閉ざされた帰り道(3)
エア・スクーターの後部座席の霊魂シートベルトに俺を乗せて、霊奈は三十三区の都心でもある地区にやって来た。そこは、神聖自由党本部や国会議事堂などが集まっている、地界で言うところの永田町のような場所だ。
そして、霊奈がエア・スクーターを駐車させたのは、薫風ビルという、神聖自由党の派閥である薫風会の事務局があるビルだった。
しかし、これから行こうとしているのは、薫風会のプライベートアーミーである「獄門の番人」の本部だ。それは、このビルの地下深くにあるらしい。龍岳さんが実質的な責任者であり、霊奈もそのメンバーだ。
俺達は、ビルの入口で龍岳さんがやって来るのを待った。
党の副幹事長である龍岳さんは神聖自由党本部にいることが多く、今もここからほんの目と鼻の先にある党本部から駆けつけて来てくれているのだ。
間もなく、黒塗り高級車が薫風ビルの玄関に着くと、後部座席から羽織袴姿の龍岳さんが降りてきて、玄関横で待っていた霊奈に声を掛けた。
「霊奈」
「お父様」
「一緒だな」
「はい」
龍岳さんもソウルハンターだ。
だから、普通の人には見えない俺の姿が見えているはずだが、俺に話し掛けていると、周りの人からは独り言を連発しているようにしか見えず、龍岳さんも呆けたと誤解されてしまうだろう。
俺は、ビルの玄関扉から中に入った龍岳さんと霊奈について行き、やって来たエレベーターにも一緒に乗った。
龍岳さんは、エレベーターのコンソールの生態認証ゾーンに自分の左手をかざした。
そして、まるで暗証番号を入力するように、複数の行き先階のボタンを押した。
エレベーターが下降しだした。エレベーターの壁にある階層を表す液晶画面には「非常」の文字が表示されていた。
十五秒ほどするとエレベーターが止まり、扉が開いた。
そこには銃を持った警備兵が五名ほど立っており、駅の改札機のような出入り口が一つだけあった。
龍岳さんがIC式定期券の代わりに手のひらをかざすと、改札機の小さな扉が開いた。
同時に警備兵が敬礼をした。
「お疲れ様です!」
霊奈も龍岳さんに続いて手のひらをかざして改札機を通過した。
その間、警備兵の一人が、じっと俺を見ていることに気づいた。
「こちらは?」
「同居人の永久真生君だ」
手に持っていたタブレット型の端末を操作していた警備兵は、その画面と俺を交互に見比べているようだった。
「確認できました。どうぞ、お通りください」
霊魂の俺は、止まれと立ち塞がられても、それを通り抜けて進むことができるが、龍岳さんのお膝元で騒ぎを起こす訳にいかないし、そもそも、そんなことをするつもりもない。
警備兵に通過の許可をもらった俺は、龍岳さんの跡について、薄暗い廊下を進んだ。
おそらく、さっき俺を見た警備兵はソウルハンターなのだろう。
幽体離脱ができるのであれば、霊魂になって、敵の秘密基地に忍び込み、密かに偵察することもできる。だから、警備兵の何人かには、霊魂の姿を見ることができるソウルハンターが就いているはずだ。
「今、俺を見ていた警備の人は何を確認していたんですか?」
「警備兵が見ていたタブレットには、この基地に入ることが許されている人物全員の写真が登録されている。真生君も登録しているから、君が本当に永久真生の霊魂なのかどうかを確認していたのだ」
さすが、龍岳さんが指揮官をしている組織で、そこらへんの抜かりはないようだ。
龍岳さんは入口から真っ直ぐ伸びる廊下を歩いて行った。
その廊下にいくつか扉があったが、突き当たりにまで進んで、そこにある扉の生体認証パネルに龍岳さんが手のひらを当てると、扉は音もなくスライドした。
その中に入ると、そこは幹部の執務室ぽい造りで、豪華な執務机の前に、これまた豪華な応接セットが置かれていた。
「そこに座っていたまえ」
俺と霊奈を二人掛け用ソファに座るように言った龍岳さんは、執務机に座って、電話機に向かって話し掛けた。
「筑木君を呼んでくれ」
それだけを言うと、龍岳さんは俺達が座っているソファと直角に向き合っている一人掛け用ソファに座った。
「霊奈は筑木君を知っているだろう?」
「はい。私の剣も筑木さんに調達していただきましたから」
すぐに部屋の扉がスライドした。
そこには、男性としては小柄で、ボサボサの白髪頭、無精髭を伸ばした顔色の悪い顔に、縁無し眼鏡を掛けていて、白衣を羽織った男性が立っていた。
龍岳さんがうなづくと、男性はツカツカと部屋に入って来て、許しを請うこともせずに、俺達の対面のソファに座った。
「筑木さん、お久しぶりです」
「ああ、霊奈さん、お久しぶりですね。携帯武器の調子はいかがですか?」
「はい。お陰様で絶好調です」
「それは良かった」
笑顔で挨拶をした霊奈に、男性は、にこりともせず事務的に話した。
「忙しいところ、すまんな」
「本当ですよ。このクソ忙しい時になんですか?」
天下の政権与党の副幹事長である龍岳さんを相手に無礼とも言える口振り。この人はいったい?
