閉ざされた帰り道(7)
「霊奈! 『紅雲の雷』の指揮権は、まだ了堅先生が持っているんだよな?」
「そう聞いてる。でも、了堅先生が、どうして?」
「まさか、力ずくで俺を婿にしようってことじゃないだろうな?」
「力ずくすぎるでしょ! でも、了堅先生に訊いてみたいわね」
「霊奈。今から行ってみないか?」
「今から? 了堅先生の家に?」
「知ってるか?」
「引退される前の家なら知っているけど」
「魅羅と一緒に戻って来ているんだから、そこに戻って来てるんじゃねえか?」
「そうだね。とりあえず、行ってみようか」
了堅先生の家は、御上家と同じ三十三区内にあり、御上家からも遠くなかった。
質素倹約を旨とする御上家と違って、和風の豪邸だった。
俺と霊奈は、お城のように高い塀と立派な門の前に立った。
「霊奈、呼び鈴らしきものがないぞ」
「そもそもノンアポで来る人なんていないんでしょうね」
「約束の時間になったら、誰か出て来るのかな?」
「そうじゃない」
同じ政治家の家なのに、御上家がいかに庶民的かが分かるというもんだ。
「あれえ、真生様!」
振り向くと、魅羅が目を見開いて立っていた。学校帰りのようでスクールバッグを肩に引っ掛けていた。
「今日、二人ともお休みって言ってましたたけど、まさか?」
魅羅が目を吊り上げながら迫って来た。
「二人でどこに行っていたのですか?」
「い、いや、えっと」
俺の肉体を探しに行ってました! なんて言えないよな。
「ちょっと緊急事態があって、霊奈と二人で対応をしていたんだよ。魅羅が想像しているみたいに変なことはしてないからな」
「変なことって何ですか、真生様?」
――自爆したっぽい。霊奈に救いを求める視線を送るも目をそらされて無視された。
「い、いや、魅羅は、今、頭の中に何か妄想しなかったか?」
「霊奈ちゃんと真生様のいらやしいシーンなんて妄想するだけ無駄ですから!」
今度は、霊奈の目が吊り上がった。
このままじゃ、俺、サンドバッグ状態になるのが見えている。
「と、とにかく! 俺達、了堅先生に会いたいんだ。今日、いるか?」
「お爺様に? ひょっとして、私を嫁にくださいとお願いに来られたんですか?」
「何でそうなる?」
何とか魅羅の機嫌を直して、家の中に入れてもらった。
了堅先生の奥さん、つまり、魅羅のお婆さんもずっと前に亡くなっているそうで、この広い家に了堅先生と魅羅の二人だけで暮らしているそうだ。
魅羅に案内してもらった和室に入ると、大きな座卓の奥に了堅先生が既に座っていた。魅羅が了堅先生の隣に座り、俺と霊奈がその正面に座った。
時を置かずして、お手伝いさんらしき和服を着た女性が人数分の日本茶を持ってきてくれた。
その女性が出て行ったのを見計らって、了堅先生が口を開いた。
「今日は何事かな? 真生君の方から魅羅を嫁にくれと言いに来たのかな?」
この祖父にして、この孫娘だった。
了堅先生に話があると言ったにもかかわらず、照れている魅羅は席を外しそうになかった。どうやら一緒に話を聞くつもりのようだ。まあ、魅羅も神聖自由党の政治家の娘でプライベートアーミーのことも知っている。隠すまでもないだろう。
「実は、昨日の日曜日、俺は幽体離脱をして、地界の霊魂を回収に行っていたんです」
「ああ、そうだったな。君達は、もうソウルハンターになっているんだったな」
「ええ、その仕事を無事に終えて肉体に戻ろうとしたら、俺の肉体が支部の中から消えていたんです」
「霊魂管理庁の支部から消えた? 君の肉体は一人で歩き回る特技でも持っているのかね?」
「そんな特技があるんなら、俺、テレビに出てますよ!」
「うむ。では、君の肉体はどこにあったのだ? 今、肉体に戻っているようだが?」
了堅先生は、本当に知らないようだった。
「実は、闇の騎士に奪われていました。それも『紅雲の雷』の」
了堅先生の驚いた顔を見る限り、やはり、知らなかったようだ。
