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「この人が彼氏です!」と学園アイドルに言われたモブ、逃げられなくなる  作者: もりぞー
第一部

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20/71

第20話 モブ、学園アイドルの突撃が日常化した「慣れ」の中で、一人の部屋の静けさに寂しさを覚える

 朝の教室。

 机に突っ伏して寝息を立ててるやつや、友達と駄弁ってるやつがいる。

 いつも通りの教室。


 その喧騒の中、俺は鞄を机の横に引っ掛けて、席に着いた。


「おう」


「はよ」


 隣の矢野は、今日もパンを食っていた。


 あの月曜の朝──橘に教室で名前を叫ばれて、俺の学園生活が終わったと思った月曜の朝から、一週間が経った。


 先週は地獄だった。

 色々な人に詰められ、そんな中でもあいつは空気を読まずに突撃してくるし……。


 けれど、そんな光景を続けていると周りも慣れるらしい。

 先週の金曜にはもういつも通り?の光景として周りも慣れたようだ。


 ……多分そうだよな?


「水野、お前今朝の顔、ちょっとマシになったな」


 前から藤川が近づいてきた。

 俺の机の端に、手をついて覗き込んでくる。


「放っとけ」


「いやいや、褒めてるんだよ。先週はガチでこの世を終わらせた顔してたから」


「……うるさい」


 中村さんが近くの席から、こっちを見もせずに口を挟んできた。


「藤川、あんた水野くんにからむの好きすぎじゃない?」


「人聞き悪いな。こっちは純粋に気にかけてるだけだ」


「ふーん」


「まぁ色々大変だろうけど、頑張れよ! ネタがあったら提供してくれ」


「するか!」


 藤川は笑いながら、俺の机を一回叩いて、前の方へ戻っていく。

 ネタってなんだよネタって……。


「悠真、お前どっち派?」


 矢野がパンを食い終わって手持ち無沙汰になったらしい。

 話を振ってくる。


 っていうか、お前いつも言葉が足りないんだよ。


「どっち派って、何が?」


「期末の話。数学と英語、どっちが地獄か」


 あ、そういえば、そんな時期だった。


「……どっちもだろ」


「でた。逃げ」


「逃げじゃねえよ、両方地獄なら両方地獄って言うしかないだろ」


「水野くんこういうとこ真面目~」


 中村さんがけらけら笑った。


 チャイムが鳴って、担任が前方から入ってくる。


「はい、ホームルーム始めるぞ。連絡事項が二つある」


 教壇から、担任がいつもの眠そうな声で切り出した。


「一つ目。期末テスト、二週間後な」


 教室中でため息が聞こえる。


「二つ目。期末が終わったら、学年レクでプールやるぞ」


 女子グループの方から「えー」「まじ」という短い声が上がった。

 男子は「おっしゃ!」と喜んでるやつもいる。


 プール、か。

 まあ、まずは期末だな……。



 昼休み。

 屋上のフェンス際。


 俺、矢野、橘、宮田の四人で昼飯を食べる。

 あの時から、四人で集まって屋上で食べる、がなんとなく定着した。


「悠真くーん、お弁当何入ってる?」


「……卵焼き」


「見せて」


「見せるほどのもんじゃない」


「えー、覗いちゃお!」


 橘が無理やり俺の弁当箱を覗き込んでくる。


 先週の俺なら、焦っていた距離だ。

 もう焦ることもないくらい慣れ……るわけない!


 っていうかいつも近いんだよ!!


 橘に卵焼きがさらわれ、食される。


「うーん、悠真くんちの卵焼き、甘くておいしいね!」


「そうかよ」


「私、甘い方が好き!」


「知ってる」


 隣で矢野が、ポテチの袋を開けた。

 開けた瞬間、宮田が当然のように手を伸ばして、三枚持っていく。


「おい」


「はい、紗月」


「わーい、ありがと玲奈!」


 宮田は涼しい顔で、もう一度袋に手を伸ばした。


「矢野、もう一枚ちょうだい」


「なんで俺のなんだよ」


「開けたあんたが悪い」


 矢野はため息をついて、ポテチを食い始めた。

 ざまぁ。お前も苦しめ。


「ねえ、期末ってそろそろだよね?」


 弁当の唐揚げを箸で突きながら、橘が言った。


「朝、担任が言ってたな」


「私、数学やばいかも」


「あんた毎回言ってるよ、それ」


 宮田があきれた顔をして返した。


「今回のは本気でやばいの!」


「毎回、今回のは本気って言ってるじゃん」


「玲奈うるさいよ~」


 橘は頬を膨らませて、唐揚げをほおばった。


「まあ頑張れよ」


 矢野がポテチをもう一枚口に入れて、返す。


「矢野くん冷たい~。 あ、そうだ! みんなで勉強しない?」


「勉強?」


 これ巻き込まれるパターン来たな。


「そう! みんなで教えあえば一石二鳥じゃん!」


「ちなみに、みんなって……」


「ここにいるみんな!」


 ですよねー。

 わかってた。


「いいんじゃない?」


「まぁ一人でやるとさぼりがちだしな」


 宮田と矢野がうなずく。


「悠真くん、どうかな?」


 橘が上目遣いで聞いてくる。

 だから、そういう聞き方やめろよ……選択肢ねぇだろ。


「はぁ……わかったよ」


「やったー!」


 橘が笑顔ではしゃぐ。

 何がそんなにうれしいのか……。


「じゃあ、また連絡するね!」


「はいはい……」


 矢野と宮田がニヤニヤしてこっちをみてる。


「なんだよ?」


「いーや、なんでも?」


「そうそう、あたしたちは気にしないで」


 くっそ……。コイツら楽しんでんな。


 そのあと、とりとめのない話もしながら弁当をつつき、時にはおかずを取られ無事に食べ終わった。

 そのタイミングで予鈴のチャイムがなった。


「そろそろ戻ろっか」


 宮田が立ち上がった。


「うん。悠真くん、また後でね~」


 橘が手をひらひらさせながら、宮田の後に続いて屋上からいなくなった。


 一気に静かになる。

 平穏が訪れた。

 けどもの寂しさを覚えるのは……気のせいだな、きっと。


 矢野がフェンスにもたれて、残りのポテチの袋を見て、一言。


「悠真、勉強会がんばれよ」


「お前も勉強すんだよ」



 放課後。

 帰りの支度をしていると、廊下から聞き慣れた声が飛んできた。


「悠真くーん、帰ろー!」


 教室の入り口から橘が顔を出す。

 その隣で宮田が片手をあげてる。


 昼休みだけじゃない。

 放課後も、これが普通になってしまった。


 ……しかたないだろ。

 あれ以来、毎日橘が突撃してくるんだから。


 矢野はとっくに鞄を肩にかけて、半目でこっちを見ていた。

 お前まで巻き込まれた側のはずなのに、なんでその顔ができるんだよ。


 昇降口を抜けると、四人で並んで歩き出した。


「期末終わったらすぐプールだね!」


 橘が上機嫌で、隣を歩く宮田の腕をつついた。


「紗月、順番逆でしょ。まず期末」


「えー、勉強会やるから大丈夫!」


「誰の計算なの、それ」


 宮田のツッコミは流れるように速い。

 橘の慣れてるな……。


「悠真くーん、水着、一緒に選ぼ?」


「選ばねえよ」


「なんで~」


「なんで一緒に選ぶ前提なんだよ」


 後ろから、矢野がポテチの袋をガサガサ鳴らして口を挟んできた。


「悠真、お前こういう時だけちゃんと断るよな」


「こういう時こそ断るんだよ」


「それ逆じゃね? 彼氏なら乗れよ」


「お前の言う『彼氏』の基準がもうバグってんだよ」


「バグってんのはあんたの方でしょ」


 宮田まで乗ってきた。


「水野、あんたさ、一応彼氏の自覚ある?」


「ある。最低限な」


「最低限じゃ困るんだけど。ねえ、紗月」


「玲奈、別にいいよー。悠真くんは悠真くんなんだから」


 橘がのんびり言った。


 その何気ない「悠真くん」が、もう今日何回目か、数えるのも諦めた。

 こいつは名前で呼ぶことに一切の抵抗がない。

 俺は未だに「橘」だ。


 ……あいつが先に変えただけだ。

 別に、気にしてない。


「ねえ、悠真くんは泳げるの?」


「人並みにはな」


「じゃあ溺れたら助けてくれる?」


「溺れるなよ、まず」


「ほら玲奈、優しい!」


「溺れんなって言われただけじゃん、それ」


 駅前の交差点で、信号が赤になる。


「あ、あたしたちこっちだから」


 宮田が反対方向を指した。


「悠真くん、また明日ね! LINEするから!」


 橘が大きく手を振って、宮田と並んで反対側の道へ歩いていく。

 その後ろ姿を見送りながら、矢野が横からぼそっと言った。


「お前、あの『悠真くん』、そろそろ慣れろよ」


「慣れてるよ」


「耳赤いぞ」


「……気のせいだろ」


 信号が青になった。

 矢野はそれ以上何も言わず、ポテチの袋を丸めてポケットに突っ込むと、いつもの角で「じゃな」と片手を上げて別れた。


 一人になった帰り道は、急に静かになる。



 玄関のドアを開けて、靴を脱ぐ。


「ただいま」


 返事はない。誰もまだ帰っていない時間だ。

 キッチンに寄って、冷蔵庫を開ける。

 麦茶のボトルと、母さんが買ってきたであろう謎のゼリーが、奥の方で転がっていた。


 麦茶を一杯、立ったまま飲んで、コップをシンクに置く。


 ……静かだ。

 屋上でも帰り道でも、あんなに騒がしかったのに。


 冷蔵庫のドアを閉めて、自分の部屋へ歩いていく。

 ドアを閉める。


 ……慣れてた、はずなんだけどな。こっちに。

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