「実は、霊奈の隣に、うちの同居人である永久真生君がいるのだが」
龍岳さんも筑木さんの態度に怒っているようではなく、苦笑しながら、筑木さんの正面に座っている「俺」を紹介した。
「それは初めまして。筑木信言です」
筑木さんは、その目線から、霊魂である俺が見えていないようだが、俺がいるであろう空間に向かって軽く頭を下げた。
「筑木君は、獄門の番人の頭脳と言って良い人材なのだよ」
龍岳さんは、しっかりと俺を見ながら話すと、筑木さんに視線を戻して、俺が霊魂のままでいる理由を筑木さんに話した。
「支部から肉体が無くなった? ……霊魂管理庁が支部に設置している結界バリアは最高水準のものですぞ。それが破られたとなると、結界バリアによる防御への信頼性が揺らいでしまう一大事ですな」
「私も信じられないんです。今の技術で結界バリアを破ることなんてできるのですか?」
筑木さんの言葉で、霊奈もことの重大性を改めて認識したようで、戸惑いながら尋ねた。
「聞いたことがないですな。霊魂管理庁が設置している結界バリアは、蓬莱バリア株式会社製の物を調達しているはずです。蓬莱バリアが何かしらの欠陥やバグを隠していれば分かりませんがね」
「企業がそんなことをしたら命取りだ。それに儂は蓬莱バリアの社長を知っているが、誠実な男で不祥事をもみ消すようなことはしない男だ」
「おっと、蓬莱バリアは薫風会の大口寄付者でしたな」
こう言うのを「減らず口」って言うんだろうな。でも、なぜか気にならないのは、筑木さんの人柄なのか?
「とりあえず、今の段階で考えられることは、三つ」
筑木さんが、右手の人差し指、中指、薬指を立てて、霊奈に示した。
「一つは、ロックのし忘れ。あるいはオートロック機能が故障していた可能性があります」
「私が先に幽体合体をしてから外に出ましたけど、まだ真生の肉体が残っていたので、ちゃんとロックされたのを確認してから支部を離れました」
「霊奈さんがそうおっしゃるのであれば間違いないでしょう。では、可能性の二つ目。犯人が、密かにあらかじめ生体認証を登録していたと言うことはどうですか?」
「あの支部は私専用の支部なんです。私と真生以外の生体認証は登録されていません」
「そう言い切れますか?」
「そ、それは……」
「もう一つの可能性として、何らかのサイバー攻撃を結界バリアに仕掛けて、一時的にロックを無効にしたことが考えられます」
筑木さんは霊奈の答えを待たずに言葉を続けた。
「いずれにしても、その支部の結界バリア装置を確認させていただく必要があります。それが分かれば、犯人に近づけるかもしれませんし、結果として、真生さんの肉体の在処のヒントを得られるかもしれません」
確かに、闇雲に探すよりは、糸口をつかんで、それをたぐり寄せる方が早いだろう。
「これから直ちに調査担当職員を連れて支部に向かいます。霊奈さん、協力していただけますね?」
「もちろんです! よろしくお願いします!」
霊奈は、ソファから立ち上がって、深々とお辞儀をした。もちろん、俺も。
「じゃあ、先生。お任せください」
「うむ。頼む」
龍岳さんも座ったままだったが、筑木さんに頭を下げた。
「それで、一つだけ確認したいことがあるのですが?」
筑木さんが霊奈に訊いた。
「真生さんの肉体は、まだ生きているのですかね? 急ぎでない仕事で職員を深夜まで残業をさせるのは忍びないですからなあ」
おいおい! 俺より職員の勤務時間の心配かよ!
って、冷静に考えるとそうだよな。霊魂が帰るべき肉体が既に生命維持を終えているのであれば、家庭もあるだろう職員に超過勤務をさせるだけの意味はない。
「戻るべき肉体の生命維持機能が失われると、幽体離脱していた霊魂はそのことが分かるようです。これは過去の事例集積から明らかになっていて、そう言う事故が多発したことから、支部が設置されたのですから」
「なるほど。真生さんには、自分の肉体が死んだということが感じられていないのですな?」
「そうだよね、真生?」
霊奈が隣の俺に訊いたので、俺は大きくうなずいた。
「まだ、肉体は生きているようです」
「そうですか。それでは、至急、探さなくてはいけませんね。確か、四十八時間が限界でしたな?」
「そうです。今朝、午前八時頃に幽体離脱をして、今、午後七時ですから、既に十一時間が経過しています。早く探さないと!」
霊奈が切実な顔で言った。




