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星占い令嬢は王国滅亡を見過ごせない

作者: 阿久屋 九零乗
掲載日:2026/10/25

 明日は菓子を買うのに向かない日らしい。星盤の買い物を示す線が見事にねじれている。新しい店の焼き菓子を楽しみにしていたわたくしは観測帳の余白に「明後日」と書き足した。代わりに明日は何をしようかと考えてから、建国祭の茶会で国の運勢を披露してほしいと頼まれていたことを思い出す。


 窓の外には雲一つない夜空が広がっていた。机の上に建国の記録を開き宣言が読み上げられた日時を星盤に合わせる。自分の生まれた時刻なら何も見ずに書けるけれど国の誕生まで覚えているわけではない。古い暦を今の暦へ直すだけで紙を二枚使った。


 星盤の内側を回していると水を示す弧が王冠の印に重なった。祭りで王冠形の菓子でも川に落ちるのかしら。そう思って続きを追ったわたくしは麦の線が根元から切れていることに気づいた。王家の線はその下へ沈み、各地を結ぶ線までほどけていく。


 目をこすって窓を見た。星の位置は合っている。誕生の時刻を写し間違えたかと記録へ戻ったけれどそこにも間違いはなかった。別の計算法でも確かめた結果同じところに同じ切れ目が現れた。


「……国がなくなるの?」


 声に出すと部屋の広さが気になった。廊下で誰かが笑っている。明日の支度をする侍女たちだろう。わたくしは観測帳を引き寄せ麦の線の先をもう一度なぞった。実りが失われた先に土地同士の争いが続き王家の印から延びるはずの線が見つからない。


 ただの凶日なら何度も見たことがある。馬車が来ない日も茶会で言い争いをする日もあった。けれど今回の盤は一つの失敗を示す形ではない。いくつもの暮らしが同じ時期に切れその後がつながらなくなっていた。


 時期を絞る印を調べると四日後の夜だった。建国祭の式典がある日。川辺には王家だけでなく各地の領主も集まるはずだ。わたくしは茶会用に取っておいたきれいな紙を取り出し上の方に大きく「王国滅亡」と書いた。


 書いてから少し考え紙を裏返した。お父様に見せる前に説明をまとめた方がいい。それでも窓に星が残っている間は計算をやめられず侍女が朝の湯を運んできたときにも机の前にいた。


     *


 王宮の受付官はわたくしの紙を見てから顔を上げた。寝不足を隠すために念入りに整えたつもりだったのにまず髪の後れ毛を見られた気がする。隣に立つお父様は口元を固く結んでいた。


「アルベール伯爵令嬢。こちらの書面をお預かりすることはできます。ただ陛下への面会は別の手続きが必要です」


「建国祭の夜までにお伝えしないと間に合いませんわ。王冠を示す線が水の弧に入りその次の麦の印まで切れていて」


「その占いの結果については書面で承ります」


 預けたら間に合うのかと尋ねると受付官は内容に応じて担当へ回すと答えた。水害を担当する部署なのか王家の予定を扱う部署なのかと聞き返されわたくしも答えに詰まる。両方だと思うけれど王冠が水に沈む理由までは分からない。


 お父様の用事は別室で行われるためわたくしは控えの間で待つことになった。扉の前にいた衛兵にも説明してみたが困った顔をされただけだった。廊下を通る役人は書類を抱えて足を速め、茶を運んできた侍女は星の話をする前に下がってしまった。


 そこへ金髪の若い男性が護衛を伴って通りかかった。肖像画で見た顔を確かめるより先に椅子を立っていた。呼び止める声が大きすぎたのだろう。廊下にいた人が一斉にこちらを見る。


「レオンハルト殿下。建国祭を川辺で開いてはいけませんわ。国が滅びます」


 護衛の手がわたくしの前に出た。王太子は足を止めまず名を尋ねた。伯爵家の娘だと名乗って観測帳を開くと殿下は紙を受け取らずにその上へ目を落とした。


「何が起きると考えている?」


「水の下へ王冠が沈みます。実りを示す線も失われてその先では国の形が保てなくなっていますの。何度確かめても建国祭の夜です」


「実際に水位が上がっているという報告か。それとも誰かが施設を壊す話を聞いたのか」


 どちらでもないと答えた途端殿下の視線が帳面から離れた。わたくしは急いで計算法の説明を足したけれど護衛は次の予定があると告げた。殿下はわたくしの名と建国祭の日時を確認してから今ある情報だけで式典の中止は命じられないと言った。


「では水のある場所を調べてくださいませ。王冠の印なのですから王冠湖かもしれません」


「かもしれない場所をすべて閉鎖することはできない。関連する報告は確認する。書面を残してほしい」


 もう書面は預けたのだ。今それを取り戻して殿下に渡そうと受付へ戻りかけたところでお父様に肩をつかまれた。役人を困らせていると注意されたけれど困るだけで済むならその方がよほどよかった。


 帰りの馬車でも観測帳を閉じられなかった。お父様は趣味をやめろとは言わず誰かを動かすなら相手が確かめられる話を持っていけと言った。わたくしは水の弧を指で隠し残った王冠の印を見つめた。王冠湖が違うなら別の場所を探す。でも最初に見に行く場所は決まった。


 屋敷に戻るとミレーヌへ手紙を出した。昼前に来てくれた彼女は地図と観測帳を交互に見てまず食事を取ったのかと聞いた。そういえば朝のパンは机に置いたままだった。


「王宮で断られたから自分で行く。そこまでは分かったわ。王冠湖で何を調べるつもり?」


「水がいつもどおりかどうかを。おかしいところが見つかれば今度は話を聞いていただけるでしょう」


 ミレーヌは返事をせずわたくしのかばんを開けた。星盤と観測帳と替えの紙を出し空いたところに水筒を入れる。その後で父親に事情を知らせる手紙を書き始めたので一緒に来てくれるのだと分かった。


 出発の話をしている間に王宮の使者が到着した。殿下が王冠湖の視察へ向かうため占断の内容を説明できる者として同行を求めているという。続いて届いた短い書面には点検記録と下流の測定に食い違いがあると記されていた。


 わたくしが使者へ質問を重ねているとお父様が書面を受け取った。行き先と護衛を確認し王宮へ返答を出す。ミレーヌも実家の許可を取りつけたけれどわたくしの好きな馬車を選ぶ時間まではなかった。


「やはり今日は買い物をする日ではありませんでしたわ」


「それを昨日のうちに知っていたなら今日履く靴を用意しておいて」


 ミレーヌに差し出されたのは飾りのない低い靴だった。旅の間も星盤を持つと主張すると、それは好きにしていいから両手を空けられるかばんへ替えなさいと言われた。


 屋敷の門前で待っていたのは紋章のない馬車だった。道端には木箱を積んだ荷馬車も止まっていて御者が王冠湖へ向かうと話している。わたくしがそちらの踏み台に足をかけるとミレーヌがかばんの取っ手を引いた。行き先が同じでも客を乗せる馬車ではなかったらしい。国を救う前に荷物と一緒に運ばれるところだった。


 正しい方へ乗り込むと殿下が膝に地図を広げていた。灰色の外套を着ているものの背筋を伸ばした座り方は王宮で見たときと変わらない。向かいには黒髪の護衛隊長がいてエルマー・フォークと名乗った。もう一名の護衛は馬で先行し連絡役の騎手が後ろにつくという。


「国王陛下にはお話しになりましたの?」


「視察先の変更は知らせた。祭りに関わる設備だから確認すると伝えてある。アルベール嬢の占いで国が滅びるとは申し上げていない」


 わたくしは開きかけた口を閉じた。殿下は地図の王冠湖を指しそれからミル村に置かれた印へ指を移した。水路管理局の技師が再測定のため村へ出ているのでまず話を聞くそうだ。


 点検済みの施設から出る水が記録の数字と合っていない。殿下はその箇所に印をつけていた。わたくしが王宮で伝えた「王冠湖」という言葉で未処理の報告を思い出したらしい。調査班も手配したが先に現地へ入ると言う。


「占いを信じてくださったのではありませんのね」


「水に問題があるかは確かめる。君の話がなければこの報告を今日読むことはなかっただろう」


 殿下が地図を広げ直したのでわたくしも観測帳を膝に置いた。出発にはもう少し遅い時刻の方がよかったと言うとミレーヌが窓を指した。道はすでに町の外へ続いている。今から戻ったら宿を取る前に暗くなると教えられ帳面の旅の欄に出発時刻を書き込んだ。


 街道では祭りへ向かう荷車と何度もすれ違った。御者同士が道を譲り合うたびに馬車が揺れわたくしの鉛筆が紙の外へ飛び出す。殿下は最初の二度まで身を乗り出して謝っていたが三度目にはエルマーに座っていてほしいと頼まれた。


 途中で馬を休ませるとミレーヌは店先でパンと布を買った。殿下が銀貨を一枚出しかけたときには彼女の手が先に出た。店主は王都の商家の若旦那だと紹介された殿下へ釣り銭より細かい金を持った方がいいと助言した。


 わたくしは干した果物を選ぶ間にかばんの中を確かめ自分の着替えがないことを知った。代わりに星盤を包む布は三枚も入っている。持ち主より星盤の方が着替えを持っていた。ミレーヌは買ったばかりの布を一枚引き抜きせめて袖口を守りなさいと渡してくれた。


 ミル村へ着いた頃には家々の煙突から煙が上がっていた。川沿いに立つ若い男性へ御者が声をかけるとその人は測定棒を持ったまま振り返った。仕事着のすそに泥がつき手には数字を並べた板を持っている。


「リード技師だな。報告について聞きたい」


 殿下が声を落として名乗ると技師は一度だけ護衛へ目をやった。すぐに板を差し出したものの出てきた説明には知らない言葉がいくつも混じっている。殿下は最後まで聞いてから上流の水が増えているのにここでは増えていないのかと確かめた。


「はい。上から来た御者にも聞きました。湖へ注ぐ川は増水しています。それなら下流への放水も増えるはずです。ところが管理所は整備済みだとして再測定を命じてきました」


 川面は王都で見たものより速く流れていた。それでもトビアス・リードという技師には水が足りないのだと分かるらしい。わたくしは水の弧がかかった王冠の印を思い出し湖にたまっているのかと聞いた。


「その可能性があります。施設の状態を見ないうちは量も危険の程度も言えませんが」


 殿下は翌朝一緒に王冠湖へ向かってほしいと頼んだ。トビアスは村での測定を他の職員へ引き継ぐため宿で待っていてくれと言った。わたくしは帰りかけた彼を呼び止め観測帳の端に描いた輪の印を見せた。


 王冠と麦の下にあった印だ。昨夜は国の線がほどける方へ気を取られ形だけ書き留めていた。途切れた輪なら水車ではないかと考えたわたくしに、ミレーヌはまず夕食をと言ったけれど、村には本当に水車小屋があった。


 粉にまみれた持ち主はわたくしたちを前に腕を組んだ。車輪は折れていないし粉もいつもどおりひけていると言う。外から見える軸まで案内してくれたがトビアスが確かめても特に異常はなかった。


「では別の輪ですわね。お仕事の途中に申し訳ありません」


 謝ってかばんを閉じると持ち主は星の計算なら丘の古い観測所へ行けばいいと教えてくれた。今も村で記録を保管していて水路の昔の図面もあるらしい。トビアスが鍵を借りられるか尋ねる横でミレーヌは粉を一袋買っていた。


 その粉で焼くパンは王都のものより歯応えがあった。宿の食卓でわたくしが明朝の予定を増やすと殿下は観測所へ行くなら夜明けに出ようと言った。早く寝るようにと言われながらわたくしは窓から見える星を帳面に写した。輪の印は今夜も切れたままだった。


 観測所の扉は肩を押しつけないと開かなかった。中へ入ると高い窓の下に棚が並び年を記した札が掛かっている。星を観測するために建てた場所なのに今は村の古い土地の記録まで収められていた。わたくしは鍵を貸してくれた村人に礼を言い窓を開ける手伝いをした。


 観測台を見に行きたくなったけれどミレーヌはすでに紙を広げる机を拭いていた。トビアスが探すのは水路の図面。殿下は工事の年代が分かる記録を調べると言う。わたくしは棚の札を読み王冠湖の名を見つけるたびに紙を運んだ。


 四枚目の地図で手が止まった。湖から下る川の脇に今の地図にはない線が描かれている。殿下の地図を隣へ並べたところでトビアスが戻ってきた。彼は眼鏡をかけ二枚の川筋を指でたどった。


「古い分水路です。途中から谷を回って採石場へ抜けています。ここで石を切っていた頃の図面ですね」


「なら湖の水をそちらへ逃がせますわ」


「今も通れるならです。図面が残っていることと使えることは違います」


 トビアスは早くも立ち上がったわたくしを見て紙の端を押さえた。現地を歩いて出口まで確かめる必要があるらしい。殿下は写しを作る時間を決め王冠湖の確認を先にすると言った。湖に問題がなければ分水路を開く理由もない。


 わたくしは図面を写しながら観測帳の輪に新しい線を足しかけてやめた。水車ではなかったのだから別の輪を思いついたところで正しいとは限らない。何も書かないでおくのは落ち着かなかったけれど余白はそのまま残した。


 昼過ぎに見えた王冠湖は遠くからでも水際の木が沈んでいると分かった。道を上るほど水面が広がり護岸の上まで残る余裕が減っていく。わたくしは馬車の窓に手を置いた。王都で見た晴天が上流の雨を止めてくれるわけではなかった。


 管理所では口ひげを整えた男性が一行を迎えた。管理官のバルト・ハーゼンだと名乗り殿下の到着に驚いた様子で椅子を勧める。すぐ外を見たいという申し出には案内の者を呼ぶ間に記録を確認してほしいと帳簿を並べた。


「放水は予定どおりに行っております。祭りに支障はございません。リード技師の測定は水の取り方が違うのでしょう」


 トビアスは帳簿へ手を伸ばし自分の記録と日付を比べた。管理官が別の説明を始める前に殿下が工事完了の項目を指した。排水路は先月すでに片づけたことになっている。わたくしは窓の外に積まれた石へ目をやった。


 庭に石があるのはおかしくない。けれど観測所の図面を写したとき非常用の排水路は管理所の裏を通っていた。ミレーヌへ外を見てもいいか尋ねると自分に許可を取ってどうするのと言われた。案内の職員に頼むと彼は殿下を見てから扉を開けてくれた。


 裏手には雨で白く洗われた石材が山になっていた。草の中へ伸びる道だと思ったものは水を逃がすための溝だった。崩れた石がその口を埋めている。わたくしが一本抜こうとした枝をトビアスが横から止め足場より先へ出ないよう言った。


「ここを片づけたという記録はいつのものですか」


 追いついてきた管理官は工事の途中で一時的に置いた資材だと答えた。殿下は片づけ済みの記録を手に持っている。管理官の説明が終わらないうちにミレーヌが石の間から伸びた草を指した。今朝置いたものではなさそうだった。


 トビアスは職員と湖の水位を調べに行った。エルマーは管理所の出入りを見張り帳簿を別の机へ移させた。だから星盤の王冠は湖だったのだと殿下に言いかけた。けれど殿下はまだ外の職員へ指示を出している。


「排水路が石でふさがっています。帳簿には片づけ済みとありますわ」


 言い直すと殿下はこちらを向いた。どの図面で場所を確かめたのか聞かれ写しを渡す。図面を受け取る手に泥がついたのを見て初めて自分が石を触った指で紙を持っていたことに気づいた。


 戻ってきたトビアスは水位の印を板に書き込んだ。今の放水では増える水を逃がしきれない。排水路の石材を動かすにも人手と道具が必要で作業を終えるより先に水が限界へ達するおそれがあるという。管理官は明日には業者が来ると言ったが何人で来るかを答えられなかった。


「作業を始めてくれ。応援も呼ぶ。ただしここだけで間に合うとは考えない。リード技師別に水を逃がす方法を調べたい」


 殿下が観測所の写しを広げるとトビアスは眼鏡を押し上げた。旧分水所は湖から村へ下る途中の谷にあるらしい。村の近くまで戻ることになるが水を通せる可能性があるなら今日のうちに見たいと言う。


 管理官は席を立ちかけエルマーに止められた。わたくしが理由を聞く前に机の引き出しから請求書が出てきた。修理費の欄には大きな額が並んでいる。殿下はそこを一度見ただけで書類を護衛に預け職員を呼ぶよう頼んだ。


 叱責が始まるものだと思っていたわたくしへミレーヌが外套を渡した。湖の見える窓に夕方の光が差している。話を聞く時間より水を逃がす道を探す時間の方が残り少なかった。


 王冠湖を出る前に殿下は手紙を二通書いた。一通は国王陛下へもう一通は王都の水路担当者へ送る。連絡役の馬が先に下り管理所には護衛一名が残った。応援が到着するまでは職員と一緒に記録を守るのだとエルマーが説明してくれた。


 旧分水所への道は王都へ戻る街道から谷へ折れていた。夕暮れの坂を下るにつれ馬車が揺れわたくしは図面を握り直す。もう一つ曲がれば村へ続く道だと御者が教えてくれた。王冠湖から離れても水音は馬車の後ろについてきた。


 谷の入り口に石の建物が残っていた。戸は外れ草の向こうに太い鉄の輪が傾いている。わたくしは馬車から降りたところで足を止めた。輪の片側が割れていた。観測帳の印と比べるためにかばんを開くまでもなかった。


「こちらでしたのね。村の水車ではなくて」


「形は似ています。でも使えるかを先に見ます。皆さんはこの石の線より後ろにいてください」


 トビアスは明かりを受け取り管理所から同行した職員と建物へ入った。エルマーが足場を確かめて後に続く。わたくしたちは外で地図を広げ川へ向かう溝と採石場へ回る溝を見比べた。水のないところには草が生え底は見えなかった。


 トビアスが戻るまでに夜になった。彼はこの水路なら湖から来る水の一部を逃がせるが水門の修理が必要だと言った。出口まで現地を確かめ途中に人や建物がないことも確認する。昔の採石場だから今も無人だとは言い切れないらしい。


 ミレーヌは必要なものを尋ねて帳面へ書き始めた。トビアスの答えが長くなるたびにどれをどこで調達するか聞き直す。工具は管理所にある。木材と荷車は村で集められる。ただし傷んだ金具の一つは王都の部品庫へ問い合わせる必要があった。


「大きさも書いて。わたしたちが見て選べるものではないでしょう」


 図を添えた依頼書ができる頃わたくしは建物の裏へ回っていた。雲の切れ間から星が見える。王都へ危険は伝わるし水を逃がす場所も見つかった。今なら盤上の線もつながるのではないかと思ってしまった。


 石に星盤を置いて観測したものの麦の線は切れたままだった。計算を見直すうち同じ線の上へ何度も指を置いた。王冠もまだ水の下にある。寒さのせいではなく指先がこわばり布で盤を包むのにも手間取った。


「知らせを送ったのにまだ変わりませんの」


 建物から出てきたトビアスに話しかけると彼は水門を振り返った。輪の割れたところが明かりに照らされている。わたくしの星盤へ目を落とした彼は、まだ水を流してはいないし、知らせを読んだ人が動いたかも分からないと言った。


 わたくしは谷を見渡した。図面の上なら指一本で採石場まで進めるけれど実際の道は暗くて見通せない。明日には歩いて調べる人が必要でその人には食事も要る。今ここにあるのは壊れた輪とまだ使えるか分からない水路だった。


 分水所で見張りをする職員を残しわたくしたちは村の宿へ戻った。殿下は食卓で持ち帰った記録を並べ直していた。もう遅いとミレーヌが湯を置いても手紙の写しから目を離さない。わたくしは向かいに座り王都へ何を伝えたのか尋ねた。


「式典場を移し川沿いの住民の避難を始めていただくよう願った。湖の水位と排水路の状態も記した。国王陛下はそれを基に判断される」


「王冠は王家のことでもありますのね。湖だけだと思っていましたけれど」


 殿下は王都の地図を開き川辺の式典場へ指を置いた。各地から領主が来て倉庫も下流に集まっている。わたくしは観測帳の麦の印を見た。祭りの一晩が終わった後も線がほどけ続けていた理由が机の上の地図で分かってしまった。


「来月のお茶会もその次もありますもの。滅びていただいては困りますわ」


 言ってから茶会どころではないと自分で思った。けれど殿下は笑わず今の予定を続けられるようにしようと答えた。紙の角が窓から入る風でめくれたのでわたくしは使っていない星盤を重しに置いた。


 翌日は村と分水所を往復して過ぎた。調査班が到着し管理所の作業と記録の確認を引き継ぐ。ミレーヌは御者と村の職人を呼び荷物を分けて運ぶ段取りをつけた。わたくしが頼んだ荷車はすでに木材でいっぱいだったので、食事の鍋を載せる別の車を探さなければならなかった。


 村人の一人は採石場へ続く道に祭りの荷を置いていると言った。ミレーヌが移動を頼む横でわたくしは手を貸そうとして荷札を読んだ。王都へ行く酒だった。割らないよう運ぶことに集中しているうちにこちらを見る村人の顔から遠慮が消えた。


 夕方には採石場の確認を終えた職員が戻った。水が流れ込む場所に家はなく放牧に使う人も今はいない。だが連絡を回して入り口を見張る必要があると言う。殿下は人を配置しトビアスは木の板に道と禁止する範囲を描いた。


 彼は図を指して村人へ道を説明した。昨日の測定の話よりずっと分かりやすかった。わたくしも図面の端を押さえた。ここから先へは入らないでくださいと伝えると今度は星の配置を説明しなくても皆が同じ場所を見た。


 王都からの返事は暗くなってから届いた。国王陛下は式典場の移転と川沿いの避難を命じていた。ただ祭りに向けて入った荷車が道をふさぎ人を動かすにも時間がかかっているという。部品庫では適合する金具が見つかり翌朝には受け取れるとのことだった。


 建国祭当日の朝わたくしとミレーヌは王都へ戻ることになった。彼女は実家の御者たちへ直接指示を出し帰りの荷を避難用の荷車へ振り替えるつもりだった。わたくしは部品を受け取る役を引き受け分水所にいる殿下へ命令書を用意してほしいと頼んだ。


「王宮では書面を預けても話が通りませんでしたのに。今度はわたくしが殿下の書面を持っていくのですわね」


「占いの結果ではなく現場の状況を書いてある。水門の修理に必要な金具も明記した。読み上げる前に相手へ渡してほしい」


 殿下は紙を二つ折りにして差し出した。わたくしが礼を言ってかばんへしまう間トビアスは金具を受け取る際に照合する図を説明してくれた。形の似たものでも使えるとは限らないというのでどこを見るのかを自分の言葉でもう一度確かめた。


 エルマーは王都の門まで護衛を一人つけられるよう調査班と話をつけていた。わたくしたちは夜明けとともに出発し途中で馬を替えた。窓から見える畑の先を川が流れている。帰るための荷車がこちらへ来るたびミレーヌは御者の名を呼んで事情を伝えた。


 王都へ入る手前から道が詰まっていた。帰ろうとする商人と祭りを見に来た客が向き合い荷を下ろす者と積み直す者で道が狭くなっている。国王の命令を読み上げる役人のすぐ横ではまだ焼き菓子を売っている人がいた。


 ミレーヌは馬車を脇へ寄せさせた。降りた彼女が御者へ話しかけている間にわたくしは川辺の避難を指揮する役人を探した。護衛に道を聞いて回りようやく倉庫の前で地図を広げる男性へ行き着いた。


「上流から来ました。湖の水はまだ増えています。旧分水所では水門を修理していますが今夜までに川沿いの人を移す必要があります」


 男性は差し出した命令書を読みこちらがセレスティーヌ・アルベールだと知ると顔を上げた。わたくしの名前まで書いてあったらしい。湖の様子を聞かれ見たものだけを答えた。水際の木が沈んでいたことも排水路がふさがっていたことも。


「避難の告知は出しています。ただ川辺には人が多くてね。式典場が変わっただけだと思っている者もいる。声をかける人手が足りないんです」


 広場の向こうで祭りの鐘が鳴った。川辺にいる人たちがそちらを見る。わたくしは役人の地図にある鐘楼を指した。声が届かないなら鐘を使い川から上がる道の入り口で避難先を伝えたらどうかと頼んだ。


 男性は鐘を鳴らす者を呼び間違って火事の合図にならないよう打ち方を確かめた。ミレーヌが御者を連れて戻ってくるとどの道を空けるかも決まった。花火の荷が残っていると聞いて尋ねたところ係の者が安全な場所から上げられるという。鐘と花火を合図にし兵士が川辺から人を誘導する段取りになった。


 鐘楼の階段はドレスで上るには狭かった。持ち場の人へ頼むだけのつもりが下で人に囲まれていた係を呼びに走ったため一緒に上ることになった。鐘が鳴り始めると足元まで音が響く。下の広場でミレーヌが両腕を動かし荷車を別の道へ回していた。


 わたくしも広場へ戻って人に声をかけた。食料倉庫の荷を出そうとする人と避難する人がぶつかっている。祭りの飾りが張られた道では大きな荷車の上が引っかかっていた。持ち主へ断って飾りを外してもらうと今度は別の店の布が引っ張られた。


「切っていいのかい、お嬢さん。店まで持っていかれそうだよ」


「構いません。お名前と店の場所を教えてくださいませ。後でお支払いの話をさせていただきます」


 約束をしてから役人を呼び何を外したのか記録してもらった。ミレーヌには自分だけで支払える額を考えなさいと言われたけれど、ここで動かない荷車を眺めていても人は通れない。彼女はため息をつき自分の帳面にも店の名を書いた。


 川辺には見物用の舟が残っていた。着飾った男性が岸で兵士と言い争い乗せた料理をどうするのかと叫んでいる。わたくしは間に入って荷車を回すので料理も運べると伝えた。それでも彼はここから見える景色のために金を払ったのだと言った。


「でしたら上流から来る水もよく見えますわ。わたくしは見たくありません。どうぞ降りてくださいませ」


 言い終えるより先に兵士が乗客へ手を貸した。わたくしは岸の綱をどかし次に来た荷車へ舟の客を案内する。男性は最後まで文句を言っていたが階段を上がるときには連れの女性の手を引いていた。


 花火が上がった頃には喉が痛くなっていた。川辺で聞き返されるたびに声を張ったせいだ。ミレーヌに渡された水を飲みながら部品庫へ行かなければと思い出す。彼女は金具なら護衛に受け取りに行ってもらったと答えた。


「あなたが戻る馬車もあそこ。自分で全部運ぼうとしないで。わたしは残って荷車を動かすから」


 木箱の中の金具には照合済みの札がついていた。それでもわたくしは図と見比べ庫の担当者の印を確かめた。御者が箱を座席の下へ固定する。出発する前にミレーヌへ何が終われば上流へ知らせられるのかを尋ねた。


「川辺に人が残っていないと責任者が確認したら騎手を出すわ。セレスは金具を無事に届けて。帰りは王都の方へ急がなくていいから」


 彼女の編んだ髪は朝より乱れていた。わたくしが直そうと手を伸ばしたところで彼女は近くの御者に呼ばれて振り向いた。手を下ろして馬車へ乗ると広場ではまた鐘が鳴った。道端の子供がこちらを見てさっき舟で怒鳴っていたお嬢さんだと言ったのが聞こえた。


 王都を離れてしばらくすると雨が落ちてきた。御者はぬれた道で馬を急がせず見通しのよい場所だけ足を速めた。わたくしは座席の下にある箱へ何度も触れた。紙に書いた寸法と金具の形を覚え直しても道の長さは縮まらなかった。


 分水所の明かりが見えたときには窓の外が暗くなっていた。降りようとしたわたくしを御者が止め先に箱を下ろしてくれた。建物の入り口で待っていた職員へ名を告げると中からトビアスが出てきた。箱を開けた彼は金具を手に取りようやく工具のそばへ運んだ。


「これなら使えます。王都はどうなっていますか」


「避難を進めています。川辺にはまだ人がいましたが責任者が確認を終えたら騎手を出してくださいます」


 彼は返事をしてから職員へ金具を渡した。わたくしは邪魔にならない場所へ下がり殿下を探した。殿下は別の机で上流から来た報告を読んでいる。外套の肩に雨の跡があり手元の紙も端がぬれていた。


 王冠湖の水位はさらに上がっていた。石材を取り除く作業は進んだものの全部を開けるにはまだ時間がかかるという。湖の職員は壊れた場合の退避も始めている。殿下は報告を届けた人の名を書きわたくしには火の近くで休むよう言った。


 休んでいる間に水門が開くのなら座っていられた。けれど建物の中では工具の音が続き外では人が行ったり来たりしている。わたくしはかばんから観測帳を取り出した。星が見えなくても何か読み落とした線があるのではないかと思った。


 王冠も麦も輪も何度も見た形のままだった。水門をどこまで開ければいいのかは載っていない。今さら別の象徴を探したところでそれを確かめに行く時間もない。帳面を閉じると持ってきた金具が工具の間から見えなくなっていた。


 トビアスに何か運べるか尋ねた。彼は考えてから建物の外へ出る人に作業場所を通らないよう伝えてほしいと言った。荷を取りに行った職員が戻る道と退避のために空けておく道が重なっているらしい。わたくしは図を見せてもらい入り口へ立った。


 木材を抱えた男性が来ると横の通路へ案内した。別の職員が上流へ出そうとした書面は受け取りに来る人が決まっているかを聞いた。二人が同じ用事で走りかけたので片方を呼び戻す。声を出していると喉がかすれたが相手が返事をするまで待つことにした。


 作業が終わったという声が上がった。ところがトビアスはすぐには合図を出さず水門の様子を職員と確かめている。流れてくる水が増え修理前より操作が難しくなっていた。輪のそばへ人を増やそうとした殿下へ彼は立つ場所を指定した。


「これ以上は下へ入れません。ここで操作できなくなったら作業をやめます。流れを見てくれる人も必要ですから全員で一か所へ集まらないでください」


 殿下は指示を聞いてからエルマーへ人数の確認を頼んだ。採石場側にも人が残っていないと連絡が届く。見張りは高い道へ下がり出入り口だけを守るという。トビアスは板の図から一つ印を消した。


 王都の騎手が来たのはその後だった。川辺の確認を終え最後の舟も空になったと告げる。式典場の変更先には国王陛下たちが無事に着いている。わたくしは騎手の肩越しに暗い道を見た。ミレーヌも上へ移動したと聞いて手に持っていた布を机へ戻した。


「準備はできています。始めてよろしいですか」


 トビアスの声に殿下が顔を上げた。ここで返事をすれば水の流れる場所が変わる。殿下は王都からの報告を机へ置き採石場側の職員へ退避をもう一度確かめた。それから作業を始めるよう命じた。


 輪が動くと鎖が鳴った。水の音に紛れないよう合図が繰り返される。わたくしは入り口の手前で次の人へ声を渡し建物の裏にいる職員から返事をもらった。顔の見えない人にうなずいて済ませてはいけない。返事が来なければもう一度呼んだ。


 水路の方で音が変わった。底の石をたたく水が太くなり草を倒して谷へ走っていく。わたくしは見ようとして身を乗り出しかけ決められた線へ足を戻した。トビアスは流れを見る職員の報告を聞き次の指示を出した。


 そこで上流側の見張りが叫んだ。遠くから木を何本も一度に折るような音がした。殿下が窓へ寄る前にエルマーが外を確かめる。湖側からの退避を知らせる灯りが動きやがて川の黒い面が持ち上がるのが見えた。


 水が来た。分水路へ入る流れも増え石の壁に白いものがぶつかる。わたくしは裏の職員へ伝えるために向きを変えた。足元を走った水で靴が滑り、手をつくより先に腕をつかまれる。


「セレスティーヌ。こちらへ」


 殿下の手に引かれて建物の壁へ背を寄せた。通路へは水がはねている。エルマーが裏の職員を高い方へ回らせる声を上げたのでわたくしも名前を呼んで繰り返した。返事があり明かりが道の上へ移る。


 わたくしを支えた手が離れた。殿下は自分もぬれたまま人数を確かめトビアスのいる場所へ戻った。輪のそばでは職員が歯を食いしばっている。合図が出るたびに位置を変え、やがてトビアスがそこで止めるよう叫んだ。


 水は分かれていた。王都へ向かう川の全量を止められるわけではない。それでも谷へ流れ込む音は途切れず見張りからは採石場へ水が入っていると報告が来た。わたくしは壁に手を当てて立ち次の合図を待った。


 どれほどたったのか誰かが冷めた湯を持ってきた。飲んで初めて口の中が乾いていたことを知った。トビアスは何度も流れを確かめこれ以上操作しなくても保てると判断した。職員が一人ずつ建物から下がってくる。


 殿下は退避した湖の職員を迎え壊れた場所と残っている設備を聞いた。わたくしには国の未来よりその場に戻ってきた人の数の方が気になった。呼びかけに返事をした男性が壁際へ座り込み隣の人に水を渡される。少し先では工具を置く音がした。


「王都がどうなったかはまだ分かりませんのね」


 殿下のそばへ行って尋ねると夜明けを待って報告を集めると答えが返った。わたくしはもう一度窓を見た。雲の向こうに星は見えない。かばんの留め金を確かめぬれない場所へ置き直してから空いた椅子を外の職員へ運んだ。


 夜が明けてから王都へ戻った。道の低いところには水が残り、馬車は何度も止まった。畑の端が削られている場所もあった。通れる道を教えてくれた村人へトビアスが管理局の連絡先を渡し、わたくしはその横で、被害を記した紙が風に飛ばないよう押さえた。


 王都の門を通る頃には昼に近づいていた。川辺の道には泥が積もり、外した祭りの飾りが高い壁に寄せてある。けれど昨日の舟の客が文句を言っていた階段は残りその上で人が荷車から鍋を下ろしていた。わたくしが近づくとミレーヌが振り向いた。


「金具は使えたのね。さっき届いた報告で聞いたわ。そちらは全員戻れた?」


 わたくしはうなずきミレーヌの腕に手を置いた。彼女の手袋は指先まで汚れている。何か言いたかったけれど声がかすれ代わりに自分の水筒を差し出した。彼女はそれを受け取ってからわたくしの髪に木の葉がついていると教えてくれた。


 殿下は避難の責任者から報告を受けていた。川沿いでは家屋や畑に被害が出ているが式典に集まるはずだった人々は移転先で無事に夜を越した。下流の倉庫も多くが残っている。話を聞く間にも家族の名を呼ぶ人へ道の向こうから返事があった。


 お父様は屋敷の馬車で迎えに来た。わたくしを一度抱き寄せた後片方だけ泥の色になった靴を見た。何から話せばいいのか分からずにいるとまず帰って着替えるよう言われた。修繕費の話は寝て起きてからだそうだ。


     *


 一か月後机の上には国王陛下からの感謝状とミレーヌの請求明細が並んでいた。感謝状は立派な額に入っている。請求明細は端に細かな追記がありこちらの方が何度も開くことになった。


 分水所で働いた職員や村人にも感謝が伝えられた。殿下が出した記録には御者たちの名まで載っていたしトビアスも王都へ呼ばれた。式の場で借りた服の袖を気にしていた彼は終わるとすぐ現地へ戻った。まだ直す場所が残っていると言っていた。


 管理官の帳簿からは支払ったことになっている工事と、実際には行われていない作業がいくつも見つかったそうだ。調査は続いている。湖の修復も洪水の被害への対応も一晩水を逃がしたから終わりとはいかなかった。


 わたくしには別の仕事も増えた。飾りを切った店を訪ねて謝り金額を確かめることだ。避難のために必要だった支出とわたくしが先走って約束した支出は分けるとお父様に言われた。後の方は当面のお小遣いから返していくことになっている。


「こちらの布はまだ使えたそうだから修理代だけ。舟の料理代は避難の責任者と話がついたわ。こっちの粉はわたしが買ったものだから消しておいて」


 ミレーヌは帳面の一行を鉛筆で消した。水車小屋で買った粉だ。国がどうなるか分からない道中で買う必要があったのかと尋ねると、あのパンはおいしかったでしょうと返ってきた。それはわたくしも否定できない。


 ところで国を救ったと感謝されることと評判がよくなることは同じではないらしい。茶会へ出れば王太子を連れて姿を消した話をされる。商家の令嬢には鐘を鳴らした数を聞かれ知らないと答えると自分で鳴らしたくせにと言われた。


 舟の貴族を川へ投げ込んだという話まであった。それを聞いたときには投げていないから洪水が来る前に避難できたのですと訂正した。お父様によると答え方がよくなかったらしい。どの部分がいけなかったのか尋ねる前にミレーヌが額を押さえた。


「王都だけでは済まなくなっているのよ。父のところへ来る御者までお騒がせ令嬢はまた何かするのかって聞くんだから」


 わたくしは請求明細から顔を上げた。国が滅びるという警告を誰も聞いてくれなかった頃より名前が通る方が話は早そうだ。そう言うとミレーヌはまず明細を読み終えてから星盤を触りなさいと紙の端をたたいた。


 支払う額を写し終えたところで侍女が手紙を持ってきた。殿下からだった。分水所の修復の様子と次の茶会への返事に続き、今後何かを占った場合は用件と必要な人数を先に知らせるよう書かれている。迎えの馬を用意する時間は欲しいと追記もあった。


 わたくしは便箋を読み返してから観測帳を開いた。昨晩の国の線は切れずにつながっている。明日の自分の運勢には思いがけない訪問の兆しがあった。誰が来るのかまでは読めないけれど菓子の数を減らす日ではなさそうだ。


 侍女を呼び茶器を一組余分に出してほしいと頼んだ。ミレーヌは帰る支度をしながら今度は何なのかと尋ねた。何か楽しいことがあるかもしれないと答えると彼女は戸口から戻って菓子の注文を確かめた。


 わたくしは星盤を窓辺へ移した。新しい紙を一枚取り明日の日付を記す。観測帳に請求書を挟むのはやめようと明細を脇へ押したところで、ミレーヌに「その紙も捨てないで」と念を押された。


「さて。明日は何が起きるのかしら」

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