皇帝、調べられる
「……え?今なんと?」
「来月、隣国の皇帝がこの国に直接来る」
ぺらりとした薄い紙を重厚な机の上に落として彼は面白くもなんともなさそうに肘をついた。
……皇帝が、来る。
別に自分に会いに来るわけでもないのに異様にどきりとした。
「情報集めておいて」
「……!では」
「許してあげる。君が仕事するの」
やや嫌そうな表情をして髪を撫でられた。ゆっくりと頬を滑り、指先が首筋で止まる。
「桃姫を傷付けないように」
「はい」
会いたい、会いたい、会いたい。
でも会っちゃいけない。
何から調べよう。ここに来る目的と本当の護衛人数、軍の弱点、……皇帝の弱み、とかかな。自然と笑みがこぼれる。
久しぶりに全力で廊下を走り抜けた。
「とりあえず誰か実際に情報集めに行ってきて」
現在保有する情報を確認しながら、情報ごとに割く人数を考える。なんだかわくわくする。まるで皇帝と遊んでいる時みたい。
「行かせてください」
けれどNo.2の言葉に驚いた。 いつも最低限しか仕事をこなさず、今まで自分から受ける事はなかった。驚いて振り向いた方にはそれでも相変わらず無表情なままの姿が見える。
「どうしたの、珍しい」
「何となくです」
「へぇ?」
自分の探るような目付きにも小さく肩をすくめただけだった。連れていきたいメンバーを集めるように指示をして彼を観察する。
「何を思ったの?」
暗殺と情報収集の仕事なんて数をこなせばこなすほど何も感じなくなるだけなのに。いつも最低限しか聞かない自分と同類のはずの人形に尋ねた。
「貴女が変わったから」
「え?」
「その理由がここにあるでしょう?」
書類の束をぴしっと指先で弾いてひらひらと振る。
「貴女は変わりました」
「……」
彼は最後の瞬間だけ真剣な眼差しで断定した。何もない自分が変わったと彼は言う。
「……そうかもね」
あのね、終わらせるために変わったんだよ。ただこのつまらない人形をいなくならせる為に。
どんな終わりが来るかなんてわからないけれど、とにかく終わらせたくて。
予定通りにやって来た一行は、表向きは華々しく歓待される。王宮内は華々しく飾りたてられ、きらきら過ぎて目がちかちかする程。昼間から夜遅くまで宴会は続けられ、今もなお遠くから喧騒が聞こえていた。
集められてまとまった情報に目を通しながら、昔も一緒にいた時も今も何も変わらない皇帝の様子に微笑む。唯一、変わっていたのは写真の中の皇帝がどんどん大人びていった事だ。
「うわー、小さい頃は皇帝、美少女ー」
容姿だけが自慢の自分が霞むかもしれない。
「ねえ、皇帝?」
きぃーっときしんで開いた扉を振り返った。どんなに隠されていても足音を拾えてしまう自分の耳がつまらない。襲われるかもなんてどきどき感が全然ないし。でも初めはなんと言おうか。
「会いたかったよ、わりとね」
なんて、強がり?