Part3:初まり
煉瓦が積み重なった家、石畳の道、そして…
「超でかい時計台!すげぇ!流石!」
「何が流石かわからないが、お前は単純すぎるな。こんなに簡単に見つかるとは…。逆に涙がでてくる。」
時計台を前にして叫んでいた賢時の後ろにはいつのまにか九一が立っていた。
「おおっ!ラク!心配したんだぞォ!無事で良かっ…」
「その心配していました、とは言えない態度を先になんとかしろ。それよりその腰に刺さっているのは何だ?」
九一は賢時の腰の短剣に目を向ける。
「おお!良くぞ聞いてくれた!これはかの王様より授かりし聖剣、その名もエクスカ……」
「手紙がそれになったんだな。よくわかった。それよりお前、その手はどうした?」
1度ならず、2度までも賢時の言葉を遮り、自分のペースで物事を進める。九一の悪いクセだった。
「エクスカリバーに刺された。まあ聖剣だしな!俺のこのオーラと共鳴して飛びつこうとしたんだろう!さあ、我が手に光れ!エクスカリバー!」
暴走は止まらず、賢時は短剣を振り回しながら時計台の中に入ろうとする。その足を引っ掛けてとりあえず行動を止めた九一は、先ほどの地図を片手に町の構造を調べていた。
「何?なんでお前地図持ってんの?」
倒れたのにもかかわらず、元気一杯の賢時は九一の横から頭を突っ込む。
「何でって…お前持ってないのか?封筒に入っていたはずだが…」
「え?マジで?封筒どこやったかな…」
自らのカバンの中をガサガサと漁る。
「これは…0点のテスト、これはノート、これは…ナイフ……あった!」
すでにぐしゃぐしゃの封筒を取り出した賢時は満足そうに頷いている。
「あり?中には後、これぐらいしか入ってないぞ?」
封筒を逆さまにして出てきたのは細長い棒。鉄のような光沢だったが、重さは比較的軽かった。その棒を賢時は掴むと、その棒は僅かに光る。そして、棒の先からベーゴマ程の大きさしかない、小さい竜巻が現れた。
「なっ!!」
「おお!すげえ!これ魔法の杖とかか?!」
握っては離し、握っては離しを繰り返して沢山の竜巻をだして遊んでいる賢時を無視して、九一は考えに耽る。
―俺の封筒には銃になった手紙と地図、賢時の封筒には短剣になった手紙と魔法の杖のようなもの。一体どんな法則でこのような…
ふと、その杖のようなものを確認しようと賢時に目を向けると、顔が青白くなった少年の姿が目に入った。
「おい!何お前死人ごっことかやってんだよ?!」
よく見ると手に持っている杖は既に光っていなかった。ごっこ、ではなく素で体力を消耗しているように見える。周りでは、野次馬が騒ぎ出している。
「大丈夫かな?ふむ、その子を私の家まで連れてきなさい。介抱してあげるよ。」
急に聞こえてきた声に顔を上げると、白衣を着た中年の男の人が立っていた。
「あなたは?」
念の為、と思いながら一応身分の証明を要求する。すでに戦いは始まっているのである。この世界に来ている人が学生だけとは思えない。
「この町の医者だよ。大丈夫、危害を加えたりはしないから安心してくれていいよ。」
―まあここは右も左もわからないような状況だ。素直について行っても大丈夫そうだ。それに介抱をしてくれるのなら、マナについてとか聞いておいた方がいいしな…
「では、お言葉に甘えることにします。じゃあこいつを…」
「いいよ。僕が運ぶ。んん…ごほん、んん。『開け、divh!』」
なにやら言葉を言った後、その白衣の男の足元が円状に淡く光った。九一は目を見開く。
「リンクせよ!『出でよ!ena』」
そう言うと、その光った部分があいかわらず青白い顔の賢時のすぐ下に移動する。そして、その円のなかから粒子の光が出てくる、その光は徐々に形を成し、人型の上半身のような形を作り上げる。
「なっ…く…熊なのか?」
ズルッ、という音がして、その光は完全に姿を現した。確かに、容姿こそは熊の形をなしているが、大きさと色、顔等はは格段に違う。
大きく開かれた目は赤く、体全体が黒く、ひびが入るように赤いラインがまるで心臓の鼓動に共鳴するかのように、瞬く。
その大きく、黒い手には180cmを越す賢時の体がすっぽりと収まっていた。
