おはようございます」
「おはようございます」
幽奈さんは、いつものように丁寧かつ優雅にお辞儀をした。
漆黒の髪を目の上で切り揃え、背中は腰辺りまであるお姫様カット。切れ長な目で穏やかな光をにじませる瞳は聖母のような慈悲深さを感じさせる。そして、いつもどおり、きちっと着こなしている和服の上に真っ白な割烹着という格好は「御上家のお母さん」という雰囲気を漂わせている。もちろん、そんな歳ではないのだが。
「真生さん。今朝は、霊奈が起こしに来なかったのですか?」
「今朝は来てないみたいですよ。トイレにでも入っているんじゃないでしょうか?」
「そうかしら。 ……朝ご飯ができていますから、すぐに降りて来てくださいね」
「分かりました」
幽奈さんは出て行く時も丁寧にお辞儀をして出て行った。相変わらず幽奈さんと話していると心が落ち着く。
――そう言えば、霊奈は?
俺が布団をはがすと、霊奈は、ちょうど、俺の胸に顔を埋めて、俺と抱き合っているような体勢のまま横になっていた。
「霊奈。今のうちに早く出ていけよ」
霊奈は俺の声が聞こえなかったのか、動こうとはしなかった。
「おい、霊奈! 聞こえているのか?」
「えっ、あっ!」
霊奈は、ふと我に返ったみたいに俺から離れて、ベッドから降り立った。
「ま、真生。ちゃんと……顔を洗って来なさいよね!」
霊奈は、俺の顔を見ることがはばかられるように、視線を外しながら言うと、すぐに俺の部屋から出て行った。
――何だ、霊奈の奴?
しかし、霊奈の不可解な行動に戸惑っている暇はない。
俺は、ベッドから降りて、パジャマを脱ぎ捨てて、パンツ一丁になると、洋服ダンスの中から、制服のワイシャツとズボンを取り出した。
そして、ズボンを履こうかと片足を通した時、部屋のドアが開いた音がした。
振り返った俺は、パジャマ姿の妖奈ちゃんと目が合った。
霊奈や幽奈さんよりはかなり身長が低いが、本人曰く、これからナイスボディになるはずの中学二先生。ピンク色の長い髪はいつものツインテールにまだしてなくてボサボサだったが、それが返って可愛かったりする。
「ま、真生兄ちゃん! な、何で裸になってるの?」
顔を真っ赤にして怒る妖奈ちゃんに、俺は優しく話し掛けた。
「妖奈ちゃん、自分の部屋で裸になってて責められると、俺も辛いんだけど」
「へっ?」
妖奈ちゃんは、キョロキョロと辺りを見渡すと、赤い顔が更に真っ赤になった。
「また寝ぼけて自分の部屋と間違えちゃった。……てへっ」
可愛いから許す!
「と、とりあえず、俺、着替えたいからドア締めてくれるかな?」
「はーい! ごめんね、真生兄ちゃん」
「気にしないで良いから。それといつもどおり幽奈さんと霊奈には内緒な」
「分かった。でも、真生兄ちゃん」
「どうした?」
「いくら暑いからって、穴が開いたパンツは履かない方が良いと思うよ」
めっちゃ笑顔の妖奈ちゃんは手を振りながらドアを閉めた。
俺は、体をひねって、自分のお尻を見た。
ぽっかりと開いたパンツの穴から、お尻の割れ目がくっきりと見えていた。