Part9:氷
「嫌ぁアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
デルタが叫ぶのが聞こえた。
逆地と月裏が呼ぶのが聞こえた。
刀の重なるカチリ、と言う音が聞こえた。
ならば、
―死んで見せよう―
アルファは死んだ。首から上が刀によって切り離された。
宙をアルファの首が舞う。首から、体から、生気が失せてくる。
次第に薄れ行く意識の中、アルファはふと違和感を覚えた。
―この…感覚は……
そこで意識が消えた。デルタの声も、シータの声も、賢時や九一の声も消え去った。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
賢時は叫ぶ。
仲間になるかもしれなかった人の死に対するものか、躊躇無く人を斬り付けた『双剣の狩り人』に対する怒りか、自分でも理解制御できない感情に押され賢時は走り出した。その右手にはベルトに挟んでいた短剣を握っている。
「『redisen』!!!」
賢時は止まることなくアルファを斬ったサイコ・キラーに向かって走り続ける。その体に纏う風はいつになく荒れていた。賢時に触れた木の葉が動くことなく切り裂かれる。
「死ねぇえええええええええええ!!」
賢時はサイコ・キラーとの距離が十分に縮まると同時にその右手を突き出した。握られた短剣の刃が太陽の光を浴びてキラリ、と輝く。
その刃がサイコ・キラーに刺さる、と賢時は思った。
「…温いな。」
サイコ・キラーはそう一言呟くと、短剣の刃が己に届く前に足を使いその短剣を蹴り上げた。靴の先端につけられた頭蓋をも砕く鉄のカバーが当たり、キィンと音がした。そのまま手に持った剣を振るい、賢時の首筋にピタリとつけた。が、その剣は賢時の纏う風に弾かれる。
お互い一つずつ武器を失い、にらみ合う。
「何故アルファを殺した?」
「意味はない。俺の名前の通り、俺は異常だからだ。」
「ならば!」
賢時は両手に風の刃を纏った。
「俺も異常になる。」
低く身を沈め、サイコ・キラーの喉元に躊躇い無くその拳を叩き込んだ。交差するその両腕が赤く染まった。それはサイコ・キラーの血ではなく、
「がっあぁっ!」
賢時の血だった。その血は右の肩からサイコ・キラーに向かって噴出していた。
「だから温いと…」
そこに黒い光線が飛んできた。サイコ・キラーは後ろに下がり、避ける。光の速さで飛んでくる光の光線を避けるのも並みの業ではできない。
すかさず賢時が残った左の腕をサイコ・キラーに向け、
「『stoma!』」
その掌から風の柱が突き出される。極限まで細くされたその風はもはや槍であった。また、右肩を庇いながらその右の掌からも風の柱を打ち出し、後方に飛ぶ。
「させ…」
その逃げるようにして飛んだ賢時に追い討ちをかけようと前に踏み込むが、それ以上に進めなかった。またしても黒い光線が飛んで来たからである。
「ちっ…!」
ヒュッと風を切る音と共にサイコ・キラーはその残った剣を投げた。それは真っ直ぐな軌跡を描き、賢時に突き刺さる。
それは1センチ程突き刺さるが、すぐに氷の弾丸によって弾かれ傷と言った傷は与えられない。サイコ・キラーは長めの髪を横に振り、九一たちがいる方を向くが誰もいない。仕方なく、足元にあるもう一方の剣をもって走り出した。
その左肩からは鮮血が流れ出す。
すぐにその足元に氷の弾丸が打ち込まれるがサイコ・キラーは微動だにせず走り続ける。
「凍結せよ。」
サイコ・キラーの足が凍った。両足がもつれるように固まり、転がる。
「なっ、何が!」
「久しぶりだね。サイコ・キラー。」
顔を上げて、そこに立っていたのは―――
「エ…エレミ」
ザシュリ、という音と共に右腕が飛んだ。肩から下が消えている。
「悪いがお前が俺の依頼品なんだ。おとなしく消えてくれ。」
「ちょっとま」
「さようなら。」
そのサイコ・キラーに向けられた掌。そこに書いてある文字を見て絶句した。サイコ・キラーは目を瞑る。
サイコ・キラーは氷に包まれた。
「はあ、はあ。何だ?」
九一は普段走りなれていないのですぐにサイコ・キラーを見失う、が何故かその足は途中で止まった。デルタとシータはアルファの元へと行っているのでサイコ・キラーを追う人は九一しかいない。
「足に…」
九一の足には氷の蔦が絡み付いていた。地面に根を張るように伸びている氷は簡単には取れそうにはない。
一応、と銃の底で叩いてみるが割れることも無い。
「まさかここで使うとはね。」
実弾。氷の弾は無尽蔵でタダだが使えない場面も出てくるだろう、と予測してレッグにもらったものだが、早くも使う場面に出会っていた。
カチャカチャと銃に弾を詰め込む。その間にもサイコ・キラーは逃げているのだ。もたもたしてはいられない。
全部で12発、詰め込み終わると直に足元に銃を向けた。引き金に指をかける。少しでもずれたら自分の足を貫くことになる。ここまでシビアな場面になるとは…と自嘲気味に口の端を上に上げた。
カチン。
音がした。それは引き金を引いた音ではない、氷で物を固めたときの音である。
瞬間に足の呪縛が解けた。実弾を詰め込んだまま音のしたほうに向けて走り出した。
そこには大きな氷の塊と空色の髪の男。歳は九一と同じくらいだ。
「お前…何をして」
「ごめんね。九一君。でもこうでもしないと僕の命が危ないんだ。」
「!?」
この男は自分の名前を知っている。
すぐに銃を構える。片方は実弾入り、もう片方は能力の為のもの。
「君は何を望む?」
「うるさいな。」
引き金が引かれた。氷の弾と鉛の弾が一瞬にして男を打ち抜く、はずなのがそれは弾かれると九一の足元に転がってきた。
狙ったはずの胸と額は氷の膜が張られていた。
「お前は…」
?、と男は首をかしげる。
「何者だ!」