「さあ、行こうか?ほら、君も来なさい。この子の友達でしょう。」
歩き出した白衣の男になかなかついて来ない九一の方を振り向く。白衣の裾がヒラリ、と揺れた。そのすぐ後ろには熊が立っている。
「すいません、すぐに行きます!」
その白衣の男に向かって九一は走る。もちろん、賢時の荷物をもつのも忘れない。
―さっきのは何だ?呪文のようなものを唱えたかと思ったら熊っぽいのが現れて…。そこらへんも聞いといた方がいいな。
まだ、先程見た光景が目に焼きついている。白い光、どんな蛍光灯や何かを駆使してもあんなに暖かい光は現代の科学では無理だ。そして―――
「マナ…。何か関係があるのか?」
ぶつぶつと独り言を言いながら熊の後に続いて歩く。道の真ん中を歩いているせいか、ギャラリーはぎゃあぎゃあと騒いでいる。それほどまでにこの熊は珍しいのだ。
「ここが、僕の家兼診療所だよ。一般診療じゃなくてお客さんだから裏口から入ってね。」
僕の家、と呼ばれてもピン、とこない。それもそのはず、他の家とは桁違いに小さい。ドアは人一人が通るのが限界であろう狭さで、家の横幅はそのドアと変わらない。上にも小さく、やはりドア程の高さしかない。
「あの…家と言われましても、どこが家なんですか?」
失礼な気がしたが、一応聞いてみる。明らかにおかしいからだ。
「ああ!ごめん、ごめん。この小さいやつ、これがドア。」
違う、そんなことを聞いた訳ではない。
「いえ、そうではなくて…」
そんな九一の言葉は彼の耳には届かないのだろうか。そそくさと先にドアを開けてはいってしまう。その後に体を丸く縮めた熊が続く。
「マジかよ…」
しぶしぶ、と言った感じでそのドアの中に足を踏み入れた九一の第一声はこれだった。中はかなり狭いだろう、と思われていたのだが、それとは逆にものすごく広かった。
「こっちこっち!とりあえず診療用のベッドに寝かすからこっち来なよ!」
その白衣の医者に呼ばれ、その方向に足を進める。緑色の照明のしたに、ベッドに横たわっている賢時がいる。よく見ると、熊はもういなかった。
医者はすでに診療を進めているのか、聴診器を胸に当てている。
「ふむ、これは単なるマナの過剰消費だね。一晩寝ればなおるよ。」
―マナ…
その単語を九一は聞き逃しはしなかった。元々頭がよく回るため、だいたい予想はついていたが、一応質問をしてみる。
「すいません、そのマナ、って何ですか?詳しく説明していただけると嬉しいんですが。」
あくまで、質問。
「ん?君はマナが何なのか知らないのかい?見たところもう学校は卒業していると思ったんだが?」
不思議そうに首をかしげる。なるほど、この世界では小学校か、中学校でマナについての知識を学ぶのか。九一は少しだけ、この世界のことがわかったような気がした。だが、異世界から来たことは隠しておいたほうがいい。直感がそう告げていた。
「いえ、僕達は貧しくて学校に行けなかったので、マナについての知識は無いに等しいんです。」
苦しい。言い訳にも程がある、九一は言ったあとにそう思った。しかし、その医者は根が優しいのか、
「そうか、なんだか悪いことを聞いてしまったな。まあその話は忘れよう。そうだな、マナって言っても僕は説明が苦手でね。ふむ、小学校のときの教科書を持ってこよう。僕はそういうものは絶対にとっておく性格だからね。」
賢時と九一を部屋に残し、白衣の医者は2階に上がっていく。階段の軋む音が聞こえた。
「う…ラクか?ここは?」
意識を取り戻した賢時は九一に話しかけた。目は開いているが、焦点はあっていない。相当な量の体力を消費したのであろう。
「病院。お前あの杖持ってからずっと遊んでたかと思えば倒れちゃってよ。」
「え?杖?あれ杖だったのか?ってことはやっぱりエクスカリバーに並ぶ俺の相棒になることは必須だな!」
寝起きだというのに早くもはしゃぎ始めた賢時は一瞥した後、目をその杖に向ける。杖は今は九一の手の中にあった。
ガタガタ、という音と共に天井が揺れた。2階で何かあったのだろうか。
「悪い、お前をここにつれてきた医者が2階にいるみたいなんだが、何かあったみたいだから見て来る。おとなしくしてろよ。」
