⑤
憑円は、旭光たちに随伴し、村の端部にある馬の繋ぎ場まで向かっていた。宿駅を目指してここを発つためだった。
彼等が到着すると、繋ぎ場に一人の男――阿蘭邸にさっきまでいた政府の使いの男がおり、彼は自分の馬を世話していたが、ふと視線を感じて振り向き、旭光たちと目が合った。
使いの男と旭光はそれぞれ他人同士であり、互いに軽い愛想笑いを交わすと、男は馬の世話を終えて歩き去っていった。旭光はその後ろ姿を見るともなしに見ていた。
「彼は、旭光様のお知り合いか何かですか?」、と仲間の男が訊く。
「いや」、と旭光は返す。「まるで知らないが、どこか無視出来ない感じがしてな」
繋ぎ場は、馬でほとんど一杯だった。旭光と、憑円と、仲間たちに加え、この村の者の馬もいたからである。
憑円たちは自分の馬を引き出して跨ると、旭光を先頭にした固まりになり、出発した。村内では徐行の速度で馬を進め、その範囲から外に出ると、速力を上げた。
晴れ空の下、憑円たちは馬を疾駆させ、風を切った。
彼らが村のそばの桑畑の路を行く時、昨夕とは打って変わってひと気がなく、徒弟の姿が見えなかった。
皆が妙に思い始めたが早いか、「ウッ!」という誰かの呻きが聞こえ、一同が馬を急停止させてその方に振り向くと、一人の仲間の男が落馬して倒れており、彼の胸部に、矢が突き刺さって、出血している。
ハッとした憑円たちが肝を冷やして辺りを見回すと、桑の木々の間に、弩を持った徒弟たちが潜んで、彼等に狙いを定めているらしいことが見て取れた。
瞬時に状況を察知した旭光は「走れ!」、と叫び、彼の号令が飛んでくると同時に、憑円たちは、馬に激しく指示して驀進させた。
矢を射られた男はその内事切れ、彼の遺骸の周りに、人だかりが出来た。徒弟たちと、あの使いの男。そして阿蘭だった。
「チッ」、と阿蘭が腕組みして遺骸を見下ろし、惜しいという風に舌打ちする。「あの偉そうなヤツを仕留められりゃ、よかったんだが」
「あの男は敵対者ですか?」、と使用人の男。
「はっきりしないが、概ねそうと見てよさそうだった。虫の知らせってヤツか……」
風が吹き、桑の木の葉が擦れる音が、山々の木々のざわめきが聞こえた。
「アイツももしかすると、お前と同じで、政府の使いだったりしてな」
「見知った人相ではありませんでしたが」
「官僚たちがどれだけ頭がよかろうと、全員の顔を覚えられるわけがない。知らないヤツがいて当然さ」
ふと、阿蘭のそばに一人の徒弟――旭光の仲間を射殺した者だった――が恭しい低姿勢で現れ、阿蘭に何か請うているようだった。
阿蘭は三白眼で彼を見下ろすと、懐よりジャラジャラ言う小袋を取り出し、ポイと放り、男はそれを両手で受け止め、ホクホクした様子で駆けていった。
阿蘭と使用人の男はその様をどこか白けた感じで眺めながら、男の方が、「しかし、よろしいんですか」、と問う。「あの男とその仲間たちは逃げてしまいましたが」
「さほど意に介しはしないさ」、と阿蘭はあっけらかんと言うものの、その眼差しは冷気を帯びていた。「アイツらが実際に敵対しなければな……」
遺骸に、徒弟たちが群がって、骸漁りしている。彼等は、男が身に付けていた一つの袋を巡って揉めたが、その袋には銭が入っていた。彼等は独り占めしようと一心不乱になっていた。
◇
泣いている者がいた。期せずして脱落した仲間を想っての涙だった。憑円と旭光たちは暗い表情で、盆地の野原を馬で走っていた。
彼等はすでに街道にのり、宿駅までは、街道を道なりに進めばいいだけだった。
昇天する旭日と共に彼等は馬で突っ走り、太陽が天頂より下りだした頃、宿駅付近に付いた。
「この辺りだ」、と旭光が言う。「“大門峡”まで、程近い」
石積みの砦じみた関所が見えてきた。大きい門があり、宿駅の町を囲う長い柵が設置されている。丘陵地における丘陵と丘陵の境目の、下り坂が接する地形の町であり、そばには幅の広い川が流れている。
一同が関所まで行くと、武装した番人に通行証を求められ、旭光は懐より、阿蘭の村で使用人の男に見せたのと同じ、折り畳まれた文書を取り出して見せた。
番人はしげしげとその文書に目を通すと、旭光の素性が分かったようで、翻然とかしこまった態度になり、関所を通って中に入るように促した。
鉄製の厚い門が、重々しい音と共に開かれ、向こうの景色が開けてくる。
大門峡という町は、盛況だった。レンガ造りの黒っぽい頑丈な屋敷が立ち並び、虞丈や阿蘭の村にあったような藁葺屋根のあばら家は一つもなかった。老若男女が入り乱れて雑踏を成し、野良犬や野良猫がちょこまかと走り回り、空腹を誘うにおいのする食べ物を売る露店には、人々の黒山が出来、商売は繁盛していた。
こういう町に来た経験のない憑円にとっては、町の情景は、まるで夢のようなものだった。
「とりあえず馬を休ませよう」
そう旭光が言い、一同は彼の導きに従って、繋ぎ場まで馬を進めた。旅の一行の前に雑踏を成す人々は、睨むような不服の目付きで彼等を見上げるのだが、すごすご退いて道を開けた。
見たことのない人だかりに気後れしている憑円は、やや遅れ気味だったが、旭光がその腕を掴んで引っ張ってはぐれないようにした。
夏の日は高く昇り、あまねく天下を照らしていた。
憑円は、物珍しさに、キョロキョロしないではいられなかった。




