第35話 正義 恋人 戦車
「あ、あ、あ、あの、ごごごご注文などあれば……」
ララァ達が下水道の依頼を終えた翌日の昼下がり、ここは首都の街中、人通りに面する洒落たオープンカフェ。
流行を積極的に取り入れた人気店であり、店と店員の雰囲気も良いと多くの人が高く評価している。
しかしとある人物が来店したことで、和気藹々とした店の雰囲気は一気に冷め上がってしまい、女性店員に至っては『客に無礼がないように必死に接客している』、と言う緊張に倒れそうになっている。
「む、すまない。知り合いから会合にここと指定があったのでな。迷惑をかけている事、重々承知している。誠に申し訳ない」
白い鎧を身に纏った老練の声の騎士、タナトス騎士団総司令にして、アルカナ『正義』レギアス・レイヴ。
若者向けの店に程遠い存在が、椅子に腰かけていれば誰もが面食らうだろう。
「あら、待たせた、かしら」
「構わん、どうやら私が早く来てしまったようだ」
「ひ、ひぃいい!? アルカナ『恋人』のアルッセナ様ぁ!?」
人混みの中からふわふわ、ゆらゆらとした足取りでもう1人が近づいてくる。
それを見た店員が悲鳴をあげ、後ずさり始める、アルカナ『恋人』アルッセナ・フリート。
立場の違いから、公式の会合さえ数えるほどしか行わなかった2人が出会ったのだ。
「首都の大物2人がこんな所で会合!? い、一体どんな話をするんだ……!?」
情報を聞いて駆け付けた新聞記者達が何人も集まり続ける、が、2人……主にレギアスが発する威圧感を肌に感じ、直接取材を試みようとする者は誰1人いない。
「まぁ、どうやら私が最後みたいね!」
そんな混沌とした状況に、恐れずアルカナ2人に対し、声をかける人物が1人現る。
黒い長髪は前髪も綺麗に切り揃えられ、深めのスリットの入ったロングのタイトスカートに、上は半袖のシャツとジャケットを着て、首には名刺入れを下げている。
如何にも『実業家の女性』を彷彿させる見た目であるが、誰もが目を引くであろう特徴がある、それは『ライフル銃を松葉杖のようにして使って歩いている』と言う所だ。
「と、ととととと……!? 『トロワ・ヒルメルズ』様ぁ!? え、えぇ、どど、どうしてこのタイミング、え、なんでぇ!?」
店員が女性の名前を口にしたと同時に、緊張が限界を迎え失神する。
アルカナ『戦車』トロワ・ヒルメルズ。
『便利屋ナナツボシ』の女社長、それが彼女の名前と肩書だ。
首都タナトスを代表する有名人3人が1つのテーブルにつく、しかし場所が騎士団が指定する公の場ではなく、有名店とはいえ、ただのカフェであること、その異様な様子に行商人も、露店商も、果ては芸を披露する芸人や通りすがりさえ、その手を、足を止め、遠巻きから静かに注視を続けている。
「……やはりもっと人の目に入らない場所の方がいいのではないか?」
「嫌よ、大体あんたが悪目立ちしてるだけで、私はこの店の常連だもの。どうせならここでも良いじゃない、新作のドリンクもあるし、アルッセナも、それでいい?」
「えぇ、トロワさんのおすすめなら、間違いないもの」
トロワが店員を呼び、新作のドリンクを2つ注文する。
レギアスの分を頼まないのは、彼が人前で飲食するのを嫌うことを知っているからだ。
「で、私はレギアスちゃんから話したいことがあるからって聞いたんだけど」
「そうだな、まず、2人には心より謝罪させてもらう。此度の件、部下の不始末により、そちらの冒険者と社員に迷惑をかけた。これは全ての兵を率いる私の責任である。誠に、申し訳ない」
レギアスがトロワとアルッセナに向かって深々と頭を下げる。
遠巻きに見ていた群衆に、驚きの声が上がるが、そんなことに構わず、レギアスは謝罪の意を示し続けた。
「良いわよ、むしろ人的にも物的にも被害が大きいのはそっち、でしょ?」
「そうね、うちの社員も無傷で帰って来たし、そっちはほぼ全員が病院送りよね」
「鍛錬が足りないのも、我が方の責任だ。そしてアルッセナ、そちらの冒険者達の温情により、例の兵士2人の処分、寛容にすることと決定したことを伝えよう。彼らは直属の兵士長の監視の下、雑務担当からやり直すことになった」
「そう、それはララァ達も安心する、でしょうね」
アルッセナは下水道の件が終えたその日の夕方、ララァ達の報告を通して事の顛末、そのほぼ全てを把握していた。
と言っても、テスの固有技、つまり本人達の正体に直接絡む要件は、ぼかした上で報告している所為で報告の内容は出鱈目で理解に苦しむ物であった。
『掃除していたら小屋が無くなった……? なんで……?』と、アルッセナは不思議に思いながらも深く追求することはせず、内容を掻い摘んでレギアスに伝えた。
そして、僅かな『やり過ぎたかも知れない』という罪悪感を払拭する為に、下水道担当の2名の兵士に対し、出来る限りの酌量を願ったのだった。
「そうそう、うちの社員が褒めてたわよ。斧の男の子、新人なのに騎士団の兵と渡り合うなんて簡単ではないでしょ。それに獣人の女の子、その子も相当強いんでしょ、ロスウェルのお墨付きだとか。今年の冒険者は有望な子ばかりね」
「そうなのか、仁狼の噂はよく聞くが、これは騎士団も負けては居れんな。……ああ、そういえばロスウェルと言えば……」
ロスウェル、その名を聞いてレギアスはある事を思い出した。
いつか、レギアスとロスウェルが密談した時の事、レギアスが国王に従い、『祝福の御子』に危害を加える事を懸念したロスウェルがトロワとアルッセナに声をかけ、いざと言う時はレギアスを殺害しようと提案、それに対し、2人が承諾したという話を聞いていた。
決して『アルカナ』は仲が悪い訳ではない、が、馴れ合っている訳でもない、対等であるから成り立つ『不可侵』という概念があったはずだった。
「何やら私を、ロスウェルと共謀し始末する、と言う話を聞いた。君達はそれに承諾した、と聞いたのだが……」
「別に、アンタと本気でやり合うつもりなんてないわよ。でも私達が国王に不満を持ってるのは知ってるでしょ? もっと言えばその後ろに隠れてる天使も、ね」
「私は穏便に済めば、と思う、けど。国王と天使の鼻を明かす為には『祝福の御子』が必要、なのよ」
「国王っていうか、宰相ね。宰相が天使との連絡係みたいなことやってるんでしょ。全く、胡散臭い事この上無いわね」
「……そうか、分かった。少なくとも君達が私に対して悪い感情がないことだけは分かって、そこだけは安心した」
欲を言えば国家転覆を匂わすような発言も控えてほしかったレギアスだが、祝福の御子の事、国王と天使に疑いを持っている所は同意出来た。
「それじゃ、お互い話す事は話し終えた事だし、ここら辺でお開きにしましょう」
「そうね、また何か必要だったら呼んで頂戴。今度はもう少し静かな場所で、ね」
「あぁ、トロワは待て」
アルッセナは振り向くことなく立ち去り、トロワとレギアスだけが残る。
「何? 私にまだ何か用でもあるのかしら?」
その時、人集りをかき分けて2人に向かって走り寄る者が複数現れる。
子供だ、子供が怒りや悲しみの表情を浮かべながら、2人の下へ駆け寄って来る。
「れ、レギアス団長! 僕、そこの悪い魔女に大事なカード奪われました!」
「俺も! 魔女にカード勝負したけど、負けたらカードを取られるなんて聞いてなかった!」
「私、お小遣いで買ったばかりのカードだったのに……!」
首都タナトスにおいて、子供から大人まで流行っている遊びがある。
トレーディングカードゲーム、魔物の描かれたカードで勝負するという単純な遊びだ。
トロワもそのカードゲームに大いにハマった者の1人であった。
そして巷では一部の大人と子供の間には『敗者はカードを1枚差し出す』と言う、闇のルールが存在していた、弱肉強食と言う概念が確かにそこにあった。
そんな闇の世界の頂点に居座り、無垢な子供からさえも奪い続ける『魔女』が居た。
それが、レギアスの目の前に居る、トロワ・ヒルメルズと言う女だった。
「と、言う訳だ。ちなみにトロワ、君には現在『銅貨10枚』もの懸賞金が懸かってる。特に弁明が無ければ、私と共に来てもらおうか」
トロワには始終、1つの不審に思う所があった。
規律や形式、礼儀にこだわるレギアスが何故この場所での会談を許したのか、本来のレギアスであれば、意地でも誰にも邪魔されない、会議室等を指定するはず。
レギアスは会談の他にもう1つ目的があった、……が、トロワがそれに気づくには少しばかり遅かった、ということだ。
「……分かった、降参。アルカナ『正義』に勝てるなんて思わないわ。取ったカードも全部返す、これでいいかしら?」
トロワが両手を挙げて降参の意思を示した瞬間、その場に居た多くの子供たちから歓声が湧き起った。
レギアスはこうして、また1つ功績を重ねる。
その功績が果たして誇れる物なのか、分からないが。




