皇帝、想われる
何を考えているのかよくわからない。
突然彼は自分を何処へでも連れていくようになった。ほんの気まぐれに宝石を買い与え、着飾らせ、ますます人形のような扱いを受ける自分を愚かだと思う。同時に彼が何を考えているのかわからない事がさらに惨めにさせた。
周りからの蔑むような視線は相変わらずだが、彼に頻繁に絡まれている時点で今のところ大きな害はなかった。
「そういえば……桃姫はあの皇帝と一緒に暮らしてたんだって?それも愛人のような扱われ方で。どんな手を使ったの?」
白い硬い手のひらが腰のラインを滑り落ちる。指先でなぞられた唇は熱を持って、居心地の悪さを感じる。
「身体で誘惑でもした?」
皇帝に限って全くあり得ないような問いかけに苦笑と懐かしさを感じながら心を抑えた。
「……私などでご満足頂けるかはわかりませんが……お相手致しましょうか?」
皇帝の手は骨ばっていて硬いのに温かくて優しかったと今さらながら思う。この人の手は温かいのに冷たい。物のような扱われ方だ。壊れたらそれで御仕舞いな替えの利くもの。
「…………はっ……あ……ふ…………っ」
呼吸を許される事もなく力任せに唇が寄る。歯列をなぞり舌を絡め取られる。身体の力を抜いて這わされた手の動きを許した。無駄な動きなどなく邪魔なドレスを滑り落とし、体温が素肌を掠める。
「ああ、確かに。なんて桃姫は淫乱になったんだろうね。紅く色付いた頬も、濡れてだらしなく開いた唇も、潤んだ瞳も…………いつからそんなに男を誘える子になったの」
「う…………申し訳……ござい、ません」
呟くように声を絞り出して、内心、自分を嘲笑う。
彼にとってはお気に入りの人形を取られたような気がして不服なのだろう。
会いたい。
楽しかったなぁ、皇帝の隣は。
「桃姫は最後まで俺の側にいるよね。だから好き」
「もちろんです」
でも同じぐらい、いやそれ以上に欲しいのは、誰かに必要とされたい。だからたとえどんな人でもどんな形でも自分を必要とする彼をもっと欲しがらせたい。そんな残酷で貪欲な思いだった。
「桃姫」
「はい」
狂ったように名前を呼ばれる事に満ち足りるのはいつからだっただろう。
“御前はそれでいいのか”
ふと皇帝の言葉が聞こえて動きが止まる。
それでいいけど、やっぱりだめかな。
彼の側にいながら、ふと初めて顔を上げた。
「今日はこれ」
日々、侍女に任せっきりだった身支度を指示する。彼に仕事を禁止されて、仕方なく自分を磨く事に専念した。
周りの視線は少しずつ変わってきている。哀れな姫が欲望の対象となり出した。もっと羨めばいい。もっと欲しがればいい。
たとえどんなに軽くとも王族という地位、稀な容姿を磨き抜いた鮮やかさ、洗練された礼儀と流行。それらに裏打ちされた暗殺者としての殺意。
他の人には全部、手になんて入らない。他の人に殺されてなんてあげない。傷付ける事なんて許さない。
だから――――
最後にできる限り精一杯輝くから、誰か終わらせてよ。
ねぇ、皇帝?