第1話 信じられない真実
田中優治はただ呆然と母親の顔を見ることしか出来なかった
(え?俺が全国指名手配?なんで?)
「優ちゃん!ねえ!聞いてる!?」
母親の声で我に返る優治
「ど、どうゆう事だよ なに言ってんだよ!」
「優ちゃん!本当なの!だから早く逃げて!」
「な、なに言ってんだよ、そ、それより!早く出てけよ!部屋から出てけ!」
優治は怒鳴る
母親は出ようとしない
「優ちゃん!お願い!お願いだら!ね?早く逃げてちょうだい!」
涙を流し始める母親
(なんなんだよ 意味わかんねえよ!)
「お母さんの事が信じられないのね?あ!そ、そうだわ!テレビ!テレビを見てちょうだい!」
母親は床に転がってるテレビのリモコンを握り、スイッチを入れる
テレビが静かに点く
テレビの中には優治が知らない女子アナウンサーが速報のニュースを読みあげていた
「先程入ってきたニュースをもう一度読みあげます。日本政府は日本国内にいるすべてのニートを指名手配にするとの発表を致しました」
(え...)
「え~...ただ今、日本国内にいるニート約80万人のリストが入ってきました、ニートと呼ばれ、指名手配になるのは次の通りです」
テレビの画面が切り替わる
最初にア行から名前が表示された
ものすごい数の名前が表示されている
母親は震える手でリモコンを握り締めながら名簿を見ている
そして、優治はただそれを黙って見てる事しかできなかった
サ行が終わり、タ行.....
平宗治、高井直樹、高原治朗......
(あ、た、田中の苗字に入....)
田中優治
テレビには自分の名前が映し出されていた
声をあげながら泣く母親
テレビをただ呆然と見つめる優治
「見たのか....」
部屋のドアの前で寝巻き姿で立ち尽くす父親
「ねえ!あ、あなた!ど、どうしよう!優ちゃんが!優ちゃんが!」
父親の方へ泣きながら向かう母親
父親は泣き続ける母親を優しく包み込むように抱く事しかできない
無言になる三人
部屋のテレビだけが元気よく光を放っていた
ここにいる三人の気持ちも知らずに
父親は母親を一旦リビングに連れて行った
階段を上る音が聞こえる
優治はアナウンサーが読みあげるニート関連のニュースとニート達の名前のリストが繰り返し表示されているテレビ画面をボ~ッと見ることしか出来なかった
(あ、また俺の名前)
「入るぞ」
父親の声
目元が似ていると言われている父親の方をゆっくりと見る
「そんな顔をするんじゃない!」
ゆっくり優治の方へ向かう父親
「大丈夫だ!お父さんが守ってやるから」
「.....。」
優治の顔を見ながら笑顔になる父親
そのやさしい笑顔を優治はよく知っている
小さい頃転んで泣いてしまった時、この笑顔で慰めてくれた
苛められ泣きながら帰ってきた時もこの笑顔で抱きしめてくれた
引きこもりになったあの時、父親はこの笑顔で部屋を出て行った
「と、父さん....」
優治は自然と涙が溢れ出していた
「大丈夫!心配するな」
そう言うと父親は優治の頭をそっと撫で、抱きしめる
優治は気がついてしまった、父親も泣いている事を.....
ピ~ンポ~ン!
夜中の田中家に響き渡る
「だ、誰だろうな、こんな夜遅くに」
涙を拭きながらドアの方へと向かう父親
「と、父さん!」
昔より大分小さくなった父親の背中に向かって叫ぶ優治
「ん?どうした?」
優しい笑顔で優治の方を向く父親
(父さん、なんでそんな顔するんだよ、こんなクソ息子普通なら殴り飛ばしてるだろ?でも、なんで?そんな顔するんだよ!)
「と、父さん、ホントに..ご..め...」
だが優治が言いたい事を言う前に状況が一変する
「やめて~!!優ちゃんを連れてかないで~!お願い~!!」
その声を聞いた瞬間父親が慌てて下へと向かう
優治もスウェット姿で震える足でゆっくりとドアの方へ向かった
トイレ以外で部屋を出ない部屋を出る
「なにするんだ!お前達!出てけ!息子は渡さん!」
(な、なにが起こってるんだよ)
ゆっくりと手すりに掴みながら階段を降り始める
震える足、震える手で一段一段ゆっくりと....
もう何年も使ってない階段
やたらと大きく、長く感じる
階段を降りる途中で玄関が見え始める
そこにはとんでもない光景が広がっていた
スーツ姿の男2人が父親と母親と掴み合いになっていた
(な、なにが起こってるんだよ.....)
震える足、震える手がさらに震え始める
優治は階段を降り終えると同時に一人のスーツ姿の男と自然と目が合った
「お前が、田中優治だな!一緒に来い!警察だ!」
(け、け、警察?な、なんで?お、俺、な、なにも悪い事....)
足に力が入らなくなりその場に座ってしまった
「ダメだ!渡さない!」
父親が叫ぶ
「優ちゃん!お願い逃げて!早く!」
母親が優治の顔を見ながら叫ぶ
「貴様等!こんな事をしてただで済むと思うなよ!」
「うるさい!お前になんと言われ様とも息子は渡さない!」
「そうよ!渡すもんですか!」
「どけ!そこを退くんだ!」
恐怖と驚きで涙が出る優治
頭が真っ白になる
「優治!!!」
しかし、父親の叫び声で我に返る優治
震える足が一瞬ピタッ!っと止まる
そして立ち上がりリビングの方へ走り出した
「オイッ!待て!待つんだ!」
「行かせないわ!」
「退け!」
警察はそう怒鳴って母親を思いっきり殴った
「優美!!貴様!」
父親は思いっきり母親を殴った警察に飛び掛る
「なにをする!」
もう一人の警察が父親を止めようとする
「いい!お前は早くあいつを追え!」
父親と掴み合いになっている警察はもう一人の警察に指示をする
「は、はい!」
しかし、リビングに向かおうとする警察の足にしがみつく母親
「貴様!なにをする!離せ!」
「ダメよ!行かせないわ!」
「この~!」
掴んでる母親の顔面を蹴る警察
だが母親は足を離そうとしない
「渡さない!優ちゃんは渡さない!」
「離せ!!」
「離さないわ!絶対に!」
ドカドカ顔を蹴られる母親
だが、蹴られ続けるに連れて足を掴む手の力が弱くなっていった
そして、とうとう手を離してしまった
「優美!」
もう一人の警察と掴み合いになっていた父親がその光景を見てすぐに母親の方へと向かう
父親と掴み合っていた警察は外へと出る
母親を蹴っていた警察はリビングの方へと向かった
「優美!優美!しっかりしろ!大丈夫か!おい!」
必死に母親に向かって叫ぶ父親
「だ、大丈夫よ、ちょっと、気を失っただけよ、それより警察は?」
「優治を追って行ってしまった」
「そう.....」
泣き始める母親
それを見て父親の目にも涙が溢れ始めていた
お気に入りの赤いヘッドホンから流れる音楽
深夜、静かになった住宅街にはその赤いヘッドホンから漏れる音楽が響いていた
(あれ?家の前にパトカー....だよね?あれ?)
田中美紀の足は家の前に止まってるパトカーを見ると同時に止まる
静かにヘッドホンを外す
すると、家の塀から人が降ってきた
「キャッ!」
驚きのあまり腰を抜かしそうになる
驚きながらも目の前に急に現れた人を見る美紀
灰色のスウェット姿、髪は美紀と一緒のさらさらの髪、やせ細った顔にメガネ、そして父親と同じ優しくて大きな目
知らない訳がない
「お、お兄ちゃん?」
久々に見た兄の姿
しかし、兄は美紀の事も見よともせずに走り去って行ってしまった
美紀の横を通り過ぎる時、微かに懐かしい匂いがした
(え?一体、家でなにが起こってるの?)