そう言うと、2階に続く道を探そうと、さっき医者が出て行った扉を開き、進む。案外簡単に階段は見つかり、廊下の突き当りを進み、階段に足をかけた。その時―
「うわあああああああああああああああああ」
医者の悲鳴が聞こえた。間違いない、何かあったのだ。その階段を素早く駆け上がる。医者のいる部屋はすぐに特定でき、その扉を開ける。扉には亀裂が入っていた。
「大丈夫ですか?!」
あれだけの音がしたのだ。無事であるはずは無いが、一応呼びかけてみる。
「ヒャハハ!大丈夫ですか、だってよ!笑えるぜ!おい!見ろよ、こいつの顔。」
絶句した。部屋の中には3人、人がいた。
先程の医者と、金髪の少年、そして黒髪のどこか異国を思わせる風貌をした少女。
医者は金髪の少年に頭を踏みつけられ、うめいていた。血が出ているようには見えない。
「…くだらないわ。早く『消し』なさい。」
黒髪の少女は冷たく言い放った。
「ちょっとまてよ、消すって…?!」
―『他の皆さんを消しながら…』……なるほどな。
「うるさいな。お前は月裏九一、だな?そしてしたにいるのが逆地賢時。雑魚のお前らから消しにきたんだよ。大丈夫、この世界で死んでも向こうに帰るだけだ。おとなしくやられやがれ!」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、金髪の少年はこっちに走ってくる。
―武器…何か武器をっっ―
そう思ったときには既に金髪の少年は九一の真下に走りこんでいた。
「さっよなら〜」
ナイフが数本、下から飛んでくる。間一髪でそれを首を捻って避けると、カバンを掴んで廊下に飛び出した。中から銃を取り出す。
「これでもっっ!くらえ!」
部屋から飛び出してきたところを狙って、銃の引き金を引く。撃鉄の音――
カチッ。
弾は出なかった。その隙を見逃さず、金髪の少年は手に持ったナイフで切ろうと詰め寄ってきた。
―何でだ?弾は出るはず…何か特別な何かがあるのか?俺にできないことなんて―
あるはずがないよな?
九一の戦う本能が目覚めた。金髪の少年が突っ込んできたところを狙い、飛んでかわして少年の頭の上に着地する。そして、そのまま後ろに大きく跳んだ。並みの運動神経では出来ない芸当。いつもの九一なら無理だった。
着地の直後、銃を構える。ここまでの動作は先程と変わらない。変わったのはここ―
「発射せよ!『brred』!」
弾が出た。それは少年の腕に直撃し、その腕を吹き飛ばした。金髪の少年の左腕は消え、肩からは血の滝ができていた。
「お、お前っ!な、何を…」
自分の無くなった腕を見て、吹き飛んでいる腕を見て、九一を見て、恐怖の顔を浮かべた。
「そんな…何で…ぐ……」
そして何も言わなくなった。さっきまでナイフを振り回していた少年はただの肉の塊となった。
「…九一、あなたは生かしといてあげるわ。このお人形とは違うみたいだもの。ふふっ、今後が楽しみね。」
顔を上げると、そこにはいつの間にきたのか黒髪の少女が立っていた。
「お前も死にたいか?」
銃口を少女に向けた、半分我を失っている九一はもはや誰が敵で誰が味方か、今自分は何をしているのかすらわからない状態だった。
「やだ、あなた私に勝つつもり?無理ね。私達はこのお人形と、」
少女は足元の肉塊を足でこづく。
「2ヶ月前にここにきたのよ?私達は第3の世界からきた、って言われたわ。実力が違いすぎる。」
九一は何もしゃべらない。
「じゃあね、第4の狂犬さん♪私はルーヴェ。また会う時を楽しみにしておくわ。」
そう言うと少女は消えた。何の前触れもなしに。
「…ふう。やっと行ったか。」
九一はほっ、とため息をついた。
九一は少女の話の中ほどから正気に戻っていた。自分の前にある肉塊を見たとき、この少女が殺った、と九一は思った。現にルーヴェは少年を『お人形さん』と呼んでいたのだから、そう思ってもおかしくない。
一階から賢時の呼ぶ声が聞こえた。あれだけ暴れたらな…と九一は思う。
―狂っているな。俺もルーヴェも。
九一を呼ぶ声が大きくなる。
短い戦いは終わった。