しかし、了堅先生は、驚いた表情をすぐに収めた。
「そやつらは、『紅雲の雷』の闇の騎士ではないの」
「『獄門の番人』の捜査能力を疑われるおつもりですか?」
龍岳さんを侮辱されたとでも思ったのか、かなりの剣幕で霊奈が了堅先生に問い質した。
「いやいや、そやつらは、記録上は『紅雲の雷』に所属をしている者じゃろう。しかし、最近、下っ端の連中への切り崩しが激しいと聞いている。『紅雲の雷』の上層部とは別の方面からの依頼を遂行したのだろう」
「つまり、実質的には『紅雲の雷』を脱退した奴らだと?」
「そうだ。しかし、名目上は『紅雲の雷』の闇の騎士が迷惑を掛けたことには違いはない。すまなかった。このとおりじゃ」
了堅先生が正座をしたまま、頭を下げた。俺にとってもお爺さんくらいの年齢になる了堅先生に頭を下げられると、それ以上、追及することなんてできない。
「い、いや、俺達は別に了堅先生に謝ってほしくて、ここに来た訳じゃありません。俺の肉体を持ち去った理由を知りたいんです」
「なるほど」
そう言って、了堅先生は姿勢を正した。
「その点についても詫びなければならない」
「はい?」
「儂も真生君に答えるべき答えを持っていない。実質的に『紅雲の雷』を脱退した連中は、もはや儂の言うことなど聞いてはくれぬのだ」
了堅さんは嘘を吐いていない。俺には、はっきりとそう思えた。
「分かりました。俺は了堅先生の言うことを信じます」
「ありがとう。さすが、魅羅の旦那になる男だ」
「いやだ~、お爺様ったら」
ここ、突っ込まなくて良いよな?
「それじゃあ、了堅先生。誰の命令なのか、お心当たりはありますか?」
「まあ、考えられるのは、一人しかおらぬ」
「了齋先生ですか?」
「そうじゃ」
霊奈の予想に了堅先生もすぐに同意した。
「何のために?」
「それは分からぬ。龍岳先生の後継者を亡き者にしようとしたのかもしれぬな」
これ以上、了堅先生に訊いても何も出てこない気がしてきた。
ふと隣の霊奈を見ると、霊奈も同じことを考えていたようで、俺と目が合った。
「分かりました。どうも、お邪魔しました」
「もうちょっとゆっくりしていきたまえ」
立ち上がった俺に了堅先生が声を掛けた。
「そうですよ、真生様! 魅羅のお部屋に行きませんか? そこで朝までゆっくりとお話いたしましょう!」
「い、いや、明日もまだ学校だし。さっき話したようなこともあったばかりなので、今日はゆっくりと家で休みたいんだ」
「そうですかあ。 ……真生様! ぜひ、また、いらしてくださいね!」
「あ、ああ、分かった」
自宅に帰り着いた俺は、霊奈と打合せをして、幽奈さんに心配を掛けないように、何事もなかったかのように学校から帰って来たことにした。
「おかえりなさい」
いつものように心癒やされる幽奈さんの声に、肉体を得て家に帰ることができたことの喜びがわき上がってきた。
「ただいまです、幽奈さん!」
「真生さん、残業からそのまま学校に行かれるなんてお疲れ様でした」
「い、いえ、俺の段取りが悪かっただけですし」
「お風呂も沸いてますよ。先に入りますか?」
正直、拉致されていた肉体から嫌な思い出ごと洗い流したかった。
「それじゃ、先に入らせていただきます」
「どうぞ。とりあえず、冷たい麦茶を入れますね」
幽奈さんのような奥さんをもらったら、毎日が天国だよな。旦那様を、絶対、大事にしてくれそうだし。
幽奈さんに続いて、ダイニングに俺と霊奈が入ると、つけっぱなしのテレビがニュースをしていた。
「それでは、次のニュースです。地界の霊魂回収に向かったソウルハンターの肉体が何者かに奪われるという事故が昨日あったそうです」
俺と霊奈は固まってしまった。
俺は最後の霊魂を地獄に送ってから、つまり、霊魂管理庁には業務終了の報告をしてから、支部に戻って肉体が無いことが分かった。だから、霊魂管理庁には事故の報告はしていない。
いったい、どこから漏れたんだ?




