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「この人が彼氏です!」と学園アイドルに言われたモブ、逃げられなくなる  作者: もりぞー
第一部

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32/73

第32話 モブ、学園アイドルに「これ、好きでしょ?」と好みを当てられる

 文化祭前日。授業がない準備最終日。

 今日は追い込みだ。


 朝もいつもより早い。

 弁当を作る時間もなく慌ただしく家を出る。


 学校に着いたら、雰囲気がいつもと違った。


 昇降口の前で誰かがペンキ缶を運んでいる。

 校門ではゲートの骨組みにベニヤが打ち付けられていて、朝から作業をしている。


 一旦教室に入り、荷物だけ置いていく。

 クラスの準備も佳境みたいで、矢野も来ていたが死にそうな顔をしていた。


 装飾班はいつもの空き教室。

 教室に入るとすでにメンバーが集まっていた。


 長谷川がスマホの割り振り表を見ながら声をかける。


「今日で全部仕上げるぞ。水野と柊、まず垂れ幕を設置してくれ。そのあと全部の階の飾りの確認と微調整。俺と沖は校門ゲートの最終仕上げ」


 俺はうなずいた。


「了解」


「はい」


 柊がうなずいた。沖も黙ってうなずく。


「午後は全員で装飾規定のチェック巡回入るから、それまでに設置系は終わらせたい。じゃあ各自頼むぞ」


 長谷川が軽く手を上げて、沖を連れて校門の方に歩いていった。


 ポケットのスマホが震えた。


『今日がんばろうね!! メイド喫茶のリハーサルやるの!!』


 橘だ。ビックリマーク二つ。


『ああ……まぁがんばれ』


 返して、ポケットにしまった。


 ……なんか足りない気がするが、気のせいだ。きっと。



 空き教室から垂れ幕を運び出した。

 思った以上にデカい。

 丸めてあっても二人がかりだ。


 柊と二人で持って、渡り廊下を通って本館に入る。

 屋上に上がった。


「まずは上で仮留めするか。そのあと柊は下で位置見てくれ」


「わかりました」


 フェンス越しに二人で垂れ幕の上端を支える。

 柵のパイプに紐を通して巻きつけるだけだが、風が吹くたびに持っていかれそうになる。

 二人掛かりでなんとか結び終えた。


「よし。柊、下行ってくれ」


「はい」


 柊が階段を降りていった。


 垂れ幕を壁沿いに下ろす。

 巻いた布がゆっくりほどけながら落ちていく。


 下から柊の声が飛んできた。


「先輩、右がちょっと下がってます」


 声が小さい。四階ぶんの距離があるからな……。


「こっちか!」


 声を張った。屋上から叫ぶのは思った以上に恥ずかしい。


「もう少し……はい、そこです!」


 柊も声を張っている。これ声響くな……。


 紐を結び直して、フェンスから身を乗り出して下を見る。

 ……まだ斜めだな。


 柊が両手で×を作っているのが見えた。


「……もう一回か」


 結び目をほどく。三回目でようやく真っ直ぐになった。

 柊が下で端を引っ張って、壁にテープで仮留めしている。風で煽られないようにだろう。


 俺も下に行き、出来具合を確認する。

 柊と二人で見上げる。


「大丈夫そうだな?」


「はい、綺麗にできました」


 そこから各階を回った。

 二階、三階、四階——先週までに張ったガーランドや飾りを端から端まで確認して、剥がれかけたテープを貼り直し、外れかけた飾りを付け直していく。


 地味だけど、量が多い。

 柊と手分けして、フロアの両端から同時に進めた。


 廊下の真ん中あたりですれ違うたびに、足を止めずに状況を伝え合う。


「こっちは確認終わりました。先輩の方は?」


「こっちもだ。次行くぞ」


「……はい」


 すれ違いざま、背後で柊が少しだけ立ち止まった気配がしたが、すぐに足音がついてきた。

 互いに余計な気を遣わず、淡々と作業を進められるのが楽だ。


 三階を回っているとき、D組の前を通った。

 扉は閉まっている。中から、聞き慣れた橘の声が聞こえた。


 ——今頃準備してんのか。


 足が止まって、扉に目が行きかけた。


 ……いやいや、何考えてんだ俺。


 小さく頭を振り、早足で次の飾りへと向かった。



 各階の確認がひと通り終わった。

 ちょうど昼の時間だ。


「そろそろ昼にするか。キリもいいしな」


「はい。ではまた後で合流します。ここにくればいいですか?」


「そうだな。そうするか」


「わかりました」


 柊はそう言って、階段を降りていった。


 ポケットのスマホが震えた。


『どこにいる?? お昼一緒に食べよ!!』


 橘だ。


『四階』


 今日は購買で買うつもりだったから弁当ないぞ、と打とうとしたが、返事のほうが早かった。


『わかった! 行く!!』


 ため息をつき、スマホをしまう。

 しばらくして、階段から橘が駆け上がってきた。


「悠真くーん!」


「なんで走ってくんだよ。息切れてるぞ」


「だって早くこないとお昼終わっちゃうじゃん!」


「早すぎんだよ。俺弁当もってないぞ」


 今日は買うつもりだったしな……。


「えー! まぁいっか。せっかくだし屋上行こうよ!」


「弁当ないって——」


「ふふふー、それはお楽しみ」


 橘がにかっと笑う。

 こいつはいつも楽しそうだよな……。


 どうせ何言っても聞かないのは目に見えているので、おとなしく屋上に来た。

 さっき張った垂れ幕が少し見えてる。


「あ、垂れ幕。悠真くんやったの?」


「係だしな」


「すごーい!」


 何がすごいんだ。


「あ、そうそう。お楽しみはこれです!」


 じゃーんという掛け声が聞こえそうな雰囲気で差し出されたのは、ラップに包んだおにぎりだった。


「今日はツナマヨと、昆布!」


「……さんきゅ」


 受け取って、フェンス沿いに並んで座った。ラップを剥がして一口かじる。


「どう?」


「……普通にうまい」


「やったー!」


 橘がおにぎりを頬張りながら、嬉しそうにスマホを取り出した。


「ねえねえ、メイド喫茶の看板、さっき完成したんだよ!」


 画面を見せてきた。

 手描きのメニューボードの写真だ。


「ちゃんとしてんじゃん」


「でしょ! 玲奈と二人で描いたの!」


 嬉しそうに笑う。

 リハどうだった、と聞こうとした。やめた。


 聞いたら長くなる。それだけだ。


 橘がふとスマホの時間を見た。


「あ、もう戻らないと。リハの続きがあるの」


 立ち上がって、スカートの裾をぱたぱたと払う。


「悠真くん、午後もがんばってね!」


「おう……お前もがんばれよ」


「ありがとう!!」


 橘が屋上の扉を開けて、階段を駆け下りていった。足音がすぐに遠くなる。


 一人になった。


 風が抜けた。朝に結んだ垂れ幕が、フェンスの向こうで揺れている。


 おにぎりの残りをかじった。

 ……うまいな。



 長谷川たちの校門が長引いていたので、午後はまず俺と柊でチェック巡回に入った。

 その後、装飾班全員で最終チェックをしていたが、気が付いたら窓の外がオレンジ色になっていた。


「よし、一年は下校時間だ。柊、沖、今日はお疲れ。上がっていいぞ」


 長谷川の言葉に、柊と沖が「お疲れさまでした」と頭を下げる。

 二人が並んで階段を降りていくのを見送った。


 その後、俺と長谷川は全部の階をもう一周した。

 問題なしだな。


「よし、こっちも終わりだな。水野、お疲れ。明日よろしく」


「ああ、長谷川もお疲れ」


 長谷川が手を振って階段を降りていった。


 一人になって、なんとなく周りを見渡す。


 A組の端からE組の向こうまで、ガーランドと飾りが続いている。

 誰もいない廊下に、紙花の色だけがやたら明るい。


 いつも素通りしていた廊下が、別の場所みたいだ。


「お疲れさま!」


 いつもの声がした。


 振り向いたら、橘が手にペットボトルを二本持って立っていた。


「はい、差し入れ!」


 ペットボトルを受け取る。麦茶だ。


「これ、好きでしょ?」


「……なんでわかんだよ」


「え? だって悠真くん、海の時もお祭りの時もこれ買ってたから」


 そういって橘はにやっと笑う。


「当たったでしょ?」


 やめろ。その顔やめろ。


 麦茶のキャップを開けた。一口飲んだ。


「……まぁ当たってるけどな」


 橘がもう一本のキャップを開けて、隣に並んだ。

 壁にもたれて、飾り付けされた廊下を見ている。


「明日だね」


「ああ」


 風が廊下を抜けた。ガーランドが揺れる。


「……メイド喫茶、来てくれるんでしょ?」


「……行くとは言ってないぞ」


「言ってないけど、来るでしょ? 来なかったら怒るからね?」


 うるせぇ。

 まぁ……どうせ行くことになるんだろうな。


 橘が隣で麦茶を飲んでいる。


 二人で壁にもたれたまま、飾り付けされた廊下を見ている。

 蛍光灯の明かりで紙花が揺れていた。窓の外はもう暗い。


 ——朝からずっと同じ建物にいたのに、会ったのは昼と、今だけだ。


「……帰るか」


「うん」


 麦茶を持って、並んで階段を降りた。

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