ゆっくりと家に向かって歩き始める美紀
すると急に、家から知らないスーツ姿の人が飛び出してくる
そしてその人は「出せ!」っと大声で叫んでパトカーに乗り込む
ドサッ!
今度は後ろから音が聞こえた
後ろを振り返ると、またもや知らないスーツ姿の男性がいた
兄と同じ様に塀を乗り越えてたんだと理解する美紀
そしてその人は兄が走って行った方角へと向かって行った
玄関の方を見るとパトカーも走り去って行っていた
現状が把握できない美紀
彼女もまたこの国になにが起こったのか理解していない一人だった
恐る恐る家へ入る美紀
「お、お母さん!」
玄関で倒れている母親を見て叫ぶ
すぐに駆け寄る
顔から血が流れている
殴られた痕が目立つ顔
「美紀!帰ったのか!」
リビングの方から救急箱を手に走って向かってくる父親
「お、お父さん、な、なにがあったの!?」
「説明をしてる暇はないんだ、それより救急車を呼んでくれ!」
「わ、わかった!」
震える手で携帯を取り出し救急車を呼び始める美紀
「大丈夫か優美!」
「だ、大丈夫よ、大げさね」
電話を終えた美紀は父親の横に座り母親を涙ぐみながら見つめる
「お、お母さん!し、死なないよね?大丈夫だよね?」
「だ、大丈夫よ美紀、心配しないで」
「う、うん....」
ピ~ポ~.....
遠くから救急車のサイレンの音が聞こえ始める
「お父さん、ちょっと外に出て救急車を誘導してくるから、お母さんの事見といてくれ」
「う、うん、わかった」
父親は走って外へ出て行った
目の所と口元が腫れている母親を泣きながら見つめる美紀
美紀はなにもわからずただ涙を流す事しかできなかった
雨が降り始める
必死に逃げ、たどり着いた場所は河川敷の大きい橋の下だった
痙攣している足
恐怖で震える体
勝手に出る涙
(俺、これからどうなるんだよ....)
雨の音だけが聞こえる薄暗い橋の下
(警察は追ってきてるんだろうか?)
優治は恐くなり周りを見渡す
雨脚がどんどん強くなっている中、向こうの方で人影が見える
(け、警察か!?)
だが少し様子がおかしい
警察はもっとちゃんと歩く筈だ
しかも、追ってきているなら走る筈
あんなにフラフラ歩く訳がない
徐々に近づいてくる黒い影
ビビリながらもその黒い影を見つめる優治
影が徐々に実態がわかる位置まで来た
デブでロン毛のジャージ姿の男性、もの凄く疲れている顔をしている
そして、その人と目が合った
目が合うとその人の顔はなぜか安心した顔になっていく
「き、君、ニートかい?」
優治を見ながら質問してくる
「は、はい そうですが....あなたも?」
「うん!そうだよ!よ、よかった~!仲..間..」
パンッ!
土砂降りの中、乾いた音が聞こえる
膨らましたビニール袋を割った音に近い音だ
優治の目の前で安心して笑っていた男性の頭が吹っ飛んだ
優治の顔に血がつく
「え?え?」
ドサッ!っと倒れる男性
優治は何がなんだかわからないまま立ち上がりその人に恐る恐る近づく
地面に流れる赤い液体
「ヒッ!し、死んで....オッ、オエッ~!」
死体を見た優治はその場でゲロを吐く
「ハ~ッ!ハ~ッ!こ、殺されたのか?う、撃たれたのか?」
状況が理解できない
「お前もニートか!」
声が聞こえた方を見る
そこには土砂降りの中、銃をこちらに向けてるスーツ姿の男性が立っていた
怯えながらも一瞬で彼は警察なのだと理解する優治
「もう一度問う!お前もニートだな!」
驚きのあまりまったく声がでない優治
それを見て笑う男性
「そうか、ニートか!じゃあしかたないな」
(え?う、撃たれるのか)
そう思った瞬間優治は
「う、うわっ~!!!」
っと叫びながら走り出す
「そうだ!逃げろ!逃げろ!虫けらぁ~!キャハハハハハッ!」
男性は優治に向かって叫ぶ
そして引き金を引く
カチッ!
「あ?チッ!弾切れか...」
銃を見ながら男性は呟く
そして逃げていくニートを見ながらまた静かに舌打ちした
「お~い!斉藤!」
彼の後ろから声がする
「なんだ?また殺ったのか?」
「ええ、だって抵抗するんですもん 竹田さんだってさっき2人殺ったじゃないですか」
ニヤニヤ笑いながら斉藤圭一は言う
「じょうがねえだろう?抵抗するんだからよお、それより一人逃げたのか?」
同じくニヤニヤ笑いながら話す竹田大樹
「ええ。弾切れっすよ」
「そうか、今日はここまでだな、雨が強えし署に戻るぞ」
「そうっすね、てかこれ、どうします?」
死体の顔を蹴って言う斉藤
「もうすぐ処理班が来るから心配すんな」
「そうですか、じゃあ行きましょうか」
そして2人は土砂降りの中へと姿を消した
雨の中走る優治
「ウワッ!」
足が痙攣して転ぶ
(は、早く逃げなきゃ!)
しかし、足が痙攣してもう動く事ができない
足が痛いがどうすればいいのかわからない
(このまま撃たれて殺されるのか)
仰向けになりずぶ濡れになりながら最後の時を迎えようと目を閉じる
雨の音、雨の冷たさを顔に感じながら
「あの、だ、大丈夫?」
目を静かに開ける
優治の顔を覗き込んでるロングヘアーのずぶ濡れの女性
優治は今の状況が飲み込めない
(あれ?警察は?あれ?)
ゆっくり起き上がる
「あなたもニートなの?」
「え?あ、あなたも?」
「う、うん、あの私、あそこで隠れてて、そしたらあなたが見えたから.....」
女性が指差す方を見る
公園の中にある遊具の中に隠れていたようだ
「ここじゃ、あれだからあそこ行かない?」
「そ、そうだね」
ゆっくりと立ち上がる優治
だが、
「い、痛ッ!」
足が痙攣して動けない
「あ、足がつったんですね?」
「つった?」
「うん、痙攣してるね、肩を貸すね」
女性はそう言うと優治の腕を首元に回し、一緒に歩き始めた
遊具の中は雨の音で響き渡っていた
2人のずぶ濡れの男女
「す、すみませんでした、助けてもらっちゃって....」
ロングヘアーの肌白の女性、ジャージ姿でも物凄く痩せているのがわかる
「困った時はお互い様だから、自己紹介まだだったね私は津野田洋子よろしくね」
「お、俺は田中優治 よろしく」
「うん、短い間だけどよろしく」
そう言うと洋子はお辞儀をする
「え.....どう言う事?み、短い間?」
「え?.....ま、まさか優治君!知らないの?」
「な、何を?」
「この政策の事」
「せ、政策?に、ニートが全員指名手配になってる?」
「うん、この政策はニートを全て排除する政策なんだよ」
「え.....」
頭の中でさっき撃たれたニートの人を思い出す
「じゃあ、さっき殺されたのは合法?」
「え?み、見たの?」
「う、うん実はさっき....」
優治はそう言ってさっき橋の下で起きた事を洋子に話す
「そ、そうだったの....じゃあ優治君のお父さんもお母さんも?」
「わからない、でも多分無事だと思う」
「そう....それはラッキーだったね」
「え?ラッキー?」
「うん、ウチの親は私をかばって撃たれちゃったから」
「え....」
「多分この政策はニートをかばった者も殺されちゃうんだよ、でも、あなたの親は運がよかったんだね」
「ちょ、ちょっと待ってよ!な、なんで....こ、こんな事って....」
頭がただ真っ白になる優治
(ま、まさか親も撃たれたのか?俺が逃げた後、撃たれたのか?)
そう思うと涙が止まらなかった