Part7:レポート
「ここ…は…?」
賢時は、何もない虚空の世界で目が覚めた。あの時と同じ、この世界に来たときの暗闇。そして、やはりと言うべきか一筋のひび―――
そこに向かって賢時は手足を動かす。右手、左足、左手、右足。泥を進む感覚。
後、後一掻き―――
その出口、ひびの前に小さな光が現れた。
「アナタハダアレ?ワタシはイヴ。アナタハダアレ?アナタハアダム!」
節をつけて、それは歌うように賢時に語りかける。賢時もまた、
「俺は…俺は………誰だ?」
賢時は手を動かすのを止めた。足を動かすのを止めた。
ただ、ただ目の前にあるそれに触ろうと手を差し伸べた。
「アナタハ…ゼロ。」
ひびが割れ、賢時は堕ちていった。
―ゼロの堕天使―
そんな言葉があたまに響いた。
「賢時!」
ガバッ、と賢時は跳ね起きた。自分の手で顔を触る、足を触る、手を触る、九一を―――
「何やってるんだ?お前気でも振れたか?」
賢時はハッと我に返る。
「…ッゼロ……」
「ぜろ?」
九一は様子のおかしい賢時の顔を覗き込む。しかし、その顔すら目に入らないほど賢時は動揺していた。
―ゼロの堕天使……
ぶんぶん、と賢時は首を振った。あれは夢だ、夢なんだからゼロがどうこうとか関係ない。賢時はそう自分に言い聞かせる。
そこでやっと、自分の置かれた状況に気づいた。
「ここは?」
「たぶん、どこかの閉鎖空間。あの赤髪のやつが何かやったんだ。」
九一は悔しそうに唸る。文字通り手も足も、挙句には言葉すら出す前に自分はやられた。
そのとき、
『発っ見〜!』
という頭に響くような音がした。賢時は思わず耳を手でふさぐ。
その音は自分たちの頭上から聞こえた、と九一が気づいた。慌てて、賢時も頭の上を見上げる。
そこには、人の顔を思しきものがガラスで歪んでうつっており、茶色のコルク栓のような物が見えた。
九一は閃く。
「賢時、あれだ。あの栓を吹っ飛ばせ。」
九一は何とか無事だった片手銃を鞄から取り出すと、二人は同時に唱えた。
『huder!!!』
『redisen!!!』
途端、九一の拳銃は紅い氷気に包まれ、賢時は荒れ狂う風に包まれた。
「同時に狙うぞ、微調整の援護はできないから全力の奴をぶつけろ。いいな?!」
「っ了解!」
九一はコルク栓に銃口を向けた。鈍く光るその口はまるで血を喰らう獣のように紅い液体が垂れる。
『breed!』
『sutoma!』
九一の持つ銃からは紅い氷の塊が、賢時の掌からは巨大な風の棒が立ち上る。
それは、同時にコルク栓を叩いた。
ポン!と言う歯切れのいい音がした。
そこで、またしても二人の意識は消えた――――――――
同時刻―
「発っ見〜!」
橙の目をした少女は瓶の中を覗き込んでいた。
「じゃあまず分析から始めるね。」
そう言うと、少女の目の色は橙から綺麗な朱色に変わった。
「分析開始。悪意、ゼロ。殺意、ゼロ。敵の可能性―――ゼロ。分析終了します。」
その時、瓶の栓が…
ポン!と言う音がして栓が跳んだ。
「じゃ、後よろしく。」
そう言って少女は手に持っている空の瓶を赤髪の少女に渡すと、近くにいた大柄の男に駆け寄り、
「空虚促翼!」
二人は消えた。
「…はぁ。」
一人残された赤髪の少女は気を失っている二人の少年と、自分とを見て大きくため息をついた。
「どうすんのよ?これ。」
賢時と九一は同時刻に目が覚めた。二人は起き上がると、まず、上空を確認した。
広がるのは――
『蒼い…空!』
出られた、というよろこびが二人を覆った。
「よろこぶ前に、ちょいといい?」
二人が振り返ると、そこには赤髪の少女がいた。町のはずれだろうか?緑の絨毯の上におかれた切り株に腰をおろしている。
九一は素早く銃を出し、賢時は手を前に突き出す。
「違う違う。閉じ込めるなら最初にやってるって。ちょっと話があってさ。」
その声に九一は銃を降ろした。賢時は九一にならう。
「何だ?友好のあいさつか?」
賢時はへへん、と鼻でわらう。
「その通り。」
『へ?』
「だから、私たちと組まないかって言ってるの。逆地、月裏。」
赤髪の少女は以前、無表情な顔を崩さない。
「話は聞くけど、最初の挨拶がこれじゃあ無理があるな。」
そう言うと、賢時は瓶の形に手を動かす。明らかに皮肉がこもっている。
「同感だな。何故最初からそう言わなかった?」
九一は皮肉こそないものの、言い方は冷たい。
二人はそう言うと、赤髪の少女に背を向けた。そして、町の方向に歩き出す。
「この世界の。」
二人は振り返る。赤髪の少女は哂った。
「この世界の情報と引き換えにさっきのはチャラで。」
赤髪の少女は元の無表情に戻った。もっていた三角鞄から、レポートを引っ張り出す。その題名には、
『DreamWorld』
と描かれていた。
「話だけなら。」
九一は少女の正面に腰を下ろした。
「聞いてもいいけど、その情報ってのが先だね。」
九一は言いながら振り返り、賢時を見る。
賢時はどうしようか迷ったが、九一の目を見て、決断した。
―「じゃあまずこの世界からね。」
赤髪の少女は2度目の冷たい笑みを浮かべた。