表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10




 時の帝王、超光義は、中国統一に際し、国号を『宋』と称した。帝王は、従来の武断政治を見直し、文官を重用する方針を立てた。とはいえ、権勢を掌中に有していた武人たちが、帝王のご賢慮だからといって、唯々諾々と新しい取り組みを受け入れることはなく、武人たちと文化人たちは暗然と対立し、真の中国統一は、まだ遠いようだった。







 青い瓦屋根に白い壁の、馮家の家の倒座という客間で、二人の男が密談していた。日の暮れた頃のことで、辺りはしんと静かだった。


 石床の上に木製の机があり、彼等は椅子に座って対面している。机上には灯火器があり、灯火が燃えている。


 話しているのは、駘東と阿蘭だった。駘東は家用の平服で、阿蘭はあの砂色の袍を着用している。


 阿蘭が、布にくるまれた五尺ほどの長い何かを机上の中央に置く。


「使いからの言伝はすでに耳に入っていると思うが」、と阿蘭。


「あぁ」、と駘東は頷く。「これが例のものか」


 そう言って彼は、布の覆いをめくっていって、中を確かめた。中身は、彼の見たことのないもので、木の棒の先に金属の筒が付いている。


「こいつは火器だ。矛や槍などの冷兵器とは区別される」


 駘東は、両手に持って各部を目視で確かめてみた。軽くはなく、難しい構造のもののようだった。


「火薬についてはある程度知ってるつもりだが、実際に触れたことがないものでな……とにかく、これで栄月をやれというわけだ」


「そうだ」、と阿蘭は頷く。「しかしお前さん。準備はもう出来てるのか? おれは武器を届けに来ただけで、殺される相手のことはよく知らないが」


「いかようにも出来る。民の力を借りて反乱という形にするか、わたしが懇意にしている侍従たちとその配下で競り合いをするか……」


 ふと、駘東は目を見開き、何かに気付いたようになると、「憑円!」と呼んだ。


 その声を聞き、こっそり壁に背を付けて男たちの密談に耳を傾けていた娘が、ビクッと肝を潰す。


「盗み聞きとは趣味が悪いな」


 開き戸が開き、父と同じく家用の平服姿の憑円が顔を出す。オドオドして、叱られるのを覚悟している風だ。


「もう寝る頃合いだろう」


「ごめんなさい。父上」


 阿蘭は彼女の方に、椅子の背もたれに腕を置いて振り向き、しげしげと見ている。


「何だ。びっくりさせやがって。ただの小娘じゃないか。こんな物騒なことに興味があるのか?」


「……」


 憑円は沈黙して何も返さない。



「若いやつは物覚えが早いが、人殺しはやめておけ。もしお前にその気があれば、おれが行商にでも連れていってやるが」


「?」


 憑円は伏せていた目を上げ、きょとんとする。


「何の話だ。阿蘭」


「実はな……」


 そう言って、阿蘭は駘東の方に向き直り、自身が側仕えを求めているという、荒円にした話を、相手を変えて、改めてするのだった。







 荒円は阿蘭を馮家まで案内した後、駘東に応対を託し、自宅に帰った。自宅では葵千と芸輪が待っており、彼等は荒円が遅れて帰ってきたわけを聞き、また少ない釣りの成果にいささか残念な気持ちになった。一家はその後食事して寝、夜を明かした。




 ……。




 次の日、葵千はいつものように外に出かけた。両親は野良仕事に出ていて、葵千まで出かけて家を無人にするのはあまりいいことではないが、盗まれるもののほとんどない家だったので、さほど心配はなかった。(珍品である書物は、学のない者ばかりの村なので、実際の値打ちを知る者は絶えていなかった。)


 晴天だった。


 葵千は、麓付近の野原まで行き、その緩やかな斜面に腰を下ろした。周りには誰もおらず、涼しい風が吹いていて、夏の暑気を和らげていた。


 葵千は、その時は書物も何も持ってこなかった。ただボーッとしに、フラッと足を運んだだけだった。勉強ばかりして疲れていた。成功の保証のない苦役に延々と従事するのは、たとえ最後に成功が待っていようと、それまでの間は不毛にしか感じられなかった。けれど、両親の苦労をじかに見ていたら、甘えは許されなかった。彼等は息子に期待して、信じていた。息子はその期待を一身に背負い、応えねばならなかった。もしも、応えられなければ……。


 悲観的な想像を思い浮かべると、葵千においては、決まってひどい頭痛がした。彼は片手で頭に触れ、顔をしかめたが、頭痛は短いものだった。


 ――どうした?


 ふと、身近に声がした。


 葵千はハッと顔を上げ、すると、そばに人影があることに気が付いた。男だった。笠を被り、白い袍を纏い、暗赤色の束帯を腰に巻いている。鼻の下と顎に髭を生やし、肌がいささか日焼けしたように黒い。


「具合でも悪いのか?」


 彼は袖に隠すように腕組みして、葵千の顔色を、首を伸ばして覗き込むように見下ろしている。


「ただの頭痛です」


 そう答えて葵千は苦笑する。


「そうか。なら、いいのだが」


 男は伸ばした首を元に戻し、背筋をピシッと伸ばす。


「旭光様!」


 呼び声と共に、複数の男たちが駆けてくる。皆、砂色の袍を着ているが、この旭光と呼ばれた男と共に、虞丈の住人ではないように、葵千には思われた。


 彼等は旭光のそばまで来ると、膝に手を突いて息をゼエゼエ言わせた。


「どこにお行きになったかと思い、探し回ったのですよ」、と一人が責めるように言う。「不案内な土地をお一人で歩かれるのは危険です」


 旭光はだが、カラッと笑い、「すまない」、と返す。「だが、見知らぬ土地だからこそ、歩き回って色々見るのが愉快なのだ」




 旭光とは一体何者なのだろう。葵千には疑問だった。見た感じ、駆け付けた男たちは配下で、彼は、やんごとない身分のようだが……。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