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第1話 大将首を討ち取ったら異世界でした

「大将首、この青葉あおば勘三郎かんざぶろう景虎かげとらが討ち取ったりぃ!」


 血に濡れた大将首を天に掲げ、腹の底から吠えた。

 戦場は歓喜と阿鼻叫喚に揺れた。

 味方の足軽どもが勝鬨かちどきを上げ、敵兵は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 敵の油断をついた電光石火の強襲作戦。

 我ながら完璧な戦術であった。

 これで恩賞は間違いない。


 田畑か。屋敷か。いや、ここはひとつ、よき馬を願い出るのも悪くない。


 武士たるもの、よき馬なくして戦場は駆けられぬ。今の馬は、どうにも気性ばかり荒く、肝心なところで足が鈍い。あやつも悪い馬ではないが、大将首を取った褒美となれば、もう少し見栄えのする馬を願っても罰は当たるまい。


 母上には米を送れる。

 歳の離れた弟どもにも、ようやく腹いっぱい飯を食わせてやれる。


 俺は討ち取った敵将の首を抱え、意気揚々と陣へ戻った。


「ふふふ、殿のお喜びになられる姿が目に浮かぶ」


 腕の中の大将首をしっかり抱え直した。


 その時だった。

 空が、白く裂けた。


「む?」


 雨は降っておらぬ。雲も薄い。

 だというのに、頭上を走ったそれは、まるで天の裂け目から放たれた太刀筋のようだった。


 雷鳴より早く、身体が焼けた。

 目の前が真っ白になり、天地がひっくり返る。

 腕の中の首が、どこかへ飛んでいく。

 まずい。

 せっかくの大将首が。

 それを最後に、俺の意識は闇に落ちた。


 ――はずだった。


   ◇


 鼻先を、草の匂いがくすぐった。目を開けると、青い空が広がる。

 戦場の煙も、血の匂いもない。

 馬のいななきも、足軽どもの怒号も聞こえぬ。

 代わりに、どこまでも続く、草原が広がっていた。


 遠くには見たこともない形の山が連なり、その上を、三つの頭を持つ巨大な鳥が、悠々と飛んでいた。


 俺は寝ころんだまま、しばらく、それを眺めた。


「鳥に、頭が三つ……」


 ここは、あの世か?


 身を起こそうとして、全身が、ぎしりと痛んだ。

 どうやら死んではいないらしい。

 焼けたような痛みは残っているが、手足は動くし、太刀も鎧もある。

 五体満足だ。


 だが、足りないものがあった。


「なっ……」


 焦って、あたりを見回す


 ない。ないない。ない。


「大将首がないではないかーっ!」


 思わず叫んだ。


 命があることより、まずそちらである。

 あれがなければ、手柄にならぬ。

 手柄にならねば、恩賞がない。

 恩賞がなければ、せっかく死に物狂いで敵陣に斬り込んだ意味がなくなる。


 雷に打たれ、見知らぬ草原に放り出され、三つ頭の鳥が空を飛んでいようが、最初に探すべきは、大将首だ。


「どこだ……、どこへ飛んだのだ……」


 俺は草をかき分けて探した。


「首はどこだぁぁ!」


 天を仰ぐように、顔を上げると、()()は立ちはだかる壁のように目の前にいた。 


 水袋のようにも、餅のようにも見える。だが餅にしては大きく、子牛ほどある。

 表面はぬらぬらと光り、青く透き通った、丸い、妙な生き物である。


 そいつは俺の前で、ぷるん、と震えた。


「……なんだ、こいつは」


 俺はその場に尻をついて、その生き物をじっと見た。

 胴体も、手も、足もない。言うなれば首。


「……首が膨れたのか?」


 俺は腕を組み、しばし考えた。しかし、こいつは明らかに生きている。

 首だけが生きるなど、平将門公でもあるまいし、あり得んことだ。


 だが、三つ首の鳥が飛んでるような世界だ。首だけの生き物もいるのだろう。


 俺は妙な納得をして、立ち上がった。


「すまぬが、おぬしに構ってる暇はないのだ」


 とりあえず、首がないのは仕方ない。

 次の問題は、ここがどこなのか。これからどうするかを考えねばならん。

 ひとまずは町でも村でもいい。人が居るところを探そう。


 あてもなく歩き始めた。


 見渡す限りの草原には、人の気配は無かった。

 かまどの煙の一つでもあれば、行き先も決まるのだが、それすらも無い。


 しばらく歩いた後に、ふと立ち止まった。


 感じる。

 居る。

 背後にアイツが。


 振り返ると、さっきの丸い生き物がついてきていた。


「おい、水袋。なぜ俺についてくる。何もないぞ。あっちへいけ」


 水袋はぷるぷると震えている。

 しかし、よく分からん生き物を飼うほどの余裕なんぞ、あるわけがない。

 俺は無視して歩き出した。


 そのあとも、水袋はついてくる。


「ええい、いい加減にせんか! 俺はいくさ帰りであるし、腹も減っていて、気が立っておる! しつこいと斬るぞ!」


 威嚇がてらに、刀を振り上げると、腹がぎゅるるるるる、と鳴った。


「……腹減った。もうよい、好きにせい」


 疲れた足を引きずるように、俺はまた歩きだした。

 相変わらず、水袋はぬらぬらと、ついてくる。


 俺は気になって、横目にソイツを見た。


 変な形をしているが、妙に肝が据わっている。


 俺が威嚇しても逃げぬ。鎧姿の男が太刀を振り上げても、怯える様子もなかった。

 こりゃ、戦場に出せるだけの胆力があるかもしれん。


 水袋の足元を見る。足は無いが。


 先ほどから地面にぴたりと張りついている。

 足音も立てず、腰の据わりもいい。


 なるほど。


「見慣れぬ形だが、これは異国の馬だな」


 ぷる?


 青い生き物が、首をかしげたように震えた。

 首はないが、そう見えた。


「よし。今日よりお前は俺の馬である」


 ぷるぷるぷる。


 なにやら抗議しているようにも見える。


 だが、馬とは最初そういうものだ。気難しいほど名馬である。

 俺の前の馬も、最初は俺の足を三度噛んだ。

 あれに比べれば、震えるだけなら可愛いものだ。


「名をつけねばならぬな」


 ぷる?


「青鹿毛丸」


 ぷる。


「水袋丸」


 ぷるぷる。


「んー……、ぬめり丸」


 ぷるうううう!


 青い異国馬が、ひときわ強く震えた。

 どうやら気に入らぬらしい。


「分かった、分かった。ならば……疾風丸(はやてまる)でどうだ」


 ぷる。


 震えが止まった。


「おお、気に入ったか。よき名であろう、疾風丸」


 ぷるぷる。


 俺は疾風丸の背に手を置いた。


 ひんやりしていて、同時に、妙な弾力があった。

 押せば沈み、離せば戻る。

 まるで水を詰めた革袋のようだが、触れた感触はどこか生き物らしい温かさもある。


「では、参るぞ」


 俺は疾風丸にまたがった。


 ぷる!?


 疾風丸が大きく震えた。

 背中が沈み、尻がずぶりと入りかける。

 疾風丸が全身で暴れ、俺を乗せまいとしているようにも見える。


「おお、柔らかいな。乗り心地は悪くない」


 ぷるぷるぷるぷる!


「そう暴れるな。名馬とは、主を背に乗せてこそ、名馬である」


 俺は太刀を腰に収め、姿勢を整えた。

 手綱がないのは少し困る。

 疾風丸の身体の端を軽くつかむと、ぬるりとした手触り。

 これは手綱というより、魚をつかんでいるような感触だった。


 まあよい。


 異国の馬なのだから、多少の違いはある。


「ゆくぞ、疾風丸!」


 俺は腹を締めた。

 いや、腹がどこかは分からぬので、とにかく馬を進ませるつもりで、足に力を込めた。


「はいやー!」


 次の瞬間。


 景色が横に流れた。


「ぬおおおおおおお!?」


 疾風丸は走った。いや、走ったというより滑っている。


 草原の上を、矢のように滑っていく。

 蹄の音はない。土煙もない。なのに速い。馬より速い。


 ……いや、速すぎるだろ、これ。


 草が左右に割れる。風で顔が波打つ。


「あばばばばばばばば」


 俺は慌てて身体を低くした。


「は、速すぎると、息が出来なくなるのか!?初めて知ったぞ」


 疾風丸が右へ曲がる。俺の身体が左へ流れる。


「待て待て待て! 曲がるなら曲がると言えぇえぇぇ!」


 ぷるうううう!


 疾風丸は答えた。たぶん。


 しかし速い。まことに速い。


 これほどの馬を、俺は見たことがない。


「ははははは!」


 俺は思わず笑ってしまった。


「よいぞ、疾風丸! おぬし、まこと名馬である!」


 ぷるぷるぷるぷる!


 疾風丸が震える。


 喜んでいるのだろう。

 たぶん。


 俺は見知らぬ草原を駆けた。


 大将首を失ったことは痛い。痛すぎる。恩賞が消えたも同然である。

 だが、代わりにこれほどの名馬を得た。ならば、まだ運は尽きていない。


 この異国がどこであれ、戦があるなら武功を立てればよい。

 武功を立てれば恩賞が出る。そうすれば食っていくことはできる!

 世の道理は、そう大きく変わらぬはずだ。


 その時だった。


 風の向こうから、女の悲鳴が聞こえた